国鉄の急行列車・準急列車を語る
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今は準急全滅
急行も指で数えられるほどにまで減ってしまった
そんな急行・準急について語るスレを試しに立ててみる 料金がいる優等列車としての急行は北海道新幹線新函館開業以降は確実になくなるから、
その時にJRも私鉄同様に急行という種別は優等列車から一般列車の種別に変更されると思う。
かつて有料の急行を走らせてた東武も今では一般列車の種別になってるし。 だんだんと急行と快速の垣根がなくなったきたよね。あ、急行と特急の垣根もなくなってきた。新特急なんてのもできたし。 >>507
急行→快速あるいは急行→普通というのが大きい理由大阪→急行立山→富山→快速→糸魚川→快速→富山→
急行立山→大阪というパターンは70年代から存在したしかも富山で先に快速電車が先発し金沢まで立山より先着していたから快速>急行と言う不等式が成立したちなみにその快速電車は金沢まで特急よりも先着した >>508
句読点も改行も無しってのはさすがに勘弁して下さい >>510
突っ込みっていうか要望な
言わないと改善されないじゃん おまえは読みにくいかもしらんが、
スレ見てる世界中の人が全員そうじゃない。 >>512
スレ見てる世界中の人が全員そうじゃないと許容されるのか?
おかしくね? 逆に訊くが、あんたは自分が読みにくいだけでレスしたんだろ?
あんたが言う改善とやらを強要するレスは要らないんだよ。
現実の人間どうしなら直接言えば回りに影響はない
ここは誰でもが見にきたり見られる場所なんだよ。
あんたが読みにくいと思うように、俺もいちいちのその指摘がいやなんだよ。
あんたが書き込まなかったら俺も書き込んでないし、
あんたが粘着しなかったら俺も粘着してない。 というわけで俺はもう退くことにした
あんたの気に障った点だけはおわびする。すまんな 一般論として、句読点とか改行とかがない文章が読みづらいってのは間違ってないと思うぞ。 >>518
常連コテハンが「同意」の2字発言のためだけにスレ違いのレスを引き伸ばすのは万死に値する愚挙だぞ
…で、話を元に戻して、特別急行があって(普通)急行がないとしたら、(少なくとも俺は)なんか違和感を感じてしまう
まあ、中央快速も京阪神快速も省電〜国電初期は急行(料金不要)だったし、阪和線に至っては料金不要の特急まであったわけだが… いやあ照れますね(笑)
そういえば新幹線開通当初の時刻表って【こだま号】が特急【ひかり号】が超特急ってなってなかったか?
超特急って名称が正式に出来たりしてね。 そうでしたね。ひかりの欄に 超特急 と書かれなくなったのはいつ頃からなのでしょうか? いやだなぁ、ぼかぁ大学生だぜ。図書館や古本屋で見たに決まってんじゃん。 >>506
定期列車では急行は用無しだが、団体を含めて臨時列車では残ると思うが。 >>523
大学生に上の年齢制限はない。
昭和末期にグアムで提灯買ったんだろ。 大学も今や主婦のカルチャーセンターと化しているorz >>521
博多開業時だろ。
東京〜名古屋の「ひかり」「こだま」の料金差がなくなった。 急行だと「くりこま」の速さばかり有名だが、新幹線開業前の153系東海道急行も侮れない。表定速度75キロくらい 東海、比叡etc.の準急との棲み分けを図り、且つ特急群の邪魔をしない(勿論待避はするが)という使命があると、過密ダイヤの中でそれくらいの速度が当然必要だったと思う。 くりこまなんか80キロあったんでしょ?
むしろ当時の東北特急と差別化されてないw >>532
特急は上野発着で、そのあいた時間を埋めてた
下りの一番列車と上りの最終列車は速かったね。
札幌ー旭川ノンストップのさちかぜも速かった。 >>531
くりこまは東海道急行と違い「朝仙台を出て夕方に札幌に着く」ことを目的として設定さ
れた列車だから、単純に比較できないよ。
当時の東北線特急は上野発着ばかりであり、仙台を早朝に発車する青森方面行き特急は
存在せず、さらに485系に余裕がなかったため、455系韋駄天急行が誕生した。 >>534
あおばのこともたまには思い出してあげて >>532
北斗星も誕生当時は仙台から北で表定速度が80キロあったよ
EF81としては極限状態だろうね
>>534
ゴーマルサンあたりで山陽特急の廃止で浮いた485系もしくは583系を使用して
速達くりこまを特急に格上げしても良かったのではと思う。
実際あの改正で583系の一部が南福岡から青森に転属してるし。 偽物ブランドwww.sale-shopw.com
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むしろ浮いた455の処遇に困ったからじゃないかな? くりこまの格上げ
架線下DC急行はいっぱいあったけど、支線直通を併結したり前後に支線直通運用があったりして
新幹線開業まで東北地方の急行の運用は変えたくなかったのじゃないか くりこま1・6号が特急格上げで
485系12両や583系13両が埋められる程の利用客が見込めたかってのもあるかと。 >>542
当時はまだ急行の需要もあったしね
上野からの夜行急行で仙台以北の急行需要満たすのは難しいし それと新幹線連絡でもないのに上野まで行かない特急というのは、当時の風潮ではまだ抵抗があったと思う。
初代「あおば」がコケたのは他にもいろいろと理由があったが、このあたりのことも影響していたはず。 「くりこま」が話題になってるけど、
乗車経験のある人はいる?
俺は「たざわ2号」に乗って、「くりこま」に抜かれた経験はある。
どうせなら、抜かれるなら前の座席に座ってる
綺麗なお姉さんがよかった。 誰か >>545 に初代あおばのルートを教えてやってくれ 1980年代の大半 仙台に住んでいたのだが
残念ながら急行時代の455系「くりこま」乗車経験は
1982年春 盛岡始発仙台行の「くりこま2号」のみだった....
そういえば 少し遡って1970年夏、10月改正用早期落成車を利用して
583系臨時特急「とうほく」が仙台青森間に運転されていますね くりこま1、6号は仙台〜札幌の日着連絡を担う列車で全席指定だった時期もあったが、ボックス座席で食堂車もなくスピードも同区間の特急より20分ばかり余計にかかっていて、やっぱり急行だなと思った >>551
くりこま1、6号といあたりは
まだ青いな。 昭和56年3月平日の上り全車指定の急行くりこまに乗ったが満員だった。
スピード自体は乗ってしまえば分らない。 東北の韋駄天急行といえば臨時ではあるけど「エコーもりおか」も忘れちゃならない名列車だと思う。
上りは当時のやまびこ1号と所要時間では互角の勝負を演じていた。 >>559
ビルにはねかえった音も「こだま」だけど
山にはねかえった音に限り「やまびこ」
なにかをのぞむとき
「きぼう」といえばかなうことが希なるものを望ことに限る ずっとスレ内見てきたけど、結構くりこま利用者いないんだな
家は親の実家が青森で、仙台住みだったから
毎年夏冬とたまに春、学校休みのとき乗ってた
S43生まれで7歳〜13歳までだからS50〜56頃だね
はつかりはじっとして乗ってる感じだったけど、くりこまは停車駅が多く入れ替わりがあるのと
やはり庶民的なんだろうな、子供の一人旅ってことでよく話しかけられたよ
くりこまは人気あって結構取りにくく、売り切れではつかりやら3号やらに乗せられた覚えもある
7時発に乗るには早起きしなけりゃいけなかったから、親は大変だったろうけど
鉄道の旅って言えばうれしくて寝られないくらいだった俺は、もう4時頃から着替えて待ってた記憶がある どうして初期の急行型はサハシのビュフェ部分だけクーラーがついていたのだろう。 >>566
当然あったよ
ビュフェで窓開けて暑さ凌ぐのは衛生上よろしくないからじゃね? >>562
俺はその「くりこま」(上り)に抜かれる
「たざわ」の乗客だった。 >>562
全車指定席でも取りづらかったんですな。
まあ通常6両、多客期でも9両ってのはあったんでしょうけど。
55・10改正以降は指定1両(スーパーくりこまは2両なのかな?)なんで尚更取りづらかったんでしょうね。
>>563
昭和40年台も後半になるともう庶民の乗り物になってましたよ。 >>569
ウチは夏休みの家族旅行は最後まで急行だったなあ。昭和50年くらいかな
その後も周遊券使っていたから特急には縁がなく、たまに乗ると背広のおじさんばかりの
余所余所しい雰囲気で、学生には場違いに感じたもんだった うちは地方に親父が飛ばされてた頃はもっぱら旅行はクルマ
帰省とかは手当が出るんで特急だったな
首都圏に戻ってから親父がクルマ運転しなくなったんで家族旅行は行き急行、帰りこだまになったな >>564
ビュッフェ部分は固定窓だったため。
>>567
窓開かないから。 >>572
衛生上の問題の対策で固定窓
固定窓対策で冷房
つまり衛生上の問題で冷房
理解出来た? なにしろ糞尿垂れ流しの時代だったから
窓開ければ霧状の糞尿が入ってくる可能性がある
だからビュッフェは固定窓にした 昔は特急に乗れず、急行ばかり乗ってた。
今は急行に乗れず、特急ばかり乗ってる。 >>575
ビュッフェを固定窓にしたのは、窓からの風で食い物が飛び散るのを防ぐためだよ。
衛生面は、あくまで副産物。 1980年の上野発急行列車
06時23分
妙高1号 直江津
06時38分
まつしま1号 仙台
ばんだい1号 喜多方
06時53分
草津1号 万座鹿沢口
ゆけむり1号 水上
07時04分
日光1号 日光
わたらせ1号 高崎
07時07分
おが1号 秋田
07時20分
ときわ3号 平
07時23分
佐渡1号 新潟
07時53分
志賀1号 湯田中
妙高3号 妙高高原
08時00分
もりおか1号 盛岡
08時06分
日光3号 日光
08時53分
よねやま 直江津
09時06分
いいで 新潟
09時10分
ときわ5号 相馬
09時23分
草津3号 万座鹿沢口
ゆけむり3号 水上
09時36分
まつしま3号 仙台 10時23分
あかぎ1号 小山
ゆけむり5号 水上
10時36分
なすの1号 黒磯
10時53分
信州1号 長野
11時03分
ときわ7号 水戸
奥久慈1号 郡山
11時23分
草津5号 万座鹿沢口
12時06分
いわて1号 盛岡
ばんだい5号 喜多方
12時36分
なすの3号 宇都宮
12時53分
信州3号 長野
13時00分
もりおか3号 盛岡
13時23分
佐渡3号 新潟
13時53分
ゆけむり7号 水上
14時06分
日光3号 日光
14時23分
草津7号 万座鹿沢口
ゆけむり9号 水上
15時07分
ときわ9号 平
15時23分
妙高5号 直江津 16時04分
ときわ11号 平
奥久慈3号
磐城石川・常陸太田
16時06分
まつしま9号 仙台
ばんだい7号 喜多方
16時23分
あかぎ3号 桐生
草津9号 万座鹿沢口
16時36分
つくばね 勝田
16時53分
信州5号 長野
17時00分
ときわ13号 平
18時03分
なすの7号 宇都宮
わたらせ3号 桐生
18時19分
ときわ15号 平
18時23分
佐渡5号 新潟
18時36分
あづま1号 福島
18時49分
信州7号 長野
19時08分
八甲田 青森
19時13分
ときわ17号 水戸
19時23分
あかぎ5号 前橋
ゆけむり11号 水上
19時31分
津軽1号 青森 20時04分
あかぎ7号 前橋
20時50分
十和田3号 青森
20時53分
越前 福井
21時13分
鳥海 秋田
21時45分
ときわ19号 水戸
21時49分
能登 金沢
22時38分
天の川 秋田
22時41分
津軽3号 青森
23時04分
出羽 酒田
23時20分
十和田5号 青森
23時20分
佐渡7号 新潟
23時32分
いわて3号 盛岡
23時42分
新星 仙台
23時55分
あづま3号 仙台
ばんだい11号 会津若松
23時58分
妙高9号 直江津
以上、定期列車のみ そうか、福井や金沢でさえ乗り換えなしで行けたんだったよな
まあ、今のほうが到達所要時間は早いだろうけれど >>579-
そうそう、そんな感じだったよなあ。>国鉄時代 東北・高崎・上越・信越・常磐線を、かなりの数の急行が疾走してたよね。 1980年の札幌発急行列車
07時05分
狩勝1号 釧路
07時40分
ちとせ2号 室蘭
えりも1号 様似
08時10分
らいでん2号
長万部・岩内
08時30分
かむい1号 旭川
08時40分
ちとせ4号 室蘭・豊浦
09時02分
すずらん2号 函館
09時05分
かむい3号 旭川
10時10分
ちとせ6号 室蘭
10時20分
ニセコ2号 函館
11時00分
大雪3号 釧路
11時05分
天北 稚内
11時10分
ちとせ8号 洞爺・室蘭
いぶり 札幌
12時15分
らいでん4号 上目名
いぶり 札幌
12時20分
狩勝3号 釧路 12時35分
ちとせ10号 洞爺・室蘭
えりも3号 様似
12時40分
なよろ3号 名寄
大雪5号 興部
13時48分
宗谷 函館
14時10分
ちとせ12号 室蘭
15時00分
かむい7号 旭川
16時10分
ちとせ14号 室蘭
16時35分
宗谷 稚内
17時05分
大雪7号 網走
紋別 遠軽
はぼろ 幌延
17時10分
ちとせ16号 室蘭・豊浦
17時30分
かむい9号 旭川
18時02分
ニセコ4号 函館
18時10分
ちとせ18号 室蘭
18時30分
狩勝5号 帯広
18時40分
ちとせ20号 室蘭
えりも5号 様似
18時40分
らいでん6号 目名・岩内 19時00分
かむい11号 旭川・富良野
ましけ 増毛
20時40分
ちとせ22号 室蘭
21時20分
利尻 稚内
21時35分
狩勝7号 釧路
22時15分
大雪9号 網走
23時15分
すずらん6号 函館 仙台からもものすごい数が出てたな。
特に朝7時台と夕方4時から5時台が各方面への出発ラッシュだった。 1980年 4月 仙台発急行
00:23
八甲田 青森
03:12
十和田3号 青森
05:27
いわて3号 盛岡
05:36
八甲田 上野
05:38
十和田5号 青森
07:00
くりこま1号 青森
07:01
あがの2号 新潟
07:25
たざわ1号 秋田
陸中1号 宮古
むろね1号 盛
07:30
千秋1号 青森
もがみ 羽後本荘
07:50
きたかみ1号 秋田
08:45
まつしま2号 上野
09:03
あぶくま 盛岡
09:45
まつしま4号 郡山
10:00
くりこま3号 青森 続き
10:45
まつしま6号 上野
12:25
あがの4号 新潟
13:15
いわて2号 上野
13:27
もりおか1号 盛岡
14:11
きたかみ3号 青森
陸中3号 宮古
15:20
まつしま8号 上野
15:38
くりこま5号 青森
16:15
いなわしろ4号 喜多方
只見
会津田島
いわき6号 水戸
16:54
千秋3号 秋田
17:20
きたかみ5号 秋田
17:24
いわて1号 盛岡
18:19
もりおか3号 盛岡
18:24
むろね3号 盛
1930
あぶくま 白河
23:20
新星 上野
23:36
いわて4号 上野
以上 定期列車のみ あの頃の朝の仙台駅、東北各地へ仙ココや秋アキなどのキハ58系の急行が散っていく様はなかなかのものだった。 >>592さん
忘れてました(汗)
後ほど改めて。 特急も含めたらエラい数になるな。
そして各停が申し訳程度に。 1980年 4月 仙台発急行
00:23
八甲田 青森
01:27
十和田4号 上野
03:12
十和田3号 青森
05:27
いわて3号 盛岡
05:36
八甲田 上野
05:38
十和田5号 青森
07:00
くりこま1号 青森
07:01
あがの2号 新潟
07:22
あさひ1号 新潟
07:25
たざわ1号 秋田
陸中1号 宮古
むろね1号 盛
07:30
千秋1号 青森
もがみ 羽後本荘
07:50
きたかみ1号 秋田
08:45
まつしま2号 上野
09:03
あぶくま 盛岡
09:25
もりおか2号 上野
09:45 続き
09:45
まつしま4号 郡山
10:00
くりこま3号 青森
10:03
仙山1号 山形
10:45
まつしま6号 上野
11:50
ときわ10号 上野
(原ノ町まで普通)
12:25
あがの4号 新潟
13:15
いわて2号 上野
13:27
もりおか1号 盛岡
14:11
きたかみ3号 青森
陸中3号 宮古
14:46
仙山3号 山形
15:20
まつしま8号 上野
15:38
くりこま5号 青森
15:47
もりおか4号 上野
16:15
いわき6号 水戸
いなわしろ4号 喜多方
只見
会津田島
(福島まで普通) 続き
16:30
あさひ3号 新潟
月山5号 酒田
16:54
千秋3号 秋田
17:19
ときわ16号 上野
17:20
きたかみ5号 秋田
17:24
いわて1号 盛岡
18:19
もりおか3号 盛岡
18:24
むろね3号 盛
19:30
あぶくま 白河
20:11
仙山5号 山形
21:22
あづま4号 上野
(福島まで普通)
22:57
十和田2号 上野
23:20
新星 上野
23:36
いわて4号 上野 昔の時刻をヅラヅラと書き続けているだけって楽しい?
せめてコメントの一つも書いてみろや。
・・・まあ、ただ復刻版時刻表を書き写しているだけで、それらの列車に
思い入れがある訳でもないのだろうが。 仙台の急行発車番線はカオスだったな。ホントその時空いてるホームを使うって感じ。
覚えているのは(一部怪しいけど)
7:00 急行 く り こ ま 1号 青 森 A
9:25 急行 も り お か 2号 上 野 B
11:50 普通 (原ノ町から急行) 上 野 E(ときわ1号折り返し)
13:27 急行 も り お か 1号 盛 岡 @
14:11 急行 きたかみ・陸中 3号 青 森宮 古 E
15:20 急行 ま つ し ま 8号 上 野 A
15:38 急行 く り こ ま 5号 盛 岡 D
15:47 急行 も り お か 4号 上 野 B
16:15 普通 (福島から急行) 水戸喜多方田島只見 A
16:30 急行 あさひ3号 月山5号 新 潟 酒 田 E
17:19 急行 と き わ 16号 上 野 E
23:20 急行 新 星 上 野 F >>599
お言葉に甘えてコメントしてやる。
そんな事言う為だけに出てくんなカス
まっ2チャンなんかオマイみたいなヤツばっかだからイチイチ気にもせんがな
だいたい言うまでもなくタダの暇つぶしに決まってんだろ? 1980年だと、急行まつしまがかなり縮小し、特急ひばりの最盛期だったころでしょ。
佐渡やアルプスなど、他の急行も似たようなものだが。
急行なら、70年代初め頃が最盛期だろ 準急でもサハシ153が営業してたのがあったらしいね
比叡、伊吹とか
東京口は無かったのかな? ボッタくり暴走特急を許すべきではなかった
図に乗った酷鉄は110km/h・転換クロスシートの特急を濫造するようになった。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています