>>40>>41
91年のティレル020ホンダはモデナでも持て余すくらいの代物だった、というのを考えると
NA3.5リッター規定になって以降は結構よく走った、
ターボ時代も、「4bar+大して良くないロータス」でも時々良く走った、
「2.5bar+かなり良くないロータス」でもしばしば良く走った」、という結果の
キャリアベスト4位が2回、ファステストラップ1回というのは年齢からいっても決して悪くはないかと。
これが問題だとすれば、チームメイトが2回予選突破してるクルマで
16戦全部予備予選出来るドライバーに、全16戦で起きた問題の全てについて
説明を求めたって良いだろう。
初代スティグだって自伝を書いたりあちこちで説明をしてるくらいだ。

実際に日本人ドライバーでチームメイトと明らかに同等以上の活躍を出来たドライバーって誰だろう…と思ったら
90年のAスズキさんは確かに鈴鹿の表彰台が効いてるけど入賞回数自体はベルナールと変わらなかったり
(ベルナールはベストリザルトが4位なので、そこで1ポイント違う)、
何だ案外そういうところなんだと。

それだったら中嶋シニアは結構頑張った方かもしれないと思う。
前にも書いたかもしれないがモーターマガジン誌の「世界の自動車図鑑」みたいな別冊の
「この1年のモータースポーツ」みたいな記事で、1990年のF1について
アレジは序盤に活躍したもののシーズン後半にはアクシデントが多くノーポイントレースが重なり、
ここでは中嶋が貴重なポイントを獲得した、とかいう記述もあったりもした。

面白いのは、中嶋・アレジの2人とも「乗って素晴らしかったマシン」には018の方を挙げてる点。
速く走れるかどうかと乗って楽しいかどうかは違うっていうのが何とも印象的。