【WTC】グループA懐かしむスレ【JTC】
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外観はノーマルながら迫力ある走りでサーキットを熱くしたグループA。 連続する12ヶ月間に5000台の生産が義務付け。今の「市販車風プロト」のSGTと異なり、まさに我々が乗っているクルマが戦ってた、それがグループA。 1982年からETC(ヨーロッパツーリングカー選手権)で採用され、日本でも1985年からJTC(全日本ツーリングカー選手権)が開催される。 最終戦インターTECは遠来のワークス来日でおおいに盛り上がった。 1987年には世界選手権(WTC)に格上げ(1年で終了、残念)、WRCもグループA規定になりこちらは永く続き、セリカ、インプレッサ、ランエボが世界チャンピオンに。 WTC終了後もJTCは盛り上がり、R32GT−R登場でその人気は頂点に。 「羊の皮を被った狼」グループAについて語ろう! パルサーはGTI-Rだと2リッター+過給機なので 要は草創期のR30やスタリオンはもちろん、シエラとかとも一緒で R32GT-Rと同じ枠に入っちゃう。NA1.6のスポエボを別に用意すればシビックやレビトレと同じ土俵だけど。 あと、日産的に「スカイラインより速い車を出すことはできない」っていう政治的な壁が出来ちゃうかと。 それならまだセリカGT-FOURベースで3S-Gの排気量増大版を載せた仕様の 「サーキット用スポーツエボリューション」が出てきた方が期待出来たかもしれない。 メルセデスはGr.Aのエボ公認がどうなっていたか分からないけど、M3のスポエボ同様に取れていたのなら クラス2では同じように使えたはずなので惜しい気持ちはあるな。 あとはオメガ・エボEV500とかも。あれはNAだったと思うけど、DTMでは素の勝負でシエラより速かったようなので (ただし向こうは重量区分が色々違って、例えばアウディV8はかなり不利だったりした) 欧州でそれなりに走ってるクルマは日本でも速く走れる可能性はある、って考えはしても良かったかと。 「R32の手前上4駆ハンデを載せるわけにいかない」ってJAFが考えてたんなら 逆に例えば三菱エクリプス(要はギャランVR-4+空力ボディ)辺りに サーキットレース用エボリューションモデルを投入しても、あれはアメリカではバカ売れ車種だったから 500台捌くのは簡単な仕事だったかもしれないしねぇ。 シエラ・コスワース4×4とかシエラ・サファイアRS(後者は普通の4ドアのRSコスワース。Gr.Nのサーキットレースではよく使われた) とかは500台枠のエボリューションモデルが無かったし、フォード自身もそこには興味を示してなかったから サーキットでの活躍は希望薄で、フォードユーザーは最後までRS500で頑張らなきゃいけなかっただろうけど。 >>682 さんの パルサー(orサニー)、ミラージュ、ジェミニあたり←これってラリーやN耐に出ていた1.6Lの話しじゃ無いのかえ? ベンツ190もエボ2出たけどDTM対策だし、M3と何とかって車だから日本のレースでは厳しいでしょ。 どっちにしても当時のグループAレースはスカイラインとその他の図式は変わらないよ。個人的に32は嫌いでは無いが特別過ぎた。 テンロクスポーツが各メーカーから市販されてたのに、グループAに出てきたのはシビックとレビンだけだった。 もったいなかったな。 ベンツ190は86年レイトンが走らせたし、88年ころも1台出てたな。JTC本格参戦してくれれば、BMWとの対決で盛り上がったな。 1.6〜1.8の過給機付きはジェミニとかファミリア辺りがN1耐久には出てたけど それらは確か過給機係数の関係でクラス2になるんでM3と同じ階級、 かつラリーでは500台枠のエボリューションモデルは使用出来ない (これは多分Gr.B末期の悲劇の反省?)。 そういうわけでラリーメインで開発された車には500台枠のエボリューションモデルは存在しないし、 コルシカとかモンテカルロみたいな一部のターマック系イベントで サーキットメインのGr.Aカー(シエラやM3など)が使用される場合にも、RS500やスポエボではあくて 普通の5000台量産バージョンの方だった。 「メーカーとしてはワークス参戦するつもりは無いけど、サテライトチームやプライベーターが使うために ラリー用に使ってるクルマをベースに500台バージョンの開発と公認手続きくらいはしますよ」 なんて企業体力がある会社なんて、もしあったとしてトヨタくらいじゃないかなぁ。 実際ラリーに専念するまではセリカGT-FOURとMA70スープラを別々にやってたくらいだ。 フォードも最初のうちはシエラRSコスワース(5000台限定版が3ドアのアレ、 非限定版が4ドアセダンのシエラ・サファイアRSコスワースだけど、いずれにせよ両方とも公認はある)をベースに サーキット用はRS500、さらにラリー向けにコスワース4×4(これの原型としてシングルカムV6の4×4ってのもあって、やっぱGr.A公認あり)と 使い分け対応してたもんだけどね。 エスコートの500台仕様(要はシエラRS500エンジンのやつ)とかあれば良かったのかもしれないけど この頃はフォードはもう単なるGr.Aサーキットレースからは興味を失ってた。 もう欧州のほとんどではBTCCに追従する方向に決まってたし。 >>686 88年の190Eはレイトンが使ってたやつの中古ではなくて? そういえば現存するのかなアレ…。 1.6リッター(NA)クラスは車両の公認さえあれば何とかプライベーターが関われるクラスだったけど 例えばトヨタでいう土屋エンジニアリング辺りに匹敵するような 能力の高いプライベーターに恵まれたメーカーが他にはなかったという問題もあったかと…。 マツダはルマン、いすゞや三菱はラリーの方に精一杯でワークス参戦やユーザーサポートの余裕はないだけに 「車体と最低限の公認部品があればあとは作りますから」って言えるレベルのユーザーが居ないと難しい。 MT走らせてた東名とか。サニーかパルサーのテンロク見たかったな。 スタリオン止めた三菱はミラージュで続けて欲しかったな。 ファミリアもアンフィニが設定されてたのでFFのNA路線も行けそうに思えたんだけどなー。 >>687 >かつラリーでは500台枠のエボリューションモデルは使用出来ない オリオールなんかが乗ってたシェラは RS500だろ いや普通のRSコスワース バンパー開口面積とかが違う ほんとだ・・・ ラリーとレースで使えるパーツが違うのかね? ミニカーだけでなく RS500って海外サイトの記事にも書いてあるが ラリーはエボ禁止。 厳密に言えばランエボはエボリューションモデルじゃない。 ラリーは五千台作れとか二千五百台作れとか欧州メーカーには厳しい状況だったよ。 何とか追従してたのランチア位だし←台数誤魔化し説も有るが。 但し足回りやエンジンパーツでVO取ってグループBの一部使ったりする事も有ったよ。 ラリー用はなんとなくの流れで、「非限定の量産車」に対して 5000台とか2500台とかの台数クリア用に作った(必ずしも限定数ではない場合もあるが) ホモロゲーションスペシャル用を「エボリューション」とか「エヴォルツィオーネ」 とか呼んでいたという印象…。 WRCのメインの選手権がGr.Aに切り替わったところで、まずランチアが出してきたのが 「普通のHFターボ4WD」(これもまあホモロゲ用に作ったのだが。FFのHFターボは元々あった)で、 これは普通のナローボディのやつ。 そこからブリスターフェンダーのインテグラーレ(8V)→インテグラーレ16V →エヴォルツィオーネ(所謂スーパーデルタ。完全にワイドボディになったやつ) …ってなったけど、スーパーデルタも結局2500台かそれ以上は作ってたと。 なにしろ日本でバカ売れした挙げ句、最終ロットの半分は日本に来たくらいだw https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/12/Auto_Italia_Autumn_Italian_Car_Day_Heritage_Motor_Centre_Gaydon_IMG_6629_%284935663289%29.jpg …コレツィオーネは日本専用だったはずだが逆輸入した人がおんのかw https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/7b/1994_Lancia_Delta_Integrale_HF_%287574707368%29.jpg こっちが本来の本国向けファイナルバージョン「ディーラーズコレクション」。 ランエボが「エボリューション」を名乗ったのも何かスーパーデルタ(エヴォルツィオーネ) の登場と似たような時期だったかと。 一応ランエボは「ノーマルのGSR」があっての「エボリューション」 ノーマルGSRは1800のターボ4駆 エボリューションは2000のターボ4駆 ノーマルはノンエボと呼ばれていた >>699 逆にこっちからすると本国の「コレクターズ」の方が大人っぽい感じで これを日本に引っ張ってきたい感が…。最近のガレ伊太は結構柔軟に対応してくれるようだし モノがモノ(ただ安いだけで引っ張ってきた並行ではなく日本じゃ買えない希少仕様)となれば メンテナンスの相談は受けられそうだし。 >>700 なんかこう昔のランタボの1800と2000的なw あの当時は2000の方が日本では正規販売してなかったけど 時代が変わったから堂々と売れるようになった的な。 そーいえばランタボ2000はGr.A公認があったけど、1800の方はどうだったんだろうというのも気になる。 まー海外ラリー出るんでもなければJAF登録さえあれば支障はないし、 もしサーキットレースにランサーで出たいなら逆車で2000引っ張ってくるなり ラリーアートやテスト&サービスに相談すれば出してきてくれたのかもしれないにしても。 1987年辺りにCMSCがランタボで出てなかった? デルタが毎年5000台作られたとは思えない。 FIAは量産車のフルタイム4駆なんてあるのかいなと思い、極東のジパングまでファミリアがそんなに売れたか調査に来た、 と言う都市伝説も。 途中で2500台まで緩和されたのには理由があると思うが ただ極東であんなにバカ売れするほど景気が良かったとはだれも思うまい WRCだとGT-Rがレギュレーション的に牙抜かれまくった仕様にしかできなかったのがもどかしい >>702 アドバンのランタボ?あれもう少し前だったかと。 >>703 最初から言われてたな。シリアルすっ飛ばしで誤魔化しだとか、トータル足りてても年間通しての生産は間に合って無いとか。 まあサラッとバンパー穴開けたりエンジンパーツコロコロ変えてたとかもね…。 >>704 欧州メーカーからの圧力。 日本車のターボ四駆があんな売れてて緩和しないと無理だから出ないって言い出した。 グループB時代は生産車両ずらっと並べて認可だったので全然様子が違ってたのよね←シトロエンは直ぐにスクラップ、日産は追浜に埋めた伝説も(笑) まー確かにそういう事情(=500台エボ不可)でNISMOとかVスペとか使えなくて 標準車じゃないと駄目だってのはその通りなんだけど、 それ以前に当時のWRCの常識からして取り回すのに重すぎ(これは過給機込み排気量からの理由) +デカ過ぎ(レガシィやギャランも後に小振りな車種に置き換えられたし、セリカですら後年にはデカいと言われた) というところに尽きるかと。 ラリーで使うつもりならS13(4発のまま)をワイドフェンダーにして GT-Rと同じシステムの4駆とかいう方が良かったんじゃないのかな。 外観的にはJGTC用S13って感じかなw http://car-moby.jp/wp-content/uploads/2017/02/44877172cf509ba8dee0e591a8e39ed8.jpg これの4WDロードバージョンを2500台だか5000台だか(500台じゃなくて)売るのだ。 …いや、当時のことだけに売れちゃいそーで怖いなw ※姉妹車:180SX-Daytona(↓コレに近い感じになるw) http://a4.pbase.com/g9/61/35561/2/133892387.WzANOSFn.jpg そーいえば日本のN1耐久はスポエボも使用可(Gr.A/Gr.N/JAF-N1のいずれかの公認があれば良いため) ということだったけど、FIA-Gr.Nのサーキットレースも500台枠のスポエボは使用不可じゃなかったかな。 >>706 シトロエンBX-4TCとかフォードRS200とかはアレ、90年代に入っても まだ新車が残ってたと言われてまして…。 で、RS200の方はイギリスの愛好家の人が後先考えずに残数全部お買い上げしてくれたので 廃棄処分を免れた(で、その人がツテを辿って捌いてくれたのが程度の良い残存車の多く)一方、 BX-4TCや240RSには救世主は現れなかったというわけです…。 ってか240RSなんてガス検何とかして(場合によっちゃ燃料噴射でもくっつけて) 国内で捌くのと比べてさえもスクラップの方が安くついたんですかね…。 確か北米仕様のダットサンキングキャブとか限定輸入販売してたのに。 あとシエラコスワースとかエスコートコスワース(こっちは「RS2500」と呼ばれてる)なんかは 数捌くのに困るんだったら別に日本に正規輸出してくれりゃー捌けたと思うんだけど。 両方ともわざわざ並行で入れた例はあって、5000台限定のRSコスワース (実はこれは2週間かそこらで売り切れて、意外と捌くには困らなかったとは聞く)やRS500も 国内に数台現存してる、非限定のシエラサファイアコスワース(4枚の方)まで含めると 結構な数あるというくらいなので。 BX4TCだって多分余った130台くらいなら日本に持ってきたら売れたと思うし 205ターボ16辺りも、欧州で売った分の赤字を回収出来るくらいの値札で売れたと思うw Gr.Aサーキットレースをフォードがまだ諦めてなかったんなら シエラのエボ2的なやつを500台作って全部日本に持ってくれば売れたんじゃないのかなぁw 上級車のスコーピオ(グラナダの後継車で、現に英国仕様はグラナダと呼ばれた)には コスワース製の3リッターV6積んだ仕様もあって、向こうではこれをシエラにスワップするのも 流行ったとかいうんで、コレを2.5リッターくらいに落としてターボ載せたものを 5000台あるいは2500台(公認取得年次により違う)作って、 向こうで捌けない分は日本に持ってくれば良いと。 >>705 WRCのGT-Rは仕方ない。 そもそもラリーのグループAはハイパワー御法度で急遽決まったもの。ツインターボなんてもってのほかでしたから。 排気量2L超ターボは重量もポンと上がるのでとても厳しい。アウディはこれで泣いた…。 というかGT-Rはエボとか大きさ以前にツインターボのリストリクターと排気量の最低重量区分で軽くできなかったので どうにもならなかったのだ >>708 日産は国内でナンバー付ける目的に売らない決定してたから無理。その前のバイオレット系と同じ方針。 売る気が有ったらトヨタのセリカTA64みたいにしてた。 >>710 書いてる間に同じこと書かれてたすまないw >>713 いえいえ。 兎に角ラリーのGT-Rは可哀想だったよ。コルスに出て市販車よりパワー無いしブレーキがあっという間にダメになるしで。 あー成る程ただでさえ標準車ベースなうえに ツインターボリストリクターが付いちゃうと…確かにそれはどうにもなりませんな。 Gr.Nじゃなければブレーキは公認を取ったものなら使うことはできるけど サーキットですら例えばタイサンは水噴射ポンプなんか付けてたくらいキャパに余裕がないものが、 ラリーの「2.6リッター×過給機換算」の重量で耐えられるかというと流石にね。 なお例えばヨーロッパのGr.Nサーキットレース(ニュルブルクリンクとか)の場合 これはこれで車高弄っちゃいけないルールとかタイヤサイズも原則純正そのまんま (スリックOKだったかどうかは忘れた)とか、日本のN1よりかなり足回りの改造範囲が狭いので 結果としてブレーキへの負担が小さくて、それで「標準車」のブレーキで耐えられたんだと思う。 R30でアクロポリス走ったラリー界の梶原一騎さんも語って良いですか >>716 いや、32のスカイラインGT-Rで出たチャレンジャーが居ります。 >>718 >ラリー界の梶原一騎 知らないんだろうな・・・ >>720 山口正巳のブログだったかに イギリスに行ったとき 柑本さんが勤めている ホテルってのを思い出して立ち寄ってみたけど とうの昔に辞めているそうで 会うことはできなかった なんて書いてあったなw でも今じゃフェイスブックに名前があってびっくり Gr.Aに関係なくて申し訳ないけど、Z31が全日で勝ってたんだよな。 >>722 日産の車で全日本ラリーに出るにあたって一番ホイールベースの短いFR車を選んだらZ31だった >>723 そういう理由だったのですか。 S30Zからの繋がりかと思ってました。 国内じゃS30Zもメインにはなれなかった。バイオレットかオースターで行きたくても海外みたいな改良は出来ない、Z31はその中で上手くやった車両ですね。 ラリーじゃ本命のブルーバードSSS-Rまで我慢の日産でしたから。 国内ラリーにトリコロールの日産ワークスカーが出たのは衝撃だった。 ifの話で恐縮だけど、SX200って有ったじゃないですか。あれの3リッターSOHCの代わりに2.5のDOHC載せてツーリングカー参戦してたら有る程度活躍したと思うんだけど。大森で走らせてたFJ20ETのよりはましだよね? >>727 WRCの二の舞に成ると思う。 シャシ古いしサスペンションも微妙。スタリオンに着いて行けるかどうか位じゃ…。 まあ、メーカーがどれだけ本気になるのか?なのだけれども本気になり過ぎて(入れ込み過ぎて)潰れたカテゴリーがあっちこっちの国や地域にあるからね。 更に本気になったメーカー達にFIAが油注いで世界選手権とかにしちゃって潰れたのもあっちこっちにあるしね。 欧米で言われている格言みたいなのに、 「ダイムラーとトヨタ(+ホンダ)を本気にさせたらそのカテゴリーは潰れる」 というのがあるらしい。 そういう事かと。直4なら載るからFJ24に燃料噴射組み合わせる辺りがよさそうな。 もしくは過給機付きで換算排気量が2500cc未満に収まるには何ccであれば…って https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97A 1.4倍換算の時代だと1785ccということなので、 それならCA18DET-Rを僅かにボアかストロークで弄って(まあショートストローク化が常道かな) 「CA17DET-R」的なものを作ればいけたということでは。 さらに欧州仕様に設定のあった「Grand Prix」仕様のエクステリアで500台限定販売ry https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/70/Nissan_silvia_grand_prix_S12.jpg …と、ふと気づいたんですがこれ、フルストロークしたら当たるんじゃw Gr.Aの規定では「フェンダーの耳」と認識されれば潰したり切ったりするのが許されてるはずだけど ロードカーとしての機能性に問題ありそーw で、1.7倍換算になったのがいつ頃かは分からないものの 「1.7倍換算で2500cc相当」ということだと1470ccと弾き出されてきました。 つまりそれだと1300cc級を大きくするか1500〜1600cc級を小さくしたものに ツインターボでも付ければ良いということに。 そーいえば規定上はマーチスーパーターボでGr.Aサーキットレースに出ても良いはず (サファリラリーに出ている通りでGr.A公認は取れているので。1.6リッター以下クラスに入る) ですけど、やったって話は聞いたこと無いですねぇ…。 先行試作車的なやつのワンメイクカーで行われた「マーチ・リトルダイナマイトカップ」 のメディア対抗レースに参戦した人がモーターファンに書いた記事によると、N1仕様の場合 「スーパーチャージャーはスタート直後のほんのちょっとくらいしか効果を体感できない」 とのことですが。 >>727 http://car-moby.jp/190626 FJ20、ショートストロークだから競技用には良かったのではないかい? 日産FJ系のエンジンは重い(重過ぎる)ので、あまりモータースポーツでは使われなかった… オペル マンタ&アスコナ400と同じようにコスワースに丸々頼み込んだらまあまあ使えるエンジンに化けたんじゃ無いかい? FJ24って基本的にプライベーター向けで頑丈さ優先だから重いの仕方ないさね。 >>735 日産の実験部門が直々に開発したエンジンなのに >コスワースに丸々頼み込んだらまあまあ使えるエンジンに化けたんじゃ無いかい? 昭和は遠くになりにけり・・・w >>736 ん?それは日産の実験部門が優秀だったからコスワースなんかに依頼しないで充分なエンジンって事なの? 1.7倍換算は1988年から。 87年だけDIV2に入るアルファの1.7ターボが出たり、 4200cc扱いで翌年は5100cc扱いになるスープラ出したトヨタの真意が読めん。 GTS-Rは最初から1.7倍換算の最低車重で作られた。 >>734 てーことは東名エンジンが作ったF3用のとかは後のスリーボンド日産(SR20VE) みたいな感じでブロックゴリゴリ作戦ですかね? でも、それなら逆にいうとBMW M12/13みたいなもので鬼ブースト運用には適してそうな…。 3S-Gが幅利かせてきてNPTIが対策に苦心しはじめた頃(確かVG30の2.5リッター仕様とか出してた)に FJ20出してあげれば向こうで破裂しそうなバカチューンして起死回生があったかも。 >>738 そうなるとまさかのCA14(15?)DETTとかそういう話になってくるわけですか…。 まー手順的にはどーせストロークダウンするだけなので出来なくはないw >>729 「ダイムラーとトヨタ(+ホンダ)を本気にさせたらそのカテゴリーは潰れる」 ホンダは昔の話で最近はそこまでのパワーは無いような。 トヨタが潰したカテゴリーってちょっと思い浮かばないなぁ。 どちらかというと、潰れかけてるカテゴリーに全力投球してるイメージだ。 スレチだけど80年代半ばに投入直前までいったっていうトヨタのF1エンジンがどこまで通用出来たのかは興味ある。 ホンダと星の取り合いになって、TAGポルシェとフェラーリなんかにもっと前に引導渡したのかとかね。 まさかの3S-GT改だったりして(違 いやBMW M12/13理論でいえば作るだけなら出来るし多分耐えられるぞw 初期のR32Vがバカみたいに重かったという話を聞くけど (それと88C-V本体もカーボンなのに重かったんで規定重量を大幅に超過した) まさか例のポルシェV12の縦横逆パターンで3S-Gをクランク合わせにした訳ではないとry あとはOX66を排気量だけ小さくして(相対的にブロックは厚くなる)ターボ付けて バッジネーム買いしたバージョンという線か。 それだとホンダが出たとか、トヨタ自身もルマンやWRCには出たとかいう理由がまた…。 「西欧で行われるイベントに出ることにメリットが無い」ってことでもなかろうし。 むしろ単純にベンチで回してただけなのか、何らかの実車 (NA時代にはF3000マシンに積むのが定番だったけど、時期によってはF2だったり 出物に恵まれれば中堅チームの中古F1とか、ポルシェみたくGr.Cカーとか)に積んで 走行テストまでこぎつけたのか、なんてのは気になるな。 当時のF3000ならエンジンカウル無いのが普通だし一応カーボンモノコックだったから エンジンベイに積むのは特に問題無いし、当時の直4Gr.Cも米山二郎さんがトムスから買って DFL(後にDFZ)積んだりしてるから、F1級のV型積むのに物理的な問題は無さそう。 同じ1週間後でも、モーターランド2のJTCダイジェストの方が、今のスーパーGT+より楽しみだった。 テレビ局も放映時間も同じ。 ボルボ240ターボのホモロゲ用市販車ってあるの? 調べてもレースマシンしか出てこなくて いまいちわからん >>747 そういえば無いのかな? レースだとリアウイング付いているけどね。 モノコック・シャシーは市販車のホワイトボディを「酸のプール」に浸けて軽量化したっては聞いた事あるな… >>747 普通に2ドアボルボ240ターボって有ったと思ったが…。 確かフロントのサス周りが色々物議有ったのも記憶してる。 レースで羽が付いてるなら羽根つきの公道モデルが有るはずなんだけどね 中身が普通の240ターボと同じ仕様だとして 普通の240ターボそんなに潜在能力高いのか?っていう BMW635CSiのリアスポみたいなもんで純正オプションとして設定はされていた、 って種類のもんじゃないのかな。 240ターボは「ターボ外して売った説」もあったけど、それは仮にあったところで 多分売れ残り処分かなんかの話であって、 ターボ付きで欲しいお客さんとかエアロ付きで欲しいお客さんには 別にその仕様で普通に売ってくれたんじゃないのかと。 地元のライバルメーカーたるサーブが当時普通に、ほぼ全車種にターボ車設定してたんで (900登場後にビッグマイナーされて90と改められて以降の99には無かった記憶)、 ボルボだって上級の7x0系にしかターボを設定しちゃいけない事情もなかろうと。 https://en.wikipedia.org/wiki/Volvo_200_Series 英語版Wikipediaで見たらターボバージョンは ・GLT Turbo ・240T Group A FIA Homologated Turbo って2種類があって、前者は2ドア4ドア両方あり(ただし2ドアは84年までの製造)、 後者が500台エボリューション枠ということの模様。 どっちにしろ日本で知名度が極度に低いのは、2枚もターボモデルも日本に入ってこなかったからでは。 英語版の240T Group A FIA Homologated Turboの説明について慎重に読んだら、 何か「500台作れば売らなくても良いというレギュレーションの穴を利用して、 作った500台からエヴォリューションキットを取り外して(高容量のインタークーラーを保持するために?) サンルーフを付けてアメリカに出荷した」みたいなこと書いてあるな。 ただ、結局その後でアメリカ向けにもレトロフィットバージョンとしてエヴォリューションキットを 付け直したようなことも書いてあるのと、 ボンネットが「フラットノーズ」になっているタイプは欧州マーケット向けにしか出荷されておらず アメリカでは大変に珍重されるとか、「フルバージョンのエボリューションカーは一般には販売されていない」 みたいなことが書いてありますな。 レトロフィットアップデート付きの北米仕様ホモロゲーションターボに 欧州向けのフラットノーズボンネット&グリルセットを付けると機構的には一番近いもの (ただしサンルーフ付き)になる、見た目は欧州仕様のフラットノーズの方が近いけど 内部仕様が違う、ってなわけか。 アメリカ向け仕様にレトロフィットを設定する必要が出た理由ってのは何か FIAが生産車をランダムチェックしたら公認通りの車両がねーじゃねーかコラとかった、みたいな話もw で、ここでいうフラットノーズ&グリル云々ってのはあれかな、 当時はまだ北米は灯火規制絡みで規格形状のライト使わなきゃいけなかったんで それに合わせた仕様のフロント周りに換装してデリバリーしたからと。 今は法律変わったから多分右側通行仕様の異型ランプなら欧州仕様フェイスにしても良いんだろう。 どうせあの頃の強い車はグレーゾーンだらけだ。 でもボルボもジャガーもホールデンもローバーも好きだけどな。 フォードシエラもRSコスワースになる前にショートリリーフ的に走ってた ターボモデルの「XR-4Ti」っていう方は実はヨーロッパでは売ってないばかりか、 フォードバッジ付きで出回った分は無いし。 北米専用仕様としてマーキュリーのディーラーで売った「メルクール・XR4Ti」っていう車種なのだけど 欧州選手権ではシレッとフォード・シエラのバッジ付けて走ってたっていう。 しかしボルボにせよフォードにせよアメリカに輸出したがったのは やっぱり当時市場として一番デカくて捌きやすかったからってことかね。 なお日本には普通のXR4iの方と5ドアのV6だけ来てて案の定大して売れなかったけど、 XR4TiやRSコスワースなんて持って来たら売れたんじゃないかと思った記憶。 ボルボ240ターボだって持ってくれば売れたろうと思うんだけど 当時正規輸入車でガチのホットモデルがなかなか入ってこない傾向にあったのは 日本車同様に運輸省からあれこれあったのかと勘繰りたくもなる。 ちなみにローヴァーSD1の「ヴィテス」は元々普通にあったスポーツバージョンで (ちなみに車自体は当時の英国病絡みで品質的には微妙だったものの、 5ドアボディは好評だったようで、後継の初代レジェンドベースのローバー800シリーズでも レジェンドにはない5ドア仕様と、このヴィテスグレードが1回目のマイナーチェンジで追加される)、 ホールデンのコモドールSSも、オーストラリア人はアメリカ人と並んでV8大好き民族なので 普通にスポーツバージョンとして設定してあったやつの模様。 言ってみれば各々、日本でいえばセドリックのV30ターボブロアムVIP(もしくはHCルーチェのロータリーターボ)と スカイラインの鉄仮面RSターボC(4枚の方)みたいなイメージで捉えて頂ければ的なやつって事です。 だから数捌くのはそれほど難しいこっちゃないと。 「実はその仕様売ってねーじゃん」ネタで思い出したネタもうひとつ。 主な活動時期はFIA-STの時代になるけど、「2リッター/4ドア規定」初期のBTCCは ベース車のGr.A公認を必要としていたので(なので実はXEDOS6≒EN500とか 323F≒アスティナとかもGr.A公認取ってる)、カリーナE≒コロナも同様。 ただ、日本仕様のコロナと欧州仕様のカリーナEは実は微妙に形が違ってて 欧州仕様はカルディナみたいな顔してる。 だからよく見ると日本のJTCCで走ってたコロナってバンパーだけカルディナのやつが付いてる 市販車だと実在しない仕様になってるでしょ。しかも冷静に考えるとあれ、 フロントウィンカーが無いんじゃ?w ピットインとかトラブルの時とかぐらいしか使うことは無いし、後ろだけ付いてりゃ良いのかもしれないけど もしかしたら本来車幅灯である部分が光るように配列を改造してたんだろうか。 記憶はそこそこあっても頭はそんな良くないぞw ローバーは赤池レーシングがTWRから1台購入してシエラに入れ替えるまで使ってて ホールデンも木本正広さんのエルマノスレーシングが、86年のインターTECで ホールデンディーラーチームが使用した車両そのもの(最後に前輪外れたやつではなくて 途中でエンジントラブルで止まったモービルカラーの方)を購入して87年から使った。 なんかホールデンのGr.Aバージョンはデフ無しが標準らしくて(CG誌87年1月号に紹介&試乗記がある)、 だからBOB JANE T-MARTSカラーの方のマシンが前輪外れて片方ゴリゴリ擦ってる状態でも、 荷重の抜けた対角線側の後輪から駆動抜けちゃったりしないで割と普通に走ってこれちゃったわけだ。 聞かれてもないウンチクはどうでも良いから要点だけを簡潔に書いてくれ 頭悪いな って言われてんだよ気付けよ それを言うと便所の落書きだから好きに書かせろと逆ギレして来たんだよなあ 658 カベ|▼▼)つ ◆Fx.QEpOTGw (ワッチョイ c6c1-bmQX) sage 2018/05/04(金) 16:31:26.33 ID:e3MoztXI0 そーいや水彩風に割とガチで描いちゃった絵で キャラミのホームストレートに消火器を持って駆け出す青年を描いたのを見た記憶が…。 まあサスアームが少しずれた角度で跳ねてれば最悪の事態を避けられたのかもしれないけど、 それでも良いとこバリチェロくらい、悪いとハッキネンかヴェンドリンガーくらいの怪我にはなるよ。 この当時のF3000のサイドポンツーンルールは、まー格好良いとは言えないけど 意味はあった訳だなと思った。F3も確か似たようなルールになって 80年代によくあった左右で全然高さが違う形状は認められなくなったんだったと記憶。 しかし、今思うとあのラジエーター入ってない側がカマボコ板みたいに低いあの形状は 空力的には問題なかったのかと非常に疑問ではあった…。 レイナード923/933の何も入ってないのにそびえ立つ壁みたいなやつもどうかとは思ったがw グレース王妃はローバー3500で事故起こしたと聞いていたので、年代からいって SD1のヴァンプラ(エンジンはヴィテスと同じやつ。ただし豪華志向のトップグレードなので装備面が違う) 一つ前の世代のP6系の3500(これもV8)だったと聞いて驚愕した件。 実質的に同一エンジンみたいなもん。 イギリス人は必要にして十分なら延々と使い続ける。 ジャガーのDOHC2弁直6は第二次大戦中に直4DOHCの開発をスタートして6気筒市販バージョンの発売開始が1949年、それを1992年までしれっと売ってた。 V8だとベントレーのも長寿だったと記憶してる。 ローバーのV8も1960-2006だったから、バランスのいいエンジンは半世紀近く生き残るのがイギリスでは普通と言えば普通。 正直、6万と発表された86年雨のインターTECは3分の1が実数だと思う。 インターTECが人気レースになったの88年以降じゃないか? それは88年のワークス全数GTS-R効果を盛り過ぎでないかい? むしろ車種や選手のバラエティからいえばよほど86-87年辺りの方が充実してたんだから そのくらいの観客動員があっておかしいこっちゃないと思う。 86年だって日本勢は各ワークスのエースに国さん(この時は三菱)とか長谷見さん(日産)とかが居て、 海外勢が質量ともに大挙押し寄せて、となってたし 87年は今度迎え撃つ国内ワークス勢にMA70スープラ(まだターボAではない。でもアラン・ジョーンズとジェフ・リース)とか 1台だけ間に合ったスカイラインGTS-R(星野/オロフソン組の初代リコーカー)に加えて 実績のあるR30スカイラインとか国内勢のシエラとかが並んでるところに ワークスの黒いシエラとかシュニッツァーのBMW(世界選手権が掛かってたから当然)とか来たんだから。 その点では最低限WECinJAPANと同等くらいには客を呼べるイベントだったんじゃない? >>769 質問ですみませんが、その頃の日本モータースポーツはどのような状況だったのでしょうか? これから盛り上がる状況でしたか? この前、半袖を出そうと、タンスをさばいてたら、土屋と高橋のTシャツが出てきた。 確か雨が降った鈴鹿で買ったはず。 赤と黒のGTRはアドバンだったか、タイサンだったか。懐かしいな。 >>770 1987年が「モタスポメジャー化元年」と言われた。F1やル・マンの中継開始で。 86年は言わばプレ元年。ホンダエンジンがチャンピオンになったり、日産がル・マンに初出場したり。 国内メジャーシリーズが4になり(F2、GC、耐久、JTC)、徐々に盛り上がってきた。 インターTECは盛り上がってきたグループA、当時飛ぶ取り落とす勢いだったフジテレビ主催と言うことで画期的なイベントだった。 ただ86年は雨で寒く客の入りは悪かったな。 >>771 GT-Rだったら基本的にはエントリー名義が「TAISAN RACING」になった後じゃない? Gr.Cの初期の頃に「アドバン・アルファ・ポルシェ」って言ってた時の「アルファ」ってのも タイサンの製品として販売されてたダイビング用品のブランド名だったそうなので 単にブランド戦略絡みで会社の名前の方を全面に出すことにしたってことだと思うけど。 R30スカイラインの時にもアドバンカラーのがあった覚えはあるけど、 これのチームオーナーとかレースオペレーションとかは記憶にない。 >>773 レスさんくす! そっか、タイサンだったかな。 レースの中盤以降に結構な雨の中で、土屋がカットレインで走っていて、最初は良い順位に居たのに結構滑っていて、ずるずると下がっていき『タイヤ換えろよ〜』って見てたよ。 >>772 貴重な話、ありがとうございます。 盛り上がりは80年代後半からだったのですね。 その頃を生で観たかったです。 >>771 アドバンカラーのR32は、91年が高橋健二/土屋、92,93年が高橋国光/土屋。91年がチームタイサン、 92,93年がチーム国光の名義でエントリー。91年はタイサン自社メンテ、92,93年が事実上ニスモにタイサンがスポンサードする形の体制。 アドバンカラーのR30は87年。和田/健二。アドバンスポーツ東名から。前年のチャンピオンカー(ニスモ車)。 スカイラインGT‐Rは実質メンテはHKS以外はニスモ E/Gや4駆のマネジメントのCPUが門外不出なので HKSだけが自社開発 FETも実は最初自社チューンだったが、ダメだと言うことでニスモに。 FETは豊田系だったから冷遇されてた話を聞いた覚えが…。 結局勝てなかったのFETだけだからね。 92年以降 インパル 7勝 ハセミ 3勝 ニスモ 3勝 オブジェクトT 2勝 チーム国光 1勝 HKS 1勝 >>781 グループA GT-Rは 俺と星野さんの対決だった と大ボラを吹く 詐欺師の土屋圭市 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
read.cgi ver 07.5.1 2024/04/28 Walang Kapalit ★ | Donguri System Team 5ちゃんねる