【優良企業】アンパンマンショップ【時給500円】 [無断転載禁止]©2ch.net
レス数が1000を超えています。これ以上書き込みはできません。
二人は肩を並べながら、しもうた家ばかり続いている、人気のない町を歩いて来た。 町の上には半輪の月が、霜の下りた家々の屋根へ、寒い光を流していた。 牧野はその光の中へ、時々巻煙草の煙を吹いては、さっきの剣舞でも頭にあるのか、 所が横町を一つ曲ると、突然お蓮は慴えたように、牧野の外套の袖を引いた。 お蓮は彼に寄り添いながら、気味の悪そうな眼つきをしていた。 牧野は思わず足を止めると、ちょいと耳を澄ませて見た。 が、寂しい往来には、犬の吠える声さえ聞えなかった。 お蓮は房楊枝を啣えながら、顔を洗いに縁側へ行った。 縁側にはもういつもの通り、銅の耳盥に湯を汲んだのが、鉢前の前に置いてあった。 庭の向うに続いた景色も、曇天を映した川の水と一しょに、荒涼を極めたものだった。 が、その景色が眼にはいると、お蓮は嗽いを使いがら、今までは全然忘れていた昨夜の夢を思い出した。 それは彼女がたった一人、暗い藪だか林だかの中を歩き廻っている夢だった。 彼女は細い路を辿りながら、「とうとう私の念力が届いた。 きっと今に金さんにも、遇う事が出来るのに違いない。」―― するとしばらく歩いている内に、大砲の音や小銃の音が、どことも知らず聞え出した。 と同時に木々の空が、まるで火事でも映すように、だんだん赤濁りを帯び始めた。 が、いくら気負って見ても、何故か一向走れなかった。………… お蓮は顔を洗ってしまうと、手水を使うために肌を脱いだ。 その時何か冷たい物が、べたりと彼女の背中に触れた。 そこには小犬が尾を振りながら、頻に黒い鼻を舐め廻していた。 牧野はその後二三日すると、いつもより早めに妾宅へ、田宮と云う男と遊びに来た。 ある有名な御用商人の店へ、番頭格に通っている田宮は、お蓮が牧野に囲われるのについても、いろいろ世話をしてくれた人物だった。 こうやって丸髷に結っていると、どうしても昔のお蓮さんとは見えない。」 田宮は明いランプの光に、薄痘痕のある顔を火照らせながら、向い合った牧野へ盃をさした。 これが島田に結っていたとか、赤熊に結っていたとか云うんなら、こうも違っちゃ見えまいがね、何しろ以前が以前だから、――」 「おい、おい、ここの婆さんは眼は少し悪いようだが、耳は遠くもないんだからね。」 牧野はそう注意はしても、嬉しそうににやにや笑っていた。 あの時分の事を考えると、まるで夢のようじゃありませんか。」 お蓮は眼を外らせたまま、膝の上の小犬にからかっていた。 「私も牧野さんに頼まれたから、一度は引き受けて見たようなものの、万一ばれた日にゃ大事だと、無事に神戸へ上がるまでにゃ、随分これでも気を揉みましたぜ。」 「へん、そう云う危い橋なら、渡りつけているだろうに、――」 田宮は一盃ぐいとやりながら、わざとらしい渋面をつくって見せた。 「だがお蓮の今日あるを得たのは、実際君のおかげだよ。」 「そう云われると恐れ入るが、とにかくあの時は弱ったよ。 おまけにまた乗った船が、ちょうど玄海へかかったとなると、恐ろしいしけを食ってね。―― 「ええ、私はもう船も何も、沈んでしまうかと思いましたよ。」 お蓮は田宮の酌をしながら、やっと話に調子を合わせた。 が、あの船が沈んでいたら、今よりは反って益かも知れない。―― 「それがまあこうしていられるんだから、御互様に仕合せでさあ。―― お蓮さんに丸髷が似合うようになると、もう一度また昔のなりに、返らせて見たい気もしやしないか?」 ないと云えば昔の着物は、一つもこっちへは持って来なかったかい?」 「着物どころか櫛簪までも、ちゃんと御持参になっている。 いくら僕が止せと云っても、一向御取上げにならなかったんだから、――」 牧野はちらりと長火鉢越しに、お蓮の顔へ眼を送った。 お蓮はその言葉も聞えないように、鉄瓶のぬるんだのを気にしていた。 その内に一つなりを変えて、御酌を願おうじゃありませんか?」 「そうして君も序ながら、昔馴染を一人思い出すか。」 「さあ、その昔馴染みと云うやつがね、お蓮さんのように好縹緻だと、思い出し甲斐もあると云うものだが、――」 田宮は薄痘痕のある顔に、擽ったそうな笑いを浮べながら、すり芋を箸に搦んでいた。…… その晩田宮が帰ってから、牧野は何も知らなかったお蓮に、近々陸軍を止め次第、商人になると云う話をした。 辞職の許可が出さえすれば、田宮が今使われている、ある名高い御用商人が、すぐに高給で抱えてくれる、―― 「そうすりゃここにいなくとも好いから、どこか手広い家へ引っ越そうじゃないか?」 牧野はさも疲れたように、火鉢の前へ寝ころんだまま、田宮が土産に持って来たマニラの葉巻を吹かしていた。 お蓮は意地のきたない犬へ、残り物を当てがうのに忙しかった。 牧野の口調や顔色では、この意外な消息も、満更冗談とは思われなかった。 牧野は険しい眼をしながら、やけに葉巻をすぱすぱやった。 お蓮は寂しい顔をしたなり、しばらくは何とも答えなかった。 そうそう、田宮の旦那が御見えになった、ちょうどその明くる日ですよ。」 お蓮に使われていた婆さんは、私の友人のKと云う医者に、こう当時の容子を話した。 始めは毎日長火鉢の前に、ぼんやり寝ているばかりでしたが、その内に時々どうかすると、畳をよごすようになったんです。 御新造は何しろ子供のように、可愛がっていらしった犬ですから、わざわざ牛乳を取ってやったり、宝丹を口へ啣ませてやったり、随分大事になさいました。 犬の病気が悪くなると、御新造が犬と話をなさるのも、だんだん珍しくなくなったんです。 「そりゃ話をなさると云っても、つまりは御新造が犬を相手に、長々と独り語をおっしゃるんですが、夜更けにでもその声が聞えて御覧なさい。 何だか犬も人間のように、口を利いていそうな気がして、あんまり好い気はしないもんですよ。 それでなくっても一度なぞは、あるからっ風のひどかった日に、御使いに行って帰って来ると、―― その御使いも近所の占い者の所へ、犬の病気を見て貰いに行ったんですが、―― レス数が1000を超えています。これ以上書き込みはできません。