レ、レ、レ、レタッチマン!今が出番だ!
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いや、出番はないんだが・・・、どこへ行ったレタッチマン! >>301
絵? 普通のマウスですけど・・・ シザースハンズっていいのがあるらしいが俺は知らん。 カッターは校了紙面付けで使う
あとデジコンやプリモの箱のテープ切る時 20年程前に大阪福島の凸○印刷内でレタッチの仕事をしてましたが、その頃凸○内にあった製版会社は今も健在かご存知ないですか?
庄○プロや三○スタジオなどなどですが・・・ 切り抜きは手作業でやったほうがきれいにできる。
と、機械音痴のベテラン職人爺が言い張ってるW
もはやきれいなもんなんて求められてねえよW
まあ切り抜き作業楽しかったけど。 いやたぶんそうだろう
CADもいまの若い子はグチャグチャだと聞く むかしどこかで手に入れた「マグルバー」ってのがまだ手元にある。
一度も使った事はないけど、今となっては「実用新案出願中」の文字が涙を誘うなぁ。 レタッチやってた頃はその日の夜の予定もたてられなかったよな 従来製版は基本的に立ち仕事だったので、未だに足の裏のタコやら魚の目やら
痛くてかなわんわい。 >>313
無理無理。タコが何箇所も出来て、その上に魚の目が出来てるから、そうとう
芯が深い。お金と暇があれば手術でえぐってもらえるんだけどなー。 レタッチ以外何一つ一般常識ないオッチャンが多くて
驚いたw
免許も持っとらん茗荷谷潟潤[ク・モ●のハゲオヤジの日野さんお元気? 従来製版が主体の頃。難易度の高い仕事はどうしても台紙が増えるためプリンター合成に
時間がかかる。
っーことで合成のバイトを雇ってくれたっけ。一人、5.6本は最低でも出来るから、うちは30人いて180袋だ。
でも、これの求人情報の説明ってどんなんだったんだろう?
大型コピー機のようなもので、フィルムに画像を焼き付けていく仕事です。立ち仕事なので体力ある方希望。内容は誰でもすぐ
覚えられます。 従来製版って何だよ。
ガラスの頃?暗室の頃?明室の頃?DTPの頃? ポジフィルム面付けの見当合わせの精度が悪いのかある時期からペンタックスの
顕微鏡使うようになった。
ある日テレビ観てたらそれと同じ物が番組内で使用されてて感激した。
使用目的は地面に飛び散ったガラスの破片などの微粒物の採取、つまり証拠品ね。
でした。 もう10年以上も前の事だが篠原ともえのCD買ったら、店員さんが「ポスター
あるけど欲しいですか?」と勧めてきたので有難く頂戴したら、
それは印刷物ではなくコンセだった!! しかもトンボとかマジックでごちゃごちゃ
書き込んだ文字も入ってる。
はあ?と思ったが店員の顔をたてて持って帰ることにした。
池袋にある某デパート内の店の出来事でした。 ポジフィルム面付けの見当合わせの精度が悪い
俺は普通の角ルーペ使ってたけどなあ。最初にアイ版のトンボ少し削って
見やすくしてた。 20年くらい前は若い女性もたくさんいた。分解ネガが見当合わせしてる時
ミニスカの子がいて張ってる時前かがみになるのでパンツが見えそうで見えない。
もどかしい日々が続いたよ・・・・ 女向けの仕事じゃねーよなw
今どうか知らんけど残業長引いて風呂も入れなくなるような仕事を女が
やってはいけないw DTPになる前は夜勤が無かったんだよね。
そのかわり日曜・祝日出勤があった。うちの場合軽いものは1点2000円からで
なかには3マンぐらい稼ぐ人もおったな。 アナログ時代の印刷業はブスばかりだった
女が出来る製版や版下、手動写植、電算写植の中でブス率の高さは1製版、2版下、手動写植、3電算写植 の順 人前に出るな、言われて育った、社会的に葬り去られた女子の巣窟(爆) なんとか製版を盛り上げようと、うちではカラープリンティングデザイナー
募集とか言ってた。 20年くらい前のポジフィルムの一部訂正をやった。封印してたマイカッターを
自宅から持参して作業した。自現の調子が悪くて終電逃し、家まで歩いて帰った。
そしたら巡回警官に職務質問され運悪くマイカッターがバッグの中に・・・・ >>329
え? ポジフィルムのトンボの見当合わせだよ。肉眼じゃ無理でしょ。 二十歳やそこらの女の子が、エロ本のスミ消しなんて
どんな気持ちでやっていたんだろう。
伝導バイブの切り抜きなんて、どんな気がしたんだろう。
一度聞いたら、仕事だから何とも思わないって言っていたけど。 フォトマスク剥がしにくくてイライラしたなあ・・・・
現像液が足りないと、パサパサになっちゃうんだよね。 研修日の初日はテープカッター作りから始まった。
普通のギザギザの刃だと製版用テープは切り取りにくいので、
カッターの刃をまるまる1枚台にビニールテープに固定して改造するのだ。 くだらない事だがスミ版を表記するのにBLかBKにするのかで大分もめた事がある。
俺はKにしてたけど・・・ 家の奥の棚を整理してたら、大量の赤ストのヤレがいっぱい入ったビニールが
でてきた。
なんで家に持ち帰ったんだろう・・・ >>336 うちの押し入れからもフィルムが出てきたよ
何も役に立たないなあ まだインターネットが普及してなかったころ、エロ雑誌のポジフィルムだけが
楽しみだったよ。
ある程度合成材料が溜まると処分してたが、エロ系だけは個人的に保存してたな。
あのころはモザイクじゃなくてスミベタのせなので、スミベタの部分だけ
止めにして無修正版作って楽しんでいたよ。
まあ、コンセも無いから4版の白黒を脳内で変換して天然色にしてたけどな! 新人のころ、赤ストでマスク切り抜いてたら、膜だけじゃなくて裏のベース
までくり貫いちゃった奴がおったな・・・・・・ 色調とかネガフィルムを薬液で洗ってたな
職人がいたよ >>341
減力液だね。どっちかというとポジ洗う方が多いけどね。得に人肌のアイとスミ。
濃くする時は洗うよりスペーサーだな。
ネガ洗うのは文字がかすれている場合かな。明朝系が特に。 ルミラーベースやフィルムにパンチ穴開けるとき、普通にガチャンと開けるか、
手でスーツとさすってから開けるかで、いつも揉めてた。 >>342
具体的にはもう忘れちゃったけどハイターとかも使ってたな
>>343
あのガッシャッという感触が好きだったわ パンチ台が何台かあると、穴の位置が微妙に違うんだよね。
遊びがある穴だといいんだけど、返しがえしのときにトンボ1本分程ずれる。
でも、頑丈だった。パンチ台はとっくに処分してしまってけれど、
ピンバーは今も何十本と残っている。
蒲田製作所のピンKFP-20の大、中、小にはお世話になりました。
オペークを入れた小皿に小さな石鹸を入れてたり、ビールで薄めてた職人もいた。
アミ点の欠けは硯で墨をすって、細い面相筆で直してた。ロットリングやダーマトでも
やってたけど。
まあ、今じゃなんの役にもたってないけど。たまに他人に「器用だね」と
言われるくらいだ。 伊東四朗が印刷所やってたドラマ。題名忘れちゃったけど、刷了したあとで
写真家が印刷所に「色味が違うから刷り直してくれ!」なんて怒鳴り込んでたやつ。
何だったけ。
それに対して伊東四朗演じる社長が、「編集部がこれで校了にしたから
その要望には答えられません」って突っ返してたのが印象的だった。
これ、印刷および製版関係者だったらすごい問題発言だよなー。
当時はまだDTPじゃなかったから、やるとしたら分解ネガから再スキャンし直しだし、
膨大な料金と時間かかるよなー。ああ、恐ろしい。 そういえば印刷業界のダーク・ヒーロー宮崎勤も製版だった。
GLAYのメンバー2人も製版だった。
同じ仕事出身でこうも違うのは何故だろう。 >>348
1990年放送の『想い出にかわるまで』だね
今井美樹が主演で石田純一が婚約者
今井の妹役の松下由樹が姉の婚約者を寝取るはなし
伊東四郎が父親で製版会社経営
佐藤オリエが女房で大沢樹生が今井と松下の弟役
伊東四郎と色味のはなしをしていたのはカメラマン役の財津和夫 >>349 宮崎勤の実家は地元の新聞会社で裕福な家の長男
曽祖父は村会議員、祖父は町会議員を務めており、地元の名士であったらしい
勤も家業を継ぐためか中野坂上の東京工芸大学短期大学部画像技術科に進学し就職したがすぐに解雇
無職になったが実家ではたいした仕事もせずニート状態
やがて幼女殺害を繰り返す ドラマ「硝子のかけらたち」では藤井フミヤがDTPやってたな かなり古いやつの一部訂正でもとがポジフィルムしか残ってないやつどうしてる?
うちではDTPできないレタッチの親父が週3ぐないで出勤してやってる。
CTPが主流になったいまでも、他会社からの流用版でポジもらいって結構あるんだよなー。 しょうがないから自分で打ち込んで返し返しで修正してるよ。
DTPしか知らない餓鬼ばっかりだから。 「アナログの設備は全て廃棄して、修正は一切できません」って言っている。
なまじ設備を残しておくと、「これ他所でやったんだけど、直してくれ」なんて言われるので。 デジコンのパスワードが実は一部の会社でもてはやされたシルティのアプリ
だって何人の人が知ってるだろうか・・・・
すまんアナログのねたじゃなかったね。 ラインワークスのことですね。
シルティもデジコンもコニカだからね。 コニカついでで、去年富士フィルムに年賀状制作のバイトに行ったのだが、
こともあろうにライバル会社のコニカbizhubを使ってた。
でも富士ゼロックスのドキュカラーもあった。
富士フィルムとコニカってライバル関係じゃないの? かつてコニカからポジフィルムのデュープを頼まれたことがあった。
注意として、絶対に富士フィルムのデュープフィルムを使うなと。
まだコダックの方があきらめがつくと言っていたのを思い出した。
ライバルで思い出した。 >>356 大きな会社もフィルム全部処分してたな
訂正が入るか判らないフィルムを保管してても在庫が増えるばかりで管理しきれないらしい
データから新しく作り替えたほうが金になるしな
フィルムの部分修正の為にレタッチ職人を雇えないんだろう うちでは旧レタッチの職人は今はDTPの製版検査に回ってる ジジーどもにゃパソコン自体無理だわな(爆)
時代に潰されりゃいいよ昔気質の職人どもは。 >>363
そうつれない事言うなよ。
同じ泥舟に乗っているんじゃないか。 (´・ω・`)だな
オペも50歳過ぎたらどうなるやら 昔受取で今はDTPの責任者やってるが、DTPのほうが楽だな。慣れればバカでもできるが給料は安い。 今でもレタッチ当時の用語が飛び出してしまったりするなぁ。
Photoshopでのゴミ取りをピンホールと言ってしまったり。
同じくクリッピングパスを切り抜きと言ってしまったり。
Illustratorでトリムマークをトンボと言ってしまったり。
もう印刷関連の仕事じゃないのに。 明室プリンターで合成してる間って、どうしてた?
30秒くらいだけどちょっと暇だよね〜
ライトテーブルの真後ろの席だった時はお菓子ぽりぽり食ってたけど、
離れたてた時は寝てたな・・・ ここも段々と書き込みが減ってきたね。
レタッチの事をもっと熱く語って欲しかったのに。
仕方ないか。 もうやめちゃった会社だけどレタッチマンだけで10人くらい
丁数送る機械(名前は知らない)が10台くらいあったな
今はみんなどうしてるのかな
そのころからどんどんフィルムあるやつも
デジタル化していってたからな しかし、書き込みの最初が2006年5月で8年経って374か。
1000迄行くのには後15年位掛かるね。 このスレを消化する頃には、年金を貰い始める人もいるだろうね。
この間、久しぶりにフィルムを見た。
在版からロゴをデータにしてくれって。 俺より早いレタッチマンは見た事が無かった!
受け取りやってりゃ月軽く100万は超えていただろ〜な〜〜
実際俺より遅い受け取りが100万超えていたからな〜 受け取りはバブル時代は儲けまくったらしいね
年収一千万なんてザラ
汚らしいオヤシでも
別荘持ってたり
カッター握ったまま死んでたり
過労死も多かったらしい
すぐデジタルに変わり
スキャナーやMacオペで就職できない年齢の人達はその後に職にあぶれたが アナログの頃はブラックだった訳だが、デジタルではどうなんだ? 大日本印刷は1年に1回小学生の低学年が社会見学にくるが、解説してくれる
お姉さんはいつも「ここは製版という部署です」と大きな声で説明してたな・・ 20代のころ妄想で製版界には2人の紙がおる。ひとりは「見当の神」そして、
もうひとりは「色調の神」じゃ。ある日二人の神々に質問した人がいた。
見当と色調どちらが重要でしょうか? その答えに、そりゃあ色調だろう多少見当が
ズレてても色が冴えてれば読者は気になるまい。いえいえ見当でしょう。版ズレした
字や画像は、見ずらいですよ。と・・・・ そしてデスレタッチ率いる暗黒邪道製版者と魔法道具を扱う勇版者との闘いが始まる。 スペーサーのことをスペンサーと言うジジイ嫌いだった。 ドットエッジのことをドテッチと言うおっさんも嫌いだった。 基本的に俺が製版してたのはオフセットだから適当にやってたけど、何種目かは
アミグラ製版だったので色分け多いと鬱だった。しかも角度ゲージに合わせて伏せないと
いけないし、もちろん分解ネガも合わせてセットするので汗びっしょりだった。
検版時に角度違い発見して崖から突き落とされる気分だった。 あ、あと、無地アミ(平アミともいう)はオフセット150線、アミグラは175線だった。
画像の分解ネガは両者とも175なのに・・・
だから、無地アミ用のバインダー(厚紙で手作り)は2種類あった。 でーにほん印刷だとなぜか時間の明記が「G」だった。
本日5Gまでに校正下阪。とか。 アナログ製版時代。初任給が32マンだった。しかし残業毎月100時間だったため、
ほぼ自由は無く、会社→帰宅しメシ食う→ゲーム三昧→爆睡→再び会社の繰り返し
だった・・・ 昔分解画像ネガをそっくり再スキャンからやり返ることを再アミと呼んでいたが、
DTPになった今でも、画像処理の指示カードが再アミ依頼と印刷されてる。 1年に1回は自現の現像液と定着液を入れ間違えて作る奴がおって大騒ぎになった。 朝スタートした時点ではわりとマイペースだが仕事が煮詰まって夕方以降になると、
みんな狂ったように走る。プリンターまで横っ飛びする。
今日は終電で帰りたいなあ・・・・ 色分け指定で色見本が付いて来て、カラーチャートで見てもイマイチ分からなかったので、
40年のベテランに尋ねたら、一発で答えてくれた。流石!
カラーチャートも結局印刷時のインク濃度によってまちまちだから
当てにならないんだよねー。 俺がいた会社では作業靴は「サンダル」がほとんどだった。女子も結構履いていた。
見当合わせで立ちっぱなしになるし、移動はプリンターに行くくらいだから軽いのに
こした事はないんだよね。 チラシをプリンターで焼いている時に同僚が話しかけてきて、
さて今スイッチを押したっけということが何度もあった。 >>398
マスク版返してる時に会話に夢中になり過ぎて、自現に通したら、真っ白
というか透明のポジが出て来てびっくりした。 明室プリンターも2種類あって、手前からカバーがかかってすぐ露光してくれる
タイプと、カバーかかった後バキュームをよくするため重しみたいのが往復する
タイプ。後者のは露光が長くて遅い。遅いプリンターしか空いてないとイライラ
したな。でもマスター版なんかは合成してる人の隅っこで焼かせてもらってたっけ。 昨夜の地震くらい大きいのだと自現の安全が心配になるよな。
今もポジ出力やデジコンは自現部分は設計が変わらないから、大きな揺れくると
すぐに駄目になる。何十年も経つのに地震対策がまったくされてない。
けしからん事だな。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています