★ ホスピス・緩和ケア・総合 ★ Part.2 [転載禁止]©2ch.net
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ホスピス施設やQOLの改善について、緩和ケア全般の話題についてなどを取り扱うスレッドです。
情報交換のほかにも、悩み事や相談、ホスピスや緩和ケアについての質問などもどうぞ。
全国のホスピス病棟のある施設一覧
http://www.hpcj.org/uses/list_pcu.html
関連スレ
【在宅療養支援】在宅ホスピスケアスレ1日目【訪問看護】
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/cancer/1227922573/
※前スレ
★ ホスピス・緩和ケア・総合 ★
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/cancer/1231428954/ >>0013
数ヶ月前に母をすい臓がんで亡くした者です。
お気持ち察します。
私も、担当医からホスピスの話をされた時
どう伝えようか悩みました。
母は、まだまだ自分は死なないと 思って
いたからです。
担当医にも相談しましたが
抗がん剤の治療が出来ない日が続けば
自然と察してくるだろうと…。
そして、頃合いを見計らってホスピスという
言葉は使わずに、先生が痛みをとるのが
メインの緩和中心の病院に転院した方が
いいんじゃないかと言っていたよ。
どうしよか?って所から始めました。
結局、ホスピスの面談の日を待たずに
亡くなってしまいましたが、
母が余命を聞きたがらなかったし
配慮をするのがホントに大変でした。
しかし、体調が悪化するにつれ
自然と察して行ったように思います。
ご家族の苦労も計り知れませんが
私は最後の親孝行と思い、できる限りを
頑張りました。
どうか、皆さんがベストを尽くせますように。 沢山のアドバイスありがとうございます。
抗がん剤治療と平行して、緩和やホスピスの準備した方が安心だよと説明しました。
最後まで精一杯出来ることをしてあげたいと思います ホスピスと緩和ケア病棟ってどう違うんですか?
今はまだ病院で父は治療受けていますが、3か月持つかどうかというところです
どっちも緩和ケアはしてくれるんですよね?
医療行為の範囲に違いがあるのですか? >>19
自分の家族がそういう状態なのに、そんな事も知らないのか?もしネタじゃなく本当に知らないなら、ケースーワーカーに聞けや!ボケが! 私は父親に自分で緩和ケアを勧めたのですが、「今のまま、痛かったり眠りが浅いと体力がどんどん無くなるから、苦痛をとるプロフェッショナルの治療を受けよう、そのほうが結果的に延命になるという説がある」と言いました。
それですんなり納得して、緩和始めたらかなり楽になったから機嫌良くなって、ご飯もよく食べたし、よく眠れたし、焦燥感もなくなり「みんなありがとー!」みたいなテンションになりました。
正直、こっちもつきあいやすくなりました。
父親は、友達を癌で無くしたばかりだったから、話が通じやすかったというのはありました。「死ぬことより、のたうち回るのが嫌だ」と言っていたから、苦痛をとるプロフェッショナルという言葉で、かなり喜んでいました。 うちの母が、腹膜と肝臓ガン末期で、
腹水が溜まって、食事もほとんど出来ません。
お薬を飲むのも辛いです。
緩和ケアで、腹水を少なくする漢方、
「補気建中湯」を検討するのは、
アリでしょうか。
飲む負荷を考えたら、このままの方が、
いいのかな・・・ >>22
どちらにお住まいですか?
腹水を抜いて、必要な成分(蛋白質など)を、濃縮濾過して体に戻す技術とかは無理かしら?
東京だと、要町病院が有名です。 >>23-24
ありがとうございます。
KM-CARTが、ちょっと合わなかったみたいです。
岡山在住ですが、
もう、搬送も難しいです。
今日明日、そばパスターを試してみます。 そばパスター、うーん…
腹水ぬいた翌日だもんな…
ただ、お腹を温めただけでも、
気持ちいいって言ってた。
逆に気を使わせてしまった(駄目だ 医師には余命宣告や緩和ケアの話は
されていませんが、
診断書に予後半年くらいと書かれているのを見た30代患者です。
抗がん剤が効きにくい再発がんで
肺と肝臓に転移しています。
このスレを読む前は、在宅での
看取りを希望していましたが、
今の病院に緩和ケア病棟があるので
早めに相談してみようかと思います。
ほんとは家で逝きたかったんですが
両親が高齢で大変そうですし、
すぐ見てもらえる病院にいたほうが
安心かなーと考え直しました。
抗がん剤を繰り返して苦しんで
一般病棟で亡くなるより、
少しでも楽に逝きたいです。
このスレがあって良かったです。 >>27
あなたは優しい人だ
本当に心からそう思います 在宅での緩和ケアは大変なのでしょうか?
訪問看護師 訪問介護師の方に協力してもらうとなるとお金もかかるのでしょうか? >>29
在宅ホスピスで看取ったけど、経済的にはたいへんということはなかった
ケアマネと在宅クリニックの人がいろいろ工夫してくれてたと思う。
在宅の医師の腕前というか、薬の使い方、家族の支え方とか、そういうのの差があると思うからよい医師と出会えたらいいと思う。 >>30
レスありがとうございます。
介護申請とかは受けられたのでしょうか?
そうですか、医師の方は巡り合わせということになるのですね。 50過ぎ、末期宣告あってかなり具合悪かったんだけど在宅療養入りました。
医療ケースワーカーの助言ですぐに介護申請しました。 祖母が自宅で緩和ケアをしています。手術をした病院からのお薬(痛み止め)が効かなくなってきて夜、まともに眠れなくなってきておりました。
そうしてる内に、色々痛み止めの薬を試すからと言うことで入院する流れになりました。しかし、主治医が言うには、期限は分からないとのこと。
そして2、3日前から別の病院で処方してもらった(約二週間前に貰っていたが飲んでいなかったようです)ロキソニンを寝る前に飲んだところ、痛みは起こらず熟睡できたそうです。
この様子なら、入院はキャンセルしたほうが良いでしょうか?
こちらが怖いと思うのは、期限が一切分からないこと。入院することで、気力、体力(筋力)が落ちてしまうことです。 在宅の医師を探して相談してみたら。
もしくは医療ソーシャルワーカーに在宅でみたい旨伝えたらいろいろ教えてもらえるはず。
在宅での診療、訪問看護、ケアマネ、介護申請等等。
在宅で緩和治療を受けつつ療養は可能。
ロキソニンでコントロールできるなら痛みとしてはまだ赤ん坊クラスなんじゃないかな。 抗がん剤ジャンキーどもは早く死んでしまえ クソどもが >>35
あなたは優しい人だ
本当に心からそう思います >>34
レスありがとうございます。
今の主治医にソーシャルワーカーの事とか相談すればいいんですかね?
なんか少しぶっきらぼうな感じの先生で、本当に患者のこと考えてくれているのか心配で。 また別な質問になりますが、痛み止めで、最初から何の段階も踏まずオキノームだけしか処方されないとかってありえますか?
普通は朝昼晩、定期的に飲む普通の鎮痛剤(ロキソニンとか)があって、さらに頓用としてのオキノームだと思いうのですが >>38
医療ソーシャルワーカーは県のがん治療基幹病院にいるんじゃないかな
自分は家族の療養治療についてがんセンターの医療ソーシャルワーカーにお世話になったが、担当医の不満なんかも聞いてもらった。
も
http://www.ncc.go.jp/jp/ncch/consultation/sodan_annai.html
とっかかりが分からなければここで電話相談するといろいろ教えてもらえると思うよ
お住まい近くではどこに相談すればいいとか。
薬については素人なので若干の知識しかないけど。
基本はロキソニンとかNSADsと呼ばれる鎮痛薬ではコントロールが効かなくなって次の医療麻薬:オピオイド(オキノームもその一つ)に移行、もしくは併用した。
そのときは緩和の専門看護師、薬剤師から詳しい説明があった。
自分はネットでもたくさん調べた。
薬については日進月歩
自分は3年ほど前の知識しかない
http://www.itaminai.net/cure/
こんなサイトで基本を知っとくのもいい。 緩和病棟と在宅ケアどちらが費用面ではやさしいかしら
もうすっからかんで
実家にいさせてもらっているけど
ほんと金使いたくないわ 今日TSUTAYAさんで文庫本を買いました、
新潮文庫から出版されている「ホスピスという希望」(緩和ケアでがんと共に生きる)佐藤 健 著
とても為になるかも(まだ少ししか読んでいないので) 緩和ケアをメインにする段階に入ってきたよ
リンデロンが効いて体重増えたわ
いつまで効果が持続してくれるか不安だ ロキソニンが効かなくなってくると次はどんな鎮痛剤が一般的でしょうか? ロキソニンとカロナールの合わせ技
それがアウトになった時、はじめてオピオイドの領域に入った。ロキソニンベースで頓服でオプソ
そのあとトラマール合わせ。
これはうちの場合。
オキシコンチン、オキノームで対処の人もいたね ロキソニン、ボルタレンでアレルギー
あるので、
トラマール→オキシコンチン→
頓服でオキノームもらってます。
実際痛みより吐き気の方が
ひどいから何とかしたいんだけど、
吐き気止めってなかなか無いね。 あ、トラマールは止めたんだった、
今はオキシコンチンとオキノームだけです。
胃薬も飲んでます。 >>47
>>48
>>49
>>51
詳しい説明ありがとうございます。
色々なパターンがあるのですね。
その他の方からも経験談、よろしければお聞かせください。よろしくお願いします。 朝晩のオキシコンチン
便秘しがちといわれるが
逆に緩めなもんで下痢どめ
ボルタレンは昼間と夜中の痛くなった時用で常用はしていない
プラス胃薬は必ず一緒に飲む
あと、ごくたまにブスコバン発動
ロキソニンは効かなかったなあ
めったにないけど吐気止めはプリンペラン >>53
貴重な情報をありがとうございます。
参考にさせていただきたいと思います。 肝臓やられてるので、吐き気が
プリンペランではおさまりません。
他の方は何か薬使ってるんでしょうか?
それとも我慢しているのかな。 吐き気止めはノバミン(プロクロルペラジン)を処方してもらってるよ。痛み止めはオキシコンチン/オキノーム飲んでて、吐き気止めはめったに飲まないけど。 >>56
ありがとうございます。
他にも薬あるんですね、
医師に相談してみよう… ロキソニンとオキノームの併用で痛みを抑えてきましたが、さらに痛みが上回ってきてしまったので、
主治医に相談したところ、「どの痛み止が効くか試したいので入院しましょう」とのことでした。そこでお聞きしたいのですが、
@このような場合はやはり入院が必要なんでしょうか?
A入院するとして、どのくらい入院するのでしょうか?(薬の効き目とかは1日あれば分かると思うのですが)
B新しく取り入れる痛み止としては、何が考えられますか?
よろしくお願いします。 家族が在宅で療養していました。素人です。
わかる範囲で
@はい
幾つかの場合が考えられるが
ベースをオピオイドにする場合、どのくらい量がよいか見極めは自己申告プラス様子を見ながらの調整。
Aうちの家族は在宅で調整したが、痛み収まっているか、それはどの程度か数値で自己申告したり、傾眠傾向がどうか、など数日に渡り調整した。
Bベースを飲み薬にするか、または飲み薬で調整してフェントステープで相当量をだす。
フェントステープはシール式飲み薬もの。
飲み薬はオキシコンチン、モルヒネ系、トラマールなどあると思うけど、少し前飲み薬ことなんで今は他もあるかもです。 ↑
×フェントステープはシール式飲み薬もの。
◯フェントステープはシール式もの。 >>61
詳しくありがとうございます。
質問なのですが、@で「はい」と言われておりますがAでは、在宅で調整したとありますよね。
これは、病院へ行き、新たな痛み止の薬を何種類かいただいてきて、入院はせずにご自宅で調整しながらベストの痛み止を見つけた。ということでしょうか? 在宅療養は、在宅クリニックの医師(クリニック看護師)、訪問看護師、薬剤師がチームになって行われました。
主治医は在宅クリニックの医師。
そのまま在宅ホスピスという形になり最期も家で迎えました。
処置などは入院と同義と考えていただいてよいと思います。
在宅ではできない処置の時のみ病院に入院しました。例えばポートの設置の時とか。 主治医(処方箋をだす医師)が病院の医師なら入院してようすをみながら薬の調整をし、あとは外来で診療して処方していくということ。 >>64
クリニック、つまり開業医の方が、在宅療養においては主治医になるってことですね
入院を止めて在宅療養を始めるときはどの様な手続きが必要でしたか?
入院先の主治医にはどの様に在宅療養をしたいと切り出しましたか?
主治医はいい顔はしなかったですか?
質問ばかりですみません。よろしくお願いします。 ⚫︎入院していた担当医(がん治療基幹病院)とは相談の上、在宅を目指す。
⚫︎医療ソーシャルワーカーに相談。
⚫︎医療ソーシャルワーカーがコーディネートしてくれる。
⚫︎在宅クリニック側と面談
⚫︎病院退院
⚫︎家でチーム集ミーティング(ケアマネ含む。50代だったので)
⚫︎在宅療養開始
そのあと遠方に転居しましたが、その時は自分で在宅医を探し、そのクリニックと相談しつつ最初の病院の医療ソーシャルワーカーにも相談にのってもらいながら移行しました。
転居先でフォロー先のって病院を在宅クリニックから紹介してもらいました。
以上がうちの場合。
在宅で療養をしたいという理由でよいのではないでしょうか。
http://www.pallium.co.jp
パリアンは都内墨東地域?だったかの在宅の草分け的サイト。
サイト全般読むと在宅についての知識を深められます。
ここのリンク先に全国の在宅のデータベースが参考になります。
在宅医も得て不得手があり、在宅緩和の得意な医師を探すと良いでしょう。
うちの場合医師場合ほとんどがんの疼痛治療特化したクリニックでして、最後は在宅でモルヒネの点滴も可能な機器をレンタルでき、痛みのコントロールをうまくしてもらいました。
段取りが不安なら医療ソーシャルワーカーに相談することを勧めます。
また、目指す在宅クリニックがあれぼ相談にのってくれます。
近隣にいない、どうすればいいのかわからない場合
がん研究センター中央病院の相談室に電話で相談すると、ヒントを教えてくれると思います。
http://www.ncc.go.jp/jp/ncch/consultation/sodan_annai.html すいません。
機種依存文字使用でみにくくなって。
黒の丸を入れたつもりでした。 入院中の母が痛がっているので揉んだり、こすってあげると痛みが和らぐと言って、本当に喜びます。
看護師さんには頼まないの?と聞くと、「そう言うことは、やらないこと(業務ではない)になってるんです」と言われてしまったそうです。
確かに30分近く1人の患者に付いている時間はないと思います。
しかし、癌患者は痛みが出たとき揉んだり、こすってあげると、和らいでとても喜びます。とても重要なことだと思います。
こういうことを、やってくれる人は病院には居ないのでしょうか?
緩和病棟なら介護師とかには頼めるものなんでしょうか? >>69
ナデナデシテーってみんなが言ったらどうなると思う? >>70
そうなんです。確かにそうなんですが、撫であげると(患者さんにもよると思いますが)痛みが和らいで寝られるようです。ただ単に、痛み止を与えるだけでは緩和ケアとは言えないと思うのですよね。
なんとか、このようなことも業務に取り入れて欲しいんですよね。家族だけではどうしても限界がありますし。
病院で夜中、痛くなった時誰もさすってあげてくれないのを想像するとたまりません。 理想ではあると思うけど、
そこまでのケアはなかなか難しいですね >>69
それは薬が足りてないか、あなたにかまってほしいかだよ。
患者が求めるだけさすり続ける人員がいるか聞いてみな?
それだけのこと求めるだけの金を払っているの? うちは祖母の末期はローテション組んで常に誰かついていたよ。家族が居られる部屋を使ったし。 母を緩和ケア病棟で看取りました。
ギリギリまで自宅にいたけど、ちょうど緩和ケア病棟が空いて…
母はたぶん自宅にいたかったと思うのですが
介護申請してなかったので在宅医療が難しくて
それまでの間のつもりで、緩和ケア病棟に入りました。
緩和ケア病棟に入院して、たった2日で誤嚥による窒息で行ってしまった。
看護師さんも先生も、本当に最低限のことしか
してくれないんだな…と苛立ちすら覚えました。
感謝してる面もあるけど、たった2日で5万円ほどかかり
最後は苦しみすら取ってあげることが出来なかった。
無知で介護申請が遅れた家族側の落ち度ですが
在宅ケアで看取ってあげたかったという思いが
日に日に強くなってきます。
優しい看護師や医師だったけど本当に何もしてくれなかった。
安心感のために入院したけど、何だったんだろう。
介護申請を早くしてなかったことを後悔しています。 >>76
お苛立ちはわからないでもないです。
でも病院でのスタッフによるね看護の限界はありますよね、もちろん百もご承知だとは思います。
ホスピスでもご親族でほぼ24時間そばで看ていらっしゃる方もいます。
一方、在宅でもお一人様在宅ホスピスで最後を終える方もいるし。
残された側は後悔は残りがちです。
私は在宅で手厚い看護が出来たと思いますが、一方でホスピスで家族の負担を少し軽くして、気持ちに余裕があって方がよい見送りができたかなとも考えることもあります。
正確ではありませんが、介護保険の手続きまえに在宅療養にはいり、後追いで保険申請、保険扱いができると聞いたことがあります。
特に終末期のがん患者の場合、進行が早くて間に合わないことが多いのでそういう措置ができるんじゃなかったかな。
今更と思いますが、気になるなるなら役所や訪問看護ステーションなどのケアマネさんに尋ねてみてください。 >>76
さすってくれないとか言ってる方と同じ人? 期待しているサービスに見合う対価を払っているのか、考えては。
国家資格を持っている技能職をはりつけで対応させたら、人件費がどれだけ掛かるか。
完全に自由診療で上限を考えずに費用を払う意思がない限り、無理だよ。 >>71
家族だけではどうしても限界って、
職員も無限にいるわけじゃないしね〜 最後一週間泊まり込みして看取りましたけど
緩和ケアの深夜勤の看護士さんたちは本当に忙しそうでしたよ
感謝しても仕切れないくらいのことをしていただきました 医療関係者に過大な要求をする人って、御自身は日頃から社会に貢献しているのかな? いい加減叩き過ぎ。ここは医療関係者が大変なのは分かり切っているからそろそろ叩くのヤメ。 馬鹿みたいな事ばっかり言ってるからだろ
現実を見ろよ 現実を見ないバカが見る夢からアイデアが生まれるかもしれないじゃないか 社会貢献していない人ほど他者への要求は過大だよね。 >>87
現実化させるかどうかは僕たち次第じゃないか
君、外国人の方? うちの母がかかってたとこは
理学療法の学生ボラがいて足マッサージしてくれてたね
でも基本ボラだし向こう都合だったわけ
患者に需要があると思うんだったらまずは自身が働きかけたらどうかなと思う
うちの母がかかってたとこは遺族会みたいのがあって
心残りを打ち明けて互いに癒しあうみたいな会あったし
そういうところからはじめてみたらいいと思うの 介護サービスの中にマッサージはあるのに
医療サービスにマッサージはないよね。
医療サービスにマッサージは当てはまらないと思うけど
医療保険か介護保険かという制度が問題ではなかろうか。
終末期の緩和ケアはケア部分を介護ベースにするよう
見直してはどうかと思う。 >>93
介護のマッサージだって、夜中でもいつでも好きなだけとかないよ。 要支援は末期癌と診断されれば申請すれば必ず出ます。
要介護認定までいかずとも、要支援で介護保険を使って訪問看護も
受けることができるし、1割負担で福祉用具のレンタルもできるから末期癌と
診断されたらすぐに介護保険の申請をしてください。 ただ、癌だと訪問看護は介護保険ではなく健康保険になるので要注意 末期ガンで在宅というのは痛み止めだけで過ごせたり、24時間つきっきりができる家庭だけ。
状態が悪くて入院したら、介護サービスは受けられません。
認定区分のない認定証を出して「自宅へ帰る事はない(介護保険を利用する機会もない)でしょう?」と患者や家族に言う自治体職員さえいます。
そういう終末期の方が、一般病棟の介護に慣れない看護師に冷たくあしらわれるというケースがあるのが現実。 延命治療をしないって説明したら、ちょっと悩みだした。
うーん 福島県の健康長寿を本気で考える会 ふくしま県民党
会長・総裁 吉田孝司
略歴 DV防止法違反容疑 福島県の医師を逮捕
http://blog.goo.ne.jp/katuo_rakkasei/e/207db32098ba632f583ac426a33d2932
http://omosironik.exblog.jp/19370794/
同僚と摩擦を起こしては転職・医師会・医局から破門。不倫とDV。子供を認知しない医師。
福島の放射能汚染は風評です。アメリカの軍事実験です。
福島の県知事は無能で私が背負うことになります
汚染水の真実を公表すべし
交流を持つと、自動的に入会させられる、要注意です。
登録が漏れておられる場合にはリクエストをいただくか、メッセージでお知らせください。
詳細は私のHP http://kojiyoshid.jimdo.com/ をご参照ください。
https://twitter.com/kojiyoshid
https://www.facebook.com/doctorrikunokoto
よしだ総合診療・在宅ケアクリニック
http://yoshida-gphc-clinic.jimdo.com/
福島県の首長は私しかいないようだ
福島の子供の甲状腺がんは隠蔽されています。
福島県立医大に反抗できるのは私だけです
東京電力からは裏で資金援助は受けていますん
不倫ならだれにも負けません。水子です。教え子を妊娠。女性MRも妊娠。女性患者もカルテで不倫。 自宅看取りしたものです。
うちは腹水が貯まって衰弱していくばかりだったので、ロキソニンと向精神薬の処方で見送れましたが。
介護に関してはケアマネージャーさんにまかせてたら、意識の無くなった日の午前中、せん妄状態で訪問理学療法士の歩行リハビリうけることになったり。今考えれば老人介護のノウハウで済まされてました。
デイホスピス対応のナースステーションのある事務所のケアマネージャーさんなのに。病院で契約書も書いたのに、医療との連携が出来ていなく、知らなかったで済まされました。
まだ、人材において在宅看取りは余裕無いと厳しいのかもしれないです。
あと、介護認定の時間差がやっかいです。
急変すると二週間で容態変わるのに、要介護3出たのは無くなる一週間前で、レンタルベッドはお試し期間しか利用しなかったという有様でした。 >>100
在宅看取りだとチームでやるものと思っていたのだが、ケアマネ土曜日在宅医師、訪看との連絡はなかったのかな。
私も在宅看取りしたが、ケアマネにお願いしたのは福祉タクシーやレンタルの手続き等だった。訪看や医師のアドバイスで動いて、結果も報告とい形。
リハビリとか・・・ちょっとびっくりだね。
今後のためにも何故そんなトンチンカンなことになったのか調べてもいいくらいだね。
在宅看取りはそれに慣れたチームがあるところではスムースにいくと思うが、まだまだ慣れてないとそういうことも出てくるのかも。 >>101
土日は緊急以外連絡はしないように。時間も朝9時以降のみでした。
土曜に電話したら月曜は休みなので連休明けにデイホスピスに行けるようにしますと言っても、火曜の朝にはそうでしたっけ?と慌てて迎えにくるという。いわゆるホウレンソウに不安がある感じでした。
正月連休挟んだ状態で、連休明けをじっと待週末で、
大寒波がくると部屋の温度上げても限度はあってずっと手をさすってました。
ケアマネさんかはヘルパーさんも無し。理学療法士さんがヘルスチェックして、もっぱら福祉道具のセールスマン連れくる感じでした。
母がなくなった直後は要支援1だった父が倒れて要介護3に。
そのままケアマネージャーさんはひきつがれたのですがその後の話しはスレ違いですが。
地域包括制度というのを意識すると、父もお世話になる形だと意見もしにくかったという。
父の時も問題はおこったのですが医者と地域の社会福祉士さんの第三者立ちあいでやっと話しが通じたくらいです。
その頃にがんの在宅看取りの本を書かれた先生書かれたばかりの「私は福祉のセールスマンじゃないです」なんてフレーズ自分で言っちゃってたので内心苦笑と後悔が。
どっちにせよ、余命六ヶ月と言われてから三ヶ月も経っていない状況で。余命宣告されて退院して一週間後には主治医も最後の診察になり。末期難民状態。初めてのことばかりすぎてほぼ私ひとり介護する形で疑問を持つ余裕も無かったです。
急変する可能性は年末に看取りの時の医者に説明は受けていました。
看護師さんには、私が情緒不安定になっている思われたらしく、その危機感は伝わりませんでした。 最期危篤状態が長く続いて脱水状態で熱が出て、だけどそれが死んでいく過程なのわかっていても。意識無くとも脱脂綿のお水を吸ってたり、涙が浮かんだり、周囲の会話に合わせてビクッと反応したりしているので、死と昏睡は違うのもわかって。
ずっと横で付き添って、呼吸が止まる死の瞬間まで話しかけながら横におれたのは良かったです。
今でも思い出すと無力感も思い出して悲しくて胸が苦しいですが。
在宅看取りは、患者家族のグリーフケアだけはどうしようもないです。
後日、まだ悲しみから立ち直れていない一週間程で、挨拶に行ったら、看護師さんやケアマネージャーさんが顔が変わって徳があがって良かったわね。と某宗教団体の人のよく言うという褒め言葉を笑顔でかけられてゾッとしました。 >>100
わたしも自宅看取りしましたが、そんなにケアマネさんと、在宅の主治医、訪看さんか連携を取れていないとかはなかったなぁ。
最初に治療していた病院の先生(大学病院です)の先生も、往診にきていただいたし、患者に関わるすべての職種の方に、メールで状況がわかるようになっていたから、とんちんかんなケアはなかったなぁ。
最初に入院していた病院に、緩和ケアチームはなかったのかしら?
チームのDr.や緩和ケア認定ナース、薬剤師さん、全員で関わってくれた。
介護認定も、ケアマネさんが市役所に状況を話してくれてたし、終末期なら認定早くするはず。
訪看さんも、私が分からないことにキチン応えてくれたしなぁ。
地域によって、違うのかなぁ。 >>103
言葉もない、たいへんでしたね。
私の経験(50代の夫の看取り)とは随分違います。
遠く離れた二つの自治体で在宅療養、介護認定を受けましたが、両方ともチーム全体で充分サポート受けることができました。
特に引越し先では
大丈夫だから任せて、全力であなたを支えるから
これは在宅の医師がまだお目にかかる前、メールでやりとりした時の言葉です。
家族の精神的サポートも陰に日向にお世話になりました。
初めての在宅を経験した最初のチームでも、訪看、訪問薬剤師共にわたしの顔を見るたびに気にかけてくれるのがわかりました。
もちろん、亡くなった後いろんな後悔はありますが、在宅療養から在宅ホスピスにかけてよいサポートを受けることができたとおもいました。
出会う医療者、チームによってあまりに大きな差があることに驚いています。
「パリアン」というサイト(東京墨東の訪看クリニックのサイト)を見て在宅の基準を見ていました。
行政において日本の未来は入院より在宅での看取りを増やしたいとか。
まだ発展途上ということなのか。旗振りがいるのですから、あなたのような経験談からいい方向に改善させるシステムがあればいいのにとおもいました。 >>104
最初に診ていただいてから6年診ていただいた病院と、今の自宅は県が違っていて片道2時間くらいでした。
社会福祉士さんなどをその病院で紹介してもらっても自治体が違うのでどうしようもないことと。
がんが見つかってそのまま主治医が大病院の先生で、手術も研究論文の為にデータとる目的もあって、二週間ごとに様子を診ながら抗がん剤打ってって流れで、余命を宣告されたのが11月のアタマ。
その病院は治らない病気は退院という流れで、ホスピスはあっても母は延命を希望してなかったので、至急色々調べて広く紹介もされて近くの在宅看取りも可能なホスピスさんにメールし診察がてら相談に行って、紹介された病院からの紹介の訪問看護ステーションだったのです。
まだその時は自分で歩け、近所の公園で夜の紅葉見に行く程度には母が元気そうに見えました。
最初の主治医との別れはあっさりしすぎて私もショックでしたが、6年間信頼してきつい投薬も頑張ってきた母のほうがショックだったようで。
その後は寝込んでしまい私がいつも泣きながら紹介された病院に行くの頼んで連れていきました。
その主治医になる人に必死な感じで余命の衰弱の急転直下のグラフを見せてもらい尋常で無い事を知ったのは、契約後二回目の診察で正月休み前。
その脳神経外科でその場で契約したのがそのケアマネージャーさんや看護師さん達でした。
家庭での看取りについては、その短期間で殆どの情報収集したのですが。その情報の中で自分の出来ることするだけで精一杯でしたね。
ノウハウ蓄積されてより良いものになるのなら仕方ないと思うのですが。
その短い期間も正月前にはじまり、三週間。五日の正月休みに、年明けの成人式連休。閉まっているお役所。当直しかいないステーション。
最悪な状況が被った思うしかないのかもしれません。 >>106
いたわりの気持ちありがとうございます。
お互い喪失感も悲しみもしんどさも比べるべくもなく平等なはずなのに。
本当にありがとうございます。
こういうの、良い面も悪い面ももっとはっきりさせて情報あったうえで、今後より良くなるといいと思います。
嫌な部分はみたくないものかもしれないですが。
私は核家族で周囲に老人もいなくて、大事な人が死ぬってのをゆっくり待つのは初めてでした。
自然死でも人がどうやって死んでいくのかもわかりませんでした。
本当に切実に人に助けてもらってでも頑張りたいと思った時に、本当に信頼できるスタッフに巡り会えるのは大事だと思います。だけど時間は残り少なく精神的余裕もなく砂時計のような心細さに堪える事は、今でも記憶に押し潰されそうなくらい辛いので。
在宅がいいのかホスピスがいいのか未だわかりません。 >>108
わたしの経験は3年ほどまえのことです。
3年経って、かなり冷静にいろんなことを思い返せるようになっています。
がんの闘病という世界、治療法がないという絶望、人が死に至る過程、伴侶を失うということ。
こんな世界があったんだ、こんな悲しみがあったんだ、こんね思いがあったんだ・・・
全てそれまで知らないことでした。
経験はきちょうな体験だったと思っています。
リレーフォーライフに参加したりすると、そんな思いの人が結構いるんだと気づくこともあります。これも知らなかった世界。
ホスピスに関わることをしていますが、これもこの体験あったからこそ。
そこではいつも思います。
ホスピスだったらどうかなと。
もう少し精神的に周りに頼ることができて余裕ができて最後の時間に付き合うことができたかな?とも思います。
でも一方では家で子どもも一緒にずっといられて、日常の生活の中に死があったという体験は子どもにとってはよかったと思うし、何より夫が家に居たと願っていたのでこれでよかったとの思いも。
冷静に考えると在宅もホスピスも一長一短、その状況によりあった方がベストなんでしょうと思います。
ホスピスも、いろんな人との関わりがあってなかなかいいなぁとホスピスの日常、そこの患者さん、家族を見ていて思います。
医師は私の様子を見ていて、無理がありそうならホスピスを紹介してくれるといっていました。
そのホスピスでちょっとしたお手伝いをしているわけで、それご縁がですね。
でもシステムがちゃんと機能しているかどうかは問題はべつです。
患者を看る家族がそんな理不尽なという思いをしなくていいシステムとそこにいる人の育成はこれからの日本に欠かせないことでしょうね。 >>109
私はまだ去年の1月のことで、まだ記憶も生々しいまなので記憶も生々しく今でも思い返してしまいます。
ウチの場合は両親の中も実際は冷めていて、父は無関心、母は最後の最期で父が側にいる気配さえ拒絶していました。
余命宣告も私と母だけでの秘密にしてくれと母に言われ、結果、私がひとりで背負い込むことになったのですが。
厳重に注意して肺炎や風邪もひかず、眠るような姿で見送れたのは良かったです。
危篤状態のお水取りの間も寝返りができない汗をかいた頭のしたのタオルを交換し、肌が渇いたら化粧水でマッサージし唇が乾燥したらリップクリームを塗り、また脱脂綿でお水を含ませるというのを30時間以上続けて死に顔は闘病生活の前のような姿になってしまいました。
自宅だったので思いつきはすぐに行動に移せたから出来た事も多いと思います。
葬儀の方に死に顔がきれいだと褒められた時、在宅で看取りの方を見送るのは初めてだと言われました。
ご近所に在宅看取り可能な看板あげているところはいくつかあるのに。
やはり国で推奨されようとも、民間の町医者での在宅で最後まではこれからの領域なんでしょう。
思い起こせば一度も往診の無かった医者も危篤の宣告するときには慣れてないのか動揺した感じで涙が浮かんでました。
最後の場面では誰も何も教えてはくれず。
全て、授業で習ったことと本とネットの知識が頼りでした。
思いつくだけの出来ることしか出来なかったのですが、それだけは在宅で看取って良かったところかもしれません。
私は、資格を持ってて恩師に当たる人にも介護向いているとは言われましたが。辛いことの記憶の方が大きくて。本に書いていること以下の事しか知識も無いような現場の方を責めてしまいそうで、出来ればもう関わりたくないです。 >>109
日本中のホスピスの看護師さんがあなたみたいな人で溢れかえれば良いのに…私の父もあなたに看てもらいたかったです ホスピスに入れば最期を迎えるまで穏やかに過ごせると思っていた。
痛みや苦しみを取り除いてやる方法は手探り状態で、最後までつらい思いをさせてしまった。 私も上の人と同じだ。ホスピスに過剰な期待をしすぎた。(総合病院ですすめられた)
もっと自宅にいればよかった。
結局倦怠疲労感は最後まで取れませんでした。
ホスピスにいるのに病院に連れて行ってと言っていた。
まだ家族が泊まり込める状態だったからましだったけど、
一人で入院していたら、死亡の時間もわからなかったと思う。
今後近しい人の看取りにはホスピスは絶対使わない。 うちは逆
痛みはぐいぐい抑えてもらえたし
ボランティアのイベントで気分転換できたし
不安はカウンセリングと薬で対処してもらえたし
看病側も食事や風呂やトイレの介護がかなり楽だったし
自宅じゃここまでしっかりやってあげられなかった
自分は絶対緩和ケア病棟に入れてもらう
最期も自宅でなんてとても考えられないや うちは緩和の病棟と、在宅医療がしっかり連携してとても良かったよ。
余命告知しているのに、体感がらくになったから、本人は良くなってきていると感じていたみたい。
なくなる前日まで好きなものを食べ、友達と語り合い、リラックスしていた。
自分が亡くなるときも緩和ケア受けたいと思う。 >>116
もしよろしければ 何癌だったのですか? ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています