>>868
>中国武術を真似た部分があるなら、そこは中国武術では意味があったはず

どのレベルで真似るか、にもよりますな

中国武術に意味はあったとしても、突いたり蹴ったりを真似して作った程度で
果たしてどれくらいの技術なのそれ?という話になる。拳を作ってまっすぐ突き出す
ハイそれ技術ですよね?っていう話なら吝かではないが、それじゃあお粗末すぎるレベルですわ

例えば俺がシステマを見て、なんかグニャグニャ動いてるのと軽くパンチするのを真似たとする。
動画見て10秒で出来あがるレベル。その10秒で俺が作った見よう見真似のシステマに、そこに技術あると思う?という話

>で、「空手」になった時代には確実に意味がわからない物になっていたかと

唐手の時点ですでに意味が分からないでしょ。船越が本土に来た頃はまだ唐手だし
その時代は存命していた大家も居る。仮に亡くなっていたとしてもその大家の元で
修行をした高弟達が沖縄には多数居る。その中の数人が本土に普及に来た訳でね。

つまり船越が普及に来た1920年代より前にも沖縄には唐手の大家が存命してて高弟も居るのに
分解が分かりませ〜ん、組手も見せれませ〜ん、じゃ都合が悪いから全部「空手」の時代に責任を
おっ被せちゃえってのが見え見えでね。そこのところを本当に分かっててみんな信じちゃってるのかなと。