>>49
>その例えで言えば、ボクシング式パンチを磨くため、ではなく
いえ、もし試合に出場して勝とうとするなら攻撃面も兼備しなければならない、のは誰の目にも自明だと思いますよ。
この場合の攻撃は厳密にはボクシング式パンチのみならず、ボクシングの試合で通用し得るパンチを意味します。

>ボクシング式パンチに対処する方法を磨く、ということになる
お互い無防備に殴り合う西部劇のアクションシーンでないので、防御を磨くのは当然のことです。

>その例えで言えば参加する試合はパンチの対処ではなくパンチを競う場所。
どちらも重要でしょう。

>パンチのディフェンスと中拳の攻撃やるために参加させてくださいと言っても 
>そんなの受け付けてはくれない大会が大多数だから。
参加自体に全く問題は無いハズですよ。
ただ事前に「防御の為だけに参加する」と自認していれば、たとえ判定や消極点で敗退しても後々ルールに不平を申し立てる訳は有りませんよね。
見事に防ぎ続けていれば判定などで勝てる、とでも誤認していない限り。

>散打の大会だってのに中国武術が活きないようなものだったんだろうと想像する。
心情は判りますよ。
ルールを悪用して、主催者の意図に反して露骨に中国武術に沿わない点取りゲームに傾倒する参加者が多かったりすると大会全体を批判したくなるのも人情です。
かと云って主催者サイドを一概に無理解、無自覚と否定して好いのか、というのはまた別問題です。
難しいんですよ・・・巧いルール策定は。

>>55
>元々武術はルールがないものだからルールに当てはめるのは無理だ
そこから先は不可能と割り切るような固形物でなく、個々人各団体の創意工夫の領分ですね。

>武術側も嫌々やってるのは明白
嫌々出場したのですか?
普通に考えて「自分たちの技術がどこまで通用するか試してみよう(何せ「試」合です)」か、「通用しなかったらそこから試合か実戦へカスタマイズすべき課題を見つけよう」というようなごく有り体な理由からだと思いますよ(少なくとも潜在意識では)。