>>330
検証の最たるものが、>>329文末の「取り組む」事でしょう。
取り組んでもいないと、どうにせよ検証は出来ないと思います。
 
>>331
論と説が同じ意味だったのと同様、「認める」と「天才と認める」は、今ここでは同じ意味です。
 
>>332
実証しなければという事はないですが、文章からもたとえば強烈な一貫性、そして既に述べたように誰よりもリアリストなのが、鋭さの表れかと。
語のちがいを自ら述べながら説けなかったり、別人を同一人物視し即座に変節といった、凡人にありがちな不一貫性とは対照的と言えるでしょう。
「たったそれだけのちがいを・・・・  (ブツブツ)」と思うかも知れません。
しかしそれが出来ないから凡人、出来るから天才と、冷厳なまでに分けるものなのです。