寝技に合気は存在するか? [無断転載禁止]©2ch.net
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じゃあ合気とはなんなのか定義しろって
盛岡の人は暇なんだからちゃんと理論的によろしく あと大東流をバックボーンに何でもいいから格闘技の大会に出て
合気使ってぶっちぎりの優勝して来て下さい いや違った
寝技に合気は存在するのか?
存在しないでいいや
大東流以外には合気は存在しない
似たような現象が他の武術で観測されたとしても大東流でなければ合気ではない
これで満足だろ
大東流には寝技は無いらしいからな
相手の重心を崩したり反射的に相手の体がついてくることは
合気以外の現象としてこのスレで語ればいい
盛岡抜きで はいおつかれさん
もう俺も面倒だからビバ大東流でいいや
大東流凄い
はい終了
自分が寝技を続ける事にはなんら変わりは無いのでもうこれでいい 喧嘩最強武道家
1 :名無しさん@一本勝ち:2017/08/23(水) 00:11:21.87 ID:HIA/jg+Mm太気拳澤井健一を雑魚扱い。島田道男も弱いと言い切る
宇城憲治氏
https://www.youtube.com/watch?v=SRb59pF16I8
https://www.youtube.com/watch?v=NWwhM2zSLlM 妻のフェチについて相談します。
うちの妻は男性の射精を見ると興奮するらしく、セックスの時も射精する時必ず見ます。
http://onayamifree.com/threadres/2412929/all/
彼女は先日あることをカミングアウトしてくれました。
男性の「射精する瞬間」が大好きなそうです。
http://mikle.jp/threadres/1495488/all/ 結局、合気が何なのか、存在するのか、使える人がいるのか、わからないシロモノだから話しにならないね。
使える人がいるなら見せて欲しい。寝技に応用できるか一緒に研究したい。 >>189は大東流行った上でこんなこと言ってるのだろうか あるよ。弟子達に再現できるのいない感じだったし。手を掴んだときにつま先立ちにされて崩されたけど、その時に飛び付いて三角絞めとかガードにいれたら、そこからは柔術のゲームになる感じだったね。 俺が聞いてるのは、このスレで口だけじゃなく合気が使える人間がいるかどうかだよ。 >>191
手を掴んでつま先だちにさせる崩しとか面白そうだな
柔道だとルールや試合形式的に使えない技術でもBJJだと使えるかもしれないし
そういうの学べばガードからの崩しに応用できないかな 手首を捕まれた状態からの崩しなら、むしろレスリングで有用な気がする。
特にグレコ。 >>195
レスリングの笹原は合気道の組手を導入したと「日本レスリングの物語」にあった >>198
嘘じゃないよ
組手に合気道の技を応用したと有名なんだって
伝説的な名選手でこの人の書いた技術書は世界中のレスリング選手が読んだらしい 笹原が合気道の技を導入したのが嘘なのではなく
そもそも合気道の技を取り入れようが合気と何の関係もないのでスレ違い 盛岡の人だものな
合気とスレタイに入れて限定してしまったのがトラブルの元
スルーするか別にスレ立てなおせば? 前から盛岡の人とか人違い甚だしい変なのがいるが何だろうね? 結局大東流以外は合気ではないと言うのでしょ
誰であろうとも話が進まないのであまり変わりないのでは 無関係な所で発生したものでも、
武田惣角と寸分たがわぬアプローチ法と現象ならまだ合気(仮)と呼ぶことが許されるかも まああんな精緻な手法考え付く人間も、
人をのけ反らせて硬直させようと思う人間もまず存在しないから
実質他で発生することはあり得ないが >>60
高専柔道にはあったみたいだけど七帝には伝わらなかったのね
ブラジリアン柔術経由で復活してるというのも不思議な縁だ
https://i.imgur.com/T4b2hHv.jpg >>207
七帝にも当然伝わってるし、講道館にも伝わってるんだけど、ルール上有効性が高くないために習わない事が多いだけだろう。 >>208
ごめん言い直すと
80年代には失伝しちゃってたみたいね>60の話だと 高専柔道家から教わった人は講道館でも七帝でもいるから、この技を教わった人自体はいただろうしね 足が短いと使いにくい技だからな
大半が短足だった戦前の柔道家には微妙な技だよな
立ち上がりマテで逃げやすいし 武徳会が無くなってやはり高専柔道は全体としては失われてしまったと思う
ブラジルの人達が柔術として続けていてくれたおかげで再び戦後の日本人が学ぶ事が出来る事に俺は素直に感謝している
>>211
足の長さより反りではないかな >>212
勘違いしてる人が多いけど、武徳会と高専柔道はあまり関係がない。
武徳会ルールはほぼ講道館ルールで、寝技の制限も講道館と同様だった。 という小田常胤や三船十段といった講道館直系で高専柔道に影響与えた人もいるし
戦前最強木村政彦みたいに高専ルールで学んだ寝技を講道館ルールでも武器にした人もいるし
当時の技術をどこまで分けて考えれるかも難しい部分もある まあでも武徳会が力を持って講道館一強じゃない状況が作られてたことは
高専柔道が独自文化を貫けたことに多少なりとも影響はあった気はするよ >>213
それは加納治五郎が武徳会の委員で決定に一定の力を持っていたからでしょ
それに武徳会と高専が関係ないとかないよ
武徳会に集められた寝技は高専にも伝わっている >>215
剣道の方でも高専大会は二刀禁止とか独自ルールでやってたりしたし、微妙な線ではあるよね。
>>216
一定の力どころか嘉納が柔道部門のトップだし、武専で教える内容は講道館柔道だ。
古流も皆が寝技得意な訳じゃ無く、寝技に制限かける決議の時も田辺含む二人以外は全員賛成したようだ。
武徳会の存在によって柔道の技術はより広がりを見せた事は間違いないけど、少なくとも武徳会の解散と高専大会は関係がない。 > 少なくとも武徳会の解散と高専大会は関係がない。
間を端折ってしまってるけどこれは武道禁止令のせいでしょ
それに旧制高が廃止されたこともあるし
それは分かっておるよ
しかし武徳会は復活できなかったし戦後の加納ルールのみの柔道では高専柔道はできないのだよね
高専学生の加納に対する反発はすごかったみたいだよ
だから加納ルールの講道館はあって武徳会が無いとどうしても高専は衰退の方向に向かうのだと思うよ
直接的な原因はGHQと旧制の廃止で武徳会は一要因みたいなものかも >>218
上でも書いたけど、武徳会ルールでも高専柔道は出来ないんだよ。
で、現実に出来ないにも関わらず昭和29年の第三回七帝戦では引き込みを解禁したルールで試合してる。
戦前も戦後も結局講道館の会員で有りつつ講道館ルールとは違う試合をしてるわけで、戦争とそれによる体制の変化以外の要因は殆ど関係無いだろう。
他のスポーツだって、例えば高野連が解散したらプロ野球やアマチュア連盟がどうであろうと甲子園ルールで野球する人は居なくなる。 >>219
武徳会でも引き込みと寝技に制限を設けようとしたのは加納だから
尻を付けたら負けとか言い出して
高専は講道館から抜けるという事でひと悶着あったらしいよ
それに講道館より武徳会の方が権威があったのは間違いない
加納の講道館ではなく対抗できる武徳会の存在は大きかったと思うよ
草大会で続けられるから良いと言う話ではないと思う >>221
最初に審判規定を制定する際の委員長だったのは勿論、足がらみを禁止する時の委員長でもあったかな?
また、大正14年の講道館ルール改正以後、大戦末期の当身解禁を含む武徳会ルール改正まで、講道館と武徳会は全く同じルールを採用していた。
もちろん個別の支部や道場では試合ルールとは関係無く寝技を重視する所もあったはずだけど、公式には武徳会の柔道イコール講道館柔道という形になっていたようだ。 >>207
この画像は捕の右足親指が上になり、外に出ています。
つまり右膝が外に向いています。
シザーは右膝を内に、つまり右脚を畳んで寝かせ、左に向けます。
完全に同じ角度から撮ってはいませんが、右脚のちがうのがわかりやすい画像です。
https://bjj30.xyz/wp-content/uploads/2017/05/90-520x245.jpg
側方返は僕も習いましたが、右踵で受の下腹を蹴る技です。
シザーは右脛で受の胸を押す技です。
基本的には――― ちがう技とせざるをえないかなあ・・・・
ただ僕自身書いたように、フランスに伝承があった事から、旧い柔道に存在した可能性は、あるかと・・・・ >>222
仮にずっと嘉納なり講道館関係者がトップだったら今の講道館と全柔連に近い関係が続いてたようなイメージをしてしまうけど
道上伯や阿部謙四郎のインタビューだと明らかに独立した組織というか
少なくとも嘉納の思い通りになるような組織ではない印象を受ける
その辺どうなのかなって思っての質問なんだけど
大戦末期に独自ルールを採用したって事は少なくともその前くらいは完全に嘉納や講道館の支配下には無かったって事でいいの? 抑えておいて欲しいのは戦前は高専ルールの方が普及していて加納の講道館ルールの採用はマイナーだという事
講道館においても三船名人のような高専の擁護者が居て
武徳会も高専の存在を認めていた事
そして権威は講道館より武徳会の方があった事
加納を無視したとしても講道館以外の組織と擁護者によって高専はメジャーである事が可能だった事 高専ルールって帝大とかしかやってなかったんじゃないの? >>224
武徳会が公式に扱う柔道のトップではあったけど、武徳会という組織のトップでは無い、って感じだろうか。
講道館と武徳会の軋轢は主に段位の認定権を争うもの。
武徳会の階級はそもそも範士、教士、精錬証ぐらいしか無かった。
後に剣道や弓道に段位を導入するのとあわせて柔道の段位も制定した。
その当時は、武徳会の各支部と同居する形で全国にあった講道館有段者会という組織が講道館に段位を推薦する形式だったので、まずは四段までは武徳会が独自に発行できる、という形にしたらしい。
その後、五段以後も武徳会が発行するようになったので、軋轢が更に大きくなった。
事は柔道だけの事では無くて武徳会全体の方針の問題だから、そこまでは嘉納も抗議するくらいしか出来ない。
一応嘉納の主張としては、武徳会の本部で柔道を指導する師範は磯貝はじめ皆講道館の門人なので、敢えて分ける必要は無いだろう、というもの。
戦時体制でほぼ政治家と軍人の組織になってからはもっと離れたのでは。
道上や阿部が活躍した時期には既に武徳会の段位は一般化してたので、彼らからみたら最初から武徳会と講道館は別々の段位を発行する別々の団体と見えてもおかしくは無いと思う。 >>225
>>226
厳密な意味での高専柔道である全国高専柔道大会は最盛期には70校以上が参加する大規模な大会だった。
帝大とかくらいしかやってないと言うような小規模なものでは無いはず。
この大会以外にも、各々が主催する高専柔道と呼ぶべき大会は有ったし、中学校にも普及していたとするものも見たことが有る。
けど、不勉強でどの程度まで広まっていたのかは詳しくは分からない。
朝日新聞の運動年鑑とかを見ると高専の大会も載ってるけど、各種競技の規定集には高専ルールは載って無くて、剣柔道審判規定ってのと講道館乱取試合審判規定が逢わせて載ってる。
二つのルールは微妙に違うんだけど、どちらも試合は投げ技から始めるべしというルールになってる。
ひょっとすると大日本体育協会の公式ルールだろうか?このルールも含めたルールの普及率は調べることが出来たら面白そう。 >>225
武徳会が高専柔道を認めてたってのは具体的にはどういう事だろう?
権威については微妙だ。関東関西を問わず、全国の学校で教材として使用されるものでは、文部省の認定のもとに柔道イコール嘉納の講道館柔道って事になってる。
戦後に生き残った講道館が都合の良いように言ってるのだ、と言う人もいるけど、戦前の文部省の教材でも柔道は嘉納が諸流を統一したものという、言わば嘉納神話は一般的だった。
武徳会としても、武専の校長だった西久保もそのような柔道史観を残してるね。 >>227
>一応嘉納の主張としては、武徳会の本部で柔道を指導する師範は磯貝はじめ皆講道館の門人なので、敢えて分ける必要は無いだろう、というもの。
それ結構重要なポイントそうだけど武徳会の指導員も殆んど講道館の門人なんだ?
それで阿部や道上みたいな認識になるのはちょっと不思議な気がする。 >>230
書き方が悪かったかも。
あくまでも本部の主席師範的な立場の人がって事かな。
その当時の話だし、もっと時代が下れば講道館での修行経験の無い、純武徳会柔道家も増えたかも。
更に言えばあくまでも本部の話なんで、地方には講道館での修行経験の無い師範も結構いたんじゃ無いかな。 うつ伏せで二の腕付近押さえつけられてて合気的な何かで倒すあれは流石にインチキだよな。あればっかりは他人に解説できん >>232
解説できんとは?
合気道か大東流をやっているが実力的に理解できないってこと? >>233
武術板的にはやってないって言われるレベル。
体験できたら何かしら掴めるのかもしれんが、仮に本当だとして、
それができるレベルの人にかけてもらうチャンスは内弟子にでもならんと巡ってこねぇな。
帯掴ませて腰きって投げる方向性はいいんだが、押さえつけられてるのらじわ〜っと効いてる感じじゃん。
あれはじわじわバランスを崩してるからあの倒れ方なのか? >>234
>あれはじわじわバランスを崩してるからあの倒れ方なのか?
ハッキリ言うと演武だ
技術的には状況がそろえば可能
狐拳や朝顔の手と同じく、持たせながら持ちにくくさせ誘導し、チョイと肘と肩を詰めさせる
んだな
ただし抑え込む側が剛力だったりバランスがイイ者だと無理がある
つるつる滑る畳の上なら、まだ可能性はあるけどね 技術的にはもたせた時、あるいは直後にきめられるように作られたのを演武でゆっくり見せてる感じなのか ばらんすほんとに崩れると拠り所にある手は離れなくなるんだよな。あれは笑った >>237
まだ合気道か大東流は続けてるのかな?
相手を誘導、無力化するにはコツがある
大前提として力任せは駄目
そして持たせてあげる、支えてあげる
次にこれが難しい、常に瞬時瞬時に微妙にこちらからの働き掛けを変化させる
微妙にだ、相手の感覚に感知されないように
こうやって相手の感覚と脳を騙す >>229
加納の講道館が取りまとめた
これは事実だしそこは誰もが認めている事
権威については公的な存在である武徳会にあるのは当然だと思う
政治力はあるけど講道館は一道場という位置づけだろ
もし講道館を抜けても武徳会が段位を授ける事には一定の意味があったはず
戦後講道館が復活できたのは良かったけど
寝技に特化した人たちは完全に行き場を失ってしまった >>240
有段者会という全国ネットワークをもつ財団法人である講道館を一道場と呼ぶのは無理が有るだろう。
一道場なんて扱いじゃ無いからこそ、武徳会が包括する「団体」の一つになってる訳だし。
その包括された後も講道館の段位認定権は奪われておらず、少なくとも関東では武徳会は不振で講道館有段者会が盛んとされてたし。
高専柔道についても、凄いのは講道館を抜けて自分達で段位発行まですると啖呵を切った所で、武徳会に鞍替えするって意味では無い。
大体、武徳会なら寝技を守ってくれるってのはどこから来る発想なのか?
ほっといたら戦技化、実戦武道の流れで寝技は否定されそうなものだけど。
後、戦後に冷遇された人達は寝技だからじゃなくて、戦前から続く講道館内での派閥争いに負けたからだと思う。
実際、三船は寝技をそれなりに重視してたけど、三船と犬猿の仲だった牛島とか小田は冷遇を受けてたし、武専出身で高専柔道発展に大きな功績の有った岡野は十段まで昇段してる。
武徳会の内部でも元々親講道館派と反講道館派が居た訳で、武徳会だから、とか高専だから、なんて単純化は出来ないよ。 > 大体、武徳会なら寝技を守ってくれるってのはどこから来る発想なのか?
古流から集めた寝技を武徳会で公式に保存してるし
実戦的でないと言って寝たら負け引き込みも認めないと否定したのが加納
急速に寝技が進化した高専自体に否定的だったのだろうね
結局は高専が講道館を抜けそうになり三船名人らの擁護もあって
↑の結果に 戦前の柔道は寝技のレベルも高かった。
木村政彦の伝記によれば、全日本で香川の寝技の名手と当たった時、パス出来なかったらしい。
この無敵のパスを持つ木村先生が・・・・
https://www.youtube.com/watch?v=Ho6W34m1j24
そうゆう本当に脚の効く、曲芸のような寝技師が今いないから、下の魅力が広く理解されないんだろうね・・・・ 二人抜いたあとの話じゃなかったか
それでも十分すごいが >>244
全日本は個人戦なので、抜き勝負ではありません。 >>245
見落としてたわ
伝記って「わが柔道」? 寝技で有名な香川の無相流師範が六高の柔道師範になって寝技を研究したとか、よく香川県の本に書いてあるね。 寝技を重視していたところというと、香川の無相流と宅間流?、岡山の不遷流と竹内流の一派、戸塚派
他はどこかあったかな。
四国は無相流の寝技が諸流に影響を与えていたらしい。
嘉納が学んだ起倒流の乱捕は立技重視だったとか。
岡山の起倒流も立技重視だったから起倒流は元々立ち技が好きだったんだろう。
なんかさ、幕末から江戸にかけて柔術界では乱捕重視になりつつあったんだろうね。
そこに、乱捕特化の講道館が登場して一気に加速したと。 地方の柔術柔道史を調べているとこういうのがよくある。
幕末から徐々に乱捕を重視するようになり、型の部と乱捕の部に分かれた。
明治に大日本武徳会ができ、その傘下に入って段位を使い始め、いつの間にやら型や本来の傳位制が隅に追いやられた。
その後、戦後武徳会が解散し、結局講道館に入ってただの柔道場になった。
このパターンがかなり多い。
不遷流やってる老人に技を学びに行ったら、乱捕の方しかやったことがない人で寝技しか教えてくれなかったという話を聞いたことがある。
同じ流派なのに乱捕と形で分かれているという何ともややこしい話。
―――――――――――――――
高専と無相流の関係は香川県民血涙史に書いてあったような気がする。
他の本かもしれない、少し自信がない。 >>247-249
面白いね!
ウィキペディアの画像は伝書のっぽいけど、見ると確かに下を重視した体系だったんだろうね。
木村先生の対戦相手、無相流の出身者だったのかなあ。
名前憶えてないや、誰か『わが柔道』チェックしてみて。
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/b0/%E7%84%A1%E7%9B%B8%E6%B5%81%E3%81%AE%E7%B5%B5.jpg
ところで「合気」って語は、扱心流の発祥らしいよ。
創始者の犬上軍兵衛が起倒流の出。
だからやっぱり技術的に立技の傾向が合気にはあるんだろうね。
そこをあえて寝技に合気成分を見出すのも、面白いっちゃ面白い。 >>242
武徳会が意図的に古流の寝技を保存した事なんてあった?
>>247
その人が後の講道館十段でもある岡野好太郎だね。
バリバリの古流→武徳会→高専柔道という流れの人だけど。
六高へは嘉納の推薦も有ったようだし、三角絞規制関係のルール改正にも立ち会ってる。
>>248
岡山の起倒流って言っても、永岡秀一の習ったのと金光弥一兵衛の習ったのだとかなり違うよね。 そういえば木村に勝ったというと徳島県の阿部謙四郎がいる。
かなり前に調べたことがあるが、阿部は徳島県の柔道界で最も勢力が大きく武徳会と関係があった不動真コ流の森本千吉や中本和平の弟子らしい。
古流の型とかはやらず専ら乱取りだけだったと思うけど。 >>251
書物の名前失念したけど
古流の寝技の固め技、絞め技、関節技を他の投げ技などと一緒に武徳会で取りまとめているよ 寝技に崩しの概念があるのはみんな承知だとおもうけど
それが合気になると良く分からないと言うのが本音
結局大東流の人は合気は大東流だけと言うし
合気の定義も定まらないので合気が使えると言う人以外判断がつかなさそう 合気は大東流や合気道の用語。
寝技に合気に該当するようなものがあったとしてもそれは合気ではない。 >>253
マジで?古武道振興会みたいに形の保存ではなく、純粋に乱取技を集めた本ってこと?
それは読んでみたいから是非書名を思い出して欲しい…
その手の趣旨の本でパッと思い付くのは「殺活自在乱捕秘伝柔術教範」だけど、これは武徳会とは違うし。
>>255
逆に合気を習得した人が寝技を取り入れたら、それは合気と呼べるだろうか? 合気道にも大東流にも合気の定義はあるだろうからそれに合致してれば他流でも寝技でも合気でいいんじゃね 大東流の人の書き込みから推測すると大東流以外は合気ではないらしい
合気が何なのか分からない俺からすれば塩田なども合気だと思ってしまうが違うという事だろう
大東流の人の言い分では大東流に寝技は無いそうなので寝技に合気は存在しない事になる
同じく大東流の人らしき書き込みで多いのがそもそも日本の古武道には寝技が無いそうである
しかしそれは間違い
日本の他の流派には寝技がある
古武道の引き込みに負けた講道館が柔道に寝技が組み入れて
更に高専柔道が盛んになった事で急速に進化したが正しいと思う
実戦的ではないと言う批判があるが素手で一対一なら戦える事は総合格闘技まで進化した流れを見れば分かると思う
グレーシーやブラジリアン柔術にもセルフディフェンスを教えてる所もあるそうだが
武器相手に使える寝技は限られてきそうな気がする >>259
塩田剛三は内弟子の小川忠男が内弟子を辞め大東流の堀川幸道に師事したと知り、
面食らって自分も堀川幸道に教わったので合気は知っていたはずです。
ただ、動画で見れる塩田剛三演武では指導風景動画で自身が説明している通り、
盤石の姿勢から発する集中力で相手の雑力拙力を圧倒したり
接触部位で頑張る事をせず相手の力を分散させ力を入らなくさせるといった、
発勁化勁じみた力の使い方しか見せておらず
我々が見れる塩田剛三の技は合気ではないと言えます。
現に今活躍されている養神館師範の方々は養神館の基礎の延長の理論だけで塩田剛三演武を再現なさっています。
そもそも塩田が合気を出来るなら小川忠男が合気を求めて転向するはずはないですね。 >>259
古武道に寝技が有る、というのは微妙な問題だな。
居取りとかからの固めは有る所が多いけど、それを寝技と呼ぶかどうか。
流石にいきなり引き込んで寝技に誘う、というのは幕末以降の乱取技だろうし。
少なくとも、形等で体系的に技術を有していた訳ではなさそう。 合気会や養神館、大東流の人とかが、いわゆる富木流をどう思ってるのかとか興味有るな。
あれは合気?柔道? >>262
??
富木流で六方会動画みたいな事やってるか?
合気道の乱捕り的なことしてるのしか見た事無いが。 >>262
富木はなんか全てが中途半端な感じがする >>263
おっしゃる通り、いわゆる合気上げ的な演武を見かけないから、合気を習得してると見なされてるのかどうか知りたくて。
>>264
富木が柔道の大家でもあり、合気道の大家でもあり、というのが原因なのかな。
どちらでも有る、というのが成立するならば、寝技だろうが打撃だろうが合気を存在させる事は可能なのかなと思って。 >>265
意味が解らん。
そもそも師匠の植芝も修得していなかった合気を富木ができるはずがないのに富木流にあると思う要素がない。 >>265
実は富木も塩田みたいにこっそり大東流の合気使いに習ってたとか? >>266>>267
大東流のみが合気ってスタンスね。
仮に大東流を習ってたとしたら、あの柔道原理や乱取りを取り入れたスタイルでも合気と呼ぶことが出来るだろうか? 富木流の演武で合気技を見かけないなら話にでも相手をのけ反らせて爪先立たせたのを聞いてそんな事を言ってるのかね?
いい加減にしなさい。 >相手をのけ反らせて爪先立たせ
物凄く初歩的な質問になるけど、この格好をさせるのは実際の殺し合いで有効なの?
ボクシングや総合格闘技みたいに実際に戦う人に聞いた方がいいのかな? >>272
仮に成功すれば相手が一瞬硬直し死に体になるので攻撃し放題
どんなシチュエーションなら成功させれるかは使い方や練度次第だろうけど
そこまで行ける人、実戦を見据えて合気に取り組む人がそもそもまず居ないので
相手の意に反してのけ反り爪先立ってしまう合気現象を楽しむために座敷芸的に稽古される傾向にある >>272
柔道でも、立った状態での背負投等の技はそういうかたちで剛体にしてから前に引き出して崩すこともある。
要は硬直状態を作るって事でしょ。 合気の場合は独自の呼吸法と接触部位への弧の動きを施すことで相手の反射を引き起こし硬直状態を作るのが柔道との違いだね >>273
>>274
>相手が一瞬硬直し死に体
これは秘孔を突くみたいな技で可能?
でも柔道だと打撃は禁止だよね
総合格闘技ならルール上はOKだろうけど 合気を語れる人と柔道を語れる人が各々が知る硬直させる方法に触れただけであって
硬直させるあらゆる方法を追求してるわけではないのがわからない>>276は池沼。 水内貴士
http://livedoor.blogimg.jp/sashin_-4vip/imgs/6/0/605407d8.jpg
http://www.sankei.com/images/news/150202/wst1502020004-p2.jpg
別の女性との結婚が発覚したため交際していた女性を殺害し、大阪府阿倍野署の元警官・水内貴士被告が起訴された事件。
その上司である愛甲署長が被害者遺族と面談した際、無神経な発言を連発。その録音音声のダイジェストです。
警察署長どころか人間としての資質を疑われる内容です。
【女性殺害警官】上司の署長が遺族に連発した暴言の音声
https://www.youtube.com/watch?v=CpFx66aCNpc >>261
倒して極める 固める 絞めるは昔からあっても不思議じゃないけどね >>247-249
>>251
香川の無想流を学んだ岡野好太郎は、後に名古屋大で七帝の師範になったらしい。
http://blog.livedoor.jp/akoudou2008/archives/1610297.html
岡野は「武専の一期生」とあるが、同期に第一回柔道日本選士権優勝の、尾形源治(山形)がいる。
尾形は武専の前は汲心流だったそうだ。
この頃は古流出身者が流派の特色を出して戦っていたと思うと面白い。
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