『天神真楊流は変人信用流』 [無断転載禁止]©2ch.net
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
天神真楊流が全国に広まったのは会がしっかりしてたから。
家元制にし本部をしっかりと定め、支部道場を統括できるようにしたんだよ。
細かいルールもしっかり定めた。
違反したら破門にし伝書や切紙を没収した。破門にされた門人は数知れず。
それに各段階で習得できる技を定め、
各段階に達した門人には伝書切紙を与え
目録だか免許までいったら支部道場を作って門弟を育成することを許した。
やり方としては、講道館に近いと思うね。
真楊流は現代武道方式の先駆けだと思うよ。
ただ家元の目が届かない門人達はやりたい放題やってルール無視なんて当たり前で
当時からグダグダだったようだけど。
破門にされた奴が独立して新流派を創始したりしてるし。 >>14
柴田に技を教えた相宮も悪いよ。
弟子を教育するのは師の役目だからね。
他に門弟がいればこんなことにはならなかった。
>>15
地方の真揚流は講道館柔道に鞍替えした所が多いからね。
今でも古臭い柔道場を調べると真楊流の稽古場だったところがいくつかあるね。
20年位前はまだマシなのが各地に残っていたらしいが。さすがに今はないでしょう。 >>16
なるほど勉強になる。
やはり組織づくり運営づくりがきちんとしてないとこういうものは発達していかないんだろう。
磯又右衛門の家系が途絶えてしまったのは残念だった。
本家がしっかりしてればもうすこししっかり残ったんじゃないか。 >>17
悪い人にそそのかされたのが失敗、相宮さんは脇が甘かったね。 組織と傳位やルールがあってこその技だよ。
根 組織
幹 ルール、傳位
枝葉 形、口伝、殺活法、薬法
家元制を採用していた真揚流は、
家元が途絶えた瞬間から消滅への道を歩み始めた。 >>19
うーん。
明治とか大正とかに建てられた柔道場の歴史を調べてみると
元々柔術の稽古場だったところが多いって感じ。
ただ、真揚流と柔道の共通点は乱捕と講道館護身術の一部の技だけだと思うね。 >>21
樹木でいうと根が腐ってしまったかんじか。
磯さんは尾張の出身らしくてどちらかというと関西圏の人。
天神真楊流も京都北野天満宮で発祥したものと伝えられている。
その「京都」っていう点は磯さんの装飾なのかもしれないけど。
でも、もしも磯さんが江戸のほうの家系だったらもう少ししっかり残ったんじゃないかな、なんて考え過ぎか。 >>22
つまりは、真楊流型技術→乱取りテクニック→講道館、ていう時代の流れだよね。
もちろん乱取り自体は他の流儀でもやっていたらしいから真楊流にかぎったことじゃないけど、
でも柔道競技が抑え込み技を一本にしているのは真楊流ゆかりだなぁなんて思ったりする。 楊心流が太宰府天満宮だから、菅原道真繋がりで京都の北野天満宮にしたのだろう。
京都で修業しているときに内弟子の岡田縫殿之輔、西村外記之輔を召し連れて
天満宮の絵馬堂で手解、試合裏、投捨を編出して自らが学んだ流派の文字を取って
天神真楊流と号したとある。
装飾ではなく史実だろうね。
ちなみに磯の直系は二代目まで。磯自体も養子で元は岡山八郎治という名前だった。
松永という高弟を二代目の養子にし三代目を継がせた。 >>25
ちょっと待って、待ってくれ。
大変な学だ。
ご自身のことが気になってきた。
こんなの野暮を知ってだが、
ご自身、真楊流の方ではないのですか?
もしかして、
真楊会の方でないですか? この程度の知識で大変な学とか書かないでよ。
別に俺が調べたことではないのに。
みんな知ってることだと思うよ。
こんなマイナー流儀に興味を持ってこのスレに書く込んでいるところを見ると
もしかして君は真楊会の方ですか 真楊会へは以前、江戸川橋へ見学としておじゃましました。
それは、詮索くらいのつもりでした。
そこで、二十代くらいの若手の方といろいろ話をしました。
その人は、関西方面の出身の方でしょうか、
柴田さんにタメ口をきき、ハゲと呼び、
柴田さんにダメ出ししていました。
一体この人は何者なのかなとおもっていたら、
稽古のあとで色々と話をしてくれました。
とても博学な人でした。
北陸の出身だと言っていました。
あなたはもしかして、その人ですか?
その人は、「いたつさん」という人を尊敬していて、
その方との思い出をいろいろとしてくださいました。
そのいたつさんが真楊流を継ぐだろうと、述べておられました。
あなたはもしかしてその方?
でなければ、「いたつさん」ご本人ですか? >>28
真楊会にいたことはない。
真揚流はかなり前にやってたが今はもうやってない。
真揚流は一昔前は久保田、柴田以外にも少しあったんだよ。
やってみた感想として真揚流は面白味に欠けた絞技ばかりのつまらない柔術だったよ。
>柴田さんにタメ口をきき、ハゲと呼び、
>柴田さんにダメ出ししていました。
タメ口でハゲとか言われて柴田キレないのかな?
>そのいたつさんが真楊流を継ぐだろうと、述べておられました。
イタツさんと一度話してみれば。
今はもう真楊会にいないらしいが、噂では天神真楊流の知識が凄いらしい。
連絡とってみたら道が開けるかもよ。(日本で五本の指に入る詳しさかもね)
あ、でも真楊流やってないんだっけか。 あと柔術やるんだったら柔道着の袖を肘が出るくらいの長さに切った方がいいよ。
昔ながらの半袖稽古着ってやつ。
武道衣売ってる店に柔道着もってて頼めば切ってくれるよ。
真楊会の演武とか見ると腕まくりしてる人がいるけど袖切ればいいのに。 >>29
あぁ、たしかに真楊流は絞め技ばかりだ。
なんというか、
投げも派手なものじゃなく、ころっと倒すような技術で、
抑えがこまごましていて、必ずといっていいほど絞める。
抑えとして絞めをかけていて、もし暴れるのがひどいようなら絞め落とすっていうことだろうか。
そういう意味では独特な発達をしたといえます。 >>30
見学いったときに柴田さんは剣道着がいいと言っていた。
古くからあまりかたちが変わってないらしい。
いろいろ話してくれたその若手の人がいうには、専用の道着をつくる人もいると言っていました。
いたつさんという方は、下履きにも刺子をしているそうです。見たことないけど。
その若手の人も、袴の下に短い白いのを着けていました。 つまり、服装を皆こだわってました。
おそらくは講道館とは違うんだっていうのを、
きちんとしたいんだとおもいます。 >>32
下履きに刺子とは昔ながらだね。
柔術の稽古着は柔道着と剣道着を足して二で割った感じだけど売ってないんだよ。
作り方は昔の書籍に書いてあるから仕立て屋に頼めば作ってくれるかもしれないけど値段が高そう。
構造は柔道着と同じ腰継菱刺なんだけど、全体的な形は剣道着に近いんだよ。
柴田の持ってる相宮のおさがり稽古着が昔の形のままだよ。
あれを写して量産すれば稽古着問題は全て解決なのだがね。
演武映像を見た限りでは
生地は晒、腰上は緻密な紺糸十字刺、腰下二重格子刺、半袖、丈は柔道着より少し長いといったところか。
後ろではなく横を切っているからその点は柔道着に近いかな。 >>34
たしか銀龍印という日本製の剣道着が、
腰継だったとおもう。
剣道着は袖が延びてないからいいよね。
袖を延ばしたのは柔道の都合だとおもう。
着たときのかたちは剣道着のほうがかっこいい。
真楊流の図解で、道着の背側の裾が割れていたから、
着物でいう半着のなごりなんだろう。
その仕様は今の剣道着も引継いでいる。
柴田さんのは昔の原型に則したいいものだろうね。
最近の映像でも着てるのを見た。
いたつさんという方も柴田さんのそういうところの影響があるのかもしれない。
いたつさんとお会いできればそのあたりもうかがってみたいんですけどね。 銀龍印はすごくいいね。ただ白だったらもっとよかった。
別に稽古着の色は規定されていないが、暗黙の了解で皆白いの着てるからね。
>真楊流の図解で、道着の背側の裾が割れていたから、
確認したがたしかに背側が切れているね。
ただよく見ると横も切れている。剣道着と柔道着の中間だね。
>いたつさんとお会いできればそのあたりもうかがってみたいんですけどね。
真揚流復活のカギはイタツさんにあるかもね。
イタツさんは柴田から追放されたとか自分から出ていったとか色々書かれている。
だけど本当に天神真楊流が好きならば柴田の作った真楊会に拘らず
今もどこかでやっているのではないかと思うね。
そもそも体制が崩壊しているし、
イタツさん自身全てできるのだから問題ないでしょう。
復活したところで、真楊流そのものに技術的欠陥があるし、
俺からしたらもうどうでもいい話だけどね。 >>36
銀龍印は私は白いの見ましたよ。
水道橋で売ってるそうです。柴田さん贔屓の店。 >>36
いたつさんのことは、見学のときに名前を聞いて、
そして2ちゃんでその名前のあがってることから色々知りました。
つまり、あまり知っていません。
でも今の真楊流には重要な存在らしいですね。 >>36
>復活したところで、真楊流そのものに技術的欠陥があるし、
ほう、その欠陥を詳しく解説頼むよ >>37
マジで!!?
もちろん綿100で腰継菱刺だよね?
ジャージだったらネットで見たことあるのだが。
水道橋って尚武堂のこと? >>40
げ、なんか不安になってきました。
とりあえず、ぼくの知ってる銀龍印は、
白の晒で綿100、日本製のものです。
というかそれを柴田さんから勧めてもらいましたよ?
なのでもしかしたら、柴田派の映像で白を着てる人たちは、
銀龍印かもしれません。 情報ありがとう。
実は俺も銀龍印大好きなんだよ。
藍染のを着てるけど、
これの白があればいいのになとずっと思ってたんだよね。 >>43
それはよかったです。そんなに大事にしているのなら、色も大事なことですよね。
店は、水道橋商会という古い所です。詳しくは確かめてみてください。
見学のとき柴田さんは、「うちは道着は白とおもってる」と述べていました。
そして、「袴は黒とおもってる」と言ったところで、先述の北陸の方が「紺ええやろ!」と言ってました。
どうやら道場に紺袴の人がいて、その人の弁護だったみたいです。
なんだかおもしろい現場だなぁと思いました。 水道橋商会ね。ありがとう。
そういえば、黒の袴もなかなか売ってないよね。
柴田も色々考えているのか。
だけど実際袴なんて縞々でも髑髏の染抜きでも紺でも黒でもいいと思うけどね。 >>45
あっそういえば、
さきの若手の方は、「袴は木綿がいいです」とご自分の袴をつまんで述べていました。
その人は黒だったから、たぶんあれは黒染めの袴です。
水道橋に売っているかもしれません。
こういう服っていうのは大事ですよね。
これで歴史すら語られてしまうから、
いいかげんなことはできない。 柴田さん、相宮さんから天神真楊流に関する資料を大量に受け継いでいるのに
発表しないのは本当にもったいないと思う。宗家名乗るなら是非全て発表してほしいものだ。
まあこうして歴史の闇に葬り去られるのだろうね。
それがどうしても許せない。隠すことはないのに。あいつは何がしたいの?
(相宮和三郎は当時の天神真楊流を大調査してノート数冊にまとめている。) 「天神真楊流、相宮和三郎著」という題名で全部活字にして出版すればいいのに。 あぁ、たしかにそうですよね。
でも柴田さんといえば、出版された天神真楊流の本を、
人の手にいかないようにすべて買い占めようとしたような人ですから、
とてもまともなことは考えてませんよ。
あの人は病的です。
大事な文化をどのように伝え残すかなど、頭にもないんでしょうね。
相宮さんも天国で悔やんでるでしょうね。 言ったってもはや門人がいないんだからしょうがない。 >>43
謝らなければいけない。
ぼくが銀龍の白があると言いましたが、
昨日、水道橋商会に確認しにいったら、
銀龍の白は、腰継ではありませんでした。
申し訳ない、話ぜんぜん合ってなかった。
ぼくの誤りです、気をつけてください。 そういえば、天神真楊流って形に逆極めたまま背負って投げる技ないよね。 逆かけて投げる技って実際はあまりかからないものが多くない?
投げるんだったらいちいち逆しようとしなくても、
組みついてころっと倒せばいいし。 天神真楊流柔術
楊心流の秋山四郎兵衛中国渡航説を嘘を広めた罪は重いぞ。
これのせいで
いまだに楊心流は中国から持ち帰ってきた拳法の技術が基になっていると誤解されている。
本当に迷惑だね。 訂正
楊心流の秋山四郎兵衛中国渡航説という大嘘を広めた罪は重いぞ。 天神真楊流は中華崇拝の流派。
もうここから腐ってるんだよ。 夫以柔術者無事之根元、治国乃基ひ、壮士並立の要にして、弱よく強を制せしむ。
彼が力衆に越たる者に勝利を得るの術也。何ぞ多易からん。然共衆が毎日の執行を以て向ふ時は力に限り有り、術は無限也。
動者は捕て固かためて、動は自然と殺し死すれば、又術以活さしむ。
是殺活自在也。其能学んで奥を極るに至つては、夭死のものを活せしむ。
ここを以其奥妙を不知ものは、まのあたり渇に望て井を穿ち、木によつて魚を求の急あらん。
故に真楊流頗る大なるものなり。
将に中段乃廿八箇乃手数、最天の廿八宿星にかたどつて当流に用之。
真に有故なり。可秘々々。 夫人以力争者人又以力拒之何益乎
及兵道兵術因敵轉化變動常也謂観楊柳靡風得為和徳大悟之一如
號天神真楊流和者徳之苑武者徳之守神妙有其中後世門子敬可秘
萬法帰一
萬法は一帰する所合点可成、一の帰する所とらへて難伝、
是所謂覚悟意無我之正躰也。躰者則卍之字説、生死者無常之怨敵也。
昼夜不断之会席、皆是見敵事肝要也。以来懇望旁於有之者、
堅誓詞文上可有相傳者也。 かぶれたってことなのか。
九州説のほうが濃厚なんだけど、
中国説がやまないよね。 ほんとは九州っしょ。
関口流や竹内流にも導入された形跡はある。
かなり古くから九州であったはず。 さらに分派の真蔭流は、中段が22手しかないのに
(将に中段乃廿八箇乃手数、最天の廿八宿星にかたどつて当流に用之)
とか書いてやがる。
そもそもその後に手解と初段の合わせて16手の技名を書いていて
中段は違う巻だし。
真蔭流は天神真楊流のをパクらずに新しい文章を考えるべきだったと思うね。 >>65
誰がどう見ても九州だけど中国由来説の方が有名になってる。
その一因が天神真楊流にあることはたしか。
楊心流系ではもっとも広まったからね。同時に嘘の歴史も広まった。
楊心流は諸流学んでから絞技中心にして作ったもの。
鞍馬山の武術を継承していて秘伝が鞍馬の毒薬とか言われているね。
鞍馬という単語がよく出てくるから何かしら鞍馬と関係があるのだろうね。
牛若丸の武術を再興したとか書いてるものもあった。
他には魏の武官が書いた急所についての巻物を手に入れて組み入れたという話もある。
これも本当だろうね。 楊心流を創始した後に長崎で入手したらしい。
あとは古武道協会の高木流の伝書の項に鞍馬伝と書いてあるから
本體楊心高木流も楊心流に関係あるのではないかと思ってる。 楊心流系統すべてに言える欠点は、
中国から引用した経絡秘孔を、
当身といった殺法に用いたところ。
ほとんど効果していないような、
とても些細な当身になってしまった。 >>68
真蔭流はテキトーなんだよ。
名前だって真楊流の「楊」という字を意識して「蔭」に変えただけだし。
どうせ、「楊→陽」、「蔭→陰」で陰陽ってことでしょ。 陰陽説ももはや当時ではダサすぎる。
中国伝来みたいなポジで他派より格付けだんだんとなら尚かわいそ。 酒本一門の掛け声が特殊でとても真似できない。
イョオ! あれってほんとは声を張りあげてはいけないようなものだそうだよ 流儀よりも集まってる人たちのだめなところ。
だからいまのような衰退となった。 天神真楊流は全国に広まっていたのにね・・・
やはり楊心流の系統は馬鹿が多いのかもしれない。
どこのことかは書かないけど、
後世に伝える気が全くないくせに中興の祖の子孫に了承を得て流派の全史料を受け継ぎ、
その流派の代表者となった「東大卒のインテリ」さんとか
宣伝もせず、道場を開かず、一人も弟子をとらなかったけど、
先人たちに申し訳ないとは思わなかったのだろうか?
約300年間代々続いてきたものを自分の代で終わらせるのってどんな気持ちなんだろうか?
奴は流儀の歴史と全史料を背負ったうえでその歴史に終止符を打った。
それに、学校のクラブで柔術教えるなら何も変えずにありのままを教えればいいのに
体系や技を改変して自分流にしたりして何なのこの人?
訳が分からない。
そういえば、そいつ柴田師範と関わりがあったようだね。
柴田もそうだけど長年柔術をやってると自分流、自己流に技や技術体系を改変したくなってしまうのかね 上に東大卒の奴と書いたけど、記憶があいまいだ。
なんかもう一人の方と経歴がごっちゃになってしまっている。
東大卒は
後世に伝える気が全くなく入門希望者を追い払った藤原稜三の方だっけ?
似たようなもんか、どちらもほぼ同じように流儀を消滅に導いてるから。 藤原と校長は長い年月掛けて先人たちが積み重ねてきたものを
いとも簡単に一代できれいさっぱり終わらせた。
ある意味凄いと思うね。
同じ楊心流の系統に属する柔術で
30年以上活動していなかった流派を一代で再興し無形文化財に登録した奴もいるのにね。
やる気があるかないかの違いかな。 あいつら付き合いもあったからね。
伝える能力もない、技術を改ざんする、
人から嫌われる、こんなのばっかり。 シバタてめーは今度われわれになめたまねしたらぼっこしてやるからな
うさんくせーそのツラひっぺがして今までのすべて償わせてやるからな >>82
出来もせん事を吠えんなや? しかも爺さん相手に。 日本ではお金にならない行動は
無意味で、経済第一ですから。
戦後の政策です。
真楊流に限らず消えていくでしょう。 ユニコーン書林 虚偽表示 ヤフオク 転売 脱税 質問欄 自演
ユニコーン書林 吊り上げ 危険 埼玉 悪行 逃亡 税金
ユニコーン書林 経営者 泉智倫 住所 虚偽 出品物 ブログ
ユニコーン書林 特定商取引法違反 日高 泉 経営者 本名
ユニコーン書林 ヤフオク吊り上げ 不法 違反 古本 商取引法
ユニコーン書林 悪質 違法 申告漏れ 野球 鉄道 古書 犯罪
http://unicorn-syorin.com/index.html それにしても、今回の動画は柴田派の礼式を見ることができて非常に興味深い。
一度鉢巻を置いてから礼をしている。
宮本半蔵、相宮和三郎の系統なのに、礼式が古式のやり方ではないな。
同じ流派の酒本派や分派の真蔭流、柴真楊流にもきちんと伝わっているのにね。
柴田さんが変えたのか?
それとも相宮の時代からそうなのか?
武術というのはなかなかうまく伝わっていかないものだね。 天神真楊流及び分派は懐から鉢巻を取り出した時、
両端から10cm程度のところを手で持ってパッと鉢巻を伸ばすんだよ。
そして、鉢巻を持ったまま地面に両手をついて頭を少し下げる。
そのまま、鉢巻を締め、立ち上がり各自所定の位置に移動。
地面に置いてからチマチマやるもんじゃないんだよ。
みっともないからね。
ただ、昔柴田さんも普通にきちんとした所作をやっていたような気がするんだけどな。
こんなことしてたっけ? 礼がお座敷芸っぽくなってしまってるね。
若者も下手だけど、年配も下手になってませんか。
劣化退化している気が・・ 礼式すらきちんと伝わってないのなら、
もう柴田の天神真楊流は終わりだよ。 柴田さんは型をかってに編集したりするそうだから、みずから終わっていってるような・・ 今日、天神真楊流の全容が書かれた史料を見たが凄いね。
これを見るまで内心天神真楊流をかなりカスな流派だと思っていた。
天神真楊流の本領は124手+変化技数十手ではなく、殺法、活法、薬法、毒薬、遠当、整骨のようだ。
特に毒薬が凄いじゃないか。剣に塗って使用するとか。
俺がやってた時、こんなのあるなんて知らなかった。たぶん伝わってなかったんだろうな。
変化技があることすらも知らんかった・・・
宗家を名乗ってる柴田さんのところにはしっかり伝わっているのかな? 「磯又右衛門正幸弟又一郎(二男)山崎家、三郎(三男)青沼家の承諾を得、柴田孝一(当道場師範)が第七代宗家を継承する。」
何か柴田のサイト更新されてた。
青沼さんの承諾を得たのか・・・
宗家名乗るくらいだから当然全部完璧に伝わっているんだろうな。 >>95
凄いね。まったく伝わってないだろう。
体術ですら間違ってるのだから。
それに、山崎家や青沼家といってるけど無関係な人だよ。
柴田という悪徳者はいつも、本人よりも周りの無関係な親戚をそそのかすんだよ。
やつはそのために人の死を待っていたりするんだから。 柴田さんには色々がっかりだよ。
あのレベルで宗家とか名乗るし
それにどうせ名乗るなら家元名乗れって思う。
礼式とか見ると相宮さんはきちんと教育したのか疑問だよ。
もしかして相宮さんやその師の宮本半蔵さんもテキトーだったのかなって最近そう思い始めてきたよ。 伝える人も教わる人、どちらもわけがわかってなかったんだろうね。
問題はやっぱり型稽古の表面性、師から弟への一方的な丸呑みだよ。
ぜんぜん研究してない。
噂の騒々しさからすると、とくに柴田さんあたりでひどくなったはず。 柴田さんのせいで古武道はわるい噂ばかりですよ。
もう古武道会全体の問題にされています。 正木流の子孫家を訪問して私は認められました、浅山一伝流のS井先生に入門して型を盗みました、青沼家を訪問して認められました、
昔から行動がまったく変わらない。
北海道と東北で真揚流宗家と名乗り、関東では師範を名乗るという使い分けをしている。 失礼
協会はじめ古武道全体で拒否すべき人間だったとおもう。
人柄もよくない。 柴田は相手が外国人だとびびって塞ぎ込んで逃げる。
病的なごまかし体質もったやつだぞ。
馬鹿だから自分が理解できないことが怖くてしょうがない。
外国に対する差別意識がはんぱじゃない。 しばたさんの性格は昔から言われてきたことだよ。
相宮さんがしばたさんに騙されたのが運の尽きだった。 古武道協会も柴田などさっさと除名したらいいんだ。
あんなものにかまってたら古武道全体の信用にさしつかえる。 古武道協会なんて復元の長谷川流和が入れるくらいだからね。
まあ、柴田さんもOKでしょwww
振興会は前会長と揉めて追い出されたようだが。
ところで、相宮和三郎氏の映像持ってる人いない?
振興会の演武のパンフレットに柴田さんと相宮氏が載っていたから
たぶん昔演武したことがあるはずなんだが。
見てみたかったな柴田さんの師匠の演武。 いまのところアップはされていないな。誰かがあげてくれるかもしれん。
柴田とかかわるようになった頃はすでに相宮さんは活動をリタイアしてるから、
そんなにいいものは見られないとおもうけどね。 誰かが上げてくれるのを期待してます。
初期の柴田さんと今の柴田さんでどのくらい形が違うのか検証してみたいね。
もし相宮さんが実力者なら、昔の柴田さんは適当なことはしてないはず・・・ 問題は、柴田は相宮門下で稽古した事実は無いということだ。 柴田さんも久保田さんも目録までの124手の技しか伝わってないんだよね。
その先、免許、皆伝の技法や目録までの他の技法が存在しないのはいかがなものか?
「誘活」、「五箇之傳」とか教わった?
天神真楊流の最大の売り、「七箇之極意」や整骨、薬、毒は?
返し技は?
彼らはそれらを全部捨ててしまったのか。
伝わっているか今度聞いてみるといい 久保田さんは柔道の時代のひとだし柴田はそもそも門外なんだから
そこまではむりっしょ
薬術のものはほとんど放棄されたんじゃないかな ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています