>>711
好き勝手やってたといっても、別に高い技術開発をしてたとかじゃないからな?

踊りが発端で元々大した意味が込められてない型をやって、武術やってるっぽい雰囲気にひたれて
運動不足解消&ストレス解消、実際の殴り合いの稽古はしたことないけど、いざ実戦となれば
何もしてないよりかは普段空気相手に突いたり蹴ったりマキワラ突いたりしてる分、有利なんじゃね?
という程度のシロモノが沖縄でいうところの「手」ないし「唐手」だったというわけ。

それに我慢できなかった船越は、鉄騎の最後の両手を横に突く動作は、きっと腕関節を押さえてるんだ!
とか現在みんながやってる創作こじつけをした。だけど悲しいかな、対人稽古をしてないから
腕を押さえに行くまでの過程まではこじつけられなかった、だから弟子は沢山居たけど誰にも伝わっていない

本部は船越よりかはもうちょっと過激に、実際の殴り合いという分野におそらく沖縄唐手界初で踏み込んだ。
殴り合いが強かった、あるいは一本拳で殴ってたから強かっただけで、別に特別な突き方とか開発はしてないと思うよ。
つうか、沖縄の名だたる昔の唐手家のほとんどは特別な身体操作なんて開発してないし受け継いでもない。

柔道は投げ技を弟子に体験させたりしてるけど、唐手家は弟子の腹に威力を体験させるなんていう
現在セミナーでやってる当たり前の事すらしていない。なぜか? していない、ではなく出来なかったんだよ。
危険過ぎるからとか秘匿性が高いから、ではなくただ単にそんな特別な突き方すら対人稽古やってないんだから身につけていない。
つまり、無い袖は触れないから弟子に体験させることは出来ないし、故に高弟達もそういう突きを身につけてもいない。