御殿場は東京と関西以西を結ぶ東海道線の主要な駅となったことで、明治以降賑わいを増したが、
昭和に入って丹那トンネルが開通し、輸送の主力が小田原―熱海〜沼津のルートになると、
御殿場を通る旧東海道線はローカル線に格下げとなり、御殿場は発展から取り残されていくようになる。
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 しかし、東名高速道路のルートが、東海道線沿いではなく、国道246号沿い(大井松田―沼津間は
ほぼJR御殿場線沿い)となって、御殿場にインターチェンジが設置されたため、御殿場は富士や箱根への車での玄関口へと変貌、
再び活気のある街へと変わっていった。


東名高速道路の開通が発展の大きな契機の1つとなった町は、ほかにも厚木(神奈川県)、豊田(愛知県)などがあり、
東京や名古屋のベッドタウンという要素もあるにせよ、どちらもやはりこの50年で人口が2倍以上に増えている。
名神高速道路がほぼ全線を東海道線(および東海道新幹線)沿いに敷かれているのと比べると、
別ルートによる建設は新たな地域の発展に寄与したと言ってよいだろう。
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 その後の宅配便の発展、とくに離島など一部の地域を除いてほぼ翌日には荷物を届けられる体制になった背景にも、
東京―名古屋ならノンストップで4時間前後、東阪間でも深夜に出れば翌早朝にはトラックで輸送できる態勢が整えられたことが大きい。
野菜や鮮魚などの生鮮品の輸送革命を担ったのも、その後建設が進んだ日本全国を結ぶ高速道路網の発達であった。