【萌える行司スレッド】57
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とりあえず、今の伊之助は降格にして刀は取り上げ。三役紫白房とする。
あれで帯刀はいけないでしょ。
そう言えば27代庄之助が刀忘れたのアップで見た事ある。 >>539 >>540
若手の実技指導なら、36代の山崎庄之助も適任者だろうな。 >>547
山崎さんは優しい人柄で、現役時代も名行司という人もいたから確かに最適任者だね。
山崎さんは錦太夫(げん)に期待していると仰っていたが、そう言われれば、現役ではマシなほうだな。
昔風の厳しい教え方でなく、ちゃんと教えられるのはこの人かも知れない。まだまだお若いしね。 >>549
そうとも言えない。型は綺麗な方だった。
動きも立行司になってからではあるが、良くなった。 私は鬼一郎が裸足行司の頃から所作や発声、某対応なんかで好きだし尊敬しているんですがやはり不人気なんですかね? >>551
鬼一郎は姿が良い。昔の高級公家と言った風情が相撲に品を与えているね。 >>551
鬼は昔から掛け声ヒステリー気味なのがなぁ…あれさえ直せば、行司としてはまずまずの出来なんだけど。 鬼はピンクと同じタイプだよなぁ。テヲツイテ!怖い
掛け声は独特で個性的やけど あまり語られないが光之助が上手いし形やかけごえも安定してる、要やけんじろうはマズイ。 >>555
それ言い出したら辰之助も将来有望。今は型が崩れているけど、浅井さんタイプの品格が出たら一気に将来の松翁候補になるよ。 とにかく中学出たら早いうちから部屋で先輩の指導を受ける。先輩が頼りないんだったら、昔のビデオや番付を見せてこんな感じにならないと俺たちみたいになっちゃうからって
変だけどそんな指導しなきゃ駄目だ。 >>555
以前に誰かも書いていたが、光之助の掛け声は32代庄之助(澤田、咸喬しげたか)に似てるな。
その澤田は定年後はネット上では全然情報がないが、存命なのだろうか。
ウィキでは存命になっているが。 >>558
澤田さんは余り好きじゃなかったかな。
上手いと言う人もいるけど、私は分からない。
松翁を上手いと言うのが分からないのと同様、澤田庄之助は上背も無いし、動きも俊敏ではないし、ああいう良さってもう少し歳とったら分かるようになるのかも知れないが、
還暦前になってきている私にも分からない。 昔の行司は小学生の歳から入門して、一門単位で年中巡業をして腕を磨いた
今の行司が勝てるわけがないし、こうやって伝統は時代とともに変わっていく
そういうことを勘定に入れず昔は良かったしか唱えられなくなったら人としておしまい >>561
だから今はフィルムやビデオがあるんだから、それを上手く活用していい裁き、処さ、動き、声などを個々が研鑽したらいいんじゃないか? >>561
人としておしまいは酷いだろ。私も還暦近くなったら昔の事が思い出される。世代としては、山伏、夏みかん、浅井の時代にホンの子供だった。でも懐かしいんだよね。親子というより完璧に祖父の年齢だよ。
そんな人が活躍してて、後藤さんは父親世代にあたる。幼稚園から大学にかけて見た行司さんは凄く魅力あったな。懐かしいんだ。 >>561
今はコロナで巡業が出来ないが、巡業がないのなら、先輩立行司のところに訪ねて言って、色々指導を仰ぐと言うのもいいんじゃないの? つべこべ言わずに辰之助を思い切って立行司にしろい! 立行司はもはやいらない。
適任いないなら空位でよい。
三役の輪番で土俵も土俵祭もやればよい。
その上で力量が安定している行司が居れば、伊之助にすれば良い。
庄之助はもはや松翁扱いで、稀な存在にすれば良い。 >>566
だから。俺も言ってるように伊之助から刀は取り上げて三役格に降格。一応紫白は与えるが、今度差し違えしたら緋房に下げる。
これしかないな。 >>376
相撲博物館の臨時休館期間が延長されて、当面の間は休みとなった。
>>377
今回の特集で軍配が展示されていた三役格の木村誠道(1889?)ですが、
解説文には代数は書いてなかったため、展示解説の時に質問しようと
考えてましたが、4月3日(金)14時からの展示解説も休館で中止でした。
引き続き、自分でも調べてみます。 >>568
最後の木村誠道の数代前の誠道ですね。
前の誠道は三役格になってまもなく38歳ぐらいで辞めています。大正14年生まれだから、27代庄之助の熊谷さんと同年齢です。
最近までお元気だったそうですが、現時点でどうなのかはっきり存じません。
もし、この誠道のこともお判りになれば宜しくお願い致します。
私のもっとも古い記憶の行司さんです。 3月場所無観客で無事終わったと狂った相撲脳は言うが果たして大丈夫だろうか?大阪から東京に無症状のデブの大集団移動させて菌を拡散させたら誰が責任とるの。 >>570
無観客で行司は概ね延び延びとやっていた。
そんな中で伊之助1人がカチカチでヤラカシしてしまった。最高位かまたさし 伊之助がコロガロウがさしちがえだろうがデブの無症状のコロナウイルスを大阪から東京に蔓延さす恐怖から比べれば大したことない! >>570
協会関係者からまだ感染者が出ていないのだから、とりあえず黙ってろ 協会内部でのことならともかく、医療機関や保健所が関わっているのに隠蔽するのは不可能。
隠蔽しているというなら証拠見せろ >>575
隠蔽していたとしたら八角のあの涙はまた違った意味で捉えなくてはならない。
隠しきって涙する人間なんていない。
八角が発覚しなかって泣いたなんて笑い話にもならない。
まさか伊之助の失態を詫びて泣いたって事もないから、まともに安堵の涙と捉えてあげようよ。 軽症なら検査すらしないんだが、どんなに熱が高くても意識あるなら軽症
意識がなくなったり呼吸器が必要なくらいの肺炎になってようやく重症、そこでようやく検査するのが今のやり方 式守伊之助はコロナに罹っているかのようなニワトリを絞めた様な声を出す。 立行司昇進後の差し違え回数のランキングわかる人いますか? バカ八格は無事終わったて喜んでるけど無症状の若いデブが菌ばらまいたかもな! >>582
ダントツが今の式守伊之助。
二位が池田伊之助。
三位がホモの先代伊之助。
何故か差し違えで有名なのは伊之助が多い。
昔は髭の伊之助涙の抗議。
浅井伊之助の大鵬戸田戦で指し違い。
例外が夏みかん庄之助の突き手、かばい手の指し違い。
立行司以外では、筆之助さんが伝説的に刺し違えていた。 立行司在位中なら浅井や熊谷がまだまだ多い。立行司以下なら現玉Jが記録的、筆翁はさしちがえ的にはそんなに多くない。 さしちがえなら筆翁より江川勘の方がおおかった。桜井も立行司までは逆にひどかった。光之助伊之助もおおかったね、現玉Jが古今の記録だろう。 >>585
浅井の差し違えは皆、審判の誤審。
浅井は正直庄之助以降では特筆すべき優秀な行司だったよ。
それ以前は松翁は生涯二度だけ差し違えのみ。
泉の差し違え場面は多分ないだろうが、預り弟子の後藤が泉が珍しく差し違えて悩んでいた事があったと証言している。
その後藤も名行司と言われる割には差し違えは結構多かった。私が覚えているのは立行司になってから、草履が脱げてそっちに気が行く凡ミスが印象的。
熊谷は庄之助最長だが在位中の差し違えは僅か四回。
櫻井は庄之助在位約6年半で差し違えは一度もなかった。怪しい判定もあったが、池田が酷くて審判団は櫻井の団扇を信頼していた。
その他名行司で意外と差し違えが多かったのが、庄太郎の福井。ボカが多かった。
名乗りあげの間違いがあった。(反対の力士の名前を言ったり)
名乗りあげの間違えで有名なのはヒゲの伊之助(⚪⚪に勝ちたる⚫⚫)は余りにも有名。)
永遠の三役の松井も昇進が叶わなくなってからはミスが多かった。集中力が保てなくなったのだろうか。首を傾げながらの回し団扇が印象的。
尾崎翁はミスは少なかった。ぶっ飛びながらのスーパー団扇上げは伝説的だ。 >>586
確かに玉は差し違え多いけど、去年5月の朝乃山ー栃ノ心戦はさすがにあれはないだろうと思った。
自身のミスならともかく、審判5人の忖度で黒星にされる行司は不憫だよな。 玉Jはいつだったか豪栄道でまるっきりさしちがえも忖度うけてセーフあったからな。記録的さしちがえ行司だよ。 >>590
立行司の4場所連続差し違えなんて前代未聞。
聞いたこともみたこともない。
そもそも野内が辞めたからと言って今岡を挙げたのが間違い。伊之助になって最初の一番で差し違えている。
それも微妙な差し違えだったら仕方ないか、今岡の差し違えは誰が見ても間違いの差し違えばかり。反対に上げるのが常習化している。
玉治郎もそれに近いが、後藤が引退してから行司はガラッと変わった。いない方がマシなぎょうじばかり。だから後藤以降行司を見るのはやめている。 >>582
ググってもそうゆうサイト出てこないよね。困
ここの人が一番詳しそうなんだけど、通算とか連続とか数字にしてまとめていただける方がほしい。 後藤までは八百長相撲ばかりさばいてたから、先場所の鶴、白戦みたいな取りくみばかりだもの。 >>595
こういうのは数値化は難しい。
差し違えでも「明らかなミス」「微妙な判段「審判のミス」」などに別れるからだ。
力士と違い行司は間違いがないのが当たり前で
殆どは軍配通りで、差し違えは1パーセントぐらいなもんだからなあ。
ベストで行くと、
1。泉(22代庄之助)
2。後藤子之吉(松翁)
3。内山(23代庄之助)
4。後藤(28代庄之助)
5。福井(27代伊之助)
6。尾崎(24代伊之助)
7。茶原(26代伊之助)
8。櫻井(29代庄之助)
9。浅井(26代庄之助)
10。緑川(24代庄之助)
これも順不同。異論もあって当たり前だ。
数値化はビデオ前とビデオ後でも審判の資質でも、変わってくるから不可能だろうね。 それでも熊谷や後藤は結構間違ってた、何を名行司とか笑わすな。腹いて〜 今岡、武田ばかり槍玉に挙がるけど創博こと波田、ツートンこと菊池、元基こと岡村、この辺りの中堅行司も差し違え多くて見てられないものがある。特に波田はつい最近、勝ち名乗りでやらかしたよね() 立行司を辞退した玉光も、朝赤龍を朝青龍と間違えて呼んだことがあったな。 以前にも書いたが、孔一は呼び上げ(しかも二声)で間違えたことがある。
初めに片方の力士をいつもの調子で呼び上げたはいいが、それは違う方の力士名。
呼び終わってから間違いに気づいて、しばらく(10秒か20秒だったか)沈黙、
どうしたらいいか考えていたのだろう。結局はもう一度同じ力士名を呼び上げた。
アナウンサーは間違いには気付かず、「これほど間が空くのは珍しいことです」というようなことを言っていた。
このことはネット上で検索しても出て来ないが、覚えている方はいるかな? 結局、東西同じ力士名で呼び上げた。
十両最後の一番だった。覚えているよ。 呼出しはカンニングペーパーを手のひらに
忍ばせているが、行司はできないからね。 旗、キクチは行司の基本の動きからなってない。飛びはねるのが動きがいいと勘違いしてる。キクチはオットトの掛声さいあく。 >>601
今考えると、孔一は堂々としていた。所作は能の動きを参考にしていたとあって、美しかった。孔一に対する評価は芳しくなかったが、
装束の着こなし、所作、発声、そしてゆっくりと形良く挙げる軍配などは今の行司に見習って欲しい物がある。 孔一は所作は美しいけど、なんか胡散臭かったwそこが好きでもあるんだけど
阿部とか内田みたいな無難なバランス型行司よりも、孔一とか中島の絶妙にショボい裁きが好みだったな
最近では玉光と正直推してたけど
どことなく大坂相撲の残り香があったから
今は皆無 >>606
孔一は胡散臭いがしょぼくはないと思う。
大坂相撲だと最後の清之助の形が面白かった。
13代玉之助も「3人相撲」と言われるぐらい異形だったね。
清之助のかけ声も残っているが、やたら(「ハッキョイ」を言ってる。反対に玉之助は一切ハッキョイは言わない。
大坂は相撲がエンタメ化していたので、行司の形も自由だったのだろうか?
しかし、行司の完成形が大阪相撲から出た泉庄之助や正直の内山庄之助だと言うのも面白い。
画一的な東京より、自由な気風の大阪からは個性溢れる行司が出たのかなあと思う。 昔は行司のファンと言うのも沢山いた。
私は子供の頃大阪で過ごしたので、府立体育会館の別館の行司の出待ちをよくやった。
浅井さんは着物姿。尾崎さんはハンチング、熊谷さんは着物だったが、普段着での場所入り、茶原さんはまるでエリートサラリーマンみたいにバッチリスーツで決め、アタッシュケースを持っていらした。
挨拶すると皆さん頷いて下さったり「楽しんでってね」(尾崎さん)とかみな優しかった。
今は大阪でも行司の出待ちは出来なくなったし、多分国技館でも無理だろうが、
制服にネクタイと言う姿の行司さんがいたら労いの言葉をかけてあげたらいいと思う。
サインは巡業だったら気楽に応じて下さるが、
場所中は皆さん持ち場でお忙しいので、遠慮したほうがいいかもしれない。
今の伊之助さんや前の伊之助さんは色紙を預かって、後日見事な書を送って下さったりしたけどね。 創博は行司や放送だけじゃなく字も立派に不味いよ、一体この人、兄貴の輝き以外なにがあるのか?ないか よく見ると装束の着方も変、着物幅伸ばしたママでだらしなく出してるよ、伊之助いい人は分かるが注意しろよ‼いっぱい々か(笑) 孔一なんか孔一だけのファンがいて、二番だけ観たら帰った人がいたそうだ。
そんな観てて観がいがある行司って居なくなった。判定権がないのだったら様式美で魅せる様にすればただの裏方でなくなるのにな。 孔一は、停年直前になって一童に改名していたけど、やはり孔一の方がしっくりくる。 >>612
孔一は(こういつ)と読ませたらもっとカッコ良かったんじゃないかな?
2代目は出ないだろうから希少な名跡だ。 >>615
創博は格好もだらしない。
孔一は着こなしは出来ていた。
高貴な公家の様な趣きがあった。
装束も趣味が良く、創博の様な趣味の悪いものは所有していなかった。
中身と言うが、土俵上の行司は云わば飾り物だから、見栄えが綺麗なこともポイントにはなる。
孔一以外では、浅井庄之助が体型のバランスが良く装束がよく似合い綺麗だった(浅井は中身もあったが……) 創博のイエローカード2枚のうち、1枚は賭博としてもう1枚は何?
アベマテレビで旭道山が「イエロカード2枚もらっている」と何度か言った。
ここで質問したことがあるが、答えがなかった。 >>617
賭博と博打は違うのかもしれんが、博打で身崩した行司として、
松井伊三郎、木村誠道など幾人もいる。
行司なんてギャンブルやらない人の方が多いから寿之助がやってても別にフツーのこと。
師匠の熊谷さんだって、博打大好きだったよ。 >>614
音声は英語だけど、レフェリーじゃなくて行司と呼んでいた。
36代庄之助の『大相撲行司さんのちょっといい話』にも、
「日本相撲連盟は、(中略)プロ以外のアマチュア相撲を管轄していますが、そこで相撲を裁くのが、主審です。
国際大会では、主審は「行司」と呼ばれていて、「GYOJI」は、今や国際語となっているくらいです。」(p.39)
とあったから、海外ではプロアマともに行司で通用するみたいだ。 海外公演すると注目されるのは力士より行司。
あんなきらびやかな衣裳を着ている「審判」は行司だけだ。
話は古いが嘗てロンドンで興行した時、私服で散歩していた後藤(28代庄之助)と茶原(26代伊之助)を見かけた地元の人が「おお。大相撲ぎょうじさーん」と声を掛けてきてびっくりしたと後藤さんが書いておられた。 ネットオークションで購入され、心配なのでと点検に持ち込まれたYZF-R25ABSですが、
外見は問題が無かったのですが、お見積もりをさせて頂こうと調べていくうちに異常な
箇所を何カ所も発見しました。
リコールの実施状況を確認しようとフレームナンバーから検索すると2015YZF-R25で
ABS無しの情報でエンジンナンバーから検索すると2016YZF-R25ABSの情報が出て
きました。どうやら2016YZF-R25ABSの事故車の部品を2015YZF-R25のフレームに
載せ替えて仕上げてあるようで・・・
車両データの確認が出来る当店だったのが幸いでしたが、すべての車両管理の
ベースがフレームナンバーを基に行いますので知らず部品発注や作業を行うと
部品やサービスデータが合わないなどの不都合が発生するところでした。
同じような経験したショップがあるんだね。
うちは店先にオク車両の点検整備お断りと張り紙をした。 創博は烏帽子についてもこのスレで批判されていたことがあるな。
大きすぎるんだっけか? 創博と孔一はよく比較されるけど、クールな声と黒い装束以外別に似てないと思うけど。
創博と言えば黒のイメージはある。隣に声量お化けのピンクがいるから余計に印象に残る。ツートンとか、あの辺の行司は色分けがはっきりしてる 寿之助は頭が大きすぎ体形的にはアンバランスス。
理想的な体型はほっそりして足が長い泉さんや浅井さん。頭は小さい方がいい。
頭が大きくでっぷりした力士と対対象的なのが行司の理想だ。
最近では櫻井さんが体形的には良かった。 創博は頭が大きいのじゃなく悪いだよ。袴の裾も変だったよ、伊之助注意出来ないの?伊之助にしてもらった功労者だから無理か(笑) >>627
行司一同(特に伊之助)一安心。
過緊張の伊之助は無観客でも差し違えるしな。
中止して人混みの中で歩く練習しないとな。 創博、病勘、ピンク、上手く見せよう、真剣に見せようとする勘違い行司。秋、庄太だけがかろうじて行司。 房総大相撲人國記 谷口 公逸(著) 彩流社 ttps://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784779126109
千葉県出身の力士列伝だけど、24代の緑川庄之助も取り上げられていた。
題字は木村銀治郎が書いている。
>>613
↑こちらの本の著者の読みは「タニグチ コウイツ」だった。 >>617
創価学会員→折伏のしつこさとか?
そりゃ公に言えるわけないなw 無観客だと相撲競技のつまらなさ行司の下手さが一層丸わかり。 >>630
かろうじてであって決して上手いとかカッコいいとかじゃない。「昔あんな下手な行事見習いがいた」程度。
28代庄之助以来行司は完璧に消えた。 伊之助の下手さは自分でも気がついていてある意味清清しい、玉Jは戦線離脱しているので置くとして恵、ピンク、創博、病勘、このアタリが自分流に酔って自覚なき下手さコロナウイルスと同じだから全行司に感染するんだね。 >>636
行司という呼称を辞めて、庶務員にしてはどうか?立行司は庶務課長。三役格は庶務次長。
幕内は庶務係長。十両は庶務主任でいいかも。 ピンクは国技館とかだと意外と声聞こえてこないイメージあるんだけど
地声で張り上げてるだけで行司の発声ができてないから? >>638
前にも書いたが、昔は「寒声」と言って、冬の凍える様な早朝、墨田川端で大声を出して稽古したのだそうだ。それで一度地声を潰してしまい、新たに野太い声が出る様になったら本物。
低い声でも甲高い声でもよく通る「行司の声」になる。
この声を獲得しないとバカでかい国技館の隅々まで響き渡らせる事が出来なかったと言う。
今「寒声」の習慣は無くなった。
場所に行っても行司の声は掻き消される様になったのはそういう理由からだ。 >>639
寒声はいつまでやっていたんですか?
多田や江川や浦本の発声は今の行司とは違う独特なもので行司らしさはあったものの声量は全然なかったが、完全に潰れてダメになっちゃった例? 個人的にピンク、元基、銀治郎の声は特に好かん
あと秀朗さんって人。 >>640
多田時光は「酒焼け」です。
大正世代までは「寒声」修行はありました。
江川さんも浦本さんも声量はなかったですが、確実に一度声を潰しています。まあ「寒声」の失敗例かも知れません。
最近の成功例は熊谷さんの響き渡る声でしょうね。 江川勘太夫は「安来節」の名人と言われていました。私は安来節がどんな発声なのかは詳しくありませんが、ある雑誌の紹介欄で見ました。
浦本さんは元々は呼び出しになる予定だったそうです。元立呼び出しの米吉さんから伺いました。声質で言えば確かに「呼び出し声」ですかね? ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています