【ミスター】平尾誠二 Part 4【ラグビー】 [無断転載禁止]©2ch.net
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平尾さんの息子さんはサントリーで営業してる って
ダイマルさんが写真いっしょに写ってたなあ。
だからどうやって話だが。 >>442
そら学費や権威からしたら京大>早稲田だろうが、下宿となると仕送りもあるし簡単じゃないでしょう
埼玉住まいにしてみたら東大のセカンドベストが京大になるか一橋・早慶になるかは一長一短なので一概には決められんよ >>445
ロジックからもっとも程遠い地点で生きてる関西知恵遅れが池乃めだか並みの捨て台詞吐いててワロタわw >>446
小生は親戚に関西人が多数おり、子供の頃から何度も訪れてますし、信者ではないのですが天理教の子供会行事で天理にも何度も行きました
ただ、関西に住んだ経験はございませぬ
南大阪のガラの悪さについては簡裁に進学した友人などから色々聞こえてきますが、京都にスラムめいたダークな土地があるとは意外ですね
競馬知識もある方なので、元騎手の田原が覚醒剤で競馬から追放されたのち、京都市内にひっそり潜伏してることとか、武豊の兄がクスリをやった挙げ句いい死に方をしてないことなど、京都のダークサイドも少しは存じておりますが…
平尾も何か影がある生い立ちなのですかね? 余談だが関西の親戚絡みで一番驚いたのは、伯母さん(九州出)の旦那はんが阪神ファンで、負けた日はリアルに「今日は晩飯いらん」とボソッと言って本当にメシ食わない日があると聞かされたこと
へえ、ネタじゃなくて本当にそんな人がいるんだ?と子供心に思った
暗黒時代の阪神なんか2週間勝てないとか普通にあったのに大変だったろうなw 素性明かさない匿名掲示板でディベートをぶっ扱いてる風がいてビックリ。
論破とか。。。
人生ロンパールームからやり直すことをお薦めする。 平尾さんの母校の伏見工業って、文字通り伏見稲荷の近くなんだね。
何か街中じゃなく郊外にあると勝手に思ってた。 >>454
京都の人間にとっては伏見や桂は郊外の別の街だけどね。
国際日本文化研究センター所長の井上章一氏によれば、
自分を含め古い京都人の感覚では、京都の西側は大宮通か精々が西大路通迄、
そして南は京都駅迄で、それより南は、東塩小路村、東九条村、西九条村だそうだ。 >>405
浦和高校でラグビーをやっていた友人の話では、
埼玉県下では熊谷高校の宿沢は相当な有名選手だったらしい。
早稲田では1年目から前年のレギュラーSH清水を押し退けて試合に出て大活躍した。
一方の清水も良いSHで、宿沢が選手権準決勝の同志社戦で怪我をしたことで、
法政との選手権決勝に出場機会を得て優勝メンバーとなった。
その試合が宿沢にポジションを取られて以降の清水の最初で最後の試合となった。 滑り止めで同志社受けて受かったけど、田辺キャンパスとかめちゃくちゃ田舎でびびった記憶がある
受験の時って不動産屋が賃貸物件のビラ配ってるからもらったけど、え?こんな田舎でこんな家賃高いんか?て思ったわ
学生ばっかで足下見られとるんやろな >>455
それは失礼しました。
コロナ禍になる前は、年に1回は時間を作って3泊4日程度の京都旅行をするのが楽しみで伏見稲荷も3回程訪問したので、伏見工業が近くにあるのなら見学しても良かったかなと思った次第です。
しかし、学校の周りをウロウロしてたら不審者扱いされかねませんね。 >>444
NHKのBSPで、いまやっています。あと10分しかないけれども…。
平尾さんは、山中教授を全面的に信じて闘病したのですね。 >>451
田原とか武伸の話が京都のダークサイドと思ってるなら相当にズレすぎだろう。頓珍漢と呼ぶべきかな。あなたは周囲からウザがられているのに気付かない人なのか。5ちゃんだからまだ許されているが。 >>451
武伸は平尾よりも4年後輩だから、まだ55歳の筈なのに死んだの?
生意気な平尾とは違い、素直な良い子だった印象があるが、
可哀そうに、利用出来るだけ利用されたんだろうな。 >>463
ポジションはHOだっけ?
確か井村、一澤の世代で花園にも出たんだな 岩倉が細川のいた伏見工業を破って、花園ベスト8に入った年の小さなHOだったな。
3連覇のお陰で中尾晃、細川を始め良い選手がどんどん集まり、
同志社の天下はまだまだ続くと言われていた中で、
エアロビクスや3000m走など、ラグビーには必要のない練習ばかりさせていたが、
選手権1回戦で早稲田に完敗したことは同志社の将来を暗示している様に思えた。
それまでの努力の成果と言うべき3連覇が、指導者の慢心を招き、
同志社ラグビーそのものを狂わせてしまった。 >>464
そらアンチ早稲田にしてみれば目障りだろうな >>466
関西リーグで大体大に負けたときの世間のリアクションに興味がありますな
当時は子供だったからよく分からんのです
いま両チームのメンバー表を比べるとなんでこれで同志社が負けるの?と思うのですが 96年の狂会本で永田による初代ラトゥのインタビューがあるのだが、いま読み返すと興味深い
ラトゥの平尾評
「最後のNZ戦出なかったよね
アイツ(平尾)はそういうとこが上手いんだよな(笑)」
「(カジノについて聞かれ)オレはノーコメント…まあ、ダメだよね、アイツは試合前でもゴルフにも行くし」
「一緒に行動したことはほとんどない
たまにメシ食ったくらいかな」
「日本に必要なのは朽木さんみたいなタイプ」
ラトゥのような対等のプレーヤーには人望がなかったことが伺える >>467
アンチでなくとも一緒。
ペンペン言っている奴とあまり変わらない。 >>468
「今のラグビーではスクラムの強さよりも動けるプロップが必要で、
スクラム練習は一試合で組む本数程度で十分だ。」
との指導方針が間違っていたことを最初に目に見える形にしたのがあの試合だった。
その年、慶應がトヨタの強力FWを封じて日本選手権を取ることが出来たのも、
偏にスクラムで一方的に押されなかったことにある。
大体大の坂田監督、京産大の大西監督が、現役時代共にバックスの選手だったのに、
強いスクラムに拘って同志社のスター軍団に対抗したのは大正解だった。
一方、同志社は走れるプロップを重視した筈なのに、
尾崎の様な元々体幹や首の強い選手が居た時を別として、
走れない上にスクラムも弱いことが同志社の伝統になってしまった。 >>471
天理はスクラムが強くて、第一列がライン参加してトライを取る
強いわけだな >>469
永田 (95年W杯は)なんか、みんなアイルランド戦で燃え尽きちゃったような印象を受けたんですけど…。
ラトゥ そうだよね。薫田なんかアイルランドとやって終わりで、次の試合は弘津が出ると思っていたんじゃないかな。
オレだって「今まで出ていなかった選手が出て、一生懸命やればいいな。」って思ってたからね。
ところがメンバー発表になったら違っていた。多分、それも影響していたかもしれないね。
みんな、弘津とか松尾とかやっていない選手が出ると思っていたんだから…。
勝っても負けても、もう帰ることが決まっている試合なんだからみんなを出してあげればいいのに…。
松尾なんかショックだったんじゃないかな。
永田 そういう選手を出した方が、ああいうゲームにはならなかったと思いますか。
ラトゥ うん、ならないでしょ。絶対にならないですよ。
一部抜粋したが、ラトゥのインタビューで感じたのは、朽木、林、梶原、中島らに対するリスペクト。
しかし、NZ戦のメンバー決めたのは平尾さんだったのかな、それとも、一応監督のスモール・ブッシュが決めたのか。
平尾さんについては、
考え方がすごいの一言ですね。ラグビーをよく知っているよ。
と一応持ち上げて、後は少しチクチクw
この本を読み返して、日本って93
年アルゼンチン遠征の第1テストマッチで
27ー30の接戦を演じてるんですね。
第2テストは相手に対応されて20ー45で押し切られてますが。 >>470
早稲田スレ見てきたが、何であんなに罵詈雑言でペーン、ペーン言ってるんですか?
天理に負けた直後は、負け惜しみレスは見かけたが、今はスレ自体が成り立ってない印象。 >>474
キチガイに嫌気してまともな連中が脱出
そのすきに馬鹿ペーンが占拠
キチガイは早稲田スレ以外でもしつこく発狂中、ここもその一つ あと少し追加させて
永田 確かに、あの時(95年W杯)のジャパンはタックルしなかったですね。
ラトゥ だって、みんな早く終わらないかな…と思っているんだもん。
永田 ひょっとして、あの試合のことがあって、もうジャパンには行かないと決めたとか…。
ラトゥ 途中で嫌になっちゃったよ。僕がタックルに行っても、みんなは遊んでいるみたいだし…。
なんか、一人でやっているみたいで、すごくつまらなかった。
たぶん、145の試合を指してるんだろうな。
あと記憶違いかも知れないが、平尾さんは代表復帰する時、ウェールズ戦とアイルランド戦のみW杯は出場するという条件で復帰したとか。 >>475
アリガト。
このスレは、まだやり取りが出来るから良いですね。
早稲田スレはダメだわ、あじゃ。 >>476
スレの趣旨から外れるだろうけどふと思ったので少しだけ。
多くの選手はモラルもモチベも低かったと容易に想像できる。
一方でNZと戦うのは選手として幸せと受けとめて意欲を燃やす心理はあり得ないのかね。日本代表としての誇りや責任ではなく、あくまでもスポーツ選手個人の夢や本能みたいなもの。
他競技の弱小チーム経験しかない身なので思いあぐねるばかりだわ。 >>478
村田、今泉、吉田、ラトゥ、梶原、桜庭あたりは十分モチべもモラルもあり、NZと対戦出来る喜びを感じていたと思うんですが、如何せん、やる気、アピールする気満々のNZの控え組が上回ってたんでしょうね。
あの試合、NHKが夜、生放送してくれたんですが、前半で3ー81の大差になりラグビー実況でお馴染みの斎藤アナも現地レポートが無口になってしまったのを覚えています。 平尾は早稲田から誘われたが、同志社を選択した。どこへ行っても活躍しただろう。高校、大学、社会人で優勝、日本代表主将、監督と絵に描いたラグビー人生だった。彼の特筆は、人脈の広さと深酒しだった。相手からの高感度が高く、人間として魅力があった。サッカー協会にも関わっていたな。ラグビーだけでなく、スポーツ界にとって惜しい人材を亡くしたなあ。 >>471
解説ありがとうございます
岡センセらしい失敗ですね
坂田監督はだいぶ後になって「大西徹之祐のラグビーに心酔してるあなたが、なぜスクラムにこだわる10人ラグビーのチーム作りをされるのですか?」と聞かれ、「バックスの華麗な攻撃は才能選手が複数いる。それじゃ関西リーグ内でもウチは不利だから。手っ取り早く強化するならFWが近道。」と答えられてましたね
坂田監督の愛弟子、高橋は「ウチは全体練習の時間は短いけど、その代わり吐くくらいきついウェートトレーニングしてスクラム組んでる」と胸を張ってましたな
同じようにNZ流の練習時間短縮をしても、岡センセの同志社は痛い練習を避け、坂田さんは練習を減らしてもFWにきつい負荷をかけてたのは対照的ですね >>481
いや、ラグビー界にとっては普通に戦犯ですからw >>479
ラトゥが示唆してるように「選手の多くは自分がNZ戦に出るのかどうか半信半疑だった」という証言はありますね
平たく言えば「心の準備が出来てなかった」ということ
中尾は半年前の文章ですでに「ギネスに残らないよう大敗ゲームを避けるために、ひたすらDFを固めて時間稼ぎに徹するべき」と警告する文章を書いてる(どの本で書いたかは忘れたけど
首脳陣もNZ戦のことは頭になかったんだろう
例えれば、何の準備もせず過去問すら目を通さず、ぶっつけ本番で記念受験した高校生みたいなもん
別の例えならほっけば借金とりがやってくることが分かってるのに、何の金策もしないで返済日の朝を迎えた中小企業の社長とか
ある種の不作為が起こした惨劇でしょう それとメンバー決めたのは平尾以外にないでしょ
小薮は93年秋のウェールズ遠征終了後は肩叩きされて、辞任せず居座る代わりに全ての権限を剥奪されてるんだから
帯同した人がみんな「実質的な監督は平尾だった」と証言してる
小薮「それは白井さんに聞いて」
白井「平尾の意見だから」
平尾「ボクはアドバイスしただけです」
これが95年のジャパンの形 >>479
忘れたくても忘れられない南アの惨殺ジャパン、ライブで観てたよ。涙も出ない絶望の真っ暗どつぼに落ち込むのをギリギリ救ってくれたのが梶原やラトゥ。
その後も失望幾年重ね15WCの驚愕涙。19WC歓喜涙。
95から2015に遠回りと無駄は多い。検証は必須だよね。
31人スコッドを鍛えぬきまとめ上げて結果を出したエディとジェイミー、応えた選手をリスペクト。
代表HCに日本人がなる日が待ち遠しいよ。 >>488
日本人となると沢木氏で同意だけど、実際は外国人が続くんじゃないかなあ。
外国での知名度もテストマッチの交渉では効いてくるか。 小藪の後、1年半ほど山本巌さんが代表監督を務めたが、功績はエディ・ジョーンズをスポットコーチとして招いた事と今泉、村田らモチベーション高い選手を積極起用したくらいかな。
何か平尾さんへの繋ぎ監督なんで印象薄いんだよね。 >>466
確か2回戦に当時現役ジョッキーだった父親が応援に来てましたね。ラグマガの別冊でも取り上げられてました。花園特集号で。 >>490
山本は山本でやっぱり狂会には叩かれてた
口先は達者なのに、ナイーブで傷つきやすく批判にナーバスだったのは平尾と一緒
ただ、すでに実績十分だったグレン・エラに答辞まだ駆け出しだったエディなど外国人コーチ2人が優秀だったから、相対的には平尾体制よりマシだったが、白井の平尾ゴリ押しで短命に終わったね
最後は外国人選手抜きでアジア大会優勝して、元木主将ともども意地を見せた形
功罪の罪は吉田義人と尾関を干したことw
ジャンパーとして当時若手だった199センチの平塚、197センチの門倉、194センチの細川あたりを育てられなかったことなど
あの辺は宿沢さんなら上手く育ててチームに組み込めたはず >>483
それはあなたの意見ですね。戦犯とする意見もありだけど、功績を認める人も多いです。
少なくとも他人にゴリ押しする話題ではない。
あのライターが語っていたとか言われても、
それが正しいかは別の話。ラトゥの意見もあくまで個人の評価ですからね。現役時代から仲が悪ければ文句も出るでしょう。例えば平尾を
誉める記事などはいくらでもありますが、それをあなたに示したところで無駄でしょうし、
好き嫌いは誰にでもあるものです。批判は良しとしても異論を認めないスタンスは慎むべきではないでしょうか。 日本国内には昔からいいバックスリーが出るが、個人的にジャパンに抜擢してもいいと思える基準は、DFをサボらないことと「FWが劣勢でもトライ取れるかどうか?」ということ
福岡を見てると分かりやすいはず
尾関は日体大時代からこの基準を満たしてたからずっと期待しててサントリーで一躍名を売ったのは嬉しかったな
同時にそれを活用しない小薮や山本に不満があった
今の大学生なら同志社の11番(ただ、DF力はどうか分からない)とか、日大の水間とか早稲田の古賀・河瀬はいいと思う
ただ、河瀬はもう少しDF力とキックの精度上げないとFBはキツイ
キックの飛距離は及第点だけど
明治の石川は国際試合だとスピード不足だろう
流通経済勢は全員DF出来ないから無理だろうな
特に河野 >>493
選手としての功績というかラグビー人気の立役者の一人だったのは認める
でも指導者としては狂会の批判を抜きにして自分の目で見てもダメでしょ
平尾の指導者としての功績を認める意見のほとんどは、国際ラグビーを見てない、知らないという素人ライターの意見によるものが99%を占めている
または土田のように生前親友だったから贔屓目で見てるとしか思えん偏った意見など
それはそれで他人の意見として尊重はする
だが、こちらも自分の意見として反論する自由もあるだろう
それこそあなたの言うところの「ゴリ押し」的に突然降ってわいたように、たまにマスコミに擁護意見が出てくる
そして、当時を知らないファンを洗脳・ミスリードする
むしろそっちの方が違和感を感じますわ >>467
アンチとか関係ないわ。早稲田ファンでもお前のカキコは目障りじゃ。全部お前の個人的解説やんけ。頭がイカれてんのかwww。 >>495
自分の目で見てダメなら自分の表現で主張すればいいでしょう。我々も平尾氏には毀誉褒貶がつきまとうのは理解しているし、選手から監督などラグビーの表街道を歩んできた宿命だともいえる。しかしあなたの意見はどこまでも個人の見解としか周囲はとらえる事ができないし、
結局は他のファンの意見と交わる事はない。
例えば平尾擁護は素人ライターや国際 >>497
失礼しました。続きです。国際ラグビーを知らないファンと言われても普通はピンとこない。
何をもってそう主張されるのかわからないからです。あなたが指摘する内容を我々が吟味する術を持たぬ以上所詮水掛け論になってしまう。
世間では常に異なった角度で見る人間がいるものという視点が必要ではないでしょうか。 ラグビーを知らない素人ライターが口を挟むとろくなことにならんという、かっこうの実例がある
長田渚左という女スポーツライター
なんと小薮修を擁護した黒歴史がある
「批判に負けずタテタテヨコという戦術を完成させようとする、その過程が美しい」などと抜かしたのだ
完成も糞も、80年代半ばにNZがやった「セットアップ理論」の大幅劣化コピーなのに、なに言ってんだこのバカ女は?て当時思ったわ
理論も古い上に、ジャパンに向かない、それに必要なフィットネスもない選手ばかり選んでたくせに
と、ラグビーファンなら誰でも分かるレペルのとんちんかん擁護を平気でするのが素人で、平尾の擁護もその手のばっか
佐藤とか玉木とか >>496
同じ時間に、飛びレス交えて三連投ご苦労様w
俺寝れなくてたまたま起きてここ覗いたけど、過疎スレで平日の深夜に突然現れたら疑われてもしょうがないわな
別端末で感情をぶつけて、本レスでは敬語でいい人アピール
平尾の弟子らしい姑息さだことw >>498
497含めて返事するが、口調こそ丁寧だが要するに「批判そのものをやめろ」「表街道(歩けば毀誉褒貶はつきもの」と言いたいわけでしょ?
前者はご自分の「多様性(つまり擁護)を認めてください」と矛盾する
あなたご自身が批判を認めず圧殺しようとしてるので
後者については、平尾批判をよくあることとして、その罪を一般論化しようという矮小化工作にしか見えない
少なくとも「過去のジャパン監督批判」とか「国内の一クラブ(早稲田のことね)をコーチングの現場で悪口を交えてアンチ活動」とか「強化費がないと学生W杯キャンセルしながら自分と取り巻きは強化費で飲み食い」なんてことは平尾しかやってない
「自分の表現でやれ」については、事実関係の引用にとどめて全部自分の表現でやってるのでそもそもイチャモンでしかない
あなたは平尾や勝田が11億円使ってジャパンがさっぱり強くならなかったことや、就任時に白井が史上初の有給監督にしようとしたが平尾が断ったこと、負けたら自分はアマチュアてすからと言い訳したことなどについてどう思ってるわけ? ID:SFfTA5HMのキチガイさんが何故ここでも狂うのか >>502
このお方、俺の分析力は凄い的な発言が多いけど、ご自身の分析が端から見ると全くできてないのよね。
だから疎んじられる理由も自分でわからないのだと。 >>492
法政大学にいた平塚と三洋電機で活躍した門倉ですね。
二人とも、何故か平尾監督にも重用されずゴードンと田沼が起用されてましたね、
学生だった平塚は別として門倉は勿体無かった。 平尾さんについては「とにかく勝ちたいんや。勝ちたいから他国の代表経験者を召集した。」と言ったからには、せめてサモアとアルゼンチンには勝って欲しかった。
実際はNZ代表経験のないマコーミック主将が元NZ代表のジョセフをコントロール出来ず、チームとしてのまとまりを欠いた。
皆さんも指摘されてるように、松田の控えFBをWTBが本業の平尾剛にし、全く役に立たなかった事。
サモア戦では負傷退場した松田に代えて大畑をFBにポジション変更したが、サモアに狙い澄まされたようにロングキックを放り込まれ背走に次ぐ背走で、大畑の持ち味すら消されてしまった。
控えのFBとして最適と思われたミルンは会社都合で選ばれなかったのではなく、平尾さんが「ミルンは守備型FBでスピード不足。FBには攻撃性を求めたい。」としてW杯前年に既に代表から外してたんですね。
しかし、平尾剛も元々はWTBが本業の選手。
それなら、ハイパントキャッチやDFに長足の進歩を見せていた増保を守備も出来る攻撃型FBとして起用して欲しかった。
結果論ですが、あの時のメンバーで平尾剛とWTBの三木は必要なかった。
攻撃性重視とはいえ、最低限のDFが出来ないと話にならないから。
平尾剛とかウェールズ戦で密集を抜け出して迫ってきたハワースに恐れをなしたのか、出した手を引っ込める体たらくでしたからね。 狂会というのは、中尾や永田みたいな同志社嫌い、関西嫌い、平尾嫌いの集団じゃないか。
中尾も永田もラグオタにすぎない。
永田「ジェセフは無能で2019W杯で勝てない。ジェセフは解任すべし」
中尾「サッカーのジャパンがW杯に出られる可能性は、ラグビーでジャパンがNZに勝つ可能性より低い」
そんな連中よ。 ラトウにインタビューしたというのは永田の捏造だろうな >>507
平塚もトヨタで大して活躍できなかった
田沼は運動量豊富ないい選手だった
平尾が門倉・平塚よりも田沼を起用したのは当然 >>503
ろくにラグビーの話もせず特定の投稿者個人に粘着してるキミが一番疎んじられてるよw >>504
平塚については平尾の責任というより、選手が伸びなかったということだと思う
(私はこういうとこは公平なので、平尾の盲信者とは違うw)
門倉は旬の時期が平尾ジャパンと合わなかったね
山本監督の頃が全盛期だったから、あの頃ジャパン入りしてたら違った選手生活もあったかも
田沼は身長は物足りないがジャンプ力があり、使い続けたのは異論ない
平尾で納得いかないのは木曽ですね
岩渕もそうだけど、リザーブにすらなかなかいれず、あれじゃ遠征に連れてってる意味がないんじゃ?と思って見てました >>506
彼らは一大学のこと目の敵にするほど視野が狭くないよ
一大学を目の敵にする小者はむしろ平尾本人だったじゃんwww
また、何を言おうが平尾擁護者の佐藤某とか玉木正之よりは一億倍は上だったしなw >>508
それ流石に永田への名誉毀損に抵触するだろ
通報しとくから震えて待ってろw >>505
全て同意します
サモア戦
勝つものと信じてスカパーを観戦した時の絶望感は今も忘れないw
まああの大会自体はアップセットが多くて面白かった
サモアが完全アウェーでウェールズに金星をあげたり、5ヶ国対抗や半年前の南半球勢との練習試合でポロ負けしてたフランスが突然覚醒してオールブラックスに勝ったり
ジャパンよりも他国に救われた大会でした >>511
木曽選手は、後年向井ジャパンで活躍しましたね。
そう言えば、平塚選手は知らぬ間に消えた感じですね。
田沼は、運動量豊富でジャンプ力に長けた素晴らしい選手。向井ジャパンにも選ばれてましたね。
本人以上に、タヌママが有名だったりしてw >>512
必死だなw
平尾は堀越・増保を重用したわけだが 早稲田スレ公認キチガイがキチガイ丸出しだな
白も黒、無いものも有る、私持論は無謬、私は神w
それでいいけどここでやんなよ 平塚もでかいだけで既に法政の時点で輝き失われてたなあ >>514
日本ーサモア戦、私もスカパー!契約して、正座して見てましたよ。
解説の村上さんが「行ける、行ける。FW戦は全て通用してますね。」とか開始早々から煽る、煽るw
確かにスクラムは押してたし、松田の負傷退場さえなければ。
サモアのタックルは狙い澄ましたようなハイタックル気味が多く、試合後のプレスカンファレンスで、確か大友さんが「ああいうタックルをするような指示をだしてるのか?」と聞いたら、監督が「ハイタックルをしろなどと指示はしていない。我々が心がけているのはフィジカルなハードタックルだ。今日の試合に、妥当でないタックルがあったとは思わない。」と一蹴されてましたね。
対して平尾さんは「我々にとって最悪のところにケガ人が出た。」とのコメント。
それは、分かるんですけど…。 1999年のワールドカップと言えば
最後のアルゼンチン戦の前日の夜、ホテルのバーで
平尾とその取り巻きが酔っ払ってどんちゃん騒ぎやってた
選手は誰一人として居なかったけどね
本当に頭が狂ってたわ >>516
堀越はアジア予選までで、バショップが加入後は落とされましたよ。 >>516
増保は途中まで重用されてたがW杯イヤーになったらリザーブに回ることが多くなった
ツイドラキや平尾剛史と横一線に落とされた感じ
堀越のことはむしろ干してたろ
村田ファーストにされて大原と同じ扱いされてたじゃん >>519
のちになって村田が、サモア戦は相手が反則で苛立ってたし、スクラムもコラプシングを取れてたからPGを積極的に狙うべきだった
アルゼンチン戦は逆にPからGoでテンポを上げて仕掛けるべきだったと述懐してます
平尾さんの事前の指示がサモア戦は何もなくて、アルゼンチン戦は「勝ちに行けと平尾さんが言うからみんな固い試合運びになった」とも
村田選手も平尾のやり方には疑問を抱いてたようです >>520
それは知らなかったが、それ読んで領収書は協会に回してるんだろうな、と思ったわw 2003向井ジャパンもイケイケノーデイフェンスラグビーと叩かれてたけど、スコットランド戦とフランス戦は負けても納得がいく試合ぶりだったな
ただアメリカに負けたのはいまだに納得がいかない 中尾は「土田コーチだけは有能だった」と一定の評価をしていた
土田は平尾に乞われてジャパンのFWコーチになったのだが、サントリー日本一の実績もあったのに実に謙虚な男で、薫田に「オレはキャップ1しかないし国際試合のことはよく分からない。だからフロントローやセットプレーのことはお前も見て助けてくれ」とコーチの要請をしてる
薫田のほうは現役に色気を持ってたので、兼任コーチということになった
外国人選手の枠事実上の撤廃したこともあって、こうして平尾ジャパンはジャパン史上最強(当時)のFWが出来上がった まとめると、どうせ山本をクビにするなら、明らかに経験不足だった平尾より、土田か向井を監督にしてればジャパンの迷走も遠回りも強化費の無駄遣いもなかったろうに、と思う次第
まあ、どっちもあのタイミングじゃ引き受けなかっただろうけどね
土田は社業に専念したがってたのを、親友の平尾の頼みだからと仕方なくのコーチ就任だから、ジャパン監督ということだと断っていただろう
向井はまだ東芝で一回しか優勝してない時期だったからもう少し東芝でやりたかったに違いない もう一つタラレバ論があって、小薮ジャパンの主将は朽木→薫田という流れだった(朽木は小薮に直談判に行ったらジャパンから外された)
が、薫田がなったタイミングで清宮を主将にしとけば良かったというもの
これは当時、大友や永田がよく書いてた
清宮は日本選抜やU23スコッドにはほぼ毎回選ばれてその都度主将をやっていた
90年にはジャパンが負けたアメリカ代表にU23で勝ってる
92年には神鋼がボロ負けしたオックスフォード大相手に、全早大の主将として残り数分までリードする善戦、日本選抜の主将として完勝している
全早大・日本選抜が神鋼とやったら恐らくどっちも神鋼が大勝しただろう
自チームに力以上のものを出させる清宮のリーダーシップは活用しないと勿体無いと
ただ選手としては、国際試合ではエイトでは突破力不足、ブラインドサイドFLとしてはサイズがもの足らず、オープンサイドFLとしてはタックルレンジが狭いと寸足らずなので、外国人を押し退けてまでは試合に使いにくいところがあった
まあでも清宮が主将なら南アでモラルが保てなかったなんてことはなかっただろう >>527
土田さんは、後年サントリー監督として来日したウェールズ代表を破る大金星をあげましたね。
あの時の試合にはウェールズ側からギャビン・ヘンソン、ガレス・トーマス、スティーブン・ジョーンズらが出場しており胸を張れる勝利でしたね。
梅雨の合間の蒸し暑さも味方してくれた感じでした。
土田監督は、春先からウェールズ代表に如何にして勝つかを大久保主将やイエレミア選手らと徹底的に練ったそうです。
このあたり、戦略家だった宿澤さんと似てますね。 >>528
清宮さんは、確か92年に代表チームが完敗したフィジー代表にも日本選抜を率いて完勝してたような。
フィジー側はベストメンバーではなかったかも知れませんが。 >>525
アメリカ戦の日本は中3日、フィジー戦の日本は中4日とティア2の悲哀を感じさせられる日程でしたね。
アメリカもフィジーも中3日の試合があったと思う。 >>529
清宮は92年〜94年までサントリーの主将(実質、選手兼任監督みたいなもの)を勤めたが、学生時代の感覚で細かいことまでこだわってチーム作りをして結果が出せなかったと
翌年に土田監督、永友主将でいきなり日本一になるわけですが、その時の土田さんの「細かいことは気にしないで根幹重視」の手法が参考になったと、のちのちまで感心してましたよね
時間がないから、優先順位をつけて練習する、捨てるものは捨てるという割りきりが社会人ラグビーに合ってたのでしょう
おっしゃる通り、勝負師的な資質もあったと思います
最初の監督時代をあっさりやめたのは「仕事に戻らないと同期にキャリアで置いてかれる」から
結局2000年にまた監督に戻るわけですが、最終的にはサントリー内でも出世して今は役員
立派な人生だと思います >>531
おお、そうでしたか
よく細かいことまで覚えてますね
私は忘れてしまってました(笑)
2015は南アに勝ったあと試合間隔が空いてればスコットランドに子供扱いされることもなかったろうに…というのは覚えてますが… スレでたびたび出てきた『ワインレッドの彷徨』という本で、清宮が連れてきたフィットネス担当の宝田雄大さんと土田のやり取りが出てくる
土田「一年でコンタクトフィットネスとランニングフィットネス両方やる時間ないやろ?」
宝田「両方劇的に上げるのは無理ですかね」
土田「よっしゃ!なら今年はコンタクト捨ててランニングだけやろうや。練習時間の1/4は丸々任せるからメニューは組んでくれや」
この辺が土田さんの聡明さを物語ってる
何を取って何を捨てるかというね
監督初年度でこういう割りきった発想は普通はできない
不安だからどうしても全部やりたがるのが普通
平尾も監督になったとたんにジャパンの練習メニューをハードにして怪我人続出させたから例外ではない
指導者としては経験不足だったと物語ってる 爺さんが基地外じみた昔話に恍惚、意地はりしてるだけで平尾はあの世で知らん顔w >>535
俺より爺の関西バカがなんかつぶやいてらwww >>476
>>145の試合を指してるんだろうな。
>>あと記憶違いかも知れないが、平尾さんは代表復帰する時、
>>ウェールズ戦とアイルランド戦のみW杯は出場するという条件で復帰したとか。
如何にも計算高い平尾らしいやり方だな。
元々平尾のプレーはスピードに余裕のあるGT‐Rの様な高性能車が、
他の国産車の間をスイスイ追い抜いて走っているの様なもので、
ドライブテクニックが特に優れていた訳ではない為、
ランボルギーニやフェラーリや同じGT‐Rばかりの中では、
何も出来ないことを理解していたのだと思う。
NZとの試合に出て何も出来ないことを酷評されるのを恐れたとしか考えられない。
加えてNZとの試合が、FW戦の完敗からBKはディフェンスのみの試合になると、
戦力分析に長けた平尾には当初から分かっていたのだろうから、
ディフェンスの悪い平尾としたら絶対に出たくない試合であった訳だ。 平尾は若い頃からタニマチにチヤホヤされるのに慣れちゃったんだろうな。
同志社時代は、岡に充分なコーチングも受けず、神戸製鋼でも若くして頼りにされる存在になっちゃったから、34歳の若さで代表監督は荷が重かったのか。 >>537
相手が何処だったか覚えていないのだか、平尾と朽木がCTBで出ていた負け試合で、
朽木が度々相手ディフェンスをかわしてチャンスメイクしていたのに対し、
平尾は幾らステップを切って仕掛けても全て完璧に抑えられ、
何も出来ないまま良いとこなしで終わったのを思い出した。
また、平尾のディフェンスに関しては同志社対京産大の試合で、
対面の長尾に度々跳ね飛ばされ、まともなタックルが出来なかったのを思い出した。
考えてみたら、平尾は大学、社会人共にFWの強いチームでプレーしてきて、
全てに劣勢での試合の経験が無かった様に思う。
結論としては、やっぱり平尾には早稲田の様な、
しっかりした指導体制のある大学に進んで欲しかった。 >>539
宿沢ジャパンの1990年9月のアメリカ戦かな?
当時のジャパンはアメリカ戦は常に好勝負しながら接戦で負け続けてて、アメリカより強いカナダには何度も勝ってたから不思議だと言われてた
この年に来日したアメリカには、サントリー入社一年目の清宮が主将を勤めたU23が先に勝ってて、試合前もジャパンが勝つと楽観視してたファンが多かった
で、郷田のトライなんかでずっと15-12で勝ってたのに終了間際にたたみかけられて逆転負け
平尾がスコンスコン抜かれて、退院したばかりの大西さんに「タックルしないような主将ははずしてもいい」とお灸を据えられてたな ジャパンのロックの話が出てたが、当時の世界では195センチないとマイボールラインアウトの確保もおぼつかない時代になってた
なのになんで192センチでジャンプ力が物足りない桜庭をずっと使ってたか不思議だったんだが、山本監督の頃に1列の連中が「桜庭さんが後ろから一番スクラムを押してくれる」と意見を言うから使ってたとのこと
200近くあった神鋼のビックルが重用されたが、1列の連中はアイツはスクラムを押してくれないと信頼してなかったそうだ
帯に短したすきに長しを地で行ってるな
大八木もスクラムを押さないってことで、宿沢さんがよくボヤいてたよな 矢野武のラグビー語ろうぜに村上晃一さんが出てた
「南アの145のときはラグビーマガジンの売上げがめちゃくちゃ下がって驚いた
ジャパンがファンを失望させるとこんなことになるのか、と思った」という話が興味深かった
ラグビー人気低下にトドメを刺したのが平尾さんのウェールズだったのだろう >>542
狂会本中尾氏のコラムより抜粋
「145」に深く関与して、そのことに対して現在もなお反省することもなく「マスメディアの方は、リラックスをすると怒る人がいるので」(ラグビーマガジン11月号)とカジノ三昧を正当化する人間が今回(99年W杯)の指揮官なのです。
145とカジノの直接的因果関係を問うのは難しいし、カジノに行くことがいけないという主張は誰もしていない。
しかし145とカジノの直接的関連を問えないように、カジノとリラックスの関係だって同様に問えないのだということが平尾には理解出来ないようです。 ただ145の大戦犯は、やはり小藪だと思う。
首脳陣は御用マスコミを従えてゴルフ三昧、選手の一部はカジノ三昧。二日酔いのウイングはいるわ、真面目にやってた選手はNZ
戦で晒し者にされるわ、もう滅茶苦茶だったと思う。 同じジャパンのSOでも、平尾がサイズ、身体能力と全てに恵まれていたのに対し、
小藪は165p・60sの小兵で、足も遅かったし、キックも飛ばなかったが、
対面を抜くスキルやSOとしてのプレーのレベルは遥かに高かった。
オール明治、オール同志社の試合で松尾雄二と小藪修の対面対決を見たことがあるが、
あの松尾が小藪に子ども扱いされていたことからしても、
若し小藪に平尾のサイズと身体能力があったなら、
海外強豪チームに対しても十分通用する凄い選手になっていたに違いない。 小藪とかどうでも良いんで
アムのセールスマンの話をしようぜ >>543
乙です
中尾は大友や永田のフォロー?のつもりなのか、別の文章では「ジャーナリストはの息抜きに一度行っただけの選手は実名を上げてない」とも言ってた記憶があります
狂会を嫌う平尾ファンがおおいですが、自分はむしろサッカーマスコミよりはるかに常識的で優しいラグビージャーナリストたちに叩かれた首脳たちの方が問題だと思いますね >>544
大友いわく、ジャパンのモラル低下の兆候は93年のU23の遠征あたりから控え選手たちの夜更かしが目立つようになったことで、最初はトランプなど他愛もない遊びだったそうですね
注意すべき立場の平尾が率先してゴルフやカジノ通いですから、そら若手はチームを舐めますわな… ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています