「やはり君は、あの日が初めてだったんだな。あの洞窟に足を踏み入れたのは」
えぇ、とポコンペンは短く返答をした。
「禁忌でしたから、特に私には」
パーカーを被り静かに佇む彼は、私の知っている姿とは似ても似つかない。
―そうだろうな―私はどのように声をかけたらいいか迷う。
「でも、駄目だと言われると興味が湧いてしまう。石工薙さんにもそんな経験がおありでしょう?」
―雰囲気は違えど、やはりポコンペンだ―説明し難いが、私は確信した。
「三千年間、君の一族は虐げられてきた。だが故郷への想いがあったんだな」
私の言葉で、ポコンペンは静かに微笑む。その姿に私ははっとさせられた。
三千年と一口に言っても、想像もできない長遠な時間だ。それに、虐げられた歴史でもある。
年表に記された歴史じゃない、現実の生活、先祖から託された大願。
どれほどの重さだろうか?この若くて聡明で、心の優しい青年の両肩に、深く食い込む民の想い。
「遥かなる望郷、か」
私は自然にそう口に出していた。
「しかし、あの詐欺師にも感謝しないといけないかな。ステッキの話がなければ謎は解けなかった」
気取った表現の気恥ずかしさを隠すようにそう続けたが、ポコンペンの視線を一瞬、鋭く感じた。
―そうだ、まだ疑問がある―あの詐欺師は言っていた、神は二人いる、と。
―そしてポコンペンも、ミリジャケデニム神は二人いる、と―
「ポコンペン、君は以前―」
私の問いかけを遮るように、彼は左手の人差し指を立てて口の前にやる。
私は口をつぐんで彼を真っ直ぐに見た。
「ここでお別れです、石工薙さん」
彼は、ゆっくりとパーカーのフードをめくる。
そこには、私のよく知る、優しくて聡明で、諦念を帯びた闇の潜む目をしたポコンペンが微笑んでいた―完
「遥かなる望郷〜3000年の時を越えて、パッカドキア来訪」(石工薙 武志)

5ちゃんが不安定で投稿できない恐怖のために、本日一気に投稿しました
長々となってしまいましたが、完結することができたのはひとえに読んでくださった人達のお陰です
ありがとうございました
寝るねおやすみ