あの浮き彫り彫刻も聖なる集会も、過去に向き合っているのではなかった。
未来を見ていたのだ、これからの世代に希望を託した。だがそうと知られてはまずい、周到に寓意を散りばめた。
暗号だ、同じクロイオス王国民しか知り得ない。その為にそれぞれの役割を担った。
黒者もクロイオス王国民もミリジャケデニム教徒も、強大な力、抗えない権力に打ち勝つ為に。
未来の子孫の為だったのだ。クロイオス大王の正当な後継者、名もなき王子が題材だった。
だが、王の血族は洞窟に近付くことを赦されなかった。再び歯向かってくる事を恐れ、王と民を引き離した。
クロイオス王軍の大敗が三千年前、浮き彫り彫刻が二千年前。千年ものあいだ希求され続けた王、民は王の再臨を祈り続けたのだ。
洞窟は冥界に、そこに住む民は死者に見立てられ、死者の王女の象徴を携える王子。
無敵の女王に付き添われていつしか王国民の大願を果たす為に。
そして、彼こそがその末裔なのだ、ポコンペン。
なぜ気付かなかったのだろう、ポコンペンはいつも蛇の腕輪をしていたじゃないか。
「これは仕方がないんです、掟というか責務というか。こんなの趣味じゃないんですけどね」
屈託なく笑うポコンペンを思い出す。
ギョエエ洞窟遺跡での解説、まるで自分の記憶を現実と照らし合わせているかの様な独擅。
黒者の紋章を見た時の違和感のある発言、知っていたのに初めて見たかの様な驚嘆。
私は、あの諦念を帯びた闇の潜む彼の目を思い出していた。
「遥かなる望郷〜3000年の時を越えて、パッカドキア来訪」(石工薙 武志)