マグリットがせっせと貝殻《足場》を作り出し、レインがその上を縦横無尽に跳び回る。
そのコンビネーションの前には水中から操作される触手の動きは余りにも大雑把であり、虚しく空振りを繰り返すのみだ。
巧みにタイミングを変えてレインの虚を衝いても、他の冒険者の加勢が直撃を許さない。

その様子を黙って見下ろしていたクロムは、不意にしゃん、と剣を抜く。
ダゴンが痺れを切らして本体による近接攻撃に戦法を切り替えるとすれば、今がその時と踏んだからだ。

>「う、うおわ――――」

そして、その読みは正に次の瞬間に的中する。
レインの挑発に釣られる形でダゴンがその頭部を水面から露出させたのだ。
ダゴンは眼前のレインを睨みつける。それは裏を返せば、クロムは敵の視界からは完全に外れている事を意味する。
ならば躊躇する理由はどこにもない。

クロムはダゴンの頭部目掛けて思いきり壁を蹴り、空間を駆けた。

「──小賢しいわ、馬鹿《ハエ》が」

だが、直後にレインに向けられていたダゴンの顔面が、くるりと向きを変える。

「──触手《海竜》のセンサー《器官》か!」

思わず舌打ちしたのはマグリットでも他の冒険者でもなく、クロムであった。
ダゴンの双眸が向いた先が他でもない自分だったからである。
見れば、いつの間にかダゴンの死角の水面から触手が顔を出して、辺りを伺っているではないか。
つまり動きを把握し、次の行動を読んでいたのはクロムだけではなく、ダゴンもだったのである。

「我に死角など初めからありはせんのだ! さぁ、まずは貴様からその体を四散させてくれよう!」

がぱぁ、と開けられるダゴンの口。
中では魔法の術式が浮かび、青白い光を放つ魔力が蓄積されていた。
空気を伝って肌を泡立たせる程の波動は間違いなく上位の魔法のそれだ。
『反魔の装束』は魔法を殺す効果があるが、上位の魔法となれば無効化は不可能。喰らえば当然ダメージを負う。

(予定が狂っちまった──が、しゃーねー!)

クロムは手にした剣で空を一閃。
勿論、未だダゴンは剣の間合いには入っていないのだから、これはダゴンを直接斬り付けようと意図したものではない。
これは弾いたのだ。
水面が盛り上がり、一時的な津波が起きたことで空中に放り出されていた貝殻《足場》を。
たまたま彼の近くに浮いていたその一つを、ダゴンに向けて。

「ぬぅっ!?」

弾かれた貝殻に目を射抜かれ、一瞬だが動揺の間を作り出すダゴン。
それは魔法を発射させるタイミングを僅かだが先延ばしさせたことを意味していた。

そして、クロムにはその僅かな“間”さえあれば、それで充分であった。

事前に左耳から外し、手に持っていた“黒髑髏《バクダン》”──。
それをダゴンの口内目掛けて投げつけ、起爆のキーワードを唱えるには、充分な時間であったのだ。

「爆ぜろ────……もっとも、また俺まで爆ぜち《巻き込まれち》まいそうだがな」

舞空の魔法でも使えない限り、他に足場のない空中では肉体の移動先を変更することはできない。
だからクロムは腕を前でクロスさせて、かつて身をもって知ったその衝撃に備える。