【ユースレス・キャスト(V)】

先程、地面に流れ落ちた銀色の何かが変質していた。
銀色の砂粒なんかじゃない。紅い液体―――血液だ。

『この"血"の魔力、何処かで……いや、そんな筈もなかろうて。
 再会を望むには、いささか時が経ち過ぎたのう、フィーザル』

「やっぱり人族……だったの?」

『人族如きが、こうもワシの毛皮を傷付けられると思うてか。牙先も欠けおったわ』

「それはそうだけど…。連中にだって、たまに無体な強さの魔術師がいるじゃない」

『彼奴等が使える魔術の程度なんぞ、たかが知れておるわい。
 おまけに、コレにはワシの魔力の通りがすこぶる悪かった』

「私は元々人間やってた身だから複雑な心境になるけれど、
 確かに一般的な人族だとしたら、もっと繊弱なはずだわ。
 この森の霊気も"瘴気"だなんて疎んでいるくらいだもの」

『ワシなぞ"魔獣"呼ばわりじゃぞい。異信仰に対する理解と歩み寄りの精神が足らん』

『まあよい。ワシが守らにゃならん盟約は"森の脅威を排除する"ところまでじゃ。
ねぐらに戻るから、その亡骸は好きにするがよい。神殿に運ぶなら止めもせん』

「―――何も見なかったコトにして、この森に適当に埋めるわ。こんなの私の調査対象外よ。
 推定人族の遺骸なんて厄物、下手に神殿に引き渡したら事情聴取だけで日が暮れるもの』

『然り。忘れるがよい。森の循環の輪に入れば、此度の罪も時の流れに浄化されよう。
じゃが、ワシのシマの祠が壊れたままでは格好が付かん。そっちだけは頼んだぞい』

無慈悲なのか寛容なのか良く判らなくない裁定だが、私とっては好都合だ。
おそらくは無関心なのだ。己の果たすべき盟約以外の全ての事象に対して。

「オーケー。隕石が墜ちたってコトにでもしておくわ。
 こんなわけのわからない厄介者と関わってる暇なんてないんだから。
 そうでなくても最近は、何処も彼処もナナシ対策でバタバタしてるっていう…のに――」

――最後まで言い切れなかったのは、それを待たずして神獣が姿を消したせいだけではない。
気付いたからだ。私が切って捨てようとした言葉には、途方も無い矛盾が含まれていた事に。

白色の鎧に、奇妙な模様。そして仮面。
歪んだ世界の境界から襲来し、魔術が一切通じない怪物。
死を契機にして、対象を自己と同質の存在へと変貌させる、魔性の侵略者。

「嘘……でしょ? まさか、コレがそうだって言うの?」

"Nameless Necromantic Assimilative Satanic Invader"――――不確定名称・NaNASIだ。
見れば、推定ナナシの甲殻は静かに復元を始めていた……この場で私が、やるしかない。