「ズーランさん」
名前を呼ばれて二階の窓から顔を出してみると、リウ・パイロンがこちらを見上げていたので、ズーランは慌てて隠れ、窓を閉めた。

「無理もない」リウは呟く。
町を破壊しているという噂の極悪人が何の用だと怯えているに違いない。リウは用件だけ窓の外から告げて消えることにする。
「シャオ・ホンフーとジンチンさんの居場所を知っていたら教えてほしい、それだけなんだ」
リウは暫く待ったが返事がない。仕方なく他を当たろうと踵を返しかけた時、再び開いた窓から一枚の紙片がひらひらと降って来た。
拾って開いてみると『シャオをいじめるな』と書いてあった。
なるほどシャオはズーランの部屋にいるのかもしれない。店を失い泣きついて来た男に情が移り、住まわせることになったのかもしれない。
シャオは惚れた女と想いを遂げることができたのだろうか。人と人の間は塞翁が馬だ、もし想像通りだとするならば、自分は結果的に良いことをしたのだろうか?
そんなことをニヤケ顔で考えながら、シャオを探すのはやめることにして、リウはジンチンを探しに向かった。
あれだけの怪我をしたのだ、どこかの病院にいることは間違いがなかった。
リウはジンチンに自分の身体が噛みつき、肉を引きちぎった時のことをはっきりと覚えていた。
必死な顔だった。醜くも、誠実な顔だった。
どれだけ傷つこうともララを救い出す覚悟を決めている顔だった。
どれだけ外見が醜くとも、精神の美しさが現れた顔だった。
あんなに必死で誠実な人間の顔を見たのは、30年の人生の中でも僅かに2回目だった。
膵臓癌の痛みをまったく周囲には気づかせもせず、美しい笑顔で観る者を圧倒する女優がかつていた。
永遠の愛を誓い、自分が妻とした女だった。
肉体の強さは男に敵わないとしても、精神の強さは男は女性には敵わないのだろうか。
肉体は弱くとも『気』の力を自由自在使い、自分と互角以上に闘う女だっている。
「尊敬するぜ、素晴らしき女ども」
そんなことを心の中で呟きながらリウは歩いた。