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【TRPG】バンパイアを殲滅せよ【現代ファンタジー】 [無断転載禁止]©2ch.net
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0001 ◆GM.MgBPyvE
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2017/02/25(土) 11:07:15.65ID:3tEC9RJr
東京都副都心――新宿

立ち聳える無数のオフィスビルと網の目の移動路線、絶えず行き交う人の群れ。
夜はまったく違う顔を持つこの街の何処かで……あなたは耳にしたことがあるだろうか。
『吸血鬼(バンパイア)は実在する』という噂を。

ある日あなたは目撃してしまう。
眠らぬ街の片隅で、黒い影が倒れた少女に覆いかぶさるのを。鋭く尖る乱杭歯と、光る眼を。
名も知らぬ少女の喉元にくっきりと残された、二つの小さな噛み痕を。
あなたは確信した。そして決意した。この街のどこかに潜むバンパイアという化け物を駆除しなければと。
その手に握る銀の弾頭。
それを彼等の胸に打ち込めるのは――あなただけなのだから。

ジャンル:バイオレンスファンタジー
コンセプト: 現代の日本を舞台にしたリレー小説型シューティングゲーム
ストーリー: 特になし 導入や設定、ネタフリがあれば自然と組み上がるはず
最低参加人数:1名(多くても3名までとします)
GM:あり
決定リール:あり ※詳細は後述
○日ルール:7日
版権・越境:不可(ドラキュラ伯爵でも不可)
敵役参加:なし ただし途中で吸血鬼化した場合はその限りではない
避難所の有無:なし 連絡等は【 】でくくること
注意1:バンパイアは強敵です。普通に撃ってもそう易々と当たってはくれません。要は「工夫を凝らして」
注意2:目的のために手段を選んで下さい。警察もいます。捕まっても良ければご自由に。
注意3:すべての年齢層が見ています。残虐的行動はやむを得ないにしても、それを生々しく「表現」してはいけません。
注意4:あくまでゲームです。周囲の人に当たるべからず。会議中の閲覧禁止。通行人を殴るのは以ての外。

このゲームはフィクションです。実在の人物、団体等とは一切関係ありません
0120佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/01/13(土) 19:40:14.46ID:nKz924np
あたしは医者。専門は外科の闇医者。患者の大半はヤクザさん。銃で撃たれた傷の見立てには自信がある。

――盲貫創でこの出血。少なくとも胸骨は突き抜けてるわね。
単純に考えて、弾の直径は0.32インチ(7.65mm)だから射入創の直径は1センチにも満たない……小さい穴。
コッヘル突っ込んで……がんばったら弾取れないかしら?
(あ! 医療に詳しくない人が居るかもだから説明するけど、コッヘルってのはコッヘル氏鉗子のこと!
先が細くて長いから、狭い穴から何かを掴み取るのに便利なの!)
うーんでも……難しいかも。
闇雲に胸腔(肺が心臓がおさまっている空間)探ったら、肺に穴開けかねないわ。
心臓にめり込んじゃってる可能性もある。
あたしが装填してたのはACP(オートマチック・コルト・ピストル)FMJ(フルメタルジャケット)だから、
つぶれて広がったり飛び散ったりしてないはずだけど……
ヴァンパイアの骨組織はとっても強靭。それに当たったら多少は形が歪になって……尖がったりしちゃうかも。
無理やり引っ張って、薄い心房の壁引き裂いたり、血管破いて大出血ってのはやばいわ。
出血多量のせいで復活するのに苦労したって話、裕也がしてたし。
野外で手を出さない方が……いいかな。

誤解されがちだから言っとくけど、あたしの事、現場でのやっつけ仕事が得意だね! って言う人が居る。
助ける見込みが無くても適当に手術しちゃう無謀な医者って腐した患者もたまに居る。
そりゃあたしの処置は早くて乱暴で……いい加減に見えるかもだけど?
実際フォークとナイフしかなくて、それで脊髄の手術とかした事もあるけど……でも違う。
絶対の確信がある時しかあたしはその術式を選ばない。
良く言うでしょ?
だろう運転は駄目、かも知れない運転を心掛けろって。
上手くいくかも知れない……なんて気楽に考えて、それ! ってやっつけて死なせたらコトだもの。
でも……どうしよう?

取りとめない思考やら錯誤やらで手をこまねいていたあたし。
「桜子!!!」
って叫んで駆け寄った麻生に思いっきり突き飛ばされた。
受け身なんか取れないから、ビタンと思い切りほっぺたを打ちつける。

痛ったあぁーー…………
置き上がって見回す。さっきまで自分が居たその場所で、麻生が右の腕で桜子さんを横抱きに抱いている。
……君。
彼女が心配なのは解るけど、突き飛ばす事ないでしょ? 
ふん、優柔不断男(あたしの勝手な決め付けだが)が今更心配なんかして。
カッコつけてるつもり? 動いたら傷開くわよ?

「この傷はヴァンパイアを倒す唯一の手段、銀の弾頭による心臓の損傷……」
「え?……ええ!?」

ぼそぼそと呟いた麻生の言葉が、頭の中でうまく整理出来なくて思わず訊き返す。
何も答えず、彼女の顔と胸を交互に見ている麻生。
仕方なく麻生の言葉をもう一度反芻する。
――銀……。銀の弾頭による心臓の損傷……って? 今そう言った?

「違うわ! あたしの銃はただの……」
そうよ。あたしはそんな弾使ってない。ただの合金でカバーした鉛玉。
でも麻生は眉間に皺をよせてあたしを見た。明らかにあたしを疑ってる眼だ。
彼はそっと桜子さんを床に寝かせ、こちらに手を差し出した。
「それ、貸して下さい」
嫌よ! 君みたいな二股男(これも勝手な決め付け)にあたしのPPKを渡すなんて!
って思ったけど、あんまり真剣に凄むんで、しぶしぶその手に銃を置く。
すっごく鮮やかな手つきでマガジン出して(ガチャガチャさせないの! シュシュって!)、パラリと弾を抜く。
うーん?
ライトでギラついて良く見えないけど。
弾丸のお尻をつまみ、弾頭を上に向けて眺めていた麻生の顔が強張った。
「間違いありません。銀の弾丸です」
「……うそ。……誰かが……入れ替えたってこと?」
0121佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/01/14(日) 06:03:32.18ID:JZ+KjzPv
麻生が深刻な顔してPPKをこっちに渡した。
ちょっと彼、意外にもちゃっかり者? さり気なく弾薬をポケットに仕舞ったりして。

返された銃とマガジンをひっくり返して眺めてみる。
誓ってもいい。あたしはそんな弾入れてない。大体そんなの持ってない。
腰の弾薬サックから、あらためて弾を取り出す。
私自身の体温で程良く温まっているそれを、ひとつひとつ、丁寧にマガジンに差し込んでいく。
……そう言えば……
あたし、これを桜子さんのお屋敷の……着替え場に置き忘れたわよね……
そして……見つけて届けてくれた人が……居た。
見るからに仕事出来そうで、背が高くて渋くて仕草が素敵な私好みのおじ様。そう、それはバトラー柏木!
でも彼、桜子さんを救ってって頼んだ本人よ。何故これとすり替える必要があるの?

桜子さんが呻く声。
しばらくあたしの顔を探るように眺めていた麻生が、ハッとしたように桜子さんを見下ろした。
彼女の手と顔が白く、透き通ったみたいになって……あたしには解った。これが「滅び」の瞬間なんだって。
それを見た麻生は――何したと思う? せっかくだから、3択にしたわ。さあ、あなたが麻生なら――どうする!? 

1さよならのキスをする
2自分の血を彼女に与える
3何もしない

常識的に考えたら3。――鬼畜? いえいえ、人生には諦めも肝心。ただ男性的には……やっぱ2?
ああ桜子……君を助けられなくてごめん。でも僕はハンター、君の敵。これで良かったんだ。
……な〜んて言って、別れの口づけ! うう美しい! 絵になるう!
2を選んだ人は問題児よ問題児。感情に溺れすぎ。
自己犠牲とか美しいかもだけど、吸われたら自分も人間じゃなくなっちゃうもの。
ん。ちょっと待って。人間じゃなくなる……って……良く考えたら3、あたしが選ぶべき選択肢じゃない?
いいの、問題児でいい。全然いい。ヴァンパイアになるのはあたしの長年の悲願だもの。
むしろ願っても無いチャンス。そうよ! 今度こそあたし、ヴァンパイアになれる!
桜子さん! 助けたら「してくれる」って約束、今こそ果たしてもらうわ!!
え? お前が手を下した張本人だって? 違うわよ。あれはわざとじゃない。 不 可 抗 力 。

そうと決まったら時間が無いわ。急いで吸ってもらわないと。
何処から? 手? 首? 量的にはどちらでも良さそうだけど、マニアとしては首よね。首筋。
手首からだといまいち萌えないし、絵にもならない。
でもあたし、麻生が取った行動に唖然としてしまった。
彼の選択したのはまさかの2。しかも絵にならないほう。
せっかくわたしが巻いた手首のバンデージングテープをビリビリ剥がしてそして……
君は……感情に溺れた問題児か!? ひどいぞ! お姉さんの役取っちゃうなんて酷過ぎる!
ふん! 君の傷なんか、桜子さんの口中のバイ菌で化膿してしまえ! 敗血症になってしまえ!

そんな時だった。変な音がしたの。
変な音。聞こえない? 気張り過ぎて腸内のガス漏れが! なんて落ちじゃないわよ、
ほら、聞こえるでしょ? 赤ちゃんの産声が。ブヒッって。
……何笑ってんの。
ドラマみたいに、ホギャホギャ言い出すのはもうちょっと後なのよ。
出て来るその瞬間は、ズべべッとかゴボゴボッとか、溺れてんの? みたいな音するんだから。
ほらね、今度こそ本格的な、産声。

麻生がぎょっとしたように眼を向けて、ポカンと口を開けた。そうよね。彼に取っては有り得ない事態よね。
でも良くあるのよ。ひたすら妊娠を隠してた女の子が、公園のトイレで早産する事例。
ほんとにあるんだってば。臨月までお腹が目立たない子も結構いる。
破水してからあたしの病院に駆け込んで、子供もろとも死んじゃう子もたくさん居る。
それぞれみんな事情があって。わかる? 女って大変なんだから。

あ、断わっとくけど、今の産声、桜子さんの赤ちゃん――じゃないわよ。あたしのでもない。
さっきからずっと舞台端に倒れたままの、秋子さんの赤ちゃん。
0122佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/01/14(日) 07:32:30.47ID:JZ+KjzPv
あたしは医者。専門は外科だけど産科も得意。だって……闇医者だもん。

秋子さんはすでにこと切れていた。
そっと手を合わせてから、ドレスのスカート部分――赤や黄のまだら模様に染まる部分を確認する。
開いた両の太ももの間あたりに、それは居た。
スカート越しにもぞもぞ動くその形は、どうみても人間の赤ん坊だけど……けど……
まさかキシャアアアアーーって飛びかかって来たりしないわよね?

あたしは医者。これでもプロ。思い切ってスカートをめくる事にした。
ボランィア?
まさか。見返りの無い仕事なんてしないわ。治療費は父親の麻生(確信)に請求するに決まってるじゃない。
1,000万はふんだくってやるんだから。

赤ちゃんの外見はいたって普通だった。
生まれたてしにては、可愛い……女の子。
そっと優しく抱きあげて、すでに細くしなびていた臍の緒を指先でプチンと千切る。
しゃくりあげるように……苦しそうに泣く赤子。
懐からスポイトを取り出して、鼻に詰まった黄色い異物やら何やらを取ってやる。
大丈夫よ、お母さんは残念だったけど、……あなたにはお父さんが居る。あたしとは違う。
ドレスの柔らかい裏地を引き裂いて身体に巻くと、安心したように眠ってしまった。
そうだ。あそこの二人も心配してるわね? 早く見せてあげなくちゃ。

そう思って滲んだ涙を拭き拭きそっちを見たら、なに?
二人ともぜんぜん気にしても居なかったみたい。
桜子さんもすっかり元気になっちゃって、もう好き好き〜てなってるし。ツンデレもほどほどにして欲しいものだわ。
ふん。大好きな麻生の血は美味しかった?

しっかり抱き合ったまま見つめあって。
今にも口と口をくっつけそう……なタイミングをわざと狙って後ろから肩をつつく。
その時の桜子さんの顔と言ったら! 
あははは! 沸かしたお湯が瞬時に冷めた感じ? その口がしばらくパクパク動いてそして――

「その子……まさか……」
「ええ、そのまさかよ。秋子さんの子」






……二人とも、そんなに驚かなくてもいいんじゃない?
0123 ◆GM.MgBPyvE
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2018/01/15(月) 04:43:25.18ID:hXMlbGcW
>121
文中の1,2,3がしっちゃかめっちゃかになってますが、中身は文脈で解るかと思いますんでどうかご勘弁を!
0124麻生 結弦 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/01/15(月) 17:22:12.14ID:hXMlbGcW
ま、いいや。とりあえずこのワルサー返します。
先生がこの銃に愛着持ってることが良く解りましたから。
聞かなくても解ります……さっき僕が「渡して下さい」って頼んだ時の先生の顔ったら無かったですよ。
僕にだってその気持は解りますし。銃持ちに取って、メインの銃は自分の子供みたいなものですから。
ですがこの銀の弾薬は当然のことながら貰っておきます。
ハンター協会の支給品を、一般の方に渡すわけには行きませんから。
予備弾はありますよね? 
さっきから腰のあたりでカチカチ言ってるの、ベルトのサックに金属製の器具か何かがぶつかる音でしょ?
はいこれ。
ちゃんと渡しましたから、代わりに僕のベレッタも返して下さい。

ところが先生。
銃口片目で覗いてみたり、補弾したりしながら「うーん」と唸ったきり考え込んでしまった。
ちょっ……と。それは無いんじゃありません?
名刺を貰ったら自分のも渡す。銃を返してもらったら相手のも返す。社会人としてのマナーでしょ?
それとも先生、ちゃんと口で言わないと分からないタイプの人ですか?

先生は相変わらず悩んでいる。その最中、先生の眼が一瞬だけ嬉しそうに輝いた。
はいはい。
どうやら犯人の目星がついたようですね? 誰なんですか? 
僕の勝手な推測だと、うちの局長あたりが怪しいなーなんて思ってるんですけど。

――局長。僕らハンターやクロイツの司令。
部下に対していつも容赦ないけど、実は結構きらいじゃない。
その理由は「常に前線」を心掛けてる人だからだ。
司令のくせにいつも事務局に居ないのは、潜入捜査を部下だけに任せないから。
司令としてけしからん! なんて上はこぼすけど、そんな訳で部下には大人気。
「道」とつくものはほとんど段位持っていて、肉弾戦に滅法強い。そのせいかハンターの癖に銃を使わない。
ヴァンパイア相手に素手で立ち向かえるのって、たぶん局長ぐらいだろうなあ。
その局長でも色々あったって話。
10年前、やっぱり素手で闘って逆にコテンパンにされて、その後しばらく姿を見せなかった。
久々に僕が会ったのはほんの半年前。
ちょうどあの事件……地下室から「奴」が逃げた、そのすぐ後だったかなあ。
彼に呼び出されて本部に出向いたっけ。
10年のブランクがあるはずのあの局長は、見た目がほとんど変わってなかった。
結構な上背に、痩せ形だけどしなやかな……武道派特有の隙の無い立ち姿。
声も仕草もあんまり若々しかったんて、僕、思わず「どなたですか」なんて聞いたんだ。
まさか局長その人だと思えないくらいだったからさ。
そしたら局長、何とも言えない……複雑な顔して僕の顔見て、「麻生君そりゃないよ」って言ったんだ。
でもあれは局長も悪い。
あれたぶん……素顔じゃなかったでしょ?
それこそ20面相並みに化けるの上手い局長。もしかして上層部も素顔知らないんじゃあ……

桜子の苦しげな声で、僕は我に返った。
透き通るほど白い彼女の顔色――いや、ほんとに向こう側がうっすらと透けて――
夢中で彼女を揺すった。もう手遅れだと解っていて。
彼女が僕らの敵ヴァンパイア。だから仕方ないと諦める自分と、受け入れられない自分が居て。
『何をする気だ! よせ!』
局長の声が無線から聞こえたけど、僕は無視した。
手遅れでもいい。ほんの少しで桜子の命をこの世に繋ぎとめられれば、それでいい。
もう一度だけ、生きた彼女の言葉を聞けたなら、この命すら惜しくない。

僕は桜子の顔の上に左手をかざすと、先生が巻いてくれた包帯を取り外した。
滴る血。
それを見た先生が池の鯉みたいに口をパクつかせて……そしてぎゅっと口を引き締めて……
ごめん先生。好意を無にする行動ですよね。
でも解ってください。
僕はロボットじゃない。与えられた命令を淡々とこなす――協会の操り人形じゃないんだ。
0125麻生 結弦 ◆GM.MgBPyvE
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2018/01/15(月) 17:28:39.27ID:hXMlbGcW
プイっと眼をそらし、先生は舞台端に倒れてる秋子の方へと行ってしまった。
ま……呆れて当然です……か。

桜子の喉がコクリと動く。そのたびに蘇っていく頬の色。
それと反比例して僕の視界は薄れていく。白く……ぼんやりと……
ただ耳の方はむしろ敏感に……頭にガンガン響いて来て――

これ、父さんの声だ。
どうしてもピアノに転向するなら小遣いはやらん! ってそりゃないよ。僕のバイオリンの腕、知ってるでしょ?
ありがと。母さんはいつも僕に味方してくれて助かるよ。あ、はい。お風呂掃除、やっときます。
地下室? どうしても……行かなきゃダメ? 今日は祝賀会なのに?
はいはい。一日休めば三日休むと同じ……ですよね。ピアノと同じですね?
――ああもう、解りましたって。みんな、そんなに一度に言わないでくれません?

先生、僕、死ぬ時はもっと静かなものだと思ってましたよ。
これって今まで生きてきた、記憶の中の音でしょうね?
だとしたらあの産声も……僕自身の声なんでしょう。
先生? いらっしゃるの、その辺りですか? 今のうちに謝ることが。
申し訳ありません! この手の治療費、払えそうにないです! 本当に……ごめんなさい!
駄目だ。口は何とか動くけど、声が全然出ないや。
0126麻生 結弦 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/01/15(月) 17:32:25.31ID:hXMlbGcW
誰かが僕の背中に腕を回して……抱きしめている。たぶん桜子だ。
「良かった。眼が覚めたんだね?」
出ないと思ってた声が出せたんで、驚いた。きっと彼女が生命力(?)のようなものを分けてくれたんだろう。
「好きよ、結弦!!」
痛たた! 嬉しいけど! 嬉しすぎるけど! ヴァンパイアの怪力で……絞めないで!!
「貴方の事が……好き!! 大好き!!」
桜子の言葉はこの半年間、待ちに待った言葉だったけど、僕の肋骨は崩壊寸前で……桜子、君って人は……
ぎりぎり絞め上げる腕の隙間から右手をひねり出して、彼女の顎の下に持っていく。
察した彼女が腕の力をやっと緩める。
ふ……と息をつく。
眼と鼻の先に、眼を閉じた桜子。長い睫毛にピンク色の頬。朱の差した唇。これを何度夢に見ただろう。
ねぇ桜子。
こんな事になったけど、決していい結果なんかじゃないけど、でも――今この瞬間だけは、最高に幸せ――


「あの、盛り上がってるとこ悪いんだけど」

桜子の背中から先生の呆れた声。咄嗟に彼女の腕を引きはがす。
そう言えば居たね、先生、あはは! 
心の中で笑った僕は、その時見えた桜子の顔に恐怖した。
さ……桜子……? 気持ちは解るけど、怒っちゃ駄目! 先生にたぶん悪気はないし、ついでに僕の恩人だし!
って……言おうとしてまたまた僕は戦慄した。
先生の腕に抱かれている「それ」に。

「その子……まさか……」
おずおずと口を開く桜子の唇が震えている。

「ええ、そのまさかよ。秋子さんの子」


「「ええええええああっ秋子の!!!?」」

僕と桜子の声が5度の和音となって調和した。
それと同時に、グランドピアノの同ピッチの弦が共鳴し、わーんという音を響かせる。
一呼吸置いて、もう一度。

「嘘ですよね!?」「嘘でしょ!?」「おぎゃあああああ!!」

今度は二人の声に赤ん坊の声が加わった。再び鳴るピアノの弦。顔を見合わせた桜子と僕。

「ふ……二人とも、落ち着いて話しましょ?」

落ち着いてなど居られる訳が無い。
「予定日は来月だったはずだ! 1カ月も早くて……大丈夫なのか!? 先生!?」
声を張り上げた僕。桜子の驚愕の眼がさらに大きく開かれる。
「来月!? そんな筈ないわ! お腹の子はとっくに堕ろしたはずよ!?」
「……ぇえ!? 違うよ! 僕はちゃんと認知して……養育費も送るつもりで……」
「どういう事!? 秋子! 説明してちょうだい!」

返事は無かった。冷え切った……気配。そうか、秋子はもう――
結局僕は、君にも謝ることが出来なかった。
一度は君を選んでおいて、でも一緒にはなれないと突っぱねた僕を、あの時君は許してくれたのに。


一筋の涙が桜子の頬を伝った。
触れても居ないグランドピアノが、Eフラットオクターブの和音を奏で始めた。
0127水原 桜子 ◆GM.MgBPyvE
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2018/01/17(水) 06:28:55.56ID:628dYnEu
……あ……浅香? それは……何? 人間の……赤ん坊に……見えるのだけど。

浅香の肩越し、倒れている秋子が視界に入る。眠ったままの秋子のドレスが血にまみれている。
血まみれの服。小さな赤ん坊。
ふたつのキーワードから連想されるその「何か」は明白なのに、どうしてもそれと繋がらない。
そんな筈は…………ないわ。あの子はあの時――結弦に振られたっ……て。
だから明日……病院へ行くって。
0128水原 桜子 ◆GM.MgBPyvE
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2018/01/17(水) 06:30:26.17ID:628dYnEu
「その子……まさか……」
そんなわたくしの問いに答えた浅香の言葉は単純明快だった。

「ええ、そのまさかよ。秋子さんの子」

「「ええええええああっ秋子の!!!?」」
「嘘ですよね!?」「嘘でしょ!?」「おぎゃあああああ!!」

まあ! なんてこと!
結弦とわたくしの驚きの声に加わった赤ん坊の泣き声と言ったら!
結弦! 今のハ長音階の第W度和音よね!
それも限りなく正しい、ピッチF(349.228Hz)! A(440.000Hz)! C(523.251Hz)!
その証拠にあのピアノの3弦がちゃんと共鳴して……ほら! ……今も!
(実際はダンパーが個々の弦を押さえているため、長く響く事はない)

流石は結弦の子、音楽の才能に恵まれてましてよ?

「ふ……二人とも、落ち着いて話しましょ?」

落ち着いてなど居られるものですか! その子、是非にも音楽家にしないといけませんわ! そうよね? 結弦!? 
でも秋子も人が悪いわよね?そうならそうと、どうして教えてくれなかったのかしらね?

結弦はそんなわたくしの顔をチラっと見て。すぐに浅香に向き直って。

「予定日は来月だったはずだ! 1カ月も早くて……大丈夫なのか!? 先生!?」

――え!?
わたくしはしばし呆然とした。
思わぬセリフだった。
彼はわたくし達がハ長三和音を奏でたことなどどうでもいいらしかった。
彼の関心はただひとつ。赤ん坊が「早く」生まれてきてしまった、その事だけだったのだ。
「何故居ない筈の赤子が存在するか」ではなく。

――何故? どうして結弦が予定の日取りまで把握しているの?
秋子、なの? 彼女が結弦には教え……わたくしには教えなかったというの?
わたくしだけ……蚊帳の外だったと言うの?

「来月!? そんな筈ないわ! お腹の子はとっくに堕ろしたはずよ!?」

わたくしの声は怒気を孕んでいた。誰に対して? もちろん二人ともによ!

「……ぇえ!? 違うよ! 僕はちゃんと認知して……養育費も送るつもりで……」
「どういう事!? 秋子! 説明してちょうだい!」

そうよ。本人に聞くのが一番いいわ! 秋子! あなたよくもこのわたくしを……!
……え? ……秋子?

秋子の息は無かった。
この床を通じ足先に届いていた秋子の鼓動も。

そんな……そんなこと……って。
0129水原 桜子 ◆GM.MgBPyvE
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2018/01/23(火) 06:14:56.38ID:v728prLu
熱いものが両の目から溢れ出し、頬を冷たく滑り落ちた。
……そう。わたくしはまだ……泣くことが出来たのね。

真昼のように舞台を照らすスポットライト。
その光を受け止め、なお黒々とその躯体を置くグランドピアノ。
長い歴史をかけてその形を変え、現代のそれへと結実した人類の最高傑作とも言えるべき弦楽器。
そのピアノが、ポツリと小さく「啼く」。
Dシャープオクターブの和音を自ら奏でたのだ。
なんてこと。あなたは……ずっと……そこで見ていたの? わたくし達の成すこと、する事、すべてを、そこで?

会場の客達が一斉に顔をピアノに向けた。その瞳は微かな意思の光を灯している。
微かに立ち昇る熱気が、会場の温度を上げ始める。
わたくしは背を伸ばし、客席に向き直った。

「お待たせ致しましたわ皆さま。この曲が、明日の皆さまの糧となれば幸いですわ」

浅香が赤ん坊を抱いたまま、そっと舞台端へと向かう。
そこにはいつの間にか柏木が立っていて、浅香と何事か言葉を交わしつつこちらを見た。
彼の眼には安堵の色。わたくしは小さく頷いて見せた。
――柏木。貴方がうちの執事になって下さったのは、半年前の事件がきっかけでしたわね。
あの時わたくしは貴方の頼みをきいて、だから貴方もわたくしの頼みをきいてくださって。
でも本当に貴方がわたくしの為になさりたかったのは、もっと別の事でしたのね。
だって……貴方が秋子にS席のチケットを送ったのでしょう?
浅香。貴方とは本当に短い間だったけど、お別れね? 
貴方との約束の方は果たせそうも無いけれど、でもきっと柏木が貴方の願いを叶えてくれるでしょう。
その子の面倒、見てくれるわよね? だってあなたは……決して「患者」を見捨てない。

「ありがとう柏木。ありがとう浅香。そして――」
秋子が横たわっていた舞台端は、依然、そのまま。
このリサイタルが始まった時と同じく、艶やかなアイボリーの床板には「塵ひとつ落ちていない」。
サーヴァントの滅びはヴァンパイアのそれに準ずる。彼女の身体は塵芥の如く消えてしまったのだ。
だがその魂は――

「そうよ秋子。あなたはわたくしと共に『ここ』に居る。……見ていて頂戴」
気がかりなのは時間。
残されたわたくしの命はあと僅か。
曲を……あの139小節を弾き切るための力が……わたくしに残されているのかどうか。

そんなわたくしの手を、結弦が掴んだ。ピアノの鍵盤側へと誘う彼。
もしかして貴方……手伝ってくださるの?
何も言わずに、わたくしを椅子に座らせ、右手をそっと鍵盤に置く結弦の眼がこう言っている。
『一緒に弾こう』 『あの時のようにに』
彼の左手は力無く下がったまま。
湧き上がる涙を見せたくなくて、わたくしは少し顔を伏せた。
そうね。そうして差し上げても……宜しくてよ?

すっと息を吸い、ゆっくりと吐く。
左の中指と親指を、本来であれば右手が弾く高さのDシャープとそのオクターブに添える。
使わぬ右手を膝上に置いたまま。その姿勢はとても不安定で、身体がぐらりと左に傾いだ。
そんなわたくしを結弦の左手がぐっと抱き止め――え? その手、怪我をした方……ですわよね?
彼は素知らぬ顔で、右足先を右端のダンパーペタルに乗せる。
……結弦? 貴方、そんな格好で弾くつもりですの?
座らずに立ったまま、左腕はわたくしを支えたそんな姿勢で――ペダル操作と……あの右パートを……?
むしろ貴方の方が……限界の筈なのに。

結弦の眼は揺るがない。結ばれた口元がこちらに笑いかける。それはおそらく決意の微笑み。

……ええ。解りましたわ。
行かせて頂きますわ! 貴方がくれた時と力は……すべてこの1曲の為に……!!
0130水原 桜子 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/01/23(火) 06:15:47.11ID:v728prLu
閲覧注意:非常にマニアックな内容

【リストのLa Campanellaを聴いた事の無い方は、ここいらで視聴する事をお勧めします】
【え? 読み飛ばす? ご無体な!】
0131水原 桜子 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/01/23(火) 06:17:48.51ID:v728prLu
――La Campanella 〜Grandes etudes de Paganini S.141/R.3b――
パガニーニ大練習曲集より 第3番 「ラ・カンパネラ」

まずはわたくしの番。
添えていた黒鍵を小さく、3度。鋭く丁寧に指先で弾(はじ)く。
細心の注意を払うべき出だしの音は、すでに遠い鐘の音を模している。

同じリズムで結弦の右が更に上の黒鍵を捉える。
繊細なスタッカート(短く切る打鍵法)が、同じく3度。澄み切った鐘の音を響かせる。
そして次はまたわたくし――
音は2度、1度と、その数を減らしつつ……徐々にスピードを落とし――
そこまでの、たった3小節がこの曲の序奏。
それはわたくし達が呼吸を確かめ合う為には十分な、決して短くない3小節。
幾ばくの間がホール一帯を緩慢に包み込む。いよいよ……ですわね?

結弦の右手が動く。
場内が息を飲む気配。
細かなリズムを刻む最高音のDシャープと、それに続く右親指があの美しいCampanellaの主題を紡ぎ出す。
何度聴いても……とても……とっても物悲しくて……でも気品溢れるメロディ。
わたくしの出番は次の小節から。左で奏でる分散和音(アルペジオ)。
彼のリズムを掴まえて、1拍目と4拍目の和音を刻む。
降り抜く親指に過剰な重さが乗らぬよう、控えめに。主題の旋律を邪魔しないように。

結弦の音は決して弾き急がず、音を皆に届ける事だけを考える、そんな音。
幅広い鍵間(最大2オクターブ=34cm)を飛び、跳ねる右手首。切れの良い跳躍かつ丁寧な打鍵。
澄み渡る旋律にうっとりと耳を傾ける観衆。
わたくしも思わず……この旋律のルーツに思いを馳せる。
彼は少なくとも2度、この曲を書き直している。

Campanellaの主題は、その曲集名が示すとおりリスト自身の発案ではない。
パガニーニの作曲したバイオリン協奏曲 第2番 第3楽章のロンド主題を取り入れたものだ。
(「パガニーニ大練習曲集」の他5曲はパガニーニの「24のカプリース」が原曲)

そう言えば……たまたまこの楽譜を手に取った浅香にその事を説明したら……彼女、言ったわ。

「なあんだ、リストってオリジナリティが無いのね!」

物を知らないって……ある意味犯罪ね。
リストの曲を全部聴いてからほざいてほしいものだわ。
……ま……言うだけ無駄かしら。演奏中、とっても退屈していたようですもの。

21小節目から第2主題に入り、わたくしの思考は一時、中断した。
入るタイミングがさっきまでとはまるで逆になったのだ。すなわち1,4拍を2,3,5,6拍へ。
「表」を「裏」に変え、左と右とが素早く交互に入れ替わる、その忙しさと言ったら!
第2主題と言っても、いきなりまったく異なるメロディになった訳ではない。
高音部から徐々に「下がっていく」旋律が、「上がっていく」旋律に変わっただけの、云わば「展開部」。
軽快かつ勢いのあるパッセージで、ここは原曲には無いリストのオリジナルだ。
リストの底力を感じるのはここからだろう。
ただ……
なんてこと! このわたくしが……音を追いかけるのに精一杯だなんて!
結弦の音の合間を刻む作業に没頭しているだなんて!
ああでも……この感覚は懐かしいわ。
……まだ小さい頃……人前で弾く時に感じた――ハラハラドキドキ。
一人では……今のわたくしでは決して味わえない……この緊張感……たまらないわ! なんて不思議な充実感!
0132水原 桜子 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/01/23(火) 06:18:36.25ID:v728prLu
第2主題の曲調にも慣れた頃、曲は42小節目の変奏部へと突入した。
変奏――メロディ自体はさきほど(1〜20小節)の繰り返し。でもわたくしに取っては一つの転機。
主題の一部を左パートが担当するのだから。

今度は貴方がわたくしの動きに合わせる番。
どう? 結弦? わたくしの苦労が……おわかりになって?
ふふ……ちょっぴり心地良いわ。主役と脇役とが入れ換わったのですもの。

鐘のリズムがやや低音にて紡がれる中、結弦の右手は相変わらず高音域の反復という作業に追われている。
ピアノに映る彼の顔は真剣そのもの。
少し……ほんの少しだけ、この肩を抱く左手の力が緩む。その手首から伝わる彼の鼓動が……さっきより早い。
その動悸に自身の鼓動も同調していく。
もし自分の姿が黒い鏡に映っていたら、そこに戸惑いと動揺の色を見たに違いない。

主役の交代も束の間、ふたたび右パートがその役目を引き継いだ。第50小節。
結弦の頬を汗が滑る。
テンポは初めと変わらない。
しかし主題を飾る音符は増し、相対的に打鍵のスピードは上がっていく。休憩はない。
合わせる合わせないの苦労とは別の苦労が右パートにある。
弾き始めたら最後、激しい跳躍、反復、重音の連打や音階を、最終に向け一息に弾き切らなければならないのだ。
結弦の身体がぐらりと揺れた。
無心で右手を伸ばし、抱き寄せる。

結弦。
いまどんな気持ちですの? どんな思いで……鍵盤を叩いていますの?
いったい誰の為に……? ……観客の為? それとも自分自身の?
ふふ……愚問だと……思うでしょうけど、でもわたくし、もしリストが生きていたら同じ質問しようと思ってますのよ?
何故あなたは超絶技巧家(ヴィルトゥオーゾ)を目指したのか。
そんなあなたが何故、曲を「作ろう」と思い立ったのか。
ならばそれは誰の為か。
あなたには同じテーマをもう一度改め、組み立て直す……いわば、改訂癖のような癖がある。
何故そこまで一つの曲に入れ込むのか。
このカンパネラも……
ね? 結弦? 貴方も知りたいと思わなくて?

そう。
リストのLa Campanellaとして知られる曲は、「第1稿」ではない。
彼がカンパネラを書くきっかけとなったのは1932年4月20日。
初めてパガニーニの演奏を聴いた時のことだと言う。
ニコロ・パガニーニ。音楽史上最も偉大なヴァイオリニストで作曲家。
技巧を超える超絶技巧家。ヴィルトゥオーゾの中のヴィルトゥオーゾ。
そんなパガニーニの演奏ぶりにショックを受けた彼は、ピアノのパガニーニになろうと決意し彼を徹底して研究した。
その結果、「パガニーニの「鐘」によるブラヴーラ風大幻想曲」が完成した。

そうよ。それが La Campanellaの記念すべき第1稿(1834年)。
超絶技巧を目指したリストがその情熱を持って書きあげた傑作。
わたくし、今の世に生まれたことを恨みますわ。もし彼と同じ時代を生きていたらと。
聴きたかったですわ! ホール一杯に響き渡るピアノの音! 跳ね踊るリスト自身の手と指先! 
観客は我を忘れ、ある者は卒倒したと聞くわ。わたくしもそこに居たら……きっと……
もし録音技術が彼の時代に追いついていたらと……心底思うわ。エジソンがもっと早くに生まれていたらと。
(トーマス・エジソンがアナログレコードを開発したのは1877年)

今となっては、その様を彼の譜面から読み取るしかない。
結弦は弾けて?
あの譜面……ふふ……とても……とても難しい曲。
まるでわざと難しく書いたような……自分自身の鍛錬が目的で書いたような……そんな譜面。
……それを難なく弾きこなしたリスト。
(今思えば、彼、ヴァンパイアだったのかも知れないわ!)
わたくしならいざ知らず、一介のピアニストでは手を焼いたでしょうね。
(自慢ではなくてよ? わたくし、ヴァンパイアですもの!)
0133水原 桜子 ◆GM.MgBPyvE
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2018/01/23(火) 06:22:45.67ID:v728prLu
しかし彼はおそらく気付いたのよ。
超絶技巧は客を圧倒することは出来ても、決してその心を打つことが出来ないと。
彼を曲を1から作り直した。
もちろん主題だけはそのままに、白鍵中心だったイ短調のこの曲を黒鍵中心の変イ短調に移調した。
(黒鍵の方が、跳躍の際に鍵盤を捕らえやすい、つまり弾きやすい)
過剰とも思われる音符を大幅に取り去り、さらにパガニーニのバイオリン協奏曲第1番の素材も取り入れ、
まったく別の――メドレー的な曲を書き上げた。
あの印象的な「序章」を頭に付けて。
それがカンパネラの第2稿――パガニーニの超絶技巧練習曲集第3番(1840年)。

しかしリストはこれでも満足しなかった。
何故なのかしら。別の素材を入れて……一種「ちぐはぐ」な構成になってしまったかしら?
聴いてみて何かしっくりこなかった……ただそれだけかしら?
彼は第2稿で新たに取り入れた素材をすべて省き、当初の素材構成に戻してしまった。
つまりより単純な2重変奏曲の構成へと。
そして……ここがちょっと聴き手には些細なことでしょうけれど、
譜面自体をフラットが7つも付くイ単調からシャープ5つの嬰ト単調へと書き直した。
音自体の高さは変えずに……ね。(EフラットとDシャープは同じ音)
両者は弾いてみれば全く同じものだけど、でもピアニストに取っては、弾く時の心理が違う。
音を半音「下げて」読むよりも、「上げて」読む方が、音の感覚がりクリアになるの。
「鐘」の音を表現するにあたり、硬質で透明な響きを引き出すために……苦心したという事かしら。
更に彼は……主旋律の一音一音を追いかける最高音域のDシャープを書き足した。
それがこの……「煌めくほどに美しい」鐘の音を作り出した。
結果、全体として一点に収束するような……脇目もふらず、やだ一つの目標に向かいひたすら歩み、駆け抜ける。
そんな印象を与える、緻密に完成された美しい2重変奏曲が出来上がった。

それこそが「パガニーニ大練習曲集」の第3番――La Campanella(1851年)。
パガニーニのヴァイオリン奏法そのものをも研究し、その技術をピアノに翻訳したという彼の、
ピアノですべての楽器や絵画を表現しようとあらゆる文学、芸術を研究した彼の最高傑作。
いまふと思ったのだけど、
彼が20年近くもの歳月を、このテーマ――オリジナルではない、他人の作ったテーマにかけたのは、
ただそのテーマが美しいから、って理由だけでは無いのではなくて?
自分を震撼させたニコロ・パガニーニという音楽家に対する、最高の敬意表明ではなくて?


結弦の指が、79小節目の美しいトリル(二つの鍵盤を交互に弾く奏法)を奏でる。
合いの手を入れるようにアクセントを置くわたくしの左。
一層激しさを増していく主旋律。曲は変奏部を抜け、第2の変奏部(96小節目)へと差しかかる。
0134 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/01/23(火) 06:23:43.38ID:v728prLu
【BGMにLa Campanellaを選んでくださったでしょうか?】
【それこそ色んな方々弾いてますが、この章はsorita氏のアルバム「リスト」の音をイメージしています】
【彼の打鍵はキレッキレで、譜面どおりでかつ迫力が……って別に彼の回し者でも何でもありませんが】
0135佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/01/27(土) 06:56:10.37ID:Cf9ijtEQ
赤ん坊がそれこそ火がついたみたく泣きだした。
――もう!! 君達がそんな大声出すから!!
「ふ……二人とも、落ち着いて話しましょ?」
はいはい、泣かないでね〜〜!! お姉さんが高い高いしてあげますからね〜〜
「予定日は来月だったはずだ! 1カ月も早くて……大丈夫なのか!? 先生!?」
そうなの!? 大丈夫みたいよ、泣き声こんなに元気だし!
……ととと……いっけない! 生まれたての首がぐらんぐらん!
「来月!? そんな筈ないわ! お腹の子はとっくに堕ろしたはずよ!?」
え? ああ、あるある、土壇場のキャンセルは良くあるわね! 秋子さんったら……桜子さんに内緒で?
「……ぇえ!? 違うよ! 僕はちゃんと認知して……養育費も送るつもりで……」
認知! 養育費! この二股君からそんな言葉が出るなんて思わなかったわ! お姉さん、ちょっと感心。
「どういう事!? 秋子! 説明してちょうだい!」

そう!
この修羅場を何とか出来るのは当の秋子さんしか居ない! 

でも遅い。すべてが遅いの。ほんと、サーヴァントって……儚い存在(いきもの)なのね。
……精神的なダメージに弱いとか、放置すれは死んじゃうとか。
たぶんだけど、彼女、ここに居る麻生と桜子さんに対する執着だけで命を繋いでたんだと思うの。
桜子さんが麻生の事好きなこと知ってて、だから子供の事も言えなくて。
桜子さんがヴァンパイアになったのも、自分のせいとか思ってたかも。
そんな彼女を麻生から守ろうとするの、当然よね?
でも麻生は元カレで、子供の父親で……うあ……相当のダメージだわ。ここまで持ったのが奇跡なくらい。

ごめんね桜子さん。あたし、彼女を助けられなかった。
駆け寄った時にはどこ触っても脈に触れなかった。
もちろん息も無かったし。
(……あれ? ヴァンパイアって……呼吸(いき)するんだっけ?
裕也は「習慣的にしてるだけで止めても平気」みたいな事言ってたけど。
そうよね。あんなぴったりした棺桶に入って寝るくらいだもの。酸素が必要ならすぐに酸欠になっちゃう)

不意にしたピアノの音。
あたしはハッとして桜子さんを見た。
誰も触れてないピアノの音鳴らすなんて、彼女以外に居ないもの。
桜子さんは、じっと秋子さんが居たはずの場所を見つめながら泣いていた。
頬を伝った雫がポタリと床を濡らす。……うそ。あの桜子さんがあんな風に泣くなんて思ってもみなかった。
彼女の肩越しに立っている麻生もまた、桜子さんと同じ場所を見て、同じ顔して。

二人とも秋子さんをどんな風に思っていたのか、あたしには解らない。
解らないけど、ピアノの音はすっごく切なくて……綺麗な音の筈なのにとっても重たくて。
思わずぎゅっと……赤ん坊を抱き締める。赤ん坊はいつの間にか泣きやんでいた。

「お待たせ致しましたわ皆さま。この曲が、明日の皆さまの糧となれば幸いですわ」

……え?

桜子さんが、観客席に顔を向けて立っていた。
それはさっきまで泣いていた……妹の死を悼む姉の顔じゃない――プロの顔。ピアノの職人――ピアニストの顔。
桜子さん? あなた……まさか「弾く」つもりなの?
麻生の血で今はそうして立ってるけど、でもあなたの胸には銀の弾が刺さったままのはずよ!

観客席の空気がざわついた感じがして、観客席に眼を向けると……
ちょっと! 客達の眼がさっきまでと違うじゃない! なんか、やっとこの時が来たって雰囲気になってるじゃない!
あたしは慌てて舞台袖に立つ柏木さんに駆け寄った。
「呪縛ってやつが解けたのかしら?」
柏木さんがゆっくり首を横に振って……でもその後で少しだけ頷いた。
「ええ。いずれは解けねばなりません。客も、お嬢様も」

こんな時に意味深なセリフを呟く柏木さんは、やっぱり素敵なバトラーのままだった。
0136佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/01/27(土) 06:57:45.97ID:Cf9ijtEQ
なんて、柏木さんの顔に見惚れてる場合じゃなかったわ。

「止めて! 無茶よ! 桜子さんが死んじゃう!」
でも柏木さん。必死で訴えるあたしを見下ろしたまま動こうとしない。
「どうして? 彼女を救ってって頼んだの、柏木さんよ!」
「お嬢様は――あれで良かったのです」

口を開いた柏木さんの顔にあったのは、痛みでも焦りでも無い、安堵の色。
あたしは訳が解らなくて、柏木さんと舞台とを交互に見る。

「私は貴方に『救済』をお願いしたのです。『命』ではない、『心』の救いを」
「……命ではなく、心?」
「ええ。救えぬ筈のお嬢様の魂を、貴方は救ってくださった」
「綺麗ごとは嫌いよ。死んじゃったら何もかも終わりじゃない!」
「いいえ!」

珍しく柏木さんが語気を強めた。
「ヴァンパイアであるお嬢様に、命の救いなど全くの無意味」
あたしはゴクリと生唾を飲み込んだ。どういう事? 永遠の命が……無意味だと言うの? そんな筈ないわ!

麻生が桜子さんの手を取り、ピアノへと誘うのが見える。
あたしはもう一度柏木さんに向き直る。

「無意味……? どうして? せっかくの永遠の命が……無意味だと言うの?」
なお食い下がるあたしを、柏木さんは哀しそうに眺め……そして……言ったのだ。
ヴァンパイアの行く道は永遠の闇だと。

……聞いた言葉だった。そうよ、裕也がいつも言ってた言葉。
あたしが吸ってと頼む度に、彼はその言葉を口にした。

『永遠の闇を進む覚悟が、君にあるのか?』


――鐘が鳴っている。

そう思った。遠くで鳴り響いている鐘の音、あれは……誰かを弔っているのかしら。
それとも、祝福しているのかしら。
解らない。
あたしには……決して踏み入れたくない……天国への誘(いざな)いに聞こえるわ。
そっちへ行くなと、そう教えてくれてるみたいに。

あたし、どうしたらいいの? 何処へ向かったらいいの?

柏木さんが踵を返す。
赤ちゃんは……とっても心地よさそうに……スヤスヤと眠ったまま。
0137麻生 結弦 ◆GM.MgBPyvE
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2018/01/31(水) 06:24:01.32ID:DYD0Yc5p
Eフラットのピアノの音で目を覚ました客達。
ホールの温度がさっきまでと違う。客達の眼が違う。すべての視線がピアノに注がれている。
まるでプログラムが進んでいた……あの時間に戻ったように。
……僕はこのリサイタルの主催。何か言う必要があるだろう。

「お待たせ致しましたわ皆さま。この曲が、明日の皆さまの糧となれば幸いですわ」

僕より先に、客に声をかけたのは桜子だった。
客の視線が彼女に集まる。
桜子は客達に微笑みを返し……ピアノの方へと歩き出す。胸の染みが見る間に広がり、その半身を赤く覆っていく。
その姿はまるで薔薇の棘に自らの胸を差し、それを赤く染めたナイチンゲール。
……君の命は風前の灯。なのに君は……君って女(ひと)は……本当に……

彼女の手を取ろうとして腰を上げ、でも僕は伸ばしかけた手を止めた。
桜子が一言、二言呟いたのが耳に入ったからだ。
「ありがとう柏木。ありがとう、浅香」と。
彼女の視線を追うと、舞台袖に立つひと組の男女が目に入った。
赤ん坊を抱いた先生(アサカって名前らしい)と、黒服の男性だ。
はは……そっか。その服、さっきの支配人、局長でしたか。
どおりで……さっきの無線も、現場に居なきゃ言えない台詞ですものね。
今桜子が「柏木」って――そう言うことなんですね? ずっと執事の振りして……桜子の屋敷に潜入を?
随分とカッコいいおじさんに化けたじゃないですか。もちろんそれも……素顔じゃない、ですよね?
ええ。聞きませんとも。
ほんとは知ってた癖に、「水原桜子の動向を探れ」だなんて白々しくも命じた事も、
桜子と見せかけた秋子をこの場に寄越したりした訳も。
局長の意向を疑う権利は僕達ハンターには無い。
でも何となく……解ります。
「桜子」の事は、僕の手で決着を……って事ですよね?
局長が手を下すのは簡単だけど、それじゃあ誰も救われないって……そんなとこでしょ?
でも少々お節介が過ぎません?
先生――アサカ先生のPPKに「銀弾」入れたのも局長でしょ?
そんな事しなくても、僕はちゃんと……ええ、ええ。局長がすっごく周到な人で、保険かける人だって事は解ってます。
局長のお陰で僕は……余計な罪悪感を持たずに済んだ。そう受け取っておきます。
そんな眼で見ないでください。この場は納めて見せますとも。
僕と桜子……「二人」でね。

一度下ろした右手を、もう一度桜子に差し出す。
触れた彼女の手は透き通るように冷たくて、
こんな手でピアノなんか弾ける訳が無いのにそれでも億尾にも出さない……そんな彼女は今でも僕の目標で。

そうだよ。君はずっと僕のピアノを追いかけていたんだ。
知ってる? ピアノに転向したのは、君の音を聴いてしまったからなんだよ?
すべてのヴァイオリニストがたぶん目標にしてるニコロ・パガニーニ。
父は僕を現代に蘇ったパガニーニ! なんてフレーズと一緒に売り出したかったらしくてね。
それこそいい音が出るまで食事抜きで練習されられたよ。
(パガニーニも父親にそうやってスパルタされたらしいね!)
そんなこんなでようやく納得の行く音が出せた、そんな時……僕は君のピアノを聴いたんだ。
ショックだったよ。
あの苦労は何だったんだろうって思った。
この気持ち……君には解らないだろうなあ。
ピアノが出す「鐘」の音、どんなに技巧を凝らしても、技術を磨いても、ヴァイオリンじゃ出せない音があるんだって……
(そりゃパガニーニその人が弾いたなら出せたのかも知れないけどさ!)

桜子、この椅子に座って。そんな顔しないで。大丈夫さ、僕は大丈夫。
そう、そこに腰かけて。
左パートを頼むよ。僕はこの通り、左が使えない。
左はほら……音域がものすごい広いから……君が座った方が絶対いいって。
そうそう。高音域は弾きづらいかもだけど……僕がこうやって支えるからさ。

あ、ペダルは僕がやるよ。立ったまま弾く時は、ペダル踏んだ方が弾きやすいから。
0138 ◆GM.MgBPyvE
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2018/01/31(水) 06:28:28.69ID:DYD0Yc5p
訂正:41行目

× 君はずっと僕のピアノを追いかけていたんだ
○ 僕はずっと君のピアノを追いかけていたんだ
0139麻生 結弦 ◆GM.MgBPyvE
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2018/02/03(土) 05:46:20.41ID:QCsRs/rS
桜子が奏でた最初のEフラットが、ホール全体を別世界に変えた。
0140麻生 結弦 ◆GM.MgBPyvE
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2018/02/03(土) 05:46:49.08ID:QCsRs/rS
――これが……これが彼女の……本気の音……!

……凄い。
こんな……ことってある? 君にはいつも……こんな景色が見えているの?

大勢いた客の姿はすでに無い。
眩しいライトも、舞台装置も何もなく、そこにあるのはただ無限に広がる白い虚空。
上も下もなく、そこにポツンと置かれた自分が酷く不安で、僕はただ次の音に耳を澄ませる。

二つ目のEフラット。

足元に白い湖面が出現した。
澄んだ湖。深い水底。湖の底に沈んでいるたくさんの「何か」。
あれは……沈んだ船の残骸……? いや違う……棺桶……だ。幾重にも折り重なり、水底を満たす死者の棺。
墓場の上に立つ自分。ゆっくりと広がる波紋が、白木の棺を揺らめかす。ざわめく気配。
死者が目を覚ます。その蓋が今にも開きそうで……僕は眼を逸らす。
ぐるりと囲む水平線が、灰色の空に白く溶け込んでいる。

三つ目のEフラット。

足先が踏むダンパーペダルの感触が戻る。右の指先が鍵盤に軽く触れている。
黒いピアノが、そこに確かに据えられている。
僕に返された時間(とき)。感じる客達の視線(め)。
遥か遠くで鳴っている教会の鐘。
手首を曲げ、ひとつ上のオクターブを……小さく……叩く。3度鳴らされる硬い――トライアングルの音にも似た響き。
合いの手で彼女がまた、3度。そして僕もまた3度。静かなる序章。
寒空に消え入るような……鐘の余韻。

序章後の「間」。固唾を飲んで見守る客の呼吸を、何故かとても近くに感じる。鼓動が早まる。
吸った息を、ゆっくりと吐く。
初めの主題を奏でるのは僕なんだ。落ち着いて……思い出して。リストの足跡を追ってヨーロッパを旅した……あの時の事。
何故リストがこの曲を何度も作り変えたのか知りたくて……彼の生地に行った時の事を。

眼を閉じる。
肩と肘の力を抜き、右手指を躍らせる。

硬く澄み渡るピアノの音。右手の奏でる旋律に、合わせる桜子の音が聞こえる。
完璧だよ桜子。音質も、タイミングも、主旋を邪魔しない控えめさも。
でも……どうしてだか……胸が抉られる。この自我が……奪われる。
ここには僕と……大勢の観客がいるんだよ。彼らの呼吸を……感じて。僕を感じて。彼らと……僕と一体になって。

桜子を抱く左腕に力を込める。ピクリと彼女の身体が反応する。
僕は手指を一心に動かす。先へ、先へと進めていく。
鐘の旋律が展開し、新たな旋律(第21小節)に取って変わる。
テンポは変わらず、でも忙しさが違う。小刻みにスイッチする僕と彼女。物悲しさに華やかさが加わった不思議な旋律。
それに耳を傾け、指先をすべらせる。彼女が僕の呼吸に合わせているのがはっきりと解る。
作業に没頭しつつ……耳を澄ませる事も忘れない。忙しさのあまり、音がおざなりになってしまっては元も子もない。

ふと……張りつめていた気が緩む。
第42小節。桜子が先導に変わる。初めて僕が彼女に合わせる、そんな一場面。
眼を開ける。
さっきまで白一色だった湖と空に「色」がついている。
澄んだ湖が怖いほど青い。
なだらかな丘陵が湖を取り囲んでいる。緩いカーブを描く緑の地平線が見える。
散らばる白い家屋と、教会の尖った屋根。雲の無い空に、この湖を囲むスカンポの丘。

あの丘は……そうだ。オーストリアの国境付近の……ショプロンの郊外で……草はらに腰かけて……眺めた景色。
0141麻生 結弦 ◆GM.MgBPyvE
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2018/02/03(土) 06:36:50.04ID:QCsRs/rS
景色に色を与えたのはこの旋律。
あのリストをも魅了した……パガニーニの「鐘の主題」が、この景色に色どりを与えたのだ。
僕には解る。
初めてリストがパガニーニの音を聴いた時の驚愕。
こんなにも人の心を揺さぶる音があるのかと……僕もそうだったから。
だから、当然なんだ。
リストがパガニーニのヴァイオリンをピアノで表現しようとやっきになったのも。
たった2年でカンパネラの第1稿(351小節に及ぶ大作だった)を完成させてしまったのも、出来た曲を何度も作り直したのも。
敬虔なカトリックだった彼は、誰かを祝う時、またはその死に直面した時、必ず「鐘の音」を聞いたはず。
その度に鐘は違って聞こえたはずだから。


第1稿を書いた頃、リストはマリー・ダグー伯爵夫人と道ならぬ恋に落ちていた。3人の子も授かった。
世間は非難し、しかし彼を支える夫人と、子供の存在が彼の心を動かした。
うんざりするほど難しい第1稿を、より弾きやすく、しかし引きつける旋律にしたのも頷ける。
そんなこんなで完成した第2稿を、リストは発表せずに取っておいた。
友人の……ロベルト・シューマンの結婚祝いに献呈するつもりだったから(彼らの婚姻は事情あり難航していた)。
ダグー夫人がリストの元を離れたのはこの頃だったらしい。
シューマンと、その連れ合いクララが無事に教会で式を挙げ、クララにこの曲を捧げた時の……鐘の音はどんなだったろう。
何の因果か、同じ年にニコロ・パガニーニが亡くなった。
おそらくリストが心の師と仰いでいた巨匠の死。
パガニーニは、そのあまりの人間離れした超絶技巧が故に「悪魔に魂を売った」と広く信じられていた。
だから……どの教会もパガニーニの遺体を引き受けず、棺は延々と盥回しにされたと言う。
それを見たリストは……どんな気持ちだったろう。教会の鐘が残酷なものに聞こえたんじゃないだろうか。

その後新たな恋をして、その最中に尊敬するショパンが死んで。
ピアニストとしては長い人生を送ったリストは、出会いも多い半面、多くの知人や家族の死にも直面している。
鳴らされる鐘の音(ね)は消えず、遠く心に残り、その音は幾つも重なり――

たぶん、そうして第3稿が出来上がった。
主題の旋律をこと細かに追いかける最高音のEフラットは、そんな鐘をイメージしたんだと僕は思う。


曲が96小節に突入する。
いつの間にか噴き出していた汗が、頬を伝って顎に溜まる。
僕は軽く頭を振り、それを脇に払った。鍵盤を汗で濡らす訳に行かないから。
右パート、左パート、共にオクターブの音階を駆け上がっては踏鞴を踏み、駆け降りてはまた駆け上がる。
スイッチする場面もあるけれど、ほとんどが同じタイミングで鍵盤を叩くパッセージだ。ある程度のスピードも要求される。
両者が本当に一体にならねば……クリア不可能な通り道。
この腰を抱いていた桜子の右手が僕を引き寄せる。
僕も左腕をしっかりと彼女に回す。
上下の動き。眼では追えない手指の動き。さらに早まる鼓動。喘ぐような彼女の呼吸。
クライマックスに向け、僕達はいま、一体となっている。動きを早める。もっと! もっとだよ! 桜子!!

緑の景色が一斉に弾けた。
僕に取っては唐突なラスト。
意識を無くし、ぐったりと椅子にもたれ掛かる観客が姿が目に映る。
僕は――まだだ。まだ卒倒する訳にはいかない。僕はここの――主催だから。

会場の景色はまだあの景色のままだ。
緑の草原に、緩やかな丘。風にそよぐヒースの枝葉。まだ響いてる教会の鐘。白い屋根から立ち昇る幾筋もの白煙。

青く澄んだ湖。眼の前には黒いピアノ。
そして僕の横に……桜子だけが居なかった。
0142水原 桜子 ◆GM.MgBPyvE
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2018/02/05(月) 05:54:42.09ID:izRUa3oJ
96小節。ここからが正念場。
伴奏も主導もない。右と左とが同時に旋律を奏でる第2の変奏部。終わりに向け、一息に駆け上がるパッセージ。
けれど……ここまで来て……この身体が限界を迎える。
心の臓に打ち込まれた弾が重たく、冷たくのしかかってくる。
手指が……肘が……身体中が……凍てついて行く。腕が……手首が……石のように重い。
見えない。客も、舞台も、ピアノすらも。
聴こえない。結弦とわたくしの指が、鍵盤を叩いているはずなのに。

そんな時、何かの雫がこの頬を濡らした。
とても……温かい。まるで喝得た喉を潤す人間の体液のような。
情熱の籠もる音の束が、胸の氷を溶かしていく。
気付けば指は動いている。黒いピアノの天板が白い光を照り返している。
腕の中の結弦がとても熱い。それがとても心地良くて、もっと感じたくて、ぎゅっとこの身を押しつける。
彼もそれに答える。わたくしの身体も……次第に熱を帯びていく。
不意に現れた青い湖。どこまでも深い、碧く澄んだ水面。指を動かすそのたびに、どこまでも広がる碧い波紋。

……これは……何? わたくしだけに見える……映像(まぼろし)? 

ただひたすらに指を動かす。音が重ねれば重ねるほど、景色は色で満ちていく。
緑の平原、赤い家屋の屋根、ヒースの丘に遊ぶ子供たち。
駆け上がる音階。完全に調和する二つのパート。
教会の鐘が鳴っている。誰かを送る鐘。黒衣の人間が棺を担いでいる。それを追う人間達が泣いている。
祝いの鐘。階段を駆け降りる花嫁と花婿も見える。二人を言祝ぐ大勢の人間達も。

これは誰かの記憶かしら? もしかしてリストその人の? 鐘の音が呼び覚ましたと言うの?
結弦、貴方にも見えているのね?
時折、何かを追う貴方の視線は……そういう事なのね? 貴方もわたくしと同じ景色を見ている。
あなたと「記憶」を共にしている。

息を切らし、上下する結弦の鼓動。
それを完全に一つになる自分。 更なる高みを目指し、駆け上がる。
鐘の音が……とても煌めき、輝いている。世界の……この世のすべての鐘が鳴っている。
――ああ! すごいわ! 誰かとここまで一体感を感じたことが、貴方にあって……!?
ラストパートの激しい旋律が、湖面を激しく震わせる。何度も力強く鳴らされる鐘の音。その波動を全身で受け止める。

共に弾いたラストの和音。それはわたくし達の終わりを告げる音だった。
結弦がペダルから足を離す。わたくしと彼の指先も……そっと鍵盤を離れ――
場を満たす余韻が徐々に弱まり消えていく。結弦の身体も、その温もりも。



少しばかりの間を置き、思い出したかのように客の一人が手を叩いた。
二人、三人、そして一斉に。熱いコールがホール全体に吹き荒れる。
結弦が客に身体を向ける。彼の手がわたくしの方に差し伸べられ、しかしその手はただ椅子の背もたれをぐっと掴んだだけ。
そう。わたくしの身体はもう――

腕を横に広げ、客のコールに答える結弦。
鳴り止まぬ拍手。
……そう言えば貴方には……まだ最後の仕事が残っていたわね?
長く伸ばした右の前髪が軽く揺れる。硬く引き結ばれていた口元が緩み……彼が口ずさんだのは、歌の一節。
リストの友人だったシューマンが、クララとの婚礼の前夜に捧げた賛辞の歌。
歌に合わせ、彼の右手が鍵(キー)を滑る。
――献呈――Widmung (Robert Schumann / Franz Liszt)
シューマンが妻の為に書いた歌を、リストはピアノ曲として二人に贈った。
……美しい調べ。ふわりと浮き上がる意識。舞台袖に座りこむ浅香の腕に抱かれた赤ん坊が、眼を開けて嬉しそうに声をあげている。
ふふ……まるで一緒に歌っているよう。
この子は頼むわね? この子はわたくし達の子。貴方と秋子と……わたくしの子なのだから。

さよならは言わないわ結弦。今夜は呼んでくれて、本当に――ありがとう。
0143佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/02/06(火) 06:04:37.73ID:q5fFntF0
あたし、「わーーー!!」って叫びたい気持ちを必死でこらえてた。
だって、さっきまで桜子さんが座ってたはずの椅子が、空っぽなんだもの。
曲が終わった瞬間に……まるで蝋燭の火みたいに消えたのを……見ちゃったんだもの。

割れんばかりの拍手の音。
右や左の客に向け、丁寧にお辞儀をしている麻生が、すごく何だか霞んで見える。
0144佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/02/06(火) 06:15:18.84ID:q5fFntF0
信じらんない。
ほんとにあなたは……この世から消えて無くなっちゃったの?
我侭で冷たくて素っ気なくて、服のセンスとかお嬢様過ぎて取っつき難かったけど……でも……
浅はかでそそっかしいあたしの事、いつも「ま、いいわ」で許してくれて。
短気なようで心が広い、勝気なようで意外に可愛い……
そんな桜子さんのこと……あたし……

いきなり麻生が歌いだした。しかも堂々としたイタリア語のテノールで。
あたし、びっくりして桜子さんの事を一瞬忘れた。
だってそうでしょ? リサイタルで歌い出すピアニストが何処に居るかってのよ!
さらに、さらによ? それ聴いた客の反応がすごかったの!
ほとんどの人が立ちあがって、一斉に麻生に合わせて歌い出したのよ! クラシックの、ピアノのリサイタルでよ!?
客の方は、イタリア語に混じって日本語もちらほら。
「君こそ……我がいのち……」って、これ、もしかしてリュッケルトの詩?

そんな客の反応を、当然って感じに頷いて見た麻生が椅子に腰かけた。
客が歌うのをやめて、その様子を見守る。
麻生が左右の手を鍵盤に乗せ、目を閉じる。
ってちょっと、また弾くつもり?
ポタリ……っと、彼の左ひざに雫が落ちるのを、あたしは見逃さなかった。
たぶん、そう。さっきほどいた包帯を、いい加減に巻きなおしたんだわ。
押さえるべきとこ押さえてないから、動かしたり曲げたりすると、簡単に傷が開いちゃう。
どうせまた激しい曲なんでしょ? リストってそうなんでしょ?

『ドクターストップよ二股君! ほんとのほんとに再起不能になっちゃうわ!』
あたしは一生懸命、首と口を動かした。あたしはドクター。患者の無茶を黙って見てなんかいられない。
『駄目だってば! お辞儀だけして帰ってきなさい!』

でもそこは彼一人の舞台で、あたしが出張って止められるような、そんな世界じゃなかった。
麻生が弾き始める。
あたし、その手の動きを……ハラハラしながら眺める。
ピアノを軽く撫でるような右手の動き。
そしてただ低い音をポーンと押すだけの……左手。
はあ……とりあえず……あまり左手首を……酷使しない曲みたい。
もともとそういう曲なのかしら? それとも右手で左手の分まで弾いてるのかしら?
ま、彼もプロってことよね。流石に無茶はしないか。
あ。別に彼が好きになっちゃったとか、肩入れしたくなったとか、そんなんじゃないからね?
あたし、手掛けた患者はみんな平等に扱うって決めてるの。

曲自体は……そう。
またまた知らない曲ではあったけど、でもすっごく……「幸せ」って言うか、「ありがとう」って感じの曲だった。
さざ波が寄せて返すような響きと、語りかけるみたいなメロディが……すっごく…………
何よ。
不覚にも……泣けてきちゃったじゃない。
でも、急にその曲のメロディをハミングしだした赤ちゃん見て噴き出しちゃった。
だって……その「マ〜」とか「ウプ〜」とか言う可愛い声が……あんまり音程ぴったりだったから。
んもう! 思わず抱きしめて頬ずりしちゃう! 
……こら何よ! 何でそこで泣くのよ! そんなに怒ることないじゃない!
うーん……怒った顔がブチャイクでカワイイでちゅねぇ〜〜えい! えい! あははっ!
――いいじゃない! あたし、基本子供好きなんだから!

でも本当の問題はここから。
「認知する」って宣言してた麻生の言葉が本当なら、責任持って育てる気もあるって事よね。
だけど、ピアニストでハンターでお金持ちって事くらいしか取り柄がなさそうな麻生が、一人で育てられる訳がない。
お母さん代わりになってくれる人を探さないと。

え? あたし?
……うーん……まあ……その人が見つかるまでの間だけなら……
0145佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/02/07(水) 06:45:15.48ID:6FZx507S
アンコールに答え、曲を弾き終えた麻生が立ちあがった。
ホールを揺るがすほどの拍手とコール。この騒ぎは、しばらく収まりそうもない。

「待って。何処行くの?」

黙ったまま、ずっと背を向けていた柏木さんが、1歩、2歩と歩きだしたもんだから、あたしは慌てて呼びとめた。
ヒタリ……と動きを止める柏木さん。

「まだ私に何か?」

いつものバリトンボイスより更にもっと……低い声。
何か? じゃないでしょ! 貴方にはこの子のお母さんを探す役目が残ってるでしょ!
って言おうとして、あたしは押し黙った。
振り向いた柏木さんの……二つの眼。暗がりにはっきりと浮かび上がる金色の眼。
それはヴァンパイアがヴァンパイアである事を自ら証明する眼だったから。

あたしはしばし言葉を忘れた。彼がヴァンパイアだったから、じゃない。
桜子さんがヴァンプだって知った上で執事やってたくらいだもの、彼自身そうであってもおかしくない。
むしろ納得。
さっきあたしを気絶させた時の、隙の無い身のこなしとか、常に落ち着き払った……素敵すぎる態度とか。
そうじゃないの。
解っちゃったから。正体を明かしたのは、これ以上あたし達に関わらないって意思表示だって。
でも……でも……それじゃあ……あの時の熱意は何だったの?
この子は秋子さんの忘れ形見。遺伝子的には桜子さんの子でもある。それを麻生一人に任せるって言うの?
桜子さんを救ってってあたしに頼んだ時の、あたしの肩を掴んだ時の、貴方の熱い手。
あれ嘘だった? よくもそんな「もう自分は関係ない」みたいな態度を――

「赤ちゃんの事。心配じゃないの?」

込み上げた感情を押さえたあたしの声は、いつもよりトーンが低かった。
柏木さんの眼が集茶に戻る。
再び前を向いた柏木さんの、押し殺したようなため息が聞こえた。

「…………限りませんから」
「……え?」
「私が……ヴァンパイアであるわたくしが、いつまでも『押さえられる』とは限りませんから」

人間に戻った彼の背中は酷く哀愁を帯びて見えた。
そういう事なの? 自分自身が押さえられないなんて、柏木さんほどの人でも?

大勢の人間が立ちあがる音。上着を羽織る衣擦れの音。おしゃべりをしたり、笑い合ってるおばちゃん達の声。
それらが次第に遠ざかっていく。ホールが再び静寂に包まれていく。あたしは再び口を開く。

「柏木さん。貴方には、あたしが桜子さんとした約束を果たす義務があるわ」
ピクリと柏木さんの肩が震える。
「……約束……とは?」
「とぼけないで。桜子さんはあたしをヴァンパイアに変えてくれるって約束した事、知ってる筈よ?」
柏木さんの肩が震えている。笑っているのかも知れない。
「……懲りない方だ」
「そうよ。あたし、案外しぶといの」
柏木さんはまだ背を向けたまま。あたしは彼に駆け寄ろうとして、でも……ある気配がそれを制した。

すぐ横に、麻生結弦が立っていた。
銃を右手にまっすぐに構えて。銃口が狙うのは、柏木さんの黒い背中。
その銃はあたしが奪ったはずのベレッタだった。赤ん坊を起こさないように、そっと右手でズボンのベルトを触ってみる。
……無い。取られたこと、全然気付かなかった。

「局長。今夜の事、仕組んだのはすべて貴方ですね?」
ゆっくりと……柏木さんがこちら側に向き直った。その眼は燃え上がる夕陽よりも赤かった。
0146麻生 結弦 ◆GM.MgBPyvE
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2018/02/08(木) 07:15:08.12ID:LFIQUKBL
……冷たく残されたピアノ椅子。耐えがたい喪失感が僕の胸を締め付ける。
ピンと張りつめている僕の中の音。
でも……答えなきゃ。客があんなに手を叩いてる。
0147麻生 結弦 ◆GM.MgBPyvE
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2018/02/08(木) 07:15:53.07ID:LFIQUKBL
「ありがとう」
何度も呟いた言葉は言葉にならず、コールの波にかき消されていく。
僕は両の手を差し伸べ、とある詩の一節を歌い出した。
シューマンの歌曲集「ミルテの花」の第1曲。音楽を嗜む人なら、知らない人はいないだろう。
僕に合わせ、一人、二人と立ち上がり歌い出す。声を揃える人達の歌声でホールが一杯になる。
うん。
今夜の客は、本当にノリがいい。
0148麻生 結弦 ◆GM.MgBPyvE
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2018/02/08(木) 07:16:14.25ID:LFIQUKBL
椅子に腰かけると客もまた一斉に座った。……何だか学校の先生になった気分。
僕が弾いたのはさっきの歌の調べをリストがピアノ用に編曲した曲。アンコールの定番中の定番「献呈」。
大丈夫さ。この右手が出来るだけ左をカバーする。
この主旋はいつ聴いても……多幸感に溢れてる。そう思わない?
聴いてくれたみんなに感謝を伝えたいならこれしかないっていつも思う。
だけど……今夜だけはちょっとだけ複雑な気分だったり。
この曲が作られた背景、知ってるかな。
リストには友人でライバルでもあった男が居て、そいつが苦労に苦労を重ねてようやくある人とゴールインした。
その嫁さんも実は彼の馴染みで、綺麗なうえ頭が良くてピアノも上手くて作曲まで手掛けるような凄い人で……
リストが彼女に惚れてたかどうかなんて解らないけど、少なくともリストに取って、物凄く好きなタイプの女性だった訳で。
その結婚を、本当に、心の底から祝うことが出来たんだろうか? 
僕には自信が無い。もし誰かに「彼女」を取られたら、僕はその誰かを殺してしまうだろう。

客席の一部がざわつく。いけない。音に籠もる僕の暗い情念を感じ取ってしまったのかも知れない。
左手が重い。
流れる血が袖口から入りこんで……肘のあたりがぐっしょりと濡れている。左の膝もだ。
雑念は捨てよう。
僕はこのリサイタルの主催で、ピアノの――音楽のプロフェッショナル。聴き手に音を届けるのが仕事なんだ。
0149麻生 結弦 ◆GM.MgBPyvE
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2018/02/08(木) 07:19:21.90ID:LFIQUKBL
退場する僕の後をしばらく追いかけていた拍手がまばらとなり、やがて止む。

人の波が出口へと向かう中、ハンター協会の面々だけはその場に居残っている。
局長の指示を待っているんだろう。
『御苦労だった。今夜はゆっくりと休みたまえ』
なんて言葉が耳の中の受信器から今にも聞こえてきそうだった。
局長は、まだ舞台袖に居るだろう。そこは全体を見渡せる位置だから……ほら、やっぱりね。

僕は両脇一杯に抱えた花束の隙間から二人を確認した。
僕の近くにはアサカ先生が赤ん坊を抱えたまま立っていて、出口付近に立つ局長の背中を眺めている。

あれ? 局長、僕らの方、見てないじゃん。もう終わったから、各自解散って……そういう事? 指示は?

ガサゴソ煩い花束のセロハンを一纏めにして、そっと演台の一つに置く。
そんな時に耳に入ってきた二人の会話は、一見理解し難いものだった。

「柏木さん。貴方には、あたしが桜子さんとした約束を果たす義務があるわ」
「……約束……とは?」
「とぼけないで。桜子さんがあたしをヴァンパイアに変えてくれるって約束した事、知ってる筈よ?」

――なん……だって……?
僕は混乱しつつも、アサカ先生の台詞を時系列順に並べ換えた。
『桜子が先生をヴァンパイアに変える事を約束した。それを果たす義務が、局長にはある』

……先生がヴァンプ志願者だとか……その辺の事情はわからない。
解らないけど、解らなくもない。人は彼等を恐れる一方で憧れたりする。自分もなれたら……って。
正直僕だって望んだ事がある。地下室に飼われてた「彼」が、あんまり凄かったから。
ヴァンパイアなのに、格好も身体もボロボロなのに、毎晩僕の訓練に付き合ってくれたあの人は、
優れた身体能力に合わせ、断固とした意思を持っていた。
彼は良く言っていた。「俺は人間を殺すが、仲間にはしない。闇の同胞など要らない」と。

いやいや、重要なのはそこじゃない。
先生の言葉、局長がヴァンパイアだってこと前提にしてるよね?
先生はたぶん、勘違いしてるんだ。桜子の執事は当然ヴァンプって思ってるから。正体が局長だって事知らないから。
あの局長がヴァンプなはずないじゃん!
彼、ハンター協会の……事務局長だよ?
彼がクリスチャンってのも有名な話だし、どう考えてもヴァンプと結び付か――

僕は可能性を否定する一方で、今までの出来事を模索していた。
10年前、局長がコロニーの「伯爵」に単身挑んで……半殺しの目に遭ったこと。
それは僕が地下室で「彼」に遭った頃と重なる。
伯爵はまんまと逃げて、とある世界の重鎮におさまった。たまにテレビに映ってるあの人。
「陽」を克服した彼が、実はこの新宿のコロニーの頂点なんだけど、それはまた別の話。
療養中だった局長がひょっこり事務局に姿を見せたのが半年前。
これも、地下室の「彼」が逃げた時期と重なったりするんだけど、……あれ?
「彼」の素顔は局長とは全然別で……でも……局長の素顔は僕も知らなくて――……いや、まさか。

「……懲りない方だ」
「そうよ。あたし、案外しぶといの」

彼等の台詞は、局長が人間では無いという仮定を大方肯定するものだった。
僕は……カマをかける事にした。
まだこっちに気付かない先生の背後に忍び寄り、開いた白衣の隙間に手を滑らせる。
――あった。僕のベレッタ。
ベルトに差し込んであったそれを素早く抜き取る。先生は気付かない。

「局長。今夜の事、仕組んだのはすべて貴方ですね?」

僕の向けた銃口を真っ直ぐに見返す局長の赤い瞳。背中を――冷たい汗が伝って降りた。
0150 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/02/08(木) 07:20:22.74ID:LFIQUKBL
名前:柏木 宋一郎(かしわぎ そういちろう)
年齢:45歳
性別:男
身長:183
体重:75
種族:ヴァンパイア
職業:ある時は執事、ある時はハンター協会の局長、またある時は……
性格:真面目で義理堅い
特技:弾丸を素手で掴み取る
武器:なし
防具:なし
所持品:聖書 銀のロザリオ 小型の無線機器一式
容姿の特徴・風貌:黒のスーツ、白髪混じりの総髪 隙の無い立ち姿。
簡単なキャラ解説:4人居るVP幹部の一人。もとハンター協会事務局の局長を務めていたが、10年前に吸血鬼に噛まれヴァンパイアとなる。
            人間だった頃は柔道5段、空手5段、合気道5段。ついでに書道は師範代。十字架に対する耐性を持っている。
0151 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/02/09(金) 06:37:47.18ID:a5wtWSSP
これにて第2章終了とさせていただきます。
3章の始まりまで1週間ほどお待ち下さい。

誰か伯爵やってくれる人、居ないかなあ……
0153 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/03/08(木) 18:31:24.94ID:U0IQ9UR+
>>152
すみません!
色々と構成を練っているうちに時間が経ち、先が見えず投稿まで億劫になる始末で……

でももう悩むのはやめます。
キャラに自然に動いてもらう、そんな気持ちで行かせて頂きます。
0154麻生 結弦 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/03/08(木) 19:20:35.63ID:U0IQ9UR+
攻撃は突然だった。
相手はヴァンパイア。その眼が赤く光る時、僕らの時間は止まる。承知していたはずなのに。

局長が消えたと思ったその瞬間、右手首が上に跳ねあげられていた。同時に払われた両足。フワリと浮く身体。
視界が反転し、仰向けに抑え込まれる。
両足の膝、腰、肩、両腕の肘と手首……あらゆる可動部位が固められ、動かせない。
1秒にも満たぬ間。
反撃する隙は無論、相手に受け身を取らせる必要すら無い鮮やかすぎる仕事。

――ガチン!

ベレッタが床に当たる硬い音。背中に押しつけられた硬い床。
絶対的な「脅威」が僕の身体の上に居た。
ぼやけていく視界。その中に二つの赤い眼だけがくっきりと浮かび上がる。
氷のような万力の掌が、この左右の頸動脈を絞めつけている。

「……局……長……」
ようやく出せた掠れ声。
絞めつける手が緩む。見下ろす眼が赤から金色に変わる。残酷に歪む口元から白い牙が覗く。
「ヴァンパイア相手に威嚇は無意味。教えた筈だがね?」
局長の手指が喉元の窪みを撫でている。いつでも殺せると脅している。
まったく同じ仕草だった。10年もの間、あの地下室で自分を鍛えてくれた、あの「彼」と。
「貴方だったんですね? あの暗い地下で……毎晩僕を待っていたのは」
見下ろしていた金色の眼が硬く閉じられる。残酷な笑みが寂しそうな笑みに代わる。
「気付くのが遅いよ、麻生君」
僕の首から手を離した局長は、おもむろに「仮面」を剥ぎ取った。
その顔はまさにあのヴァンパイアのものだった。それが局長の……素顔。
「局長は……どっちなんですか?」
「……どっち、とは?」
「ヴァンパイアか、人間か、どちらの味方なんですか?」
そうだ、局長の行動は理屈に合わない。いくら馴染みの人間だからって、ハンターとして育てたりしまい。
桜子に引導渡すように仕向けたりとか……
局長がヴァンパイアで、人間の敵だって言うなら、そんな事するはずがない。
「知りたいかね?」
「ええ、とても」
じっと僕の眼を見つめていた局長が、口を開きかけ……だけどすぐに閉じた。
彼の眼が周りの何かに向けられている。再びその色を変えていく両の瞳と、口端から覗く乱杭歯。
首を巡らしてみてその訳が分かった。
ズィルバー・クロイツの連中が僕らを取り囲んでいたんだ。

それぞれの銃口を僕達に向けたスーツ姿の戦闘員達。
その中から一歩進み出た、場違いな格好をした男。
派手なキャップにダブついたカーキー色のパンツ。白いTシャツには墨で書きなぐったような馬の絵。
黒い革の手袋をした両方の手に、銃身の長いクラシックなリボルバー。

「結弦から離れてくんない? 司令?」

カチリッとハンマーを起こす音。

彼はハンター仲間の一人、如月魁人(かいと)。
あの地下室での訓練を許されていた……数少ない友人の一人だ。
0155 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/03/08(木) 19:24:20.96ID:U0IQ9UR+
名前:如月 魁人(きさらぎ かいと)
年齢:25
性別:男
身長:179
体重:66
種族:人間
職業:ハンター(ハンター協会所属)
性格:破天荒な勤め人
特技:ジャグリング
武器:パイソン(コルト・パイソン357マグナム)
防具:ごく普通の防弾チョッキ
所持品:馬の蹄鉄 恋人の写真
容姿の特徴:肩まである金髪 ストリート系の服装、常にキャップと手袋着用。両耳に蹄鉄型のピアス。
簡単なキャラ解説:ハンター協会直属のハンター。趣味は乗馬で、月毛の馬を1頭飼っている。
0156如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/03/10(土) 06:39:23.42ID:d5qmzjBH
司令は結弦の上に乗っかったまんま1ミリも動かない。見返す眼が満月みたいな異様な光を放ってる。
すげぇ。トラみてぇだ。暗がりに居たトラがハンターに挑むときの眼だ。

「司令(局長)、俺の声……聞こえた?」
「……ああ」

答えはしたけど、やっぱり司令は結弦を離そうとしない。
こりゃ投降する気も……ねぇだろうなあ。こっちは総勢50よ? そんなに自信あんの?

「ちょっと……待ってよ!」

声は司令の後ろに居た佐井浅香のものだ。子供を抱いたままつかつかと俺の方に近づき、司令と俺との間に割って入った。
……恐れ知らずかよ。

カチリッ……!
クロイツの一人が彼女に銃を向ける。司令の眼が彼を向く。

「彼女も、その赤ん坊も『人間』だ。しかも一般人。撃てばどうなるか……解るな?」
「え……あ……はい!」

……何で素直に司令の言う事聞いてんのよ。
駄目でしょ。
司令にもしもの事があった時は、その場に居るハンターに司令権が移るって……決まってるでしょ。
気持ちは解らないでもないけどさ。

「あのさ、司令」
「何だいカイトくん」

気軽に返すその調子はいつもの司令だけど、殺気だけはそのまんま。

「これってもう……『詰み』でしょ?」
「詰み?」

冷やかに俺を見返す司令。

「さっきのは嘘だ」
「さっきの?」
「一般人を殺すな……ってのがさ。俺は協会の『上』が黙認してる事を知ってる」
「ほう」
「すなわち。『10を守る為に1を殺せ』」

俺は赤ん坊を抱いた佐井浅香に向け、トリガーを引いた。
0157佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/03/17(土) 05:32:31.96ID:TkY0M8FN
あ!
っと思った時、柏木さんは麻生を組み伏せ、首を絞めていた。
抵抗できずに横たわる麻生の……その左手がひどく痛々しい。

「……局……長……」

細い隙間から絞り出すような麻生の声。

――局長って……「ハンター協会の局長」のことよね。
柏木さんって……いったい何者なの? バトラーかと思えば支配人で、実は協会の局長で……どれが本当の柏木さん?
あたしに分かるのは、彼の正体がヴァンパイアだって事だけ。

「ヴァンパイア相手に威嚇は無意味。教えた筈だがね?」

いつのも渋い声に込められたものにあたしは場違いな嫉妬を覚えた。
……愛情? 友情? 親近感? 分からないけど、そんな感情が籠もってた。

「貴方だったんですね? あの暗い地下で……毎晩僕を待っていたのは」
「気付くのが遅いよ、麻生君」

さっきあたしにして見せた時と全く同じ動作で、「仮面」を取った柏木さんは、やっぱりあたし好みの美形のおじ様だった。
ん。ちょっと……若いかな? 口髭とかも無いし。

で?
麻生と柏木さんは古くからの知り合いで、「先生」と「生徒」の仲で?
麻生もそれに気付いたのがつい最近で? 柏木さんはそれに軽く抗議したりして?
なによなによ。
何かいい雰囲気なんか作っちゃって。あたし、なんか置いてけぼり?
柏木さんすっごい優しい眼しちゃって。麻生の首を撫でてる手の動きなんて……どこかエロティック。
……変なの。
敵同士の男二人が恋人同士に見えるなんて。

「局長は……どっちなんですか?」
「……どっち、とは?」
「ヴァンパイアか、人間か、どちらの味方なんですか?」

麻生の質問に、あたしちょっとドキッとした。
ヴァンパイアになりたい自分。人間の医者を続けたい自分。――どっちの味方?

そんな時だった。とつぜん黒い集団に囲まれたの。そういや居たわね。ズィルバー・クロイツ。
ぜんっぜん足音とかしないから、近くに居るの気付かなかった。

流石に二人とも彼等に気付いておしゃべりを止めた。

「結弦から離れてくんない? 司令?」

言いながら進み出たのは、麻生と同じくらいの若い男。
彼だけは他の連中とは明らかに「違う」。何が違うって……まずそのファッション。
赤と黒のロゴが入った黄色いキャップと、肩まである金色に染めた長髪。
黒い馬の絵(一見「馬」っていう字にも見える)がついた、パツパツの白T。
対してボトムはラフ。裾が広がったワークパンツみたいな七分丈のズボン。
これだけだとストリート系のチャラい風に見えるかもだけど、真っ黒い革のブーツとグローブがその印象を打ち消して、全体をカッチリさせている。
そんな彼が重心を落とし、柏木さんに銃を向けている。
まるで西部劇の保安官が持ってるような、リボルバー。それをを2丁。
「目標」を見つめるその眼が、いかにもハンターって感じ。そこが他の奴らと全然違ったの。
0158佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/03/17(土) 06:25:30.50ID:TkY0M8FN
「司令、俺の声……聞こえた?」
「……ああ」

「ああ」って言ってるけど、柏木さん、麻生を離す気なんか全然ないのが解る。
この流れはまずいわ。
あいつの眼、本気よ? 本気のハンターがどんなに怖いか……少しは解るつもりだもの。
ぜったい大丈夫って思ってた裕也だって……

「ちょっと……待ってよ!」

あたしはたまらず柏木さんの前に飛び出した。そいつの眼があたしに向く。銃は、こっちに向けたまま。
横あいからもあたしに狙いをつける男が一人。
正直、後悔。
あたしなら、ヴァンパイアでない人間のあたしなら、奴らの気を削げるって思ってたけど、だけど――終わったかも。
赤ちゃんをギュッと抱きしめたまま、ギュッと眼をつむる。

「彼女も、その赤ん坊も『人間』だ。しかも一般人。撃てばどうなるか……解るな?」
「え……あ……はい!」

――え? 
こんな時だけど、あたし思わず笑っちゃった。
柏木さんに窘められた男の反応が、あんまりコミカルだったから。
でも笑ってる場合じゃないみたい。あたしを見つめる帽子の男の眼は――笑ってない。
二つの銃口をこちらに向けたまま。銃の撃鉄も起こしたまま。
……あたし達じゃ……楯にならない? VPのメンバーだから? 赤ちゃんも……「サーヴァント」の子供だから?

「あのさ、司令」
「何だいカイトくん」
――

……カイトって呼ばれた男が柏木さんに話しかける。のんびりした声音で返す柏木さん。
明らかに絶対絶命って状況で……

柏木さん、さっきは庇ってくれてありがと。
彼――カイトは、銃を降ろすつもりなんて無い。あの眼を見ればわかる。
だから、彼があたしを撃った瞬間に逃げて。ね?

『10を守る為に1を殺せ』

その言葉が合図。銃が火を吹く合図。
あたしは今度こそ覚悟して眼を閉じた。

同時に響く二つの銃声。でも……何の衝撃もない。

眼の前に黒い影が立っていた。
カイトとあたしとの間に、立ちはだかる黒い影。その後ろ姿は柏木さんでも、まして麻生でもない。

「……田中さん」


柏木さんの呟いた名前は、あまりにもありふれた名字の一つだった。
0159田中 与四郎 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/03/17(土) 06:29:49.94ID:TkY0M8FN
名前:田中 与四郎
年齢:推定500
性別:男
身長:178
体重:75
種族:ヴァンパイア
職業:VP新宿支部会長(VPは派遣会社を装っている為、表向きは「社長」である。
性格:もの静かで柔らかな物腰だが実は激情の持ち主で、自身の信念に忠実に生きている
特技:纏う「気」で銃弾を絡め取る。その「気」の威力で投げ返す事も可能。ほか人相占い
武器:なし
防具:なし
所持品:懐に茶碗ほか茶道具一式
容姿の特徴:黒の総髪にグレーの着物、ブラウンの羽織り、黒足袋。
簡単なキャラ解説:4体居る幹部の1人。戦国時代から存在し、織田家や豊臣家に仕えた経験あり。趣味は美術品の鑑定。
0160如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/03/31(土) 05:41:37.14ID:ftKjB1pF
俺は確信してたぜ? 二つの弾丸が人間の肉にぶち当たる、そんな手応えをな。
だが見ろよ。
弾が無傷で床を転がってやがる。チカチカ光る弾は俺の弾に間違いねぇ。腹にU――蹄鉄型の刻印があるもんな。
有り得ねぇ、反則だぜ?

俺はいきなり割って入ったその男を睨みつけた。
この視線を真っ向から受けとめるおっさん。50……いや60過ぎか?
洒落た羽織りに袴、歳の割にやたらと多い黒髪を肩まで伸ばしてビシッとオールバック。
髭もきっちり剃ってやがる。普通に見りゃあ……偉いどっかの先生だ。陶芸家とか御茶道とかのな。
品が良すぎてとてもヴァンプにゃ見えねぇ。

>「……田中さん」

司令が乾いた声で呟く。その口調の恭しさ。
畜生……こいつ、「幹部」だ。
俺の見立てじゃあ司令は幹部クラス。人間の時ですらキレッキレだった司令を、コロニーの頭がヒラにしとく訳がねぇ。
その司令より格上って……そりゃないぜ。いきなり幹部二匹を相手にしろってか?

ゆっくりと親指を撃鉄にのせ、カチリと起こす。
タナカと呼ばれたヴァンプの眼が金に変わる。
そいつの身体から立ち昇った「何か」が俺とそいつとの間に渦を巻く。歪む視界。

これか。「気」か。さっき俺の弾を弾いた正体は。
人間にも硬気功、軟気功を操る奴が居る。それをヴァンプが会得したらどうなるか。
おそらく練った「気」を自在に操作可能。壁にするも鎧にするも自由ってわけだ。
なるほど、手も足も動かさねぇで銃弾を捌けるわけだぜ。

一度起こした撃鉄を慎重に戻す。黒い眼に戻ったそいつがニヤリと笑い、気の渦が四散する。
俺は銃口をそいつに向けたままちょっと考えた。
王手をそっくりそのまま返された、そんな気分だった。

「なあおっさん」

静かすぎる眼で俺を見ていた田中の眼の色が変わる。
俺は眉間から伝って来た汗をペロリと舐めた。汗ってこんな……苦かったか?

「有り得ねぇよな。誇り高いヴァンプ様が、2体お出ましとか、マジ有り得ねぇ」

ヴァンプって奴はふつう群れねぇ。「協力」すんの見たことねぇし、聞いたこともねぇ。
たぶん「矜持」って奴なんだろう。アリンコ相手に連携する必要なんかねぇっな。
ま、こっちはそれで好都合だったわけだ。
あんな化けもんに何匹も来られたんじゃ堪ったもんじゃねぇ。

田中の眼がスッと細まる。片方の唇だけを吊り上げる、皮肉な笑み。

「然様。まこと……仰る通り」

俺の言葉をポツンと肯定した田中が、いきなり大口開けて「ハハハ」と笑いだした。
囲むクロイツ達がギョッと眼を開け、銃を構え直した。後ろの司令までがハッとした顔で田中を見上げる。

「はははは、すまんすまん。言われてみれば至極もっとも」

まだ笑い足りないのか、まだくっくっと込み上げる笑いを押さえてる田中大先生。
すっげぇ余裕。撃つなら今がチャンスだと思ったんだろう、クロイツの連中の指がトリガーにかかる。

「やめとけ。こいつは『気功師』だ」
「――ほう?」

田中の肩眉がピクンと跳ねた。
0161如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/03/31(土) 07:01:16.17ID:ftKjB1pF
草履を履いた足先が床を擦る、ギュッと言う音。人懐っこそうな笑みを浮かべた田中がおもむろに両腕を組む。
何だよ、子供がオモチャでも見つけたような顔しやがって。

「儂は田中与四郎と申す者。お若いの、名を聞かせて下さらんか?」

名乗ってから名を聞く。先生は流石に行儀がいいぜ。
俺は少し間を置いてから……口を開いた。銃口は向けたままだ。

「如月だ。如月魁人。そいつみてぇな非常勤じゃねぇ、『協会常勤』のハンターよ」

無論「そいつ」ってのは結弦のことだ。
プロのピアニストでハンター稼業は片手間、かといって腕がいまいちとかそんな風には思ってねぇ。
何かを極めた奴は、別の何かも極められるって……身を持って教えてくれた先輩が居るからな。
先輩――俺の尊敬する水流さん。大好きな先輩の話をさせたらキリねぇからやめとくが。

「如月……。其方もあの月を戴くか。面白い。実に……面白い!」

田中の気がいきなり膨れ上がった。
悪寒が背を駆け上がる。指が反射的に撃鉄を起こす。
俺は撃った。それを合図に、クロイツの連中も一斉に撃ちこんだ。奴の「気」が挑発だと気付いた時は遅かった。

「伏せろおおおおおお!!!!」

「「……がっ!」」
「「ぐわっ!?」」

方々でクロイツ達の悲鳴が上がった。
何が起こったか何となく解った。田中の気が楯となり、奴らの弾を弾(はじ)いたに違いねぇ。
伏せったまま両の銃口を向けてみるが、何故か異様に腕が重い。
身体もだ。平たい岩でも乗っかってるみてぇだ。これも奴の「気」の仕業か?

白い煙だか埃だかのせいで周りが良く見えねぇ。
血と硝煙の匂い。こっちに近づく靴音…………この音は……司令?

「待ちなさい」

靴の音が止まる。戸惑う気配。

「まだ『時期』ではない。『伯爵』様にご報告を」

身体が不意に軽くなる。奴らの気配が消える。クロイツ達の呻く声だけが場に残される。
俺は……ゆっくりと身体を起こした。

「てめぇら、無事か?」

答える声は疎(まば)らだが、ひとまず安心だ。少なくとも全滅じゃねぇ。
俺はゴロっと仰向けになった。
今だけだ。少し休んでもいいだろ。司令の居ない今、後始末やんのぜんぶ俺だからな。
0162 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/03/31(土) 18:13:05.21ID:ftKjB1pF
>160
×アリンコ相手に連携する必要なんかねぇっな
○アリンコ相手に連携する必要なんかねぇってな
0163佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/03/31(土) 18:48:51.41ID:ftKjB1pF
――広い……背中だわ……

それが初めて「彼」を見た時の印象だった。
あたしに向けられた銃弾をあっさりと阻止した男。特に構えもせず、ただ足を肩幅に開いて立っている和服の男。
彼の足元に転がってるのは、どうやらさっきあいつが撃った弾。
あれをいったいどうやって?
あたし聞かなかった。弾を弾く音も、その弾が床に落ちる音も。手の平で優しく掴んで、そっと床に置いたとでも?

ふと香った甘い匂い。
甘いと言っても、クッキーとかアップルパイみたいなスイーツ系の、じゃなくてね?
懐かしい……お線香をもっと……すっきりと軽く、甘くした……そう、これはあのお香の匂い。
あたしには父も母も居ない。お祖母ちゃんに引き取られ、育てられた。
今でも覚えてるわ。お祖母ちゃんは食事の後、よくお茶を立ててくれたこと。
小さな囲炉裏に、小さく練った丸い薬――練り香とかいう――をくべると、とってもいい香りがした。
その匂いを嗅げばどんな辛いことも忘れられた。
お祖母ちゃんの着てた着物にも同じ匂いがついていた。そのお祖母ちゃんもあたしが中学に上がる前に――

懐かしいけど辛い記憶がこの胸を絞めつける。
田中さんって……言ったかしら。
何故彼からあの時と同じ香りが? まさか――
まさか、よね。きっとお茶が趣味のおじ様、いいえ、きっと偉い御茶道なんだわ。
着物の色艶といい質感といい、随分と高そうな品だもの。センスも抜群。
明るいブラウンの羽織、肩と腰に散った白い桜。袴は濃い目のグレーで、模様は色合いを抑えたモノトーンのベイズリー。
古風な桜とベイズリーがうまい具合にベストマッチ。

>「なあおっさん」

――おっさん!?
何故かムカっと来たあたしは声の主を睨みつけた。
遠慮も気負いもない、ベンチに寝そべる酔っ払いでもにかけるような、ぞんざいな声。
何よその態度。目上を敬いなさいって学校で習わなかったのかしら。

>「有り得ねぇよな。誇り高いヴァンプ様が、2体お出ましとか、マジ有り得ねぇ」

……あ、なるほどそういうことね。
一見チャラいカイト君も、見た目通りじゃない、色々と考えてる。
彼は田中さんを挑発するつもりなのよ。ほら、人って逆上したり動揺したりすると平常心を無くすでしょ?
どんなに凄い人でも、普段しない失敗しちゃうわけ。
医療の現場でも同じ。恋人や肉親の手術(オペ)はご法度なの。
ああ、あたし、肉親も恋人も居なくて良かったわあ……
……なによ。負け惜しみじゃないわ。オペはあたしの生き甲斐なの!

話が逸れたけど、カイト君の作戦、上手くいくかしら?
相手は銃弾も掴み取る(?)ヴァンプよ。
怒ったヴァンプの怖さ、知らないの?


ところが田中さんの反応は冷静そのものだった。
怒るどころか、冷静を通り越して高笑い。カイトに痛いところを突かれた筈なのに、それが不思議とツボにハマったらしい。
さっすが! 上に立つ人は器が違うわ!

田中さんの余裕とは裏腹に、あたし達を囲む男達の緊張が高まるのが解る。
照準を合わせる動作。引き金にかけている指に力が籠もる気配。

>「やめとけ。こいつは『気功師』だ」
>「――ほう?」

眠っていた赤ちゃんが、パチっと眼を見開いた。
0164佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/04/01(日) 06:17:02.61ID:X+LgjalO
気功師? 気功ってあの……「気」を練って身体の不調を治したりする……あれ?

田中さんが感心したような声をあげ、腕を組んだ。
……良くわかんない。
二人が交わした会話に納得するような何かがあったかしら?
気功師なら撃っても無駄、みたいな、そんな話の流れだったけど。……なんで?
あたしは悩んだ。納得いくまで考える性分だから。すっきりしないもの。
――分かった! 
気功師は「気」で自身の身体を治すから、撃っても無駄ってことね! すごい速さで傷を治せるから!
……てあれ? それってすべてのヴァンプに言えることよね? んーー……

さらに悩むあたしの顔を、赤ちゃんが手でパチンと叩いた。
何かをしきりに探すような仕草。口を開けて、可愛い舌を覗かせて。
……お腹がすいてるの? 
ふふふ……豪儀ねぇ……。怖くないの? 
待っててね。たぶんこれ、もうすぐ終わるから。田中さんがきっと何とかしてくれるから。

>「儂は田中与四郎と申す者。お若いの、名を聞かせて下さらんか?」
>「如月だ。如月魁人。そいつみてぇな非常勤じゃねぇ、『協会常勤』のハンターよ」

田中さんが名乗って……カイトが名乗り返す。
戦う前に名乗りをあげる……まるで戦国時代の武将みたい。日本人って不思議。そんな暇あったらさっさと攻撃しちゃえばいいのにね。
ヨシロウ、与四郎。あれ? この名前、聞いた事ある、ような?

くいっっと白衣の裾を引かれて振り向く。柏木さんが片膝をついたまま、眼で麻生を差す。
倒れてる麻生は顔面蒼白。もしかして死んじゃった?
赤ちゃんを柏木さんに預け、麻生の頸動脈その他を触ってみる。
大丈夫。脈はある。
でも……変よ。綺麗すぎない?
なにがって……顔よ顔。綺麗な顔って意味じゃないわよ。顔の傷。
桜子さんにやられた筈の傷が……ひとつもない。
肩も……脇腹も……足も……裂けた服の隙間から触った肌はスベスベ。
そして何よりも一番重傷だった左手! 撃ち抜かれた筈の手首の傷が……跡形もない!?
受けた傷が綺麗に治るなんて、まるで――ヴァンパイア。
もしかしてあの時――桜子さんに手首を吸わせたから?

>「如月……。其方もあの月を戴くか。面白い。実に……面白い!」

感極まった田中さんの声がしてそっちを見た。
今度は見えた! 田中さんの身体から、周りを歪ませるほどの「気」の渦が立ちあがるのが!
カイトとクロイツ達が一斉に引き金を引いた!

音はしない。
彼等が叫ぶ声も、倒れる音もぜんぜんしない。
たぶん、そう。あたしや柏木さんを囲む気の渦がすべての音と衝撃をシャットアウトしてるんだ。
きっとさっきも同じことをしたんだ。
柏木さんから受け取った赤ちゃんがそれを見てキャッキャと笑う。
……すごい。田中さんも、あなたも。

男達の呻く声。
ああ、音が戻った。バリアーが解かれたんだ。終わったんだわ。
そう思って辺りを見回す。濛々と立ち込める煙のせいで状況が全く解らない。
柏木さんが煙の中に姿を消す。向かう先は――さっきまでカイトが立っていたあたり?
靴音だけが、ゆっくりと遠ざかっていく。止めでも差しに行くつもりかしら? でも田中さんがそれを止めた。

>「まだ『時期』ではない。『伯爵』様にご報告を」

――時期? 何の時期? 伯爵……ふふっ……まさかドラキュラ伯爵じゃ……ないでしょうね?
膝の力が抜ける。
一気に襲う眠気と疲労感。支えてくれるこの腕は……柏木さん? 田中さん? 駄目……もう……限界。
0165如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/04/02(月) 06:31:49.46ID:rkCgA4ec
あれから3日。
奴らはナリ潜めたまんま、特に目立った動きはなし。
俺はいまだに書類関係任されてデスクにかじりつく毎日。
書類入れに積まれたバインダーは、ちょい席外して帰ってくれば……増える一方。終わる気配がねぇ。
あー……寝てぇ。風呂入りてぇ。

バタン! と勢い出入り口のドアが開いた。ツカツカと響くヒール音が俺の前で止まる。

「魁人くん。1階の異臭&騒音騒ぎが起きてるわ。何とかしてくれない?」
「へぃへぃ。この書類仕上げたら行きますよ」
「なに? まだ始末書なんかやってるの? 劇場の修理、賠償金支払いの手続きは? 会員の入院費見込みの一覧は?」

トンっと俺の机に右手を叩きつけた美人が、ぐっと俺のノートPCを覗き込む。
ほっそい腰に左手をギュッと押し付けて、前かがみになった襟元から深い胸の谷間がくっきり。
彼女は日比谷麗子。防衛省から出向で来てる超がつくエリートだ。
歳は俺より一回り上。でも20代顔負けの若い見た目とナイス過ぎるプロポーション。
位置的には司令の秘書で、滅多に口をきかずてきぱきと司令の補佐すんのが印象的で……
なんっつーか……会員達の憧れのお姉様的存在――だったはずなんだが。
司令代理でこの椅子に座った俺に対する対応は最悪。この調子で俺、ずっと彼女に責められっぱなし。

「……っせーよ。んな一度にポンポンポンポン」
「何言ってるの。柏木局長ならこの程度、半日で済ませてるわ」
「……俺を司令と一緒にしないでくれます? 俺、この手の書類見るのも聞くのも初めてで」
「それは貴方の勉強が足りなかったせいよ。局長に全部任せてたツケが回って来たんだわ」
「……俺、現場主義だし。PCもポンコツで処理遅いし」
「お黙りなさい。もとは防衛省の備品よ? ここで保管してる事にしてあるんだから。この『僻地』にね」

……僻地。言ってくれる。ハンター協会はあんたんとこの下部組織じゃねぇ。国が認めた独立機関だ。
そっちの予算やら備品やらを回してもらってんのはまあ……仕方ねぇ。寄付金だけじゃ成り立たねぇもん。
つかあんたがやってよ。エリート様ならお得意でしょ?
なんて言ってやりたかったが、口に出すのはやめといた。倍にされて返って来るに決まってる。
残りのブラックコーヒーを飲みほしてから、開いていた参考書類とPCの画面をバタンと閉じる。

「ちょっと、何処か行く気?」
「あんたの行った異臭騒ぎって奴を処理しに行くんだよ。文句ある? ないよね?」

何か言いかけた彼女を無視し、そそくさと廊下に出た。
朝の5時だ。開け放した窓から入る、ヒンヤリした空気が気持ちいい。
エレベータ脇の階段を一息に駆け降りる。

……司令。やっぱあんたはすげぇぜ。あんなうるさ型、手懐けてたんだもんなぁ。
0166如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/04/03(火) 06:30:20.85ID:NYDEKcdw
10階の踊り場でふと足を止める。日の出前のうす暗い空の下、細長ぇビルが大小ギザギザ突っ立ってる。
地元から初めて東京に来た時俺、これ見てすっげぇ感動したもんだ。
これがあの地上の星か? なんてね。
今じゃあ「まだ仕事してる奴居る」くれぇにしか思わねぇ。月日ってのは切ないねぇ。

消えていく明かりが多い中、ピカピカっと妙な光が点灯した。都庁――東京都新宿庁舎のアタマんトコだ。
あ、アタマってのは俺的に北棟と南棟の間の凹んだ部分ね。
都庁見るとマク○スのロボット連想すんだよ。あるじゃん? 両肩にバーンと砲台がつっ立ってるフォームの奴。
その屋上の……ヘリギリギリんとこに人が立ってる……だと?

あ、この距離で見える訳ねぇって思った?
俺の視力、5.0。サロベツって知ってっか?
日本では滅多に見れねェ地平線ってもんが見えるトコだ。
想像してみろよ。360度が草地と牧場に囲まれてんだぜ? 草地にはマシュマロみてぇな牧草のロール。牧場には白黒の牛。
西を見れば富士も真っ青利尻富士。んな環境でガキん時から馬乗り回してたわけ。鍛えられて当然よ。

……1…2……3人居る。良く見りゃ……ありゃ司令か?
田中って奴も居る。ちょい離れたとこのあの男は――俺達が「伯爵」だと睨んでる厚生労働大臣だ。なに企んでやがる。
――こっから狙い撃てばいいって? あそこまで1.5kmはあんのよ? ゴルゴでも無理だろ。

「魁人さん!」

下から声をかけられた。2段飛ばしで駆けがってきたのはクロイツの班長。
「なかなか来ないんで迎えに来ましたよ! 麗子さんに捕まっちゃったのかと!」
「悪ぃ。すぐ行くわ」
手すりに手をかけ、それを支点に身を躍らせる。螺旋の階段ならもっとアクロバットな降り方出来るんだが。
班長が慌てて追ってくる。
1階はワイワイとくっちゃべるクロイツ達でごった返していた。

「なに騒いでやがる。また俺の女が何かやらかしたか?」
「そりゃもう大変っすよ! 魁人さんが3日も待たせるから……」
「そうそう! 魁人さんもちゃんと躾けて下さいよ! 用は決まった場所で足してくれ! って!」
「んなこと言われても」
「魁人さん! せめて日に3度は来て下さいよ! 俺達じゃ手に負えねぇっす」

俺はテーブルやソファが並ぶエントランスをつっ切った。
高いボードで囲まれた空間に「それ」は居た。
それこそがあれ。日比谷麗子が言ってた異臭&騒音騒ぎのもと。

ブルルル……!
女が鼻を鳴らしてこっちを見た。
飼い葉と水桶をバシバシ踏み散らし、首を振る俺の女。
女の名は月姫。白い鬣(たてがみ)と白い尾が自慢の俺の女だ。俺の通勤手段、馬なのよ。
0167創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/21(月) 06:25:06.30ID:tRZnwP6O
知り合いから教えてもらったパソコン一台でお金持ちになれるやり方
参考までに書いておきます
グーグルで検索するといいかも『ネットで稼ぐ方法 モニアレフヌノ』

DXF5D
0168創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/07/03(火) 21:22:49.65ID:f1dClnnX
B29
0169佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/07/14(土) 10:03:57.60ID:p2IjXsm0
夢を見た。
あたしはまだ小学生で、学校から帰る途中で。角を曲がって見えた家の門の前にお祖母ちゃんが立っていて。
『お帰りなさい』
って口を動かすお祖母ちゃん。その背中越しに、遠ざかっていく男の人。
あ、あの人はたまに家に来るお客さんだ。背が高くて黒い長い髪をした男の人。今日も来てたんだ。
お祖母ちゃんよりちょっぴり若く見えるあの人は誰? もしかしてお祖母ちゃんのカレシ?
なんて訊いたら、あはっ! お祖母ちゃんったら、そんな風にはぐらかしたら余計疑っちゃうじゃない!

ぐっと肩を揺すられた。ああ、またお祖母ちゃんが起こしに来てくれたんだって思って眼を開けた。
もちろんそこに居たのはお祖母ちゃんなんかじゃなくて。

「良かった。もうお目ざめにならないかと」

心からホッとしたような声は、柏木さんのもの。
気付けばここはベットの上。
慌てて身体を起こす。
ベットの端に腰かける柏木さんが素敵な笑顔をこっちに向けている。
いつものカッチリした黒のスーツに水色のネクタイをウィンザー・ノットにして。さすが、一分の隙もありゃしない。
あたしの方もいつもの薄汚れた白衣……じゃなかった。
素肌の上にブカブカのパジャマ一枚だけ。しかも袖口が短く折り返されてて、太ももが半分隠れちゃうくらい丈が長くて……つまりは男物。
誰の? まさか柏木さんの? え? ええ!? 

「もしかしてもしかしたらあたし、柏木さんと!?」
「……は?」
「このベットでご一緒しちゃった!?」

しばらくあたしの顔を見ていた柏木さんは、右拳を口に当てて咳払いをひとつ。

「御安心下さい。わたくしはここへお運びしただけです。お着替えその他はすべてメイド達が」
「え? メイド?」

折よく廊下に面したガラス窓から、メイドさん達が通りかかるのが見えた。
こっちを見てヒラヒラ手を振っている人も居る。
あらここ、桜子さんのお屋敷じゃないの。良く見れば昨日使わせてもらったお部屋だわ。白いドレッサーに黒いヒダヒダカーテン。

「なあんだ、残念」
「……残念? 何がです?」

あたしは柏木さんの茶色い眼をじっと見返した。眼を瞬かせる柏木さん。
……気付かなかったとは言わせないわ。貴方に逢ってから、ずっと隠さずにいたあたしの「貴方に気があるオーラ」に。
自分で言うのもなんだけどあたし、見た目とかプロポーションには自信があるんだから。
それを抱きかかえて……色んなとこに触っちゃったら、こう……ムラムラッと来るものじゃないかしら?
それをなに?
全部メイドに任せたですって?
意識のない 美 女 を着替えさせる絶好のチャンスを無にしたっていう事なの?
っていうか「如何わしい」気分にならないまでも、真っ当なヴァンパイアなら美女相手に思わずガブッとやりたくなるものでしょ?
よっぽど自制心が強くなきゃ、さもなきゃ――

「柏木さん」
「はい」
「あなた…………ホモ?」
0170佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/07/14(土) 10:21:44.09ID:p2IjXsm0
あたしの当然すぎる質問に、柏木さんがまともにひっくり返った。
傍のテーブルまでつられてひっくり返ったもんだからもう大変。
ヤカンやら茶碗やらがガチャガチャグワンと転げ回って、中に入ってたお湯が床一面に飛び散って。

「……やだ……大丈夫?」

柏木さんたら、なんてナイスすぎるリアクションかしら。そんなオーバーアクションされたら、余計疑いたくなっちゃうじゃない。
そういや麻生結弦を押さえこんだ時も、なんかいい雰囲気だったわねぇ……なんて。

「失礼いたしました。わたくしとしたことが、取り乱し粗相など」

シューシューなるヤカンを頭に乗せたままゆっくりと身体を起こす柏木さん。
極めて落ち着いた動作でヤカンをどけ、立てかけたテーブルの上に乗せる、その手がジューっと音を立てて焼けている。
唇を噛みしめて眼を閉じてる彼。
あたしはベットから飛び降りて、彼の手を掴んだ。
「ちょっと見せて」
あたしが強引に手を上向かせるのを黙って見おろす柏木さん。
男らしい頑丈な指に手の平。見る間に赤みが引いていく掌の火傷(きず)。そっか、彼、ヴァンパイアだったわ。

「柏木さん、あたしって魅力ない?」
「え?」
「だってそうでしょ? 男一人女一人、夜中にベットに二人きり。そんな状況で指一本触れないなんて」
「いえ……あの……」
「あーあ! 自信なくすなぁ! あたしって、自分で思ってるよりイケてないのかも!」
「わたくしの言動が貴方のプライドを傷付けてしまいましたか? ならば申し訳ありません」

――な――なんなの……! 女がここまで本心をさらけ出してるのに、その事務的な態度!
なによ! こうなったらやけくそに挑発してやるんだから!

ドサッとベットに腰かけて腕を組む。肌蹴た胸元から自慢の胸の谷間がのぞく。
片足をわざと大きく振り上げてから足を組む。見えそうで見えない絶妙のタイミングで。

一度眼を逸らした柏木さんが、ゆっくりとこっちに向き直った。
濡れたままの前髪が額に張り付いて、ぞっとするほど整った……その眼の色が金に変わる。
それは人間がヴァンパイアに変わる狭間の眼。
本性が剥き出しという訳ではない、かといって人間の理性では押さえきれない衝動を抱える眼。

張り詰める空気。背筋にじいんと痺れるような悪寒。硬直する四肢。
押さえこまれた肩に、鋼のような指先が食い込んで、ギリギリと音を立てている。

――苦痛? いいえ! すっごい快感! だって……この時を長いこと待ってたんだもの!

首筋に感じる彼の……熱くて冷たい吐息を感じたその時、音と立てて扉が開かれた。
0172佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/07/14(土) 15:27:41.86ID:Burdgie5
「何をしている」

戸口に小柄な男の人が立っていた。
(小柄……そう。すぐ後ろに立ってる田中さんより頭ひとつ低いからそう表現したけど、あたしよりは高いかな)
年はあたしと同じくらいか……むしろ若い。
スラッとした細見の身体にぴったり誂えた真っ白なスーツ。黒いYシャツに柄物のネクタイ。
そうね。見てくれだけから言えば……ヤクザさんの若頭ってかんじ。その尋常じゃない眼つきも。
そんな彼がもう一度口を開く。

「何をしていると聞いている」

低い、氷のような冷たい……高圧的な口調。
柏木さんの眼が人間のそれに戻るのと、ベットから飛び退くのと、ほぼ同時だったかしら。
すべるような身のこなしで入ってきた白スーツ。その足元で膝を折り、床に両手をつく柏木さんが声を絞り出す。
後悔と自戒の入り混じった、そんな声で。

「……申し訳……ありません」
「この人間には手を出すなと言っておいた筈だ」

白スーツが右手を振り上げる。手には明らかな殺気が籠もっている。
「待って!」
急いで止めたけど男の手は止まらなかった。
降りおろすと同時に柏木さんが横倒しに倒れる。噴水みたいに吹き上がる血。
声を殺して蹲る柏木さんの右肩から先が――無い! その切り口、まるで日本刀か何かでバッサリ斬られたみたい!?
再度振り上げられる男の右腕。その手にはもちろん何もない。

「やめて!!」

駆け寄ろうとして、でもいつの間にか後ろに居た田中さんに腕を掴まれた。す――凄い力!

「離して! あたしが悪いの! あたしが彼を挑発したのよ!」
「挑発、ですか」
「そうよ、卑怯な手段で彼を誘ったのはあたし! だから柏木さんは――」
「柏木は――悪くない?」

ゆっくりと……白スーツの男が振り向いた。その顔はあたしも良く知っている顔だった。
0173佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/07/15(日) 05:50:43.84ID:cd1mFzHw
良く知った顔、と言っても、知り合いだとかそういうんじゃなくてね?
テレビや雑誌で良く見る顔ってこと。そこの君も、写真見れば間違いなく「ああ!」って言うわ。
あの若さで大臣!? だもんね。そう! あの菅厚生労働大臣!
あたし最初「かん」って読んじゃったけど、「すが」って読むのよね。



名前:菅 公隆(すが きみたか)
年齢:31
性別:男
身長:171
体重:58
種族:ヴァンパイア
職業:政治家(現職は厚生労働大臣)
性格:生真面目
特技:弾丸を素手で切り裂く
武器:手刀
防具:なし
所持品:スマホ iPod
容姿の特徴・風貌:純白の上下に黒のYシャツ、切れ長の黒眼、肩まで伸ばす黒髪を粗めのシャギーカットにしている。
簡単なキャラ解説:数少ない真祖の一人。彼が新宿のコロニーの現伯爵であることはハンター協会内部では周知の事実である。
0174佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/07/15(日) 06:49:09.80ID:cd1mFzHw
この人……なんて……なんて眼をしているの!
これが……まさにこれが「射竦められる」ってことなんだわ。
沼のよう。真っ黒な――底なしの沼。引きずりこまれたら2度と抜け出せない。

ふらりと気が遠くなりかけたあたしの肩を、田中さんが支えてくれる。
そっとベットに腰かけさせて……ギュッと肩を握るその手に力が籠もる。

「伯爵様。どうか仕置きはそこまでに」

視線をあたしから田中さんに移す菅大臣。
……そうなんだ、この人が新宿の「伯爵」。実質「東のトップ」。
あたしみたいな下のVP会員には知らされる筈のないトップシークレット。
すっごく若いけど……若く見えるけど……本当に彼が伯爵なの?

「その『伯爵』っての、やめてくれない?」
じとっとした眼で田中さんを睨みつけ、柏木さんに歩み寄る大臣。柏木さんは……俯いたまま。
「解ってるよ。柏木はそのお譲さんに『あてられた』だけだって」
言うなり大臣が柏木さんの前髪を鷲掴みにして上向かせた。呻き声すらあげず、眼も閉じたままの彼。

「だけどね? 如何にこのお譲さんが――失礼、年上でしたね。先生とお呼びしようか。『佐井先生』と」
振り向きもしないまま大臣が続ける。
「言ったでしょ? この人は我が種族を惑わす魔女だって。だからさっき、庁舎の屋上で釘刺したんでしょ?」
髪を掴んで絞めつける音があたしの耳にも届く。そしてこの音は……柏木さんが歯を食いしばる音。
「このまま頭の皮を剥がしてしまおうか」
ミリリと音が鳴る。柏木さんの米神を伝う一筋の血液。
「顔の皮ごとね。そうすりゃそこの先生も――」
「――おやめなされ!」

大きな声を出したのは田中さんだった。つかつかと大臣に歩み寄り、柏木さんの髪を掴む大臣の手に自分の手を乗せる。
「もう十分でっしゃろ」
「どうして? むしろ、『怒り心頭』なの、あなたのほうでしょ?」
「かましまへん。うちの『娘』がえらい迷惑かけましたわ」
「『娘』じゃないでしょ」
「みたいなもんです。ほんま、このとおり」


――娘? ――みたい?
てか……田中さん、なんで急に関西弁?
0175佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/07/15(日) 11:32:26.86ID:cd1mFzHw
「柏木をどうしようと私の勝手だ。親の手を噛んだ者には相応の制裁さ」
「噛みなさった?」
「噛んださ。こいつが桜子を消そうとしたこと、私が知らないとでも?」
「……こ奴はもともとハンター協会の人間やからな。一筋縄ではいかへんの、ご承知やと」
「虎を飼うのも一興と思ったのさ」
「虎は虎。犬には成りようもありまへんやろ。仲間に加えた伯爵様にも責任ありますよって」
「――田中さん!!」

柏木さんの頭を床に叩き付け、大臣が立ち上がる。田中さんを睨みつけるその眼が金に変わっている。

「伯爵! 伯爵! うんざりだ! なぜ私なんです! 貴方が適任でしょう!」
「わたしどもと違い、貴方は『真祖』であられる、強大な力と耐性をお持ちなれば」
「……そう持ちあげられてもね。生まれついてのヴァンパイアがそんな偉いとは思えないね」
「陽の光を恐れぬ貴方様に叶う個体などありませぬ」
「……陽の光……ね」

推しはかったように、カーテンの隙間から白い光が差し込んだ。
うっと呻き、下がる田中さん。
キラキラと塵を纏った眩い光は、まっすぐに大臣と……蹲る柏木さんの横顔を照らし出す。
柏木さんがうっすらと眼を開け、眩しそうに光を見上げる。

「見ろ。平気なのは私だけではない。こ奴も……滅んだ桜子もだ」
「それは……『親』である貴方様の能力を受け継いだからです」
「すべてが受け継ぐとは限らない」
「ですが強みは強み。だからこそわたくしは『東』へ赴いた……貴方様と力を合わせる為に」
「……らしくない。『西』の伯爵たるあなたが頭を下げ『結託』とは」
「事態が差し迫っておりますれば」
「で? そこの先生は役に立ちそうなのか?」

ちょっと! いきなりあたし?

「兆しはまだ解りませぬが、無限の可能性を秘めております」
「そうか」

あのう……状況まったく掴めないんだけど?

やおら大臣が、足元に転がっていた何かを拾い上げた。無造作に放り投げられたそれが、あたしの膝上にドサリと乗っかる。
それは腕。まだ血が滴り体温の残る柏木さんの右の腕だった。

「それ、あなたに預けます」
「え?」
「返しちゃ駄目ですよ? この虎には腕一本無いくらいで丁度いい」
「……丁度いいって……」
「あ! そろそろ議会の準備しなくちゃ! じゃあね先生!」

いそいそと袖をめくり、腕の時計を確認した大臣が出口に向かう。
扉の向こうから様子を窺っていたらしいメイド達があわてて逃げていく。

「先生! 隣の麻生の様子と、赤ん坊を頼むね! 彼らも3日、眠りっぱなしで――」

――ドン! 

扉の向こうから何かが飛び込んできて、大臣の膝にぶつかった。不意を突かれた大臣がよろけて壁に寄りかかる。

「あらぁ、ごめんあそばせ!」

茶色の髪と大きな眼をクリクリさせて大臣を見上げたのはまだ小さな女の子だった。
……ん……誰かに似てる……ってそうだ! 桜子さん! 桜子さんにそっくり!
0176 ◆GM.MgBPyvE
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2018/07/16(月) 07:21:29.36ID:BOp0aqoe
おはようございます。この先、週一〜月一のペースの投稿となりますのでご了承のほどを。
0177柏木 宋一郎 ◆GM.MgBPyvE
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2018/07/16(月) 07:22:53.77ID:BOp0aqoe
「柏木さん、あたしって魅力ない?」
「え?」

細いが意思の強いラインを描く眉。涼しげだが強い意思を持つ瞳。
出来ればこの場から逃げ出してしまいたかった。
そうだ。あの時、舞台裏で彼女に退去を見咎められた時、そのまま去っていれば良かったのだ。
協会も、VPも何もかも捨て、誰も知らぬ奥地にて一人朽ち果てるつもりだった、あの時。
自分を引きとめたのは何だったか。
この正体を見抜き、銃を向けた結弦か。秋子様の忘れ形見である赤子か。
いや……違う。
『柏木さん。貴方には、あたしが桜子さんとした約束を果たす義務があるわ』
佐井浅香が言い放ったその言葉。それに抗いがたい欲求を感じたためだ。

「だってそうでしょ? 男一人女一人、夜中にベットに二人きり。そんな状況で指一本触れないなんて」
「いえ……あの……」

 あの晩の出来事が脳裏に浮かぶ。
 気を失った結弦と佐井浅香を肩に担ぎ、赤ん坊を抱いた田中さんと共に、この屋敷に戻った時のこと。
 「男一人女一人」と彼女は言ったが、あの場にはもっと大勢の人間が居た。
 『まあ! 浅香センセイと……この方は――麻生結弦!? 何かあったんですか!? お嬢様は!?』
 『お嬢様は逝かれました』
 『……そうですか。ちゃんとした……最期でしたの?』
 『ご安心を。本懐を遂げられました。まずはこの2人と……この赤ん坊を頼みます。麻生と秋子様との子です』
 次の日、そしてつぎの日も麻生は目ざめず。子供をあやすメイド達の声だけが室内に響き。
 『あの……佐井センセイの様子が変なんです。様子を見てくださいませんか?』
 早朝の用事から戻った私と、たまたま一緒だった田中さんにメイドは言った。
 私達はその足で彼女の部屋へと行き、入るなり仰天した。
 佐井浅香は目覚めていた。いや、本当に目覚めて」いるのだろうか?
 スラリと伸びた形の良い足をせかせかと動かし、丈の長い袖をめくり上げ、彼女は自分の仕事に没頭していた。
 何かを思いついては壁に何事か書きなぐっているのだ。
 白い壁は白いままだ。彼女の手にはペンはおろか、何物も握られてはいないのだから。
 『佐井さま?』
 呼びかけるも返答なし。その虚ろな目には何事も眼に入っていないようだ。
 『これは……アルファベット、ですかな?』
 田中さんが呟くので、その手の動きを目で追う。
 A……G……C、T……。彼女が夢中になって書いているのは、ただその4種のアルファベットだった。
 無論、その4種はあれだ。DNAのコードを表記する際に使う4つの文字。何の略称であるかまでは……忘れたが。
 ひとしきり書き満足したのか、佐井浅香が眼を閉じうずくまる。
 『佐井先生!』
 意識はないが、脈はある。息もある。
 横抱きにしてベットへと運ぶ際、彼女が小さな吐息を漏らした。揺れる白い首筋、捲れ上がった裾からのぞく白い太もも。
 白い肌は……その下を走る静脈をくっきりと映し出す。
 彼女の中に滾る血潮。それを意識した瞬間、自身の鼓動が脈打った。化け物の血を送りこむ、この心臓が。
 『柏木』
 たしなめる田中さんの声音はあくまで冷静だ。
 『たった今伯爵に言われたやろ。手を出すなと』
 冷静なようでいて、当の田中さんも内心平静ではない。彼が国の言葉を出す時はそういう時だ。
 『ええか? 儂はいい。この子は娘の娘やさかい、この子がええ思うんならそれでも構へん。……が、伯爵の命は絶対や』
 ――娘の娘。そうなのだ。佐井浅香は田中さんの血を引く縁者であるらしい。
 『ジブンに取って、伯爵はなんや? 親やろ? 逆ろうたら……』
 『解っています』
 『ならええんやが……儂は門前に戻るで。そろそろ伯爵が来る頃やさかい』

この私を一人残し、部屋を出た彼の心中はいかほどだったか。
0178柏木 宋一郎 ◆GM.MgBPyvE
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2018/07/17(火) 05:44:54.04ID:0V/OvJfN
「あーあ! 自信なくすなぁ! あたしって、自分で思ってるよりイケてないのかも!」

彼女はまるで、駄々をこねる子供のようだ。
イケてない? 御冗談を。本当にそうであれば私もここまで悩まずに済んだものを。

とりあえず彼女を宥めるべきだろう。なんと返答すべきか。
いいえ、あなたはこの世で一番美しい……とでも?(by snow white)

「わたくしの言動が貴方のプライドを傷付けてしまいましたか? ならば申し訳ありません」

あくまで冷静に、素直に謝るべきだろう、そう思い綴った言葉だった。
美しいなど言えば、なら○○して! などと詰め寄られる危険がある。この人ならばやりかねない。
だがそれがいけなかった。
なんと彼女は実力行使に出たのだから。この事務的な「拒絶」が彼女の闘争心に火をつけたのだろうか。

小悪魔の笑みを浮かべ、しみ一つない素足をゆっくりと組み……ベットに腰かけるその姿。
……なんという妖艶さだろうか。
さらに言えば、なんとまた……想像を掻き立てられる格好だろうか。
全裸ならまだ良かった。彼女は男物のナイトウェア姿なのだ。
広く開きすぎた胸元。捲りあげた袖口。丈が長い故にか、下には何も履かず。
両の鎖骨下につづく滑らかな肌、それが作り出す豊かな半球を申し訳程度に隠すシルクの光沢。
夜が明けきらぬ早朝ゆえの薄暮れの中、彼女の双眸だけが肉食の獣のように熱を帯びている。
紅潮した頬や額に浮かぶ細かな汗。時折……両の胸の谷間にキラリと光る雫が流れ落ちていく。
袖から覗く細い手首、白く繊細な指先。
そのすべてが完璧だった。この女、相当の手練だ。よく心得ている。

手を出すなという伯爵の言葉が遠くで響く。
懐に差しいれたロザリオがリンと鳴るは警告か。
だが眼を逸らせば逸らすほどに滾るは……もう一人の自分。意に反し、彼女へと差し伸べられる両の腕。
黄金色に染まる視界。
この瞳の色が……彼女には見えたはず。

気付けば彼女の肩を抱いていた。
彼女の柔らかい肉に食い込む指先、軋む骨。身を硬くした彼女の吐息が、荒く、しかし芳しい。
『押さえきるとは限りませんから』
以前自分が言った言葉が耳に纏わりつく。何と言うことだ。……何故あなたはこんなにも……。

我らの仲間に、というのが切なる願いだと聞く。
だが闇の同胞を増やすつもりはない。この信念だけがヴァンパイアとなった私が持つただ一つの「良心」。
故に……吸い尽くしてくれよう。
身を持って知るがいいのだ。この私を――ヴァンパイアを誘うと言う事がどういう事か。
0179柏木 宋一郎 ◆GM.MgBPyvE
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2018/07/18(水) 17:40:38.68ID:BZN5JzDu
「何をしている」

――何を? 決まってる。この女の生き血を啜り、その「精」を我がものとしてやるのだ。
自らその身を差し出す貴重な上物、最上物だよ!
見ろ! この真っ直ぐに流れる血潮のラインを! この首を切り裂き、一滴残らず頂こう!

「何をしていると聞いている」

……
……
…………この声………… ?

滾る血が瞬時に凍り、視界が黒く沈む。
さっきまで温かな肉体に触れていたこの掌はいまや、硬い床上に置かれていた。
じわりと膝や袖にしみ込んでゆく生温(ぬる)い何か。そう言えば、湯をこぼしたままだった。
荒々しい靴音が、我が眼前にてカツンと静止する。跳ねた湯水が額にかかる。
謝罪の言葉を、喉の奥から苦心して絞り出す。

「この人間には手を出すなと言っておいた筈だ」

閃く殺気。右斜め上から迫る冷たい刃(やいば)。
八つ裂きにされると確信した。10年前のあの時のように。

「待って!」

伯爵を止める声は、佐井浅香のものだろうか?
痛みも衝撃も、何も伝わっては来なかった。感じるのは左腕、脇腹にべったりと張り付く液体の温み、それだけだ。
――いや……右肩先に……覚えのある喪失感。なるほど、右腕を持って行かれたらしい。
再度頭上にて一閃の気配。
次は……胴体か? 足か? 相も変わらず容赦のない御方だ。気の済むようになされたらいい。

「伯爵様。どうか仕置きはそこまでに」

田中さんの落ち着いた声が耳に入る。
お嬢様亡きいま、使える幹部は私と田中さんだけだ。彼が待ったをかけるも当然だろう。
統率を欠いたハンター協会だが、私の代わりなどいくらでも居る。遊ぶハンターの数も未知数。……ヒトの数は多い。
0180柏木 宋一郎 ◆GM.MgBPyvE
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2018/07/18(水) 17:42:33.36ID:BZN5JzDu
「その『伯爵』っての、やめてくれない?」

伯爵は昔ながらの慣習に従った呼称――伯爵と呼ばれる事を異常に嫌う。
古風な呼称がお嫌いか、それとも――田中氏に遠慮でもあるのだろうか?
田中与四郎。今や西日本にただひとつ残るコロニー「神戸支部」のもと代表。いわば「西の伯爵」。
皆が皆好き勝手な呼称――「代表」、「総帥」、「会長」、などと呼ぶ中で、彼だけが、伯爵を「伯爵」と呼ぶ。
田中氏の年は500を越す、今現在、最も「老いた」ヴァンパイア。
伯爵は彼こそが……一族の再長たる田中氏こそが、伯爵にふさわしいとお思いなのではなかろうか。
そんな思いを知ってか知らいでか、田中氏は窘められつつも頑として譲らない。
むしろ、わざとそう呼んでいる節(ふし)もあるのだが……
無論、この自分も伯爵などとは呼ばない。
彼はこの自分を同族に加えた「親」であり「支配者」なのだ。
絶対的な服従を誓った我が主人。わざわざ慣習にこだわり機嫌を損ねるべきではあるまい。

頭頂部から額にかけ、得も言われぬ痛みが走る。
頭髪を皮ごと掴まれ、持ちあげられたのだ。

「このまま頭の皮を剥がしてしまおうか」

梨かミカンの皮でも剥くのかと言った調子で伯爵が問う。
いつもそうだ。ごく軽い調子でこの御方は言う。
 『どう? 手足をぜ〜んぶ無くした今の気分』
 『西太后って知ってるよね。彼女が帝の死後、寵妃だった女性に何をしたか』
 『髪を剃り、眼を抉り、耳を焼き、手足を切断した上で豚小屋に落とし……人豚と罵って嘲笑った。有名な話さ』
 『私ならしないね、そんなこと視覚と聴覚を奪うなんて、そんな勿体ない事はしない』
 『そんなことしたら、痛みも恐怖も半減してしまう。だろ?』
 『見えるよね? 聞こえるよね? ……感じるよね?』
 『……駄目だ。殺してくれなんて言っちゃいけない。何故なら君は――実に有力な幹部候補だからね』

更なる痛みが米神を襲い、堪らず上顎と下顎を噛みしめる。上下の牙が歯肉に刺さり、自身の体液が口内を満たす。

「顔の皮ごとね。そうすりゃそこの先生も――」

頭と顔の皮を剥ぐ。なるほど、欲する事を禁じられ、その上で命に背いた相応の罰だ。
『佐井浅香には手を出すな。例のゲノム、解析させねばならん』
そう言われたにもかかわらず、私は彼女に手を出した。その命を奪おうとしたのだ。
まあいい。幾分楽になるかも知れない。この方の云うとおり、佐井浅香は私の顔から目を背ける事になるだろうから。

「――おやめなされ!」

悲鳴にも似た田中さんの叫び。
思わず目を見開いた。
ギュギュッと踏みしめられる草履履きの足。それを交互に動かす動きにはいつものゆとりが無い。
着物の裾を捌き、濡れた床に片方の膝をつき、どっしりとした大きな手を伯爵のそれに重ね、郷里(くに)の言葉で呟いた。

「もう十分でっしゃろ」

ひどく重い、その口調。
もしや……田中さんは私ではなく、彼女を――佐井浅香を気にかけたのではなかろうか。
彼女が好意を寄せているであろう私がその目に遭えば、心に深い傷を追うのではないか。
そう考え、割って入ったのではなかろうか。先日、我々が魁人らに追い詰められた時のように。
0182柏木 宋一郎 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/07/20(金) 17:37:36.34ID:Qn3KuNn5
田中さんの諌めにしかし、伯爵は手を緩めない。半ば剥がれた米神から伝う血が、顎にたまり床に散る。
双方なかなかに譲らず、争いめいた会話がしばらく続く。
田中さんは娘(正確には孫娘)である佐井浅香の行為を詫びたうえで、伯爵自身の責任をも問い正し始めた。
それはその場で手打ちとなってもおかしくない行為。
なんと……腹の据わった方だろう。あるいは決して咎めを受けぬ自信が?

カチリと針が鳴る。時刻は7時ジャスト。
徐々にその高度を上げていた太陽が、隣接のビルの隙間から顔を出した。
僅かなカーテンのスリットを抜け、差しいれられる一条の光。
焼けた鉄に水を一滴垂らすかの音と、続く田中さんの呻き声。見れば、下がる彼の頬から紫煙が一筋立ち昇っている。
伯爵が忌々しげに太陽を睨み返す。
そうだ、この御方は陽の光を恐れぬ御方。その力を受け継いだこの私も。
水を差した太陽が幸いしたか、二方の口論には一応の決着がついた。

「で? そこの先生は役に立ちそうなのか?」
いきなり水を向けられた佐井浅香が、目を見開き腰を上げかけるが……
「兆しはまだ解りませぬが、無限の可能性を秘めております」
田中さんの答えは曖昧なものではあった。「兆しはまだ解らない」……「兆しはまだ見えぬ」ではなく、「解らない」。
そう。
つい先程、彼女が無心で壁にしるしていたあのコード。我々に解析できる筈も無く、しかし兆しは兆し。
だがそれが真の兆しかどうか判断がつかぬ、故の「解らぬ」だろう。可能性だけは無限であると。
その答えに納得を得たのか伯爵が頷き、落ちていた腕をひょいと拾うと佐井浅香に向かってポイと投げた。
まるでバスケットのボールをパスするような気軽な動作にて。
5kgはあるだろう右腕が彼女の足上に落ち、ベットのスプリングをギシリと軋ませる。

「それ、あなたに預けます」
「え?」
「返しちゃ駄目ですよ? この虎には腕一本無いくらいで丁度いい」
「……丁度いいって……」

――なるほど、そういう意図か。
何故ヴァンパイアは不老不死の肉体を持つのか、人間の血液しか受け付けないのか。
陽を恐れ、水を避け、時には教会に目を背けねばならないのか。それらを克服する手立てはあるのか。
その有効なる手段として伯爵が思いつかれたのが、我らヴァンパイアの遺伝子(ゲノム)の解析だ。
解析し、人のそれを比較し、組み換える。
伯爵は彼女にそれをさせる気なのだ。故に私の腕を――ヴァンパイアの血肉を試料として渡すことにしたのだろう。
佐井浅香は田中さんの孫娘。
人間との雑種であり、医師。そんな彼女が役に立つかと伯爵に進言したのは当の田中さんだが……
見れば彼女、……戸惑いつつも、恐れたり嫌がるような様子は無い。千切れた手足など見慣れているに違いない。
いや、それどころか……切り口や指先を触り、握り、確認しつつ……ニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべている。
そんなものを貰って……嬉しいのだろうか? 医者とはそういう人種だったか?
兎に角も、朝方に見た奇異なる行動を見る限り期待できそうだ。
そのための我が腕なら惜しくは無い。
……支障もあるまい。左だけでも字は打てる。ウィンカー(方向指示器)の操作は少々……難だろうが。

思い出したように腕時計を見た伯爵がやおら慌て始めた。
思えば今は議会中。
段取りを組まねばならぬ私が気付かず、申し訳ありません、我が主(マスター)。

「隣の麻生の様子と、赤ん坊を頼むね! 彼らも3日、眠りっぱなしで――」

せかせかと振り向きつつ出口に向かった伯爵が何かにぶつかり、踏鞴を踏む。
もしやハンターではと飛び起き、伯爵を庇うように前に出る。しかしそれはまったくの杞憂であった。

「あらぁ、ごめんあそばせ!」

そこに居たのは一人の少女であった。
膝丈の白いワンピースに黒いフォーマルシューズを履いた、まだほんの5歳にも満たぬだろう少女。
顔つきもその話しぶりも、桜子お嬢様にとても良く似ておいでだが……どういう訳だろう。
隠し子でもおありだったか?
0183如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/07/21(土) 15:42:14.89ID:CsPO20N7
月姫が鼻っつらを擦りよせて来る。
「ごめんな。ずいぶん待たせちまって」
鼻を使ってグイッと俺の肩を自分に押しつける彼女。乗れってことだ。
……だな。そろそろ一緒に走らねぇとな。

左手で彼女の鬣(たてがみ)を掴み、鞍なし裸の彼女に俺は飛び乗った。
手綱がなくても俺達はツーカーだ。優しくポンと首を叩けば……ほらな? ちゃんと出口に向いてくれんだよ、可愛いねぇ。
「ちょ……と……魁人さん! 何処行くんスか!?」
慌てるクロイツ達。
「決まってんだろ。麻生助けに行くんだよ」
「そんなのダメっすよ! 俺達が麗子さんに叱られます!」
「じゃあ誰か結弦を迎えに行ってくれんの?」
なんて訊いたら……野郎、シィンとしやがって。
……たくよぉ……上も上だぜ。麻生結弦は吸血鬼化した線が強ぇから救出は無用だとよ。その眼で見なきゃ分かんねぇだろ。
「……俺は行くぜ。奴がそう簡単に人間やめるわけがねぇ」
「魁人さん!」
俺の前方に展開しだしたクロイツ部隊たち。
ま、強行突破するまでもねぇな。前足引っ掻いて威嚇する月姫にビビってやがる。

「魁人くん!」
真後ろからあの声がした。振り向いたら……やっぱり。1階まで追っかけて来なくても。
甲高けぇヒールの音が俺の横をカンカン過ぎて……真ん前に仁王立ちになる麗子さん。
「降りなさい! 麻生の救出は許可されていないわ!」
「知るかよ」
俺は姫の腹を踵で軽く小突いた。歩を進めようとする姫。でも麗子さんは動かない。
「解ってるの? 命令違反は戒告処分の対象よ」

あーあ、これだから公務員ってのは。
「あのさ。減給でも免職でも好きにしたら?」
「は?」
「結弦は俺のダチだ。上が見殺しにするってんなら、んな職場、とっとと辞めてやる」
「もう! あなたって人は!」
ふんっと鼻で息をして俺を睨んだ麗子さんが、今度は駆け寄ってきて、俺と姫の横に並ぶ。
「じゃあ私も乗せなさい」
「は?」
「乗せろって言ってるのよ」
なんと彼女、有無を言わさず俺の後ろに飛び乗った。高けぇヒールとミニスカでだ。
「なんでだよ!」
「お目付役よ!」
っておい! マジかよ! 
「スカートの癖に股おっぴろげて跨ってんじゃねぇよ!」
「うるさいわね! 仕方ないでしょ!」
ガシィ!っとおもむろに俺の腰に手ぇ回した麗子さんが、今度はその尖がったヒールで姫の横っぱらを殴りつけたからたまんねぇ。
驚いた姫が高く嘶いて棒立ちになると、いきなりダッシュしやがった。競馬馬がスタート切る時みてぇにだ。
わあ!!っと叫んで飛び退くクロイツ、出口に向かって突進する姫。
「待て! 姫! 止まれ!」
俺は姫の首に手ぇ回して叫んだが……駄目だ。完全にスイッチ入っちまってる。
ガシャアアアアンン!!と派手に割れるフロントドア。降りかかる無数の四角い破片。
あー……修理代………
0185如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/07/21(土) 15:45:11.34ID:CsPO20N7
赤の交差点を3つほど突っ切った。
クラクション鳴らしまくる車、車線変えまくりの全力疾走。
代々木公園駆け抜けて、途中渋滞中のベンツにしょんべん引っかけたり(おおこわ!)、
渋谷のしつこいパトカーに追いまわされつつひたすら走ること7〜8分。
姫……どんだけストレス溜まってたんよ。

ようやく姫が止まったのは……○○○白金台ってかかれたマンションの前だった。
良く見りゃあ……あっちこっちの建物に白金台って文字がある。ってことは、ここ、水原桜子ん家(ち)の近くだ。

「すごいわ魁人くん。どうして解ったの?」
ひらりっと馬から飛び降りた麗子さんが、左手を腰に当て、右手でぱさあっ! っと長い髪を払った。
「え? なにが?」
「麻生結弦の居場所よ。発信源が水原桜子の邸宅だってことは、上層部だけが共有する情報だったのに」
すっげぇ笑顔。さっきの剣幕が嘘みてぇ。
ああ、彼女の言う発信源ってのはあれだ。結弦の持ってる弾に仕込まれた発信装置のことだ。
俺の支給弾にもついてる。
ハンター本人の居場所はもちろん、どこで使ったか、誰に弾を渡したか、上の奴らはぜんぶ把握可能ってわけだ。
所詮飼い犬だぜ、俺ら。

「……いえ、偶然です」
俺は正直に答えた。あえて麗子さんの勘違いを正さねぇって選択肢もあったが、嘘ってのは必ず最後にボロが出るからな。
「ふーん?」
眉をひそめて俺を見て、彼女が懐から取り出したのは、丸くて平べったいコンパクトだった。
いや、良く見るとコンパクトなんかじゃねぇ。格子状に線の入った液晶画面。ぴっぴっっと鳴る光の点。それってまさか……
「電波……受信器?」
「そうよ、これで正確な麻生結弦の居場所が解るわ。いえ、正確には彼の弾の、ね」
すげぇ、ドラ○○ボールのブルマさんみてぇ……

しばらくブルマさんに付いていく。月姫が俺の背中をしきりにあま噛みしてくる。喉乾いてんだろう。
「わあすごい! おうまさん!」
小っさい男子が素直に喜んでついてきた。後ろに回っちゃ駄目だ、危ねぇからな?
なんてしゃべくってた、そん時だ。でっかい白い門の間から、車が一台飛び出したのは。
「あ……危ねぇ!」
俺は走ってく少年をあわてて引きとめた。
乗っていた運転手はかなり急いでたんだろう。こっちを見もしねぇで道に出ると、俺達とは反対方向に走り去った。
色は白、エンブレムはBMW。
「麗子さん! いまのBMW!」
「ええ、運転してたの、あの厚生労働省の大臣だったわ。間違いなく、ビンゴ、ね」
俺は車が出てきた門を見た。同時に鉄の蝶番か何かが軋む音。鉄格子が左右からその幅を狭めてやがる。
「自動で開閉できる門ね。さっすが金持ち」
「感心してる場合じゃないわ、入るわよ」
「不法侵入もいいとこっすね、麗子さん」

月姫を連れて飛び込んだ屋敷の庭は、木立が大小、鬱蒼と生い茂っていた。
0186如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/07/29(日) 08:37:09.71ID:sEOGsnDN
「今更ですけどね? 良いんスか?」
「何が?」
「一緒に来たことですよ。管理責任って奴で麗子さんの方が免職喰らっちまいますよ?」

振り返った麗子さん、馬の汗でべっとり濡れたスカートに姫の金色の毛が付いてんのに気がついたんだろう。
スカートのケツをパンパン叩いて、さらに手をパンパン。フンフン匂い嗅いで……うっと顔をしかめやがった。
……てめぇみてぇな奴は馬に乗んな! っていつもの俺ならキレてるとこなんだが、

「……いいのよ。気にしないで」
……やたら優しい笑顔なんか向けて歩き出すもんだから、なんだ、調子狂うじゃねぇかよ。
「……いやいや、流石に免職は大事(おおごと)でしょ。変ですよ麗子さん」

バリバリっと音がしたんで後ろ向けば、姫が上に首のばして旨そうに葉っぱ食ってやがる。
良く見りゃあ木、木、木ばっか。樹齢がハンパじゃねぇ木もチラホラだ。ほんとにここ、東京か?
立ち止まる俺を無視して麗子さんはスタスタ。

「麗子さん! 一緒に居ないと危ないっすよ!」

ここにゃあ隠れる場所が幾らでもある。いつどっから奴らが飛び出すか解ったもんじゃねぇ。
「大丈夫よ。もう陽が昇ってるもの」
「だーかーらー、そいつが平気な個体が少なくとも2体は居るでしょ!」
麗子さんが立ち止まる。頬にチラつく木漏れ日に目を細めていた麗子さんが、肩ででかいため息をつく。
「……知ってるわ。さっき見た『伯爵』と……柏木局長。でも平気よ」
「――は? なんで?」
「あなたが居るもの。それに……流石の局長も、昼は夜ほど強くない筈。でしょ?」
「麗子さん……随分楽観的っすね。ほんとに防衛大出? 」
俺はキャップをガシガシ齧る姫の鼻っ面を撫でてやりながら、チラっと麗子さんを見た。
っと……すっげぇ眼でこっち睨んでね?
「あんたねー! 何の用意もしないで飛び出したのはあんたの方でしょーが!!」
「は……すんません」
……やっべ。藪蛇だった。ここはちったあ……マジなとこ見せるっきゃねぇな。

俺はキャップをかぶり直してから、手袋を片方脱いでしゃがみこんだ。
未舗装(ダート)の通路に手の平をぴったり当てる。
陽は昇ったが土も草もヒンヤリ。秋も終わりに近ぇが、ロゼッタになったタンポポだけがほんのり温ったけぇ。

「……なに、してるの?」
「周りの『音』を確かめてんスよ」
「……ふーん?」

麗子さんの握ってる受信器がピンピン鳴ってる。目標は近ぇ。
同時に俺達の位置も敵に感づかれてる筈だ。この音を聴き逃す司令じゃねぇ。
俺は……ぐっと意識を下に落とす。手と靴底が感じ取る――微かな振動。
草っぱらに刺さる麗子さんのピンヒール、どっしり草を踏む姫の蹄、歯で草を噛みちぎる音、ブーンと鳴る……遠いダンプの走行音。
たまにカサカサしてんのは……ネズミか。田舎だろうが都会だろうが何処にでもいやがる。
ヴァンプってのは忍び寄る時に足音を全く立てねぇ。だが、地面を踏む時の振動だけは消すことは出来ねぇ。
水の流れを全く変えねぇで泳げる魚なんかいねぇってことだ。相手の位置を正確に把握する。ハンターの嗜みだ。
だが……コトはそう……単純じゃねぇ。

「……麗子さん、司令も確か……防衛大っすよね」
0187魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/05(日) 05:55:28.78ID:kU1IOopC
たった2レスで連投規制とか、この板マジ厳しくね?
0188如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/05(日) 05:56:27.49ID:kU1IOopC
ピクリと肩を揺らして麗子さんが立ち止まる。

「……そうよ。局長は同窓の大先輩よ。それが……どうしたの?」
「つまりですね? 『油断ならねぇ』ってことですよ」
「防大出だから?」
「あの人、大学出てからもあっちこっち行ってるっしょ? トラップにコマンド、色々配置しててもおかしくねぇって」

俺は羽織ってたジャケットを脱いだ。これ、動くたんびにガサガサ言ってうるせぇからよ。
……銀の弾は装填済み。グリップの感触も良し。グリップは木製に限るねぇ。
姫が、耳をピンと立ててこっちの様子を窺ってる。解るんだな、俺のガチなヤル気って奴をよ。
……って麗子さんまでこっち見てやんの。何処みてんの? このシャツの……プリントが気になんの? 
ま、分からなくもねぇ。
なんたって書道の達人に頼みこんで描いてもらった柄(がら)だ、そんじょそこらの店じゃ扱ってねぇ一ぜ。
良く言われるぜ、すげぇなそれ、字? 絵? ってな。
疾走する馬を連想して筆走らせた馬って字、らしいんだがな。あんまり達筆で絵にも見えるってな。
横にちょこちょこっと引っ掻いたサインもあるんだが……読める奴はいねぇな。

「……そう……いち……ろぅ」

俺は思わず麗子さんの顔を見た。
確かに言った。「宗一郎」って。
うそだろ? 読めんのこれ? 麗子さん……って……もしかして……もしかすると……そう、なのか?

俺は両手のリボルバーをグルグルッと回して、ピタリと標準を合わせた。
銃口が自分に向けられてるって気付いたんだろう、麗子さんが木をバックにして身構える。

「ちょっと! ふざけないで!」
「ふざけてるつもり、ないっすよ?」

親指を上げて撃鉄(ハンマー)を起こす。
俺の銃、シングルアクションだからよ、いちいちこうしねぇとタマ出ねぇのよ。
不便?
……かもな。そういや司令にも言われたっけな。

10年前、いや11年前になるか。中学出てすぐの時だ。
俺、ほんとは騎手になりたかったのよ、どうせなら中央競馬のっ……つって内地の土を踏んだわけ。
ま、その話は長くなるから置いとくか。
フェリーに月姫乗せて青森着いて、早々に「新幹線にウマは駄目」なんて頭ごなしに怒られて喧嘩した話とか、
JRA競馬学校に通い出して1年で180越えちまって、「不適正」の烙印押された事だとか、
借りてたアパートが火事で全焼して文無しになった話だとか、そんな話はな。
 着の身着のまま、月姫連れて夜道徘徊してたら、「たまたま」ヴァンプに出くわして、
「たまたま」持ち合わせてたマグナムぶっ放したら道路標識に当たって壊しちまって、
通報され連行される途中、これまた「たまたま」通りかかったオジサン(当時の柏木司令)に、
「うちのハンターがご迷惑を」なんつって助けられた話もな。
ハンター協会って組織があることは前から聞いてたが、まさか俺がその構成員になる日が来るなんてなあ……
 思い出すぜ、初めて協会のエントランスを通った時。
「はじめまして、麻生結弦です」
って右手出したのは、いかにも良家の坊っちゃん風の兄ちゃんだったんだが、見た目で人判断するもんじゃねぇな。
ちょい強く握り返してやったらそいつ、逆にすげぇ力でこの手を握りつぶしやがった。(ベキイッ!! ってな)
聞けば売り出し中のピアニストだって話じゃねぇか。
ピアノっつーのは随分握力鍛えられる楽器だなーって変に感動したっけ。
 それからの生活、キツかったのなんのって。
昼は協会に出向いてはもっぱら掃除。トイレから天井からエレベータの裏側まで。
(東京くんだりまで来て、なんで俺スイーパー(掃除屋)のエキスパートになってんの?)
陽が落ちりゃあ結弦ん家の地下室で射的の訓練。
標的はなんと本物のヴァンプ! (何度撃っても死なねぇ!)
日付変わって家帰っても、即呼び出し。『新宿○○地点にて殲滅対象発見、○○○のサポートに付け』ってな具合に。
……俺、3時間以上寝たこと無かったなあ……
0190如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/06(月) 06:16:05.39ID:75rrQ5No
『カイトくん。うちの支給品、どうだい?』
つって柏木司令が真っ黒いSIG P226寄越したの、半年前だったなぁ。
正式に「ハンター」の免状もらいに事務所に行った、あの日だ。
俺は差し出された銃よりも、司令がそこに居たことに何よりも驚いた。思わず受付台に飛びついちまったくらいだ
「司令! 身体の方はイイんすか!?」
ってな。
あ?
何でそんな驚くって?

実は司令な、俺が会員になって1年もたたねぇうちに再起不能になっちまったのさ。
単身、奴らの「アジト」に乗り込んだんだせいでな。(アジト? ネグラ? まあどっちでもいっか)
新宿駅から西にちょっと行ったトコにあんだろ? 都庁の前に堂々、あの、壁も窓もムラサキ色に塗ったくったデッけぇビルが。
門のトコに「アルファベータ人材派遣」なんてあるが、あれこそがVPの本部、ヴァンプの総本部。
解ってんならさっさと手ぇ入れろって思うだろ?
俺も何でそうしねぇのかって抗議したんだが、司令、
「モノには順序というものがあってね」
って中々動いてくれねぇわけ。表じゃ真っ当な会社らしくてな。派遣員が全員ヴァンプだって事を除きゃあな。
まさか司令本人が単身で動くつもりだったなんてね。
「客のフリしてちょっと探って来るよ」
って言ったきり、帰ってこねぇ司令を俺たちは心配したね。最悪の事態も想定した。
だが数日後、ちゃんと帰ってきた。
見るからに無事じゃなかったがな。一応手足はくっついてるってテイでな。一体どうやってここまで来たのか……
事務所の前でバッタリ倒れたっきり、担架で運ばれる司令を、俺は成す術もなく見送った。
あれから10年。10年だぜ? てっきり植物状態か何かだとばっかり思ってたわけだ。

「カイトくん、これ使うの? 使わないの?」

そう言われて初めて俺、SIGに眼が行った。
うーわこれ、マガジンがダブルで16発も出るやつじゃん。うっかりトイレに落としてもも気にしねぇで使える優れもん。
米軍のトライアルで、ちょい高価ぇのと、手動のセイフティーがねぇってそれだけの理由でベレッタ92に負けた、
言ってみりゃ「実力はこっちが上」的な銃。
いやいや、つっ返したよ。こんなんハイカラすぎて俺には似合わねぇって。自分の銃が一番だって。
負け惜しみ?
違うね。

俺は腰に下げてたパイソンを2丁、司令の机に置いて見せた。
『その銃、君には重すぎないか?』って誰かさんに言われつつも、ずっと使い続けた大事な相棒だ。
「良く手入れされてるね」
司令がパイソン見てひとつため息。
ったりめーだよ司令。毎朝裏も表も丁寧に磨いてっからね! もちろん、姫をゴシゴシした後にね!
「青みを帯びた美しい仕上げ……コルトの初期生産品だね? 君がこの骨董品にこだわる訳かい?」
「見た眼だけじゃねぇっすよ」
「この銃は組み立ての調整が難しい。初期のものは熟練の職人がひとつひとつ、丁寧に仕上げた銃だと聞くね」
言いながら司令がパイソンに手を伸ばす。
ゆっくりとグリップを握る、その動作に内心焦ったが――思い直した。司令が妙な気を起こす訳がねぇ。
「だがこの銃……君には重たすぎる」
ハッとして俺は司令の眼を見返した。
俺がいつも世話になってる「あの人」の言葉、そのものだった。だが平静を装った。
銃口が二つとも俺の眉間を狙った時も、司令の指が撃鉄を起こす「ガチン!」って音がした時もな。
逃げる必要なんかねぇ。殺気ってもんが全然ねぇもんよ。
俺の眼を見る司令の眼、その眼が一瞬だけ金色に光った事を……覚えてるぜ。
だがこの時は、昇って来た朝日か何かが反射したんだと思ったのさ。
部屋には俺と司令だけ。
壁の時計がカチカチ鳴る音。実はそんな長げぇ時間(ま)じゃなかった筈だ。
「君には負けたよ、カイトくん?」
俺にパイソンを渡した時に触れた司令の手、妙に冷てぇ気がしたんだ。

この時俺は気付くべきだったんだ。すでに司令が人間じゃなくなってるって事に。
奴らのアジトに踏み込んだあの時、伯爵の手で奴らの仲間になっちまってたって事に。
……俺はつくづく大マヌケだ。
0191如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/07(火) 06:31:19.16ID:YEts5g0w
『局長。今夜の事、仕組んだのはすべて貴方ですね?』

それが舞台袖から聴こえて来た結弦の言葉だった。
俺は舞台下あたりにしゃがみ込んで、クロイツ達と一緒に様子窺ってたんだが、さすがに焦ったね。
なんと結弦が司令に銃向けてやがるんだ。
結弦はあれでいて目標には容赦がねぇ。
外すとこも見たことねぇ。
その結弦の指が――トリガーにかかるかかからないか、その時だ。司令が動いたのは。

結弦を押さえこんだ時の司令の顔、忘れもしねぇ……「あの人」の顔だった。
毎晩、俺と結弦の訓練に付き合ってくれた、地下室の「標的」、モノホンのヴァンパイア。
この時すべてが繋がったのさ。
あの時司令の眼が光ったわけも、手が冷たかったのも。


「ちょっと……教えて欲しいんですけどね? 麗子さん?」
銃口をきっちり向けたまま、麗子さんの顔を見る。
「……なに……かしら」
観念したんだろう、そろそろっと両手を肩の高さにあげる麗子さん。
「ヴァンプになっちまった司令は、何故か俺達のもとに戻ってきた。当然医療班は司令が人間じゃねぇって気付いた筈だ」
麗子さんは俺の眼を睨んだまま。
「この辺の事情、知ってます?」
「知らないわ」
きっぱり毅然の即答。……だがウソじゃねぇとは限らねぇ。女ってのは悪気なく嘘つく事あるからな。
突風が落ち葉を数枚吹き散らす。
ただの落ち葉っつっても、俺の掌よりデカい「ホウ」の葉っぱだ。
俺の視界が一瞬だけ遮られる。
その隙を狙ったんだろう、麗子さんが動いた。いや、動こうとした。
だが――俺の動体視力、ナメてもらっちゃ困る。
火薬の炸裂音が高い木立の間を木霊する。
穴のあいた幹からパラパラ木端が落ちて来て、麗子さんの頭のてっぺんに降り積もる。
ウィリアム・テルよろしく彼女の頭上を狙った一発だ。
「済みませんね、自慢の髪の毛汚しちまって」
撃鉄を起こしシリンダーを回す。その音にピクリを肩を震わせる麗子さん。
「じゃあ気付いたって事にして話進めますけど、どうして医療班はその場で司令を始末しなかったんですかね?」
「しなかったんじゃない。出来なかったんじゃないかしら」
銃向けられてるってのに、泣きもしねぇ、声も震えてねぇ、流石っつーか。
「へぇ。その根拠は?」
「医療班は戦闘員じゃない。局長の反撃に太刀打ち出来るとは思えないわ」
「だとしたら、その医療班の人間はどうなったんですかね?」
「当然、殺されたか、ヴァンプ化したか、のどちらかでしょうね」
「でも俺達ハンターに何の沙汰も無かったスですけど?」
「だからその辺の事情は知らないって言ってるでしょ!? きゃ!?」
語尾の悲鳴は俺が何かしらしたせいじゃねぇ。彼女の足元を2匹のネズミがうろチョロしたせいだ。
見開かれた眼、麗子さんの頬を滑る、一筋の汗。……銃よりネズミのが怖いってか。

「ほんとのほんとに司令がヴァンプだってこと、知らなかった?」
「ええ」
「あの地下室に居たヴァンプの正体が司令だったってことも?」
「そうよ」
0192如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/08(水) 06:03:45.30ID:2QNsDDgo
「フカシこいてんじゃねぇぞこのアマ!」
グリップを強く握り直す。馬革のグローブが引き絞られ、ギュウッと言う音を立てる。
この音、尋問には効果的だろ?
流石の麗子さんも眼ぇつむるほどにな。安心しな、まだ撃たねぇから。
「てめぇの正体は解ってんだよ、日比谷麗子。司令と同じ大学出で、司令の尻追っかけてうちらんトコに出向して、秘書までしてた」
「それは――」
「デキてたんだろ? 司令と。そんな女が司令の変化に気付かねぇ訳がねぇ。人のままで居られるハズもねぇ」
「ちがうわ!」
「じゃあ何でこの字が読めんだよ! この『宗一郎』ってサインが! 司令はよっぽどの相手にしか教えねぇハズだ!」

俺は撃った。
彼女の眉間狙って2発。

これでもヴァンプの特性は熟知してるつもりだ。
奴らは攻撃されたら必ず反撃する。そういう風に出来てやがる。
日比谷麗子がもし奴らの仲間――ヴァンプになってたとしたら……はっきり言ってお手上げだ。打つ手がねぇ。
だってそうだろ?
彼女は出向組っつったって、協会のピラミッドじゃあ「将校」なんだぜ?
司令も一応は上層部の人間だが、階級は現場担当の「曹長(上等兵曹」だ、将校じゃねぇ。
俺は司令なんて呼んでるが、ほんとの役職は「事務局長」だしな。
協会にはな、その司令をアゴで使える本当の司令塔が居るわけよ。
俺達は「元帥」って呼んでる。
俺はハンター職の正社員だが、階級は伍長。元帥の顔なんかまともに拝んだこともねぇがな?

つまりだ。
ヴァンプ化した司令を拘束し、ハンター育成に役立てるよう指示した人間が居る。
だが相手はあの司令だ。
柔道5段、空手5段、合気道も何段なんだか、ついでに書道は師範代。人間で彼に敵う奴いる?
そこまで考えたとき俺、ぞっとしたのさ。
元帥も、その取り巻きも、医療班もその他の会員も全部……ヴァンプなんじゃねぇかってな。
だから俺は事務所を出た。姫を連れて結弦と合流するためにだ。
そこにノコノコ付いてきた麗子さん。さあて、どうする? ――司令?
案の定、発射音の後に続く筈の着弾音は無し。

「いまのは少々……強引だったね、カイトくん?」

声の主の、その左手からパラリと落ちる2発の弾。
腹にU字の刻印、確かに今俺が撃った銀弾。

ヘナヘナっとその場に座りこむ麗子さん。その眼は金でも赤でもねぇ。まとも狙いつけられて撃たれたのにな。
いんや、想定どおりさ。俺は始めっから麗子さんのことなんか疑ってねぇ。
もし麗子さんがヴァンプなら、姫で疾走中に後ろからガブッとやりゃあ済む話だからよ。
(いやいや、司令の正体を知らないってのはさすがに嘘だろよ。司令、このサインの事は恋人にしか明かさねぇって言ってたし)


俺と麗子さんとの距離、約5メートル。その丁度の狭間に司令が立っていた。
0193如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/08(水) 06:18:29.47ID:2QNsDDgo
「何故気付いたのかね? この私がそばに居ると」
「見くびらないで下さいよ、俺、山育ちっすよ?」
トントンっと靴で地面を叩いてみせる。
「地の振動――『音』を察知、識別した――か。流石だね」

よく見ると司令の右腕がねぇ。肩からすっぱり。黒っぽい切り口からは……血は一滴も出ていねぇ。
ヴァンプは自分で自分の身体を傷つけるこたぁ出来ねぇ。自殺もな。ってことは――

「なに? 仲間割れでもした? それともなんか、やらかした?」
0194如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/09(木) 01:00:28.94ID:bb7ic+ry
「後者、かな。伯爵の眼鏡に適った女性を襲った罰さ」

答えなんか期待しねぇで気軽に聞いた俺だが、司令があんまりサラッと答えたんでビビッたぜ。
ウソかほんとか解んねぇけど。
って……ちょ……司令、こっちまだ銃構えてるっつーのに、麗子さんに手ぇ差しだしたりしやがって。
麗子さんは麗子さんで司令をボウッと見上げてたまま。見ろよ、あの眼。うっとりしちゃってやんの。やっぱデキてんじゃねぇか。
まるで俺が悪党で、司令の方がヒロイン助けた正義のヒーローみてぇ。ああアホくさ。

「司令、そろそろ腹割りません?」
「カイト……くん?」
「きゃっ……!」

俺がその場にドカッと座り込んだもんだから、流石に驚いたんだろう。
立ちあがりかけてた麗子さんの手をパッと離したんもんで、彼女はドサッと尻もちだ。ははぁ! ざまぁ見やがれ!
銃のセイフティーをONにしてから、芝生の上にそっと置く。エラそうに腕組みなんかもしてみる。
知ってるぜ、司令は戦意(ヤル気)のねぇ相手を襲ったりしねぇ。絶対にな。

「司令、なに隠してんスか? ほんとは司令、俺達の敵じゃないんでしょ?」
「……」

口から出まかせじゃねぇぜ。麗子さんに手ぇ差し出した司令、ありゃヴァンプの顔じゃなかったからな。
そんな司令、困った顔はしたが否定はしねぇ。……仕方のねぇ人だぜ。

「事情によっちゃあ手ぇ貸しますよ」
「……」
「黙ってたって何にも始まりませんって。俺、そんなに信用ないですか?」
「……」
「頼りないですか?」

時々キラッ! キラッ! と地面を照らす木漏れ日に眼を向けてた司令が、諦めたように天を仰いだ。

「……君はまだ若い」
「そりゃあ俺、青二才っすよ。ヒヨッコで下っ端でチャラッチャラのゴロツキっすよ」
「……そこまでは言ってないし、そういう意味で言ったんでもないよ」
「じゃあどういう意味すか?」
「君は未来ある青年だという事さ」
「はあーーーー……何スかそれ。俺、『ハンター』ですよ?」
「だからこそさ。伯爵はハンターを捉え、『仲間』にせよと仰せだ。『幹部』として据えるおつもりなのだ」

そういう事かよ、だから結弦を連れてったんかよ。そうだ! 結弦は……

「……『なっちまった』んですか?」
「……ん?」
「結弦はヴァンプになっちまったんですか!?」
「解らない、と言うのが今時点の答えだ。未だに目覚めないのさ」

マジかよ……それって少なくともサーヴァントって奴になってね?

「来たまえ。麻生君に会わせてやろう」
「え?」
0195魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/09(木) 01:04:48.28ID:bb7ic+ry
あ? 俺のターンがやたら長ぇって? 俺にそう言われてもなあ……
0196如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/09(木) 01:06:13.76ID:bb7ic+ry
徐に司令が背を向ける。
何だか良くわからねぇが、屋敷に案内してくれるらしい。
断れる手はねぇからな、急いでコルトを拾ったぜ。光の加減でブルーに光る、ロイヤルブルーフィニッシュ仕上げの相棒をよ。
ったくよぉ……。重すぎる? 骨董品? 支給品使え?
バカにすんな。コレクターに見せたら天井知らずの値がつくヴィンテージ。しかも俺の……爺様の形見だ。手放してたまるもんかよ。
姫と一緒でこいつらは……大事な俺の戦友だぜ。
俺はさっき脱いだジャケットを腰に巻いた。ホルスターが上手く隠れるようにだ。屋敷連中に見られんのも面倒だからな。

「断っておくが」

司令が背ぇ向けたまま、鋭い流し眼をこっちに向けた。……その迫力に思わず一歩後ずさる。
「麗子くんは私の秘書だ。君が思っているような関係では無い」
そういや司令、さっきの話、聞いてたんだった。
「へぇ……そうなんすか?」
「私は時たま、麗子くんの所属する書道サークルに出入りしていた。そのサインが読めても何ら不思議ではない」

しょ……書道サークル? なんじゃそりゃ! え? じゃあ……完全の俺の読み違い? 
麗子さんと司令は何でもなくて、ほんとに麗子さんは……な〜んも知らねってか?
あらら麗子さん。……がっくり肩落としたりして……大丈夫か?

「でも俺、納得いかないんすよ、ヴァンプになった司令を手なずけられるのはヴァンプしか居ねぇんじゃねぇかって」
「まさか君は……協会の上層部が吸血鬼化しているとでも思っているのかね?」
「え……違うんすか?」
「違うさ。もしそうなら君は……いや日本中すべての人間が絶望の淵に立たされた事になる」

司令が「安心したまえ」と云いながらフフフと笑う。
ヒューンと空が鳴り、茂る木立からザザーーっと葉が落ちる。
降り注ぐ木の葉。黄色に赤、薄い緑。すげぇ……目も覚めるくれぇ綺麗だぜ。
地面にチラついてた木漏れ日が……すでに木漏れ日じゃねぇ。陽のあたる面積のが広ぇ。
燦々と輝く太陽に照らし出された落ち葉のクッションに見惚れてた俺、またまた新たな疑問が湧く。
「じゃあ司令は……望んであの地下に居たってことすか?」
「ああ」
「自分から進んで……俺達の的に?」
「そうだ」
……うっそだろ。毎日実弾当てられて、腕とか足吹き飛ばされる。それが解ってて……?

「司令って……ドMなんすか?」

……あれ? どしたの司令。クヌギの木の前で土下座なんかしちゃって。

「カイトくん、実はさっきも……似たような事を言われてね」
「……へ?」
「この私が……ホモ。つまり同性愛者だと言うのだよ」
「……はあ」
「武道の道を極めようと精進し、この国を守ろうと……日々努力を重ねてきたこの私が……ホモでMだと?
男の中の男を目指し、身を削ってきたこの私に取っては……あまりにひどい言い掛かりではないかね?」
「え……なんか……すいません」

……確かに俺も言われたら嫌だ。だから一応謝った。ホモなんてホザいた奴も頭下げたんだろうか?
チャリンと音がして、見ると司令の身体の下にキラッと光る何かが落ちている。
それは……銀のロザリオ。普通のヴァンプが避けて通る、教会の十字架だ。それを拾い上げる司令の手が震えてる。

「聞いてくれるかい?」
「はい?」
「変わってからというもの、自分自身が解らないのだよ」
「司令?」
0197如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/09(木) 06:15:57.52ID:bb7ic+ry
手元のロザリオを額に当てて……眼ぇ閉じる司令。

「ヴァンパイアとなってから……一度は……誓ったのだよ。未来永劫、血と闇を友とし生きていく事を。だが……」
「だが?」
「幸か不幸か、伯爵の能力をなかば受けついでしまったのだよ。もっとも忌むべきあの太陽が、脅威とはならなかった」
「それが……駄目なんすか?」
「想像してみたまえ! 人としての生活が可能なのだよ? 人間と共に仕事し、喜びや感動を共有する、そんな生活が!
我らは……ヒトを家畜と見なさねばならぬ種族。人に友情など、まして恋など……」

いや俺ヴァンプになったことねぇんで……正直まったく解らねぇっす。
だが麗子さんには良〜く解るらしい。口に手を当てて眼ぇうるうるさせてやがる。……女ってすげぇ。

「……私は……どうすればいい」
「は? どうすれば……って……?」

ゆらりと立ちあがって、一歩、一歩と近寄ってくる司令。
またまた一歩下がった俺の背中に何かがぶち当たった。畜生、でっかい木かよ!

「親しい友人に……劣情を懐くのだよ。雌だけでなく、雄にもな。雌の血は透き通る程に芳しく、雄の血は濃厚かつ猛々しい」

俺との間合いを詰める司令。
眼の色は茶色のままだが……むしろそれが……なまら怖ぇ。
天敵に出くわした小動物の気持ちがわかるぜ。ヤベ。チビりそ。

「時にはわざと生かしたまま、抉り、犯す。男も。女も。その快感と言ったら格別だ。恐ろしい事に――
たとえそれがこの自分自身に向けられたものだとしても一向に構わんのだよ。解るかね? 言いたいことが?」

――わわ……解ってたまるかあああ!!!
司令の左手が伸びてきて、俺の首筋をそっと撫でたんで、変な声が出そうになった。
頭の毛がブワッと逆立つ感覚。
本気だか脅しだか知らねぇけど、勘弁して下さいよ、俺そんな趣味ないんで!

「だから君達の『罵倒』は当たらずとも遠からずなのだよ。私は嗜虐行為そのものを愛し、男女構わず欲情する……呪われた化物だ」

……ごめんなさい! もうマゾとか言いません! 間違っても「このホモ野郎」とか言いませんから!
あああ……口がきけねぇ。指一本も……動かねぇ。

「せめて……せめて同胞を創らぬ。それだけを自身の戒律としてきたよ。伯爵もそれだけは強いたりしない。
後生だ。我らという種を殲滅してくれ。怖いのだ。簡単に外れるこの箍(たが)が。いつかは君を……引き裂いてしまうのか」

ロザリオを握りしめたままの左手が、この首をすり抜ける。ミシリと鳴る音は……俺の背後の木の幹か何かを握りつぶす音だろう。
……司令の息が荒い。
時々金に光るその眼から、流れ落ちる一筋の――血涙。
俺は……息を吐いて……腹の底に溜めた。
深く……何度も、何度も。
かろうじて戻ったのは右手の感覚だけだが……俺にしちゃあ上出来だぜ。

「……わかったよ。そん時ゃあ……俺がこの手で引導渡してやりますよ」

司令の心臓にピタリと当てられた鉄の銃口(マズル)が青く光る。司令が薄く微笑む。

「頼んだよ、カイトくん」

司令は――さっぱりしたような、何だか憑き物でも落ちたみてぇな顔して俺から離れた。
麗子さんが立ちあがる。
姫が傍に寄って来る。
俺は……トントンっと軽く跳躍して、縮みあがったキンタマを元に戻した。
0198佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/10(金) 05:48:59.48ID:ZQ78793U
菅大臣――伯爵が議事堂に出かけてった、そのすぐ後のこと。
お屋敷内はまるで野生のキツネザルでも迷い込んだのかってくらいの大騒ぎになった。
居たでしょ? いきなり大臣にぶつかってきたワンピースの女の子。
その子がね? 部屋の花瓶ひっくり返したり、あたしが抱える柏木さんの血だらけの腕さわったり?
「あの白くて綺麗なオモチャ、触ってみた〜い!」って桜子さんのスタインウェイにペタペタしたり。
こら! そんな手で触っちゃダメって叱っても宥めてもぜんっぜん言う事きかないの。
白いレースのドレスひるがえして、あっちにパタパタこっちにパタパタ。
バルコニーからあわや飛び降りようとしたところをようやく掴まえて。
「何処から来たの?」
「あっち」ってあたしの居る部屋の隣を指差して。「名前は?」って聞いてもブンブン首ふって。
どういうこと? メイドさん達に聞いても、だ〜れも知らないの!
田中さんは「用事が……」なんて言って出ていっちゃって(もちろん、あの地下通路経由でね!)、メイドさん達は持ち場に戻っちゃって、
柏木さんまで「お客様がお見えの様ですので」って飛び出して行っちゃって、もうどうしろって言うのよ。

コンコンってノックの音。
「開いてるわよ!」って呼びかけたら……青い顔した麻生結弦が立っていた。
「二股(ふたまた)くん!?」って思わず叫んじゃったわ。
「ふ……ふたまた?」
いっけな〜い! 心の中で勝手にそう呼んでたのがつい口に出ちゃった!
「ご……御免なさい、麻生……さん? どうぞ入って?」
変な眼であたしを見つめてた麻生が、気を取り直したように敷居を跨ぐ。気の毒に、あたしと違ってリサイタルの時のタキシード着たまま。
……柏木さんにしては、気がきかないじゃない。
男の麻生なら、遠慮なく服替えられるじゃない、男物のパジャマでも何でも、着せてあげればよかったのに。

「お父様(とうさま)!」
女の子が喜んで立ちあがる。あたしはその言葉に面食らった。
「は!? お……とう……さま!!?」
あたしは駆けだそうとした彼女を手を掴む。その手がスルリと振りほどかれる。
「あなた、耳悪い? それとも頭? 『おとうさま』の意味がわからないの?」
――ムカ!! なんなのこの子! この性格の悪さ、まんま桜子さんじゃない!!

抱きつかれた麻生がよろめいて膝を付く。やつれた顔を女の子に向け、その肩をぐっと掴む。
「駄目じゃないか、勝手に出て行ったりしたら」
「だって、色々見て回りたかったのですもの!」
いっぱしの大人みたいに両手で口を覆った彼女の眼に、みるみる涙が盛り上がる。
わああああ! と泣きだした彼女を抱きしめる麻生。
「すみません先生。うちの娘がご迷惑を」

びっくりしちゃった。聞けば彼女、あのリサイタルで産まれた秋子さんの赤ちゃんだって言うのよ。
「実は僕、この3日間の意識はあったんです。眼は開かないし身体も言う事を聞いてくれないけど、音だけは聞こえてたんです」
「で? この子があの子だって解ったのはいつなの?」
「ついさっきここ、修羅場だったでしょ? それで僕にもスイッチ入っちゃったみたいで、見ればベビーベットにこの子が座ってるじゃないですか」
「ちょっと待って。それだけで断定?」
「解ります。声が同じだから。周波数こそ400Hz付近から200Hz付近に下がってますけど、音質で解ります」
……音楽家にそう言われたら……返す言葉がないわね。
「それはそれとして、この子、口が達者すぎない? 見た目は5歳、中身はハタチって感じじゃない」
「それは僕としても……驚いてるところです。とりあえず桜子の小さい時の服があったから着せてみました」

そうなんだ、そしたらお姫様みたいって喜んで嬉しくて駆けまわってたら、あの伯爵にぶつかって――

「まあいいわ。桜子さんの生まれ変わりって事にしときましょ。ヴァンプの血だか何だかのせいで成長が早いんだわ」
……なによ二股君。そのネアンデルタール人の生き残りでも見つけたみたいな眼は。。

「先生って……ほんとに医学を修めた科学者(ドクター)なんですか?」
「……いいじゃない。ドクターにだって、時にはメルヘンが必要よ? それより二人とも、腕出して。採血するから」
「え? なんで?」
「君、自分がサーヴァントになったかどうか心配じゃないの? 娘ちゃんも……こら! 逃げない!」

初っ端からこれ? はあ……
0200佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/11(土) 07:16:44.23ID:8ZwEQlcX
「聴きましたか今の音」

診療台に横たわる麻生が声を出した。
「シッ! しゃべらないで、もうすぐだから」
上半身脱いだ彼の胸や脇腹には数個の吸盤。そう、いま心電図取ってるの。
バイタルの数値もチラリとチェック。
あ、病院来たわけじゃないのよ? ここは桜子さんのお屋敷の一室。
すごいのよ、何しろ診療所が開設出来るくらい機器が揃ってるんだから。いいえ、あたしの診療所よりむしろ多いくらい!
作り付けの棚に血検(血液検査)に使う検査機器がズラリ! 治療薬も、治療器具もすごいの!
ちなみにあのドアなんか……見てよ、あのハザードマーク。
レントゲンはもちろん、CTもMRIも置いてあるの!(X線なんてどうやって許可取ったのかしら?)
クリーンベンチ(危険物品を安全に扱うためのキャビネットのこと)はあるわ、
全自動遺伝子解析の装置はあるわ、電顕(電子顕微鏡)の部屋まであるわ。
(これ、診療所の域を超えてるわよね? 何のための設備? でもいいわ! 自由に使っていいだなんてワクワクしちゃう!)

心電図の波形をチェックしながら……スイッチを切る。PCに数値入力して……画像も揃えて……と……良し!
「いいわよ麻生さん、起きても」
麻生が上半身を起こす。付けてた吸盤がパラっと外れる。娘ちゃんがいそいそと麻生の上着を持ってくる。
「ありがとう秋桜(コスモス)」
麻生ったら、秋子さんと桜子さんの名前を二つとも取って、そんなつけちゃったらしい。
(あらためて……ほんとに「二股」くんよね?)

「って訳で僕、庭の方に行ってきます」
振り向いてみれば――はやっ! もう着替えてる!
「待って。何が『って訳で』なの?」
「え? だって……庭に魁人が居るんですよ?」
「カイトって……あの時のハンターの? ていうか、何でそんなこと解るの?」
「今の銃声聞かなかったんですか? EフラットとDの間の音。間違いなく魁人の持つパイソン357マグナムの発砲音でしょ?」
「みんなが貴方みたいな耳してると思わないでね? ていうか! たとえエイリアンが攻めてきたとしても、外出は認めないわ!」
ビシっ! とPCの画面を指差してみせる。怪訝な顔して眺める麻生。
「あなたのバイタル、はっきり言って異常だわ。体温31℃、心拍15、血圧20−15、呼吸20」
「……ちょっと低め?」
「低めなんてもんじゃないわよ! ほとんど死人よ!」
「……やっぱり……僕はもう人間じゃないんですね」
コスモスちゃんの手を握って、ポスンとベットに腰かける麻生。やっぱりって……それなりの覚悟は出来てたのね。
ほんとはもっと驚くべき数値があったんだけど、あたしは口をつぐんだ。
だって……言ったからって二股くんを元気づける材料になんかなんないだろうし、なんていうか?
医者だからこそ興味をそそられる只のオタク情報っていうか?
バイタルすらまともに読めない彼にそれ言ったからって、ただポカーンと口開けそうだし?

あたしはため息ついてパルスオキシメーター(血中酸素濃度を測定する為の、指先に挟む器具)の測定結果を見た。
その数値は――83%

どういう事かって?
うーん……あたしなりに説明してみるけど……

 あたし達「脊椎動物」は赤い血を持っている。血が赤いのは、赤血球の中のヘモグロビンのせい。
ここまでは小学校で習うかしら。ヘモグロビンは酸素の多い所では酸素とくっついて、少ない所では離すっていう性質があるって。
 酸素とくっついたヘモグロビン(HbO2)は、そうでないヘモグロビン(Hb)と違って、
赤色光(波長660nm付近)をあまり吸収しない。吸収しないからそれが反射して見える。肉眼では赤いわけ。
(HbO2の多い動脈血は赤くて、少ない静脈血が黒っぽいのはそういう訳なの!)
パルスオキシメーターは指先に二つの光(660nmと940nm)をあてて、その吸収具合を見るだけの装置。ただの簡便法。
それで測定した麻生の数値(サーキュレーション)が83パー。
83%(パー)っていう数値はね? 2種の光に対する吸収具合がまったく同じ時に出る数値なの。
(ウトウトしかけたそこの君。作者が無い頭使って気張ってググったんだから、拝聴するフリでもしときなさい?)

とどのつまりどういう事かって?

二股くんのヘモグロビンは、酸素をつかんだり離したりする機能を完全に失ってる……
重度のメトヘモグロビン血症の患者の血とそっくりなのよ。
0201佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/13(月) 06:25:26.62ID:exU0tTn1
コスモスちゃんったら、流石に疲れたのね。そのまま麻生の膝を枕にしてウトウト。
性格はともかく……寝顔は……すっごく可愛いわね。
あはは……麻生もデレッとしちゃって。そうそう、庭になんか行かなくていいから、そうやって背中撫でてなさい?
カイトはちゃんと柏木さんが応対してるもの。ぜんぜん心配要らないわ。

ぐっすり寝ちゃった娘ちゃんをそおっと抱っこする麻生。5歳の女の子の平均体重……18キロくらいだったかしら?
結構重たい筈なのに、軽々と持ち上げて、くるりと向きを変えて、ベットの真ん中にゆっくり寝かせて。
おかしいわねぇ。
あんなバイタルとサーキュレーションで、こんな動きが出来るものかしら?

「フタ……麻生さん。ATPって知ってる?」
「……先生。今『フタマタ』って言おうとしたでしょ」
くるっと振り向いた麻生が目を細めてこっちを睨んだ。あっはは……怒ってるう……!
「ごめん! コスモス……秋と桜って連想したらついまた――ってそんな事どうだっていいじゃない。知ってる? 知らない?」
「どうでも良くなんかないけど………もちろん知ってます。子供でも知ってるんじゃないですか? コンビニにもありますし」
むくれた顔して座りなおした麻生が足を組んで両手をベットの端に置く。
「は? コンビニ?」
「預金をキャッシュで引き出す支払機でしょ?」
「……惜しいわね。それはATM。最後はMじゃなくて、P」
「え……っ」
って急に狼狽しだした麻生。そわそわ手を動かして、今度は「考える人」のポーズ。
「……と……じゃあ……国民総生産?」
「それはGNP! Pしか合ってないじゃない!」
再び沈黙した彼。しばらくウンウン唸って考えて。
「……降参です。教えてください」
「アデノシン三リン酸。思い出した? 高校の生物で習ったでしょ?」
彼は見るからにピンと来ないって顔して、両手で頭を抱えて。
「聞いた事あるようなないような。すみません僕、高校でもピアノとハンター業のことしか頭になくて、理科とかあまり興味無くて」
うーん……そんなものかなあ……ん? ハンター?
「……そうよ貴方、アスリートじゃない!」
「え?」
「ピアノだってそうよ! あんな長い時間運動するお仕事なんだから、ATPがどうやって作られるかくらい知っときゃなきゃ!」
「いやだから、何なんですか? ATPって」

あたしは麻生を見た。陽の光に照らされて……あたしの眼を真剣に見て。
彼……まだ「人間」よね? その眼の光、あの時の秋子さんの眼とは……違う。
「核を持つすべての動物、植物の細胞内に存在するエネルギー分子よ。これが無いと基本、生命維持すら出来ない」
「……へぇ」
「どう? 興味が湧いてきた?」
「それって……いま考えなきゃ駄目なことなんですか?」

ガクッと後ろにつんのめりそうになった。なにこの温度差! ハンターなら――ハンターだからこそなのかも知れないけど!
なにまたチラッと庭の方見たりして! 腰浮かせないの! 
「いーい? 君の血液は酸素を運ぶ能力がないみたいなのよ!」
「……酸素を運べない?」
「驚いた?」
「それとこれと、どういう関係が?」
あー頭痛い。これでよくハンターだとかピアニストだとかやってられるわね。
「君の運動能力は人並み。思考能力もね。でもね。酸素が無ければ大量のATPは生産できないのよ?」
「先生、僕……いわゆるサーヴァントって奴になっちゃったんでしょ?」
「……」
「そういう常識、通用するんですか?」
「『常識』じゃない。『法則』よ」

……またそんな顔しちゃって。そっから説明しなきゃダメ?

「法則、つまり例外のない説ってこと。すべての生物はATP無しでは生きられない! 切り離して考える事なんて出来ないのよ!」
「だから、僕はもう『生き物』じゃないんでしょ? さっきほとんど死人って……」
「訂正するわ。あなたは生き物――人間よ。ヴァンプになった人達も、伯爵もね」
0202佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/14(火) 06:40:14.29ID:wlGzYSEj
「伯爵が……ヴァンプが……人間?」

フラリと麻生が立ち上がる。ベットが軋み、コスモスちゃんがうーんと唸って寝がえりを打つ。
そんな娘ちゃんには眼もくれず……

「先生、それはphilosophical(哲学的)な考察に基づいた結論でしょうか?」
「いいえ。あくまでbiology(生物学)によって導き出した『仮説』よ」

二股くんったら、いきなり声を上げて笑いだした。
『ちょっと! 娘ちゃんが起きちゃうじゃない!』
って小声でたしなめたけど、彼の笑いは止まらない。腹をかかえて、よろよろと窓辺に歩み寄って。
「先生はやっぱり『先生』だ。酸素とか、ATPがどうとか。僕は普段、そんなこと気にも止めない」
黒いカーテンを引く麻生の左手首は異様なほど白くて、滑らか。あたしが開けた穴なんか何処にも見当たらない。
「ヴァンプは人間なんかじゃない。人殺しの化け物だ。だから僕は――この手で何体も狩ってきた」
「でもねフ……麻生さん、」
「……もう二股でいいです。秋子に桜子……どうせ僕はどっちつかずで優柔不断ですよ」
「じゃああらためて、二股くん」
「……訂正しないんですね……」

彼の手が窓のカギを外す。ぐっと開かれた隙間から吹き込む……ヒンヤリ冷たい秋の風。
じっと外に向けて耳を傾ける二股くん。彼はあくまでハンター。獲物の起源なんて考えもしない。
……本当にそれでいいの?
「君はヴァンプが化け物と言った。ならその最初の化け物――『真祖』は何処から来たの?」
「……さあ。どっかから湧いてでも来たんじゃないですか」
「生き物の死骸か何かが寄り集まった、有機質の集合体?」
「……え……えぇ」
「それこそロマンチストの考え方よね。ヴァンプは魔法で動くゴーレム? それとも悪霊でも取り付いた?」

二股くんは何も言わず、黙ってしまった。
あたしは立ちあがって……部屋の隅に置いた冷蔵庫の扉を開けた。そこからヨイショって掴んだそれは、相変わらずとても重たい。

「あたしはオカルトは信じない。ある日、原始の海で偶発的に発生した――ひとつの細胞(cell)からすべて始まった」
振り向いた麻生の眼が大きく開く。

「……それ……なんですか?」
「腕よ。見ればわかるでしょ?」
「いや解りますけど、誰のです? どうしてそんなものが冷蔵庫に入ってるんですか?」
さすがの二股くんも動転したみたい。一度の二つの質問しちゃうくらい。
「代謝を止めるためよ。いくら柏木さんの腕でも、疲れちゃうと思って」
「柏木って……まさか局長の腕? ……疲れる……って?」
そろそろっと腕に近づいた彼、触ろうとしたその手をビクリと引っ込める。
腕がその手をバッ! と広げたから。すぐにクタッとなったけど。
……そうなのよ。この子ったら、室温に戻すと結構ヤンチャなの。

「わかった?」
「わかったって……何がです?」
「どう見ても……人間の腕でしょ?」
「どう見てもそうは見えないけど、なるほど、局長は元々人間だ。みんな元は人間。そう言いたいんですね?」
「そうよ。問題はどうして普通の人間がこうなったのか」

あたしは腕を冷蔵庫に仕舞いながら彼を見た。眼を閉じて、ため息をついて。そして――云った。
「ヴァンプの起源なんて……どうでもいい」
「え?」
「僕に取っての一番の問題は――自分がもうハンターでもピアニストでも無いという事です」

ガチッと音がした。
金属の擦れる冷たい音。あたしは気付いた。それがセミオートの拳銃の――スライドを引く音だって事に。
麻生の手には真っ黒な拳銃が握り締められていた。
彼の銃――ベレッタ・ナノ。彼の手にすっぽり収まるサイズの小さな銃。
――どうして? あの時柏木さんが奪ったはずの銃が、どうして彼の手に?
0203 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/14(火) 16:58:37.38ID:wlGzYSEj
×一度の二つの質問しちゃうくらい
○一度に二つの質問しちゃうくらい
0204佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/14(火) 16:59:42.46ID:wlGzYSEj
「サーヴァントの末路は……ハンターである僕が一番良く知っています。『死ぬ』か、『変わるか』。そうでしょう?」
震える左手がグリップを握りしめる。その銃口が……ゆっくりと彼自身の米神を向く。
「桜子はもう居ない。置いてけぼりを喰らった僕の希望はせめて――『音』をみんなに届ける事だった。……それがこのザマだ」
「……やめて。早まらないで」
出来るだけゆっくりと……彼に近づいてみる。後ずさる彼の背が窓のガラスに触れる。
「止めないでください。局長ほどの人でも……『ああ』なった。そうなる前に……始末をつけますよ。誇りは持っているつもりです」
「待って。いっそヴァンプになったちゃったら? またピアノが弾けるわよ。桜子さんだって――」
「あははは先生! ヴァンプが人を超えるのは当たり前ですよ!」

彼は泣いていた。
大の大人が――男が人前で泣くなんて。

「……違うんです。人が人を超えてこその……『音』じゃないですか」

ぐっと胸がつまる。……わかったわ。……一瞬だけ科学者(ドクター)であることをやめてあげる。

「なに甘えた事言ってんのよ」
「……え?」
「甘ったれるなって言ったのよ」

つかつかと足を踏み出す。

「なに? 彼女が死んだから? もう希望なんてないから死んでやるって?」

スズメか何かが飛び立つ音。庭先で誰かの話し声。きっと柏木さんの声よね。カタはもう……ついた?
柏木さんは完璧な人。あんな若造のハンターにやられる人じゃない。
でも……柏木さん、あなた――麻生に銃を渡した? 眼のつく場所に――枕元にでも置いた?
こうなる事が解ってて……自分の育てたハンター――麻生に銃を?
もしそうならあなた……最低だわ。

「いい? この世の中に、生きたくても生きられない人間が何人居ると思ってんのよ」

麻生が持つ銃にそっと触れる。硬直した手の指を、そっと掴む。

「貴方は死ぬほど苦しぬ末期のガン患者だって言うのなら……話は違ってくるわ。でも……違うでしょ?」

彼の眼にはとまどいの色。
あたしは彼の口元に顔を近づけ――そっと……口づけした。

一度見開かれた彼の眼が閉じる。彼の手から力が抜ける。そっと銃を……奪う。
二股くん、なんてもう呼ばないわ。
貴方は……とても健気な人。責任感の強い人。とても強い意思と――矜持を持っている人よ。
ただ……もう少し待って。早まらないで。

あたしは医者。患者を助けるためなら……確証の無い嘘もつく。

「麻生さん。あなたはまだ治る見込みのある患者よ。死なれたらあたしが困る」
「……は?」

マガジンを排出してから、あたしはもう一度スライドを引いた。
点火前の弾薬が飛び出し、あたしの手の上でコロリと転がる。
銀に光る弾丸。しっかりとそれを指と指にはさみ、彼の眼の前に持っていく。

「ヴァンパイアは――ラブドウイルス科……いわゆる弾丸型のウイルスによる伝染性疾患に侵された人間よ」
「……なんですって?」
「つまり貴方はまだ――治る可能性がある」
0205浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/14(火) 20:15:37.38ID:wlGzYSEj
×貴方は死ぬほど苦しぬ末期のガン患者だって言うのなら
○貴方が死ぬほど苦しむ末期のガン患者だって言うのなら

こんなうっかりミスも、規制解除に役立つって言うならあながち悪くもないわね!
0206浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/14(火) 21:00:21.80ID:wlGzYSEj
やーんまた!

×いっそヴァンプになったちゃったら?
○いっそヴァンプになっちゃったら?
0207佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/15(水) 07:43:11.87ID:0GN5Pc2R
「治る――? ――弾丸型のウイルス――?」

あたしが突き付けた弾を食い入る眼で見つめながら、そしてそれをそっと指で摘まんで――光に透かして。
「そうよ。弾丸――ラブドウイルスによる疾患に、狂犬病ってのがあってね? パスツールが……んっ!」

いきなり口を塞がれた。
さっきあたしがしたように、麻生があたしに口付けしたのだ。
押し返そうにも押し返せない。
そして……とても……熱い。
おかしいわ。彼の……体温31℃しかないはずなのに。
もしかしてあたし、彼の「トリガー」引いちゃった?
遠慮がちに差しいれられた彼の舌が、あたしのと触れあう。それは唇よりももっと熱くて――
ああ駄目、それ以上は駄目! あたしにもスイッチ入っちゃう!
一歩、一歩と後退して。いくつも並んだ診療台のひとつに腰かける格好になって、やっと彼が口を離す。

「やっぱりだ」
「やっぱり?」
「急にこの心臓が……動いた気がしたんです。手も足も、さっきとは全然違う」
「でしょうね。舌先に感じたあなたのサーキュレーション、健常だったわ。むしろ高いくらい」
「先生の『治療』が効いたんでしょうね?」
「馬鹿ね。たぶんそれは一時的なものよ。ちゃんと治すには……ちゃんとしたワクチンを打たなきゃ」
「ワクチン?」
「そう。もしかしてこの疾患、狂犬病のワクチンが効くかもしれないわ」
「そうなんですか!? 僕急に興味が湧いてきました。狂犬病ってどんな病気なんですか?」
「ヴァンパイアの病態と良くにた感染症よ。重要なのは、感染した後も発症を予防できる疾患だってこと」

これだけ聞いてると、医者と患者が真面目に会話してると思うでしょ。

でもね? あたし達はほとんど上の空だった。
夢中で相手の身体を求めあっていた。
背中のダブルホックを外す彼の左手は信じられないくらい素早くて、器用で。
鎖骨の上や、脇下、胸先をタッチする彼の手はほんとうに――ピアニスト。

「麻生……くん…… ……あたしの……ああっ! あたしの身体は……鍵盤じゃないの……よ?」
「先生こそ、あっちこっちで僕の脈…… ……確認……しないでくれません? そこ、すごく感じるんで」
「いいじゃない。あなたばっかり……不公平だわ」
「あ! そんな事したら……僕……」
「動かないで、医者の診察邪魔しちゃ駄目じゃない」
「たまには患者が診察するのも……いいと思いません?」
「ふふ……あなたに……ちゃんとした触診が出来るのかしら?」
「僕を……誰だと思ってるんです」
「あっ! 待って! そこは……」
「演奏では緩急が重要です。アクセントもね。allegretto(やや速く) allegro(より速く)、appassionato(情熱的に)」
「……ああ! 駄目!」
「駄目って言いつつ……見てくださいこれ。あれ? 先生?」

別に愛し合うような仲じゃない。
昨日今日に知り合って、成り行きでこんな事になって。
でもあたしは後悔しない。
患者が元気になるのはとてもいいことだもの。
見て? さっき、自分の頭に銃押し付けてた彼が、あんなに笑って――


え?
行くところまで行ったのかって?
……それはあなたの想像にお任せするわ。
0208佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/08/17(金) 08:18:30.78ID:VCh4j1ro
「ごめんなさい。無理させちゃった?」
「……大丈夫……です」
触れる麻生の腕が、指先がぐんぐん冷たくなっていく。
顔色も……さっき初めてここに来た時より青白いくらいだわ。少し休まないと。
麻生を診療台に寝かせ……その顔を覗き込む。
いつもは長い前髪で隠している右眼が露わになって……ドキリとした。照明を照り返すその眼の色が普通じゃなかったから。
あたしとしたことが……今頃気づくなんて。

「その眼、見えてないのね」
「ええ。昔の怪我がもとで、ほとんど見えなくなっちゃって」
「怪我? 良く見せて? 大変ねぇ……ハンターってのも」
「いえ、あの……」
「水晶体の脱臼? 古い……炎症……? 眼底鏡が……欲しいわねぇ……」
「……あはは……先生はほんとうに……先生だなあ……」

スウッと息を吸って、彼は眼を閉じた。やだあたしったら。無理させちゃ駄目って解ってて。

ドアを数回叩く音。
……伯爵、じゃないわよね。出てったばっかりだし、たぶん彼はノックなんかしない。
「誰? 柏木さん?」
「ええ。ただいま戻りました」
「入って入って! 丁度お願いしたい事があったの!」

どうしたのかしら! いきなりガバッと起きあがったの! ベットで眠っていた筈の……コスモスちゃんが!
彼女、あたしの眼をキッと睨んで、ベットから飛び降りて……さっとその下に潜ってしまった。
……えっ……と……?

ガチャリとドアが開く。いつもと全く変わらない井出達で、静かに立つ柏木さん。
良かった。ハンターは片付けてきたみたいね? 
油断なくその眼を室内に向けていた柏木さんの眼が――台に横になる麻生の上で止まる。

「麻生結弦の診察を? 彼が自力でここへ?」
「そ……そうよ。一度目ざめてここへ来たの」
「容態は……如何でした?」
「ヴァンプ化はしてないけど、危うい状態よ。いわゆるサーヴァントって奴ね」
「やはり……」

悲痛な眼を麻生に向ける柏木さん。痛むのかしら、右腕の無い肩をぐっと掴みながら。

「あの少女は? 見当たりませんが」
「え? ああコスモスちゃんのこと!」
「コスモス?」
「麻生くんがつけた名まえよ。聞いて! その子、あの赤ちゃんだって言うのよ!?」
「赤子……? リサイタルで生まれた……あの?」
「そうなの! さっきまでそこに居たんだけど……何処いったのかしら?」
「まさかそんな事が……いや……ひょっとすると……あの子供は『真祖』である可能性が――」

顎の下に拳を当てて考え込む柏木さんの眼がキラッと光った。
真祖って……あの真祖?生まれついてのヴァンパイア。
ヴァンパイア=ウイルス説が本当なら、有り得ない話じゃないわ。
ある種のウイルスは母親の血液から胎盤を通して――胎子に感染する事があるもの。
そう言えばあたし、麻生の事ばっかりで、娘ちゃんの事はあんまり気にしてなかったなあ。そっちのが驚くべき事態なはずよね。

「佐井先生。一刻も早くあの子を調べてください。足りない器具器材があればおっしゃって下さい」
「え? じゃあ……狂犬病のワクチンをお願いしたいわ」
「は? ワクチン?」
「そう。安全を考えたら、生じゃなく、不活化がいいわね。どう? 手に入る?」
「入らない事もありませんが――何に使うおつもりです?」
「治療よ。麻生結弦の。もしヴァンパイアがラブドウイルスに感染し発症した患者なら……効果があるかもなの」
「……なん……ですって……!」
0209佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/17(金) 08:20:39.75ID:VCh4j1ro
驚くのも無理ないわ。ていうか、ただのあたし個人の仮説だけど。
根拠が全くないって訳じゃないのよ?
光に過敏に反応し、水を嫌い、凶暴化するって所はとっても良く似ているし?
銀の弾丸――弾丸型ってトコがマッチしてるし?
(何よその眼! ウイルスにだって意思があるんだから! 自分と同じ形の武器に弱いとか……ありそうでしょ!)

「解りました。手配してみます」
一礼して下がり、廊下に出ようとした柏木さんが何かに驚いて硬直した。だれ? 後ろに……誰かいるの?
「困るんだよね、そういう事されちゃあ」
ゾクリ……! っと総毛立つ背筋。だってその声……伯爵――菅大臣その人の声だったんだもの!
「私は反対だよ。せっかく『月に因んだ名』の仲間が増える……チャンスだってのにさ」
柏木さんを押しのけて部屋に入って来た伯爵――じゃない! え? どういうこと!? あなたがどうしてここに!
0210如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/17(金) 20:49:59.26ID:VCh4j1ro
サクッ、サクッっと落ち葉を踏みつける、規則正しい司令の足音。
その背中をほんわか照らすポカポカのお日様。それをポーっと見ながら後ろ歩いてた俺。

――うわっとっとと……っつ……痛ってぇ……!

なにって――いきなりキィキィ鳴きわめくコウモリが向かってきたのよ!
流石にすっ転ぶびはしなかったがな? 横っつらを嫌っつーほど枝にぶつけちまった。
……しょうがねぇだろ。
司令の「あれ」見ちまった後だぜぇ? ホッとしたらなんつーか? 糸切れたっつーか?
――しっし! キーキー騒ぎやがってしつけんだよ! おらおら! 逃げねぇとぶっ放しちゃうよ? この自慢の銃でよ?
したら奴ら、俺が腰(ホルスター)に手ぇかけたとたんに姫の後ろに隠れやがった。まさか……伯爵の手下じゃねぇだろな?

「だらしないわね」

っていつもの麗子さんなら言う所なんだが……これがまた妙なの。
さっきから俺の横を……まるで生気の抜けまくった人形みてぇなカッコで歩いてんの。
……あんだけ俺にいちゃもん付けまくってた女が、司令来てから一っ言もしゃべんねぇの。
なんなのこれ。
居るけどね? 上司が来ると急に態度変わる女。
でも麗子さん、そんなタイプだったっけ? つか足音しなくね? クッソ高ぇピンヒールで、プスプス地面突き刺したら普通――
って彼女の足に目が言った時だ。足首に「生傷」あんのに気付いたのは。
……枯れ枝かなんかに引っ掻けた痕じゃねぇ。傷の深さ、形、間違いねぇ。ありゃあ生き物に噛まれた痕だ。
ただしヴァンプの歯型みてぇにでっかくねぇ。もっと小せぇ……なにか――
――あ! あれか!? さっき麗子さんの足元でチョロチョロしてたネズミ!
そういう訳かよ。銃向けられた最中にネズミ気にするなんて、しかも「キャッ」なんつって、おかしいと思ったんだよ。
平気か? ……消毒とかしねぇで?

「準備はいいかね? 魁人くん」

司令の声に前を見れば……いつの間にか正面玄関の前。
……すげぇ……でっけぇドア。 
階段も壁も何もかも真っ白で……白いバラとか天使の彫刻とか……なんとまあゴージャスでお上品。
上流階級って奴ですか。こんな事でもなきゃあ……一生お目にかかれねぇお屋敷だぜ。

「魁人くん?」
「あ、はい。OKっすよ」

準備――もしヴァンプが襲ってきたら――の心の準備だろ?
解ってるよ。
もしそれが結弦だとしても……容赦はしねぇ。
決めてあるんだ。どちらかがヴァンプになっちまった時ぁ……ひと思いに楽にしてやるってな。

姫の背をポンポンっと2回叩く。これは俺と姫とで決めたサインだ。ここでいい子で待ってるって言う。
ブルルルッと啼いて、前足踏みならして……どしたの姫。いつもは大人しく言う事聞くのに……?
あんまり姫が嘶くし暴れるしで……仕方ねぇ。
木に絡んでるツル取って捩って……即席の手綱と頭絡(とうらく)に仕上げる。
(ガキん時に爺様から習った手技だが、こんなトコで役立つとはね)

手綱を手近な木に結び付けるの確認した司令が手招きする。
ドアに近づく司令と、その後ろに従う俺。殿(しんがり)は麗子さん。
……外で待ってろって言いたいトコなんだが……庭も安全とは言えねぇからな。
ちょ……俺のシャツ掴んだりして……しっかりして下さいよ。護身術くらい使えるっしょ? 防衛大出だし(こればっかり)。

ついに……司令の左手がドアのノブにかかる。
ゴクリ……と喉が鳴る。……ヴァンプ野郎。いきなり飛び出してくんじゃねーぞ? 

……ギイィィィィィィ……

……イ……イヤな音たててんじゃねぇよ!
まんま……ふっるい化け物屋敷みてぇな音たてやがって! グリースくらい差しとけっての!
0211如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/18(土) 05:58:30.35ID:6THZiUfE
踏み込んだ屋敷の中は、拍子抜けするくれぇ何にも無かった。
いや、誰もいねぇんじゃなくて、普通にメイドさん達が「いらっしゃいませ」っつって、こっちも「あ、どうも」っつって。
いやいや、普通変な顔くらいすんだろ。俺は見るからに場違いなカッコしてるし、麗子さんは貞子だし。
あんまり司令が堂々としてっからか、変な客に慣れてんのか。
『ここだよ、魁人くん』
右手のドアをちょこんと指差し、ほとんど吐息だけで囁く司令。
なんすかその可愛らし過ぎる仕草! この非常時にやめてくださいよ! ハラにチカラ入んねぇじゃないですか!
ここって……何だここ? ドアにハザードマーク付いてっけど……病院?

≪コンコン≫

……ちゃんとノックするんすね。

「誰? 柏木さん?」

答えたのは色っぽい女の声だった。どっかで聞いた気がするが……思い出せねぇ。
「ええ。ただいま戻りました」
「入って入って! 丁度お願いしたい事があったの!」
司令がドアを開ける。俺は一歩下がって……壁に張り付く。ちょい様子見だ。

「麻生結弦の診察を? 彼が自力でここへ?」
「そ……そうよ。一度目ざめてここへ来たの」

お……思い出した! あの女だ!
ハンター協会がマークしてるあの女! 
人間のくせにヴァンプに貢ぐ人類の裏切り者! 見つけ次第始末して良しとのお達しも出てるくれぇの!
 この女のプロファイリング、歌舞伎町の闇医者で頭脳明晰! 容姿端麗! ってホントか?
んな峰フジ子ちゃんみてぇな女がこの世に居んのか! って一度彼女の病院に潜入した事あんだが……
東京は広いねぇ。
俺は惚れっぽい方じゃねぇんだが、間近で見てガン見しちまったぜ。
胸はある腰は細いケツは……白衣で良く見えねぇが、その白衣がまた良くね?
日本人形みてぇなサラッサラの黒髪と、妙〜に懐っこい性格が男どもに受けるらしい。
ごっついヤクザの患者らみんなデレッとしてやがる。男好きする雰囲気っつーか、影のある美人、みてぇな?
(誰に似てる? って聞かれたら……綾瀬ハルカ辺りか?)
やべぇ、こいつぁ魔物だ。
爺様が「東京の女は怖ぇ」って言ってたのも、あながち間違いじゃねぇってことだ。
けど……なんでだ?
奴らに取り入ったところで何の得があんのかサッパリなんだが。

「容態は……如何でした?」
「ヴァンプ化はしてないけど、危うい状態よ。いわゆるサーヴァントって奴ね」
「やはり……」

司令の呟きは、まんま俺の感想だった。
サーヴァント……やっぱ……だよな。幹部に血ィ吸われて……無事で済むわけがねぇもんな。

俺は腰の銃を片っぽだけ抜いた。壁に背ぇつけたまま、二人の会話に耳を傾ける。
そしたら……は? コスモス?
あん時の赤んぼが――真祖!? マジかよ……!!
こりゃあ……俺一人なんかじゃ背負(しょ)い切れねぇ。上に言わなきゃなんねぇ種類の情報だぜ。
勢い出ては来たが、俺は無線一式ちゃんと身につけていた。耳にカッチリくっつけるタイプで、いつも使ってる奴だ。

俺……どこまでマヌケなのよ。
耳たぶあたりにの電源入れようとした時、何もかもが真っ白になったんだぜ。
気持ちいいぐれぇの浮遊感の後だったなあ……冷てぇ大理石の床舐めたの。
俺、部屋ん中にしか注意払ってなかったもんよ、モロに喰らっちまったわけ。項(うなじ)の辺りに、ガツンと。
左手に持つ銃をもぎ取られる感覚。視界を過(よ)ぎる、噛み痕のついた足首。

そうだよ。犯人は……俺のすぐ横に立ってた麗子さん。でも……なんで?
0212如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/19(日) 10:10:38.54ID:IF1tTIWz
夢を見たぜ。昔の――まだ毛も生えてねぇガキの頃のな。

飼ってた馬が夜中に産気づいちまってな?
俺も爺様も「そろそろだな」って解ってたんで、厩舎で寝泊まりしてたんだが……
馬の奴、産室の中を……歩いちゃあ……座ってを繰り返すだけで、待っても待っても産まれねぇの。
乳はもうパンパンで、とっくに破水もしてんのにおかしいって爺様がボヤいて、電話かけまくってたの覚えてるぜ。
ちょうど春先、馬は出産ラッシュ。どこの獣医も出払ってた。
いつものと違う…………血の匂いがしてよ。
ほとんど動かなくなっちまった馬を見てみれば、ケツんとこから足が二本出てんじゃねぇか。
出血してやがる。普通こんなに出ねぇんだって言いながら爺様が仔馬の足にチェーンかけて……
無我夢中で俺達は引っ張った。助けなんか来ねぇからな、自分達でやるしかねぇ。
子は助かったが、親は死んじまった。デカすぎたんだな、子供がよ?
仕方ねぇから、俺は夜も寝ねぇで乳やったぜ。知り合いから馬のミルク分けてもらってな。
身体もタテガミも綺麗ぇなクリーム色した……雌の子馬だった。「月姫」って付けてやった。
いつも一緒だった。何処に行くにも付いてきた。そのうち姫に乗って登校するようになったんだぜ?
田舎の学校ってのは、都会と違っておおらかだ。
あいてる倉庫、使っていいっていうからよ、俺達専用の厩(うまや)にしたぜ! へへ!

……おいおい、何でそんな暴れんだ?
眼の色変えて……そういやお前、そんな眼ぇギラギラしてたっけ?
歯ぁ剥き出すなよ、そんな奴じゃねぇだろ……っておま……それ……犬歯? なんで女のくせに犬歯? 
……っと危ねぇ! おい! 行くな! 姫! おまえ一体どうしちまったんだよ!? おーい!!




「……くん! カイトくん!!」
「……っ痛てぇ……んな耳元で大声出さ……あ?」

司令の声に眼覚めてみりゃあ、ここ、さっき入ろうとしてた部屋か?

「焦ったわ、急に魘(うな)されだして。この傷も、てっきり咬まれたのかと」

司令の隣で、ちょい腰かがめて俺のカオ覗き込んでんのは、白衣姿の女――佐井浅香だ。
まだ頭がガンガンしやがる。
痛む後頭部をさすりたかったが……出来やしねぇ。後ろ手でガッチリ拘束されてるもんよ。
両肢も椅子の足に固定されてやがる。
グルッと見回しゃあ……広ぇ診察室か……検査室みてぇな部屋だ。器具器材がすげぇ。
部屋の真ん中の診療台に寝かせられてんのは……結弦だ。まだ死人にゃあ見えねぇな。
ドアの横には腕組んだまま眼ぇ閉じてる麗子さん。
さっきまでの……うっすい存在感は何処へやら。得体の知れねぇオーラ放ちやがって。
麗子さん。あんた――やっぱ……

「俺、用心はしてたんすよ? 『ハンターをヴァンプ化して幹部に』なんて訊いたから、罠かもなって。でも麗子さんも居っから、
 いざって時は退路確保してもらえりゃ何とかなるかなって。あんた、結局ヴァンプなのか!? なんでさっき――」

ヒンヤリ冷てぇもんが、怪我した頬に染みた。女医がペタペタ消毒かなんかしてやがる。
てめぇはもっと訳わかんねぇぜ。人間のくせに奴らに肩入れしやがって。
おい! 勝手にバンソーコーなんか貼ってんじゃねぇ!

「落ち着きたまえ魁人くん。手荒な事をして済まない」
「司令が謝ることなんてありませんよ。俺がマヌケなだけですから」
「魁人くん、私は――」
「解ってます。司令は伯爵には逆らえねぇ、俺には打つ手がねぇって事も。煮るなり焼くなり、好きにしたらどうです?」

「その言葉、本気かい?」

ギョッとして俺は麗子さんを見た。答えたのは司令じゃねぇ、麗子さんだ。でも声は……若い男。良く知った声だった。
「自己紹介が必要かな? うら若きハンターくん?」
「いんや、いらねぇな。伯爵だろ? 厚生労働大臣、菅公隆。まさかあんたが……麗子さんの身体乗っ取ってた、なんてな」
0213魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/25(土) 06:30:02.08ID:lqnL3TCf
規制回避ってのは切ないねぇ。姫、ちゃんと草くってっかな。
0214魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/25(土) 06:35:36.15ID:lqnL3TCf
そういやあの上杉謙信も月毛の馬乗ってたらしいぜ? 
対して信玄の馬が何毛だったのか気になるんだが……黒雲っつーくれぇだから、青毛か?
0215如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/25(土) 06:36:08.35ID:lqnL3TCf
「そうだよ、私は自分の血を継ぐ者に、この意識を送る事が出来るのさ」

眼ぇ閉じたままクックッと笑う伯爵。
甲高ぇヒール音響かせながら……ゆっくり俺の後ろに回ってよ、トンッと左肩に置かれたその手の冷てぇこと。
背筋が凍るってのはこの事を言うんだぜ? 
俺、生粋の道産子だからよ、寒いの冷てぇのにゃあ慣れてっけど、そういうレベルじゃねぇのよ。
なんつーか……胸に氷(ドライアイス)でも撃ち込まれた感じっつーか?
心臓は跳ねるわ……空気はピーンと張りつめるわ、息すんのは忘れるわ。
そんな俺の耳元を、麗子さん自慢のロングストレートの髪がくすぐった。
奴の顔が降りてきて……血生臭ぇイキがフウッっと首を撫でやがってな。
硬直しちまったぜ。咬まれるかと思ったからな。
だが耳下に押し付けられたのは硬くて冷てぇ鉄の感触だった。チカっと光るブルーの光沢。……野郎、俺のマグナム!

「どう? 自分自身の得物で……やられる気分」

口歪めて笑う……その眼が金に変わってる。
撃鉄起こす音がゴリッと響く。この音聞かされたたらもう……観念するしかねぇ。

「やれよ。煮るなり焼くなりって言ったぜ?」

呟きながら俺ぁ……心のどっかで「まだ殺されはしねぇ」って確信があった。殺しちまったら俺を仲間にするもねぇもんな。
だが奴ぁ俺の眼ぇ捕らえたまま――「じゃ、遠慮なく」っつって発砲しやがった。
ただし頭じゃねぇ、下だ。奴ぁ俺の左の膝を撃ち抜いたんだ。
同時にその足を払われたんで、椅子ごと横倒しになった俺は、しこたま半身を打ちつけた。
チクショウ……こんなん……対拷問訓練以来だぜ。

「何しやがる……俺の大事なシャッポが……吹っ飛んじまったじゃねぇか……」
「そりゃ……悪かったね」

……訂正するぜ。訓練ん時とはぜんぜん違ぇ。教官は……こんな楽しそうな顔なんかしねぇ。
2度の銃声。腕と……脇腹がやけに熱い。撃たれた足の痛みも、今頃になって襲ってきやがる。
俺は歯ぁ食いしばったが、たまらず絶叫しちまった。尖んがったヒールの足で、ヒザ踏みつけられたもんよ。
ピタピタっと、硝煙の上がるマズルを掌で遊ばせるその様ぁ……まんま子供だ。川でイワナでも獲る時のな。
見ろよ、ジャキッと銃のシリンダーずらして覗き込んだその顔。

「残り、1発だよハンターくん?」

シリンダーを勢い回す、その金の眼が笑ってら。ロシアンルーレットってわけだ。

バタン! と音がしたんで、首巡らして見てみりゃあ……司令が居ねぇ。
訓練ん時でも思い出したに違ぇねぇ。見るに耐えねぇってか? 
司令が出てったそのドアを……しばらく眺めてた伯爵。

「行っちゃったよ。お楽しみはこれからだってのにさ」

って肩すくめやがった。……お楽しみ。お楽しみねぇ……。
米神に当たるマズルがくそ熱かったが……イッちまった身体は反応すらしねぇ。
俺、この遊び苦手なんだよ。どうヤルならストレートにやってくれよ。

「そうだ、こういうのどう? トリガー引く度に、君に発言権をあげるってのは」

喋り終わるか終わらねぇかってタイミングで奴の指が動いた。運が良けりゃあ……これで死ねるってわけだ。

「一発目は……外れ。君、運がいいね」

……良くねぇよ! これ、最悪5回繰り返すのかよ!

「ほら、言い残すコトくらいあるでしょ? ない? 聞きたい事とかさ」
「……あるぜ。山ほどあらぁ。どれにするか……迷うくれぇだ」
0216菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/26(日) 05:36:19.15ID:Frx03hLG
父は代議士だった。帝大で法律を学んだのち、苦労して支持者を得た話を良く聞かされた。陰で父を支えた母の苦労も。
二人ともごく普通の、健康な人間だった。
何故わたしのような「異形」が産まれたのか。


生活は豊かな方だったように思う。
広い庭にはラブって名の大型犬が1頭駆けまわっていたし、週末は人を呼んでの食事会。
父の仕事柄、客は要人や著名人が多かった。
そんな席には必ず顔を出した。自分の顔を覚えさせるのが何よりも大事だと教えられていたから。

食事関係には苦労させられた。
幼いころから小食な上に偏食が激しく、特に豆や野菜――植物由来のものは全くダメだったらしい。
かろうじて口に入れたのは牛乳と獣肉。時に生肉から滴る液体に異常な執着を見せ、若い両親を困らせたと聞いている。
食べ物に口をつけぬわたしを教師やクラスメイトは訝ったが、アレルギーだと誤魔化した。
食わぬ割には成長が早く、身体能力は高かった。頭のほうも。中学、高校、大学、司法試験、さして苦労した事など無い。

虫をいたぶり、殺すのが好きだった。最初はアリやバッタ、次第にネズミや……ハト。
「小さい頃は良くあることだ」と納得し合っていた両親が、笑顔を見せなくなったのはいつの頃だったか。
……ラブが死んだ、あの夜からだったろうか。
15の誕生日、変に喉が渇いて……庭に出たらラブが駆け寄って来た。抱き寄せて、ラブの鼓動をこの胸に感じて――
気がついたら、その首を引き裂いて、血を啜っていた。
あの時の感動は今でも忘れない。今まで口にしてきたものは、何だったのか。これが本当の「食事」なんだと。
もちろん両親はショックを受けたろう。
朝起きたら、速攻でで精神科に連れて行かれたからね。
何だか患者より神経質そうな先生が出てきて、わたしの症状を聞いて、
「典型的なヘマトフィリア(血液嗜好症)の症状です」なんて言うんだよ。対処法はと聞くと「気の持ちよう」だってさ。
――ヤブ医者め!

色々試して、でも血に対する欲求は止まらなかった。日に一度、もしくはそれ以上。
家からネズミが消えた。遊びに来る猫や、スズメ達も。血液パックじゃ……駄目なんだ。生きた血でないと。
そうこうするうち、水ですら受け付けなくなった。気が狂いそうだった。
思い余って手首を切った。
だが……なんという事だろう。傷が瞬時に塞がったのさ。そういえば昔から傷の治りが早かったっけ。
ふと、巷を騒がせてるヴァンパイアのことが頭をよぎった。
まさか……?
違う。両親は人間だし、奴らに遭った事も、まして咬まれた記憶もない。第一、あの太陽の下を堂々と歩けるはずがない。

「奴」に出会ったのは、公園の暗がりで「食事」をしていた時だった。
血を吸っても死なない白いネズミが居て、そいつが妙に懐いてくるんだ。
良く見ると、目が赤くて……鋭い牙も生えている。
腕にのぼって来るそいつを肩で遊ばせたり、頭に乗せたりしてしばらくじゃれ合ってたらさ、居たんだよ。
座っているわたしのすぐ後ろに、その男がね。
0217菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/26(日) 05:40:50.12ID:Frx03hLG
「こんな時間にこんな場所で……なにやってる。家出か?」

会社員にしては洒落たスーツを身に付けた、細身の若い男だった。顔と髪型、仕事帰りのホストといった井出達。
急いでネズミをポケットに入れ、身を翻した。逃げ足には自信があった。が、瞬時に軌道を塞がれた。

「悪いな。運が無かったと……諦めな」

この身体を抱き寄せる腕の力と、見下ろすその眼の色で、わたしは男の正体に気付いた。
――ヴァンパイア。
はっきりした目撃者が出ない割りに、犠牲者が急増してる……謎の怪物。
国が新設した協会のハンターですら、返り討ちに遭うという、人類の天敵。
いざ出会ってみると、不思議と恐怖は無い。長く伸びた牙が、この喉元に触れた時も。

「おまえ……怖くないのか?」
「なにが?」
「何がって……普通の奴は喚くか暴れるかするもんだ。大体お前……この眼を見て平気なのか?」
「いや、ひかってて猫みたいだなあとは思うけど? てか放してくれない?」
「『眼力』が通じない……だと?」
 
男はいきなり手を離し、地に手をついた。

「失礼致しました。同族、しかも『上位』の方とは気付かず、申し訳ありません」
「え? あの」
「私は『新宿』の佐伯と申します。失礼承知で貴方様の所属コロニーなどお教え願えれば、後ほどお詫びのご挨拶に伺います」
「あは……えと……コロニーって……なに?」

佐伯と名乗った男はポカンと口を開けて顔を上げた。

「コロニーを……ご存知ない? 東京都は新宿、渋谷などの各区と都下に置かれる我等同族の集まり、各県の町村にも同規模の・」
「ごめん、本当に知らないんだ」
「貴方様を変えた主人殿は?」
「てかさ、わたしはヴァンパイアなんかじゃないって。ヴァンパイアに咬まれた事もない」
「御冗談を。僭越ながら我が眼力には一応の信頼を置いております。人間ならば必ずや術中に、ともすれば力の劣る同族も――」

そこまで言って彼は言葉を切った。恐る恐るといった体(てい)で顔を上げ、この眼を食い入るように見つめ――
そんな時、ポケットの中で大人しくしていたネズミがキッと鳴いて顔を出して、それを見たその眼が驚愕で見開かれ――
まさか……とだけ呟き、それきり口をつぐんでしまった。
彼が立ち去った後、木立がやたらとザワめいたのを覚えてる。

しばらくは平穏だった。
血の欲求は相変わらずだったけど、部屋に戻れば、あのネズミがいつも待っていた。心だけは癒された。
アルジャーノンという名前をつけた。大好きだった小説からの引用だ。
彼も自分と同じ症状で、欲しがるものも同じだったから、夜は一緒に「狩り」に出かけた。
ただ、あの公園にだけは行かなかった。
0218◆GM.MgBPyvE
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2018/08/26(日) 06:38:28.67ID:Frx03hLG
良くみたらさ、プロフィールの年齢欄、違ってるじゃないかって。
訂正しとくから。ついでに特技も足しといたから、よろしく頼むよ!
0219 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/26(日) 06:39:52.66ID:Frx03hLG
名前:菅 公隆(すが きみたか)
年齢:34
性別:男
身長:171
体重:58
種族:ヴァンパイア
職業:政治家(現職は厚生労働大臣)
性格:生真面目
特技:弾丸を素手で切り裂く、ほか自分の血を引くサーヴァント、ヴァンパイアへの憑依、操舵。
武器:手刀
防具:なし
所持品:スマホ iPod
容姿の特徴・風貌:純白の上下に黒のYシャツ、切れ長の黒眼、肩まで伸ばす黒髪を粗めのシャギーカットにしている。
簡単なキャラ解説:数少ない真祖の一人。彼が新宿のコロニーの現伯爵であることはハンター協会内部では周知の事実である。
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