「み、美神さぁ〜〜〜ん!」

 三十秒ほど目をぱちくりさせて、おキヌさんはようやく状況を認識したらしい。

「そんな大きな声出さなくても聞こえてるわよ」
「無事でよかったです〜〜〜!」
「はいはい」

 おキヌさんに勢いよく抱きつかれながら、美神さんは具合が悪そうに頬をかいた。
 ぶっきらぼうな言葉に反して、どこか気恥ずかしそうな笑みを浮かべている。

「ところでおキヌちゃん、なんで幽体離脱してんのよ」
「……? いったいなにを言ってるんですか、美神さん」
「いやいや。なにって、そのままなんだけど」
「…………?」
「幽体離脱するのはいいけど、体どっかに置いてきちゃダメでしょ」
「………………?」

 首を傾げすぎて、おキヌさんの首の角度が大変なことになっていた。
 そのそぶりに、美神さんもまた困惑を露わにする。
 もしやと思った。
 こういう、認識のズレは知っている。
 美神さんとおキヌさんも、お互いに『認識している現在』が違っているのかもしれない。
 指摘するべきか否か。
 いま、『参加者の時間軸が異なっている』可能性に触れてしまっていいのだろうか。
 迷う僕とは違い、朧さんは迷わなかった。

「なるほど。お二人の時間軸も異なっているようですね」

 なんの躊躇もなく、あっさりと言ってのける。
 意図せず口が半開きになった僕の前で、美神さんは「あーあーあーあー」と四回ばかり声に出したのち深く頷く。

「そういうことね」
「……えっ?」

 未だよく分かっていないらしいおキヌさんをよそに、美神さんは一人納得したように呟く。

「なるほどなるほど。
 通りでジャンとちょっと話が合わなかったはずだわ。うむうむ」
「どういうことですか?」
「うーん、これおキヌちゃんに言っていいのかしら。
 でもまあ幽霊のおキヌちゃんなら大丈夫か。うん、言っちゃおう」

 美神さんも迷わなかった。

「『私の時間軸』だと、おキヌちゃんって身体手に入れてるのよね」
「はあ。でも私、三百年前に死んでるんですけど……」
「まあいろいろあったのよ」
「いろいろあったんですか」
「そうそう」
「いろいろですかー」

 僕が『時間軸のズレについて触れないほうがいいかもしれない』と思った理由は、こうしてあっさりと乗り越えられた。
 『言ってはいけない未来もある』と思ったのだが、完全に無視されていた。
 一瞬躊躇したのを見るに、美神さんも気付いていたはずなのに……