「オープンカーはボディ剛性が低い」と一般的には言われている。たしかにルーフをカットしているぶん、どうしてもモノコックの剛性は低くなりやすい。
ただ昔のオープンカーとは違い、現代のクルマの場合は、剛性が不足しているならば補強することで必要な強度を確保して製品化されるので、極端
に剛性が低いということはない。とはいえ、補強のぶんだけ重くなるので、運動性能の面では若干不利になることは否めない。
そこでS660では、補強して重くなるまえに、つまりモノコックの段階で必要な強度を確保しておくことを目指した。必要な強度とは、単にボディがカタい
ということではない。S660はドライバー最優先のコンセプトでつくられたモデルなので、サスペンションの動きを正確にドライバーに伝えドライバーが
安心してスポーティな走りをできるような「しっかりしたボディ」こそが、求められた性能だった。だからボディの設計図には「直線もしくはなめらかな曲線」
でシンプルな線を描く「一線入魂」が、いつしか開発陣のコンセンサスになっていた。美しいラインでつくれば、クルマは最適強度・最適バランスになる
という理想を追求したのだ。何度もボディの試作を繰り返し、その度に開発陣がみんなで試乗し、ディスカッションを繰り返したという。「ここでボディを
ちゃんとつくっておかないとスポーツカーにならない」という思いが強かったのだろう。

ホンダにはかつてビートという軽自動車のミッドシップスポーツカーがあった。他のメーカーならともかく、ホンダにはそのノウハウがあるはずだが、さす
がにあれから20年以上も経っているので、その間にボディメイクに関する技術は進歩しており、また、衝突安全性や歩行者保護などの安全性の要件も
異なるのであまり参考にはしなかったという。それよりも、現在、ホンダが持ちうる技術を最大限活かすことを開発陣は考えた。
とくに力を入れたのが、前後サスペンションの入力があるストラット部と、Aピラーからルーフレール部分、そしてBピラーの強化だ。それぞれに最適な形状、
厚みを持った部材を使い、重量と剛性を高次元でバランスさせた。前後ピラーに関しては、車体が横転した場合でも乗員の頭部が路面に接することがない
よう、変形しにくい形状・構造としている。さらに、フロア・サイドシルに関しては高張力剛板を採用しているが、センタートンネルを二重構造とし、その上部を
閉断面とすることで、ねじり剛性を高めている。サイドシルは最外側部をボディ外板(ロッカーパネル)を兼ねる形状とし、断面を大きく取ることで強度を高めた。

また、ボディ全体の剛性バランスを最適化するために、フロントサイドフレーム、リアサイドフレームを直線的な形状として、さらにドア内部のサイドイパクト
ビームはただのパイプではなく両者を繋ぐようなフレーム構造となっている。ドアを剛性材として使っているのだ。これは、ヒンジやドアロック機構の強度や
ドアとフェンダーのクリアランスまで、ボディ剛性を考慮して決められていることを意味する。
こうしてモノコックの時点で剛性を確保したボディは、補強が必要な部分に関しても、いたってシンプルな直線的な形状の補強バーが追加されるのみだ。
それでいて、静的ねじり剛性では、S2000を上回っているという。ねじり剛性の向上はコーナリング時の初期応答性や安定性、しっかり感の向上をもたらし、
S660のスポーツカーとしての性能を確実に高め、オープンカーらしからぬ走りのよさを実現した。