痛快ハンドリングマシンをメーカー自ら標榜するS660、どの自動車雑誌を見ても、やはりというかシャシー性能に関しては大絶賛の嵐だ。
しかし、それって本当に本当?誰もが褒めると疑いたくなってしまう面倒な考えを持つ私はハンドリング分野では理論派であるがゆえに辛口評価で
夙に有名な「サスペンションの匠」国政九郎氏にアポを取った。狙いはずばり、これを聞くためだ。「S660のサスって、本当にみんなが言うほどいいんですか?」

ミッドシップ車はエンジンを運転席の背後に載せる。このレイアウトはフロントエンジン車と比べてクルマの前部が軽いという大きな特徴がある。まずはこの
基本レイアウトがクルマにどのような特性を与えるのかを、あらためて国政さんに聞いてみた。「フロントエンジンのクルマだったら、前輪は重いエンジンと
ミッションを支えているので、舵に使えるグリップ力の限界が早くきてしまう。それに対してミッドシップは前輪の負担が少ないので、より舵にグリップを使えますよね。
タイヤ本来の限界が同じでも、ミッドシップ車の方が、車両の向きを変えたり、途中でちょっと足したり引いたりっていう自由度があるんです。
だから思った通り気持ちよく走らせられる、ということになりますよね。」そんなS660のシャシーだが、まずフロントサスペンションについて見ていこう。
 
アームのレイアウトはごくオーソドックスだという。ただ、ステアリングラックを前輪の前側に配置して、前側で操舵するというレイアウトはやや少数派だ。
これに関して国政さんは「理由は開発者に聞かないとわからないけど…、運転席のステアリングの位置から、前にシャフトを伸ばしていったときに、前輪の後ろ側に
ラックを配置すると、急激にどこかで角度を変えて落とさないといけないですよね。そうするとフィーリングが悪くなりやすい。でも、このクルマはラックを前側に
配置することで無理のないレイアウトになているとは思います」
またステアリングフィールに対しても国政さんは「舵感もしっかりしているし、舵のゆらぎがないですよ。ステアフィールは非常にいいですね。わかりやすいニュートラル感
もあって直進時には安心して走れます」という。現代のクルマにはこの「N感」が不十分なモデルも少なくないという。「N感」がスポイルされる原因にはいろいろあるが、
ひとつは、ステアリングのラックをピニオンに押し付けているスプリングが強すぎることによる。それはサスペンションからの細かい振動をステアリングに伝わり
にくくするためなのだが、一方でステアリングの動きは渋くなり中立付近の軽さがなくなってしまう。
 また、電動パワーステアリングも、特にアシストのトルクが弱いとやはり不自然なフィーリングを生み出す原因になる。S660の場合はフロントが軽く、負担が少ない
こともあって、スプリングをあまり強く設定する必要がないこと、ひとクラス上のフィットと同じ電動パワステを使っていてアシスト力の余裕もあることが、好ましいハンドリング
に貢献しているのかも知れない。
そして、リフトに上げたS660を見た国政さんは、あることに気付いた。「ロアアームの取り付け位置が、全体的にかなり高いですね。これくらい高いクルマはあまりない」
これはロールセンターを高く設定し、重心に近づけることで、ロールを抑えることを狙ったものだと推測される。
「グラッとロールしないようにしているんでしょうね。もともと重量配分がよくて、よく曲がるクルマなんだから、曲がり過ぎてスナップオーバーを出したりしないように
安定性を出しているんでしょう」
S660のフロントサスペンションは、特別新しい技術を使っているわけではない。定石どおりの作り方をしつつ、安定性を重視しているといえるだろう。この安定性
というのがミッドシップ車にとって重要なキーワードなのだ。