こうして“ゆるすぽ”の方向性は固まっていきましたが、2011年夏、プロジェクトには最大の危機が訪れます。
“ゆるすぽ”の開発計画が凍結されてしまったのです。
「気軽に運転できて速さはそこそこという“ゆるすぽ”では、社内の理解が得られなかった。軽のスポーツカー
といえども、ガチでやりきったクルマじゃなければ、Hondaらしくないという判断からです。開発計画が凍結され
たとなると、そのままではチームは解散です。でも、スポーツカーをつくりたいという強い思いがありましたから
、みんなで部屋に籠もり、どうしたらHondaらしさを保てるのかを考えて、コンセプトを練り直したんです」。

そこで生まれたのが“ガチスポ”、すなわち、本物のスポーツカーというコンセプト。軽のスポーツとしてもっと尖
った、際立ったキャラクターを持つクルマで、スポーツカー好きを唸らせるような性能を目指したものです。
「マイクロスポーツカーの本質を研ぎ澄ましたらこの“ガチスポ”に辿りつきました。けれども、誰もが寄りつかな
いようなクルマではなく、とてもフレンドリーなクルマに仕上がっているし、気軽さも忘れていない。“ガチスポ”と
いいながらも、実は“ゆるすぽ”の世界観を持っているんですよ。“ガチスポ”とは、ガチなスポーツカーというより
は、ガチでつくったスポーツカーなんです。魂をこめてクルマをつくるというガチさでいいんじゃないかって。もちろ
ん、スポーツカーが好きな世代にも『やるじゃん!』といわれるようなクルマにしようとは思いましたけどね」。

「乗って楽しい」を支えるのがサスペンションやステアリング、ブレーキといったシャシーです。「走る」「曲がる」「止
まる」というクルマの基本性能はシャシーで決まります。担当エンジニアはスポーツカーのS660にどんな性能を与
えたかったのでしょうか?

「目標は、日本で運転して一番楽しいクルマです。コーナーでスッとノーズが入り、ピタッと路面に吸い付くようにロ
ールし、グッと踏ん張り、ガツンとコーナーの出口から立ち上がる、“スッ、ピタッ、グッ、ガツン”。でも、これがサー
キットをかっ飛ばしたときにしか発揮できないのでは意味がない。通勤途中の一般道で毎日感じられるようなクル
マにしたかった。もちろん、サーキットでもこんな感じは出ます。それが、懐深さというところです。『S2000に勝つ』
という高い志で挑みました」