第二期ホンダF1で現場で仕事をしていた瀬田昌也は、記者側の機先を制するようにして、最初にこう言った。
「我々にとって量産エンジンなのかF1エンジンなのかっていうところに開発上での区別はないんですよ。エンジンて回転体ですから
その中で慣性力が必要以上に増さないように設計する。要は意図しない慣性は減らしたいから駄肉を削ぐとか。それから燃焼に
関しては、やっぱり最適な効率が得られるように、という方向で開発します。」そして最後に言い切る。
「量産の、燃費も重視した一般的なエンジンと出力志向のF1エンジンでの違いって、最終的なテイストの付け方だけですね。」

当時、すでに軽自動車エンジンというのはいかに燃費がいいか、が第一課題になっていました。ですから他社さんにの中には
燃費を第一優先に考えて、出力に関しては明確に絞っているエンジンもよく見られたのです。
でも、ホンダの場合はそれじゃつまんないと、燃費を上げるのは当然。ても、それはクリアした上でもともとのベースエンジンの時点
で出力が出るような作りにしてやろうっていうのがスタート地点にあったのです。
だから、燃費だけを考えるとポートを流れる空気量に制限がかかり、通常は出力が出なくなってあきらめるんですが、うちはポートの形状と
ロッカーアームを使ってリフト量を稼いで馬力を出しちゃう。低張力ピストンリングやピストンパターンコーティング、それにこれまでホンダでは
スポーツモデルに投入してきたローラーロッカーアームを採用するなどして徹底的にフリクションを落としたのも、究極的には出力の向上を
見据えていたのです。
結果としてターボモデルではクラス最強のトルクである104N・mを2600rpmという低いところから出すように至っています。

N-BOX用としてS07Aを登場させてからしばらく経過して、より効率よく燃焼させて燃費を上げて、でも出力は絶対に譲らないやり方がまだ
あるのではないかと思いました。そこで投入したのがツインインジェクターなんです。
量産コストのことだけ考えてたら1本の方が安いんですよ、当然ですが。だからうちがやるまで軽自動車ではツインはやってこなかったんです。
でも、燃焼効率を上げるために、筒内の燃焼粒子の微粒化と均質度をいかにレベルアップさせるかという性能面で考えると、良い方法は
インジェクターを工夫してやることなんですね。
その際、同時に内部に冷却を促進するナトリウムを封入した排気バルブも採用している。これは世界のスーパースポーツがこぞって採用し
ている技術であるのだが、これを世界最小クラスのこのエンジンに惜しみなく入れ込むのがホンダらしい。
こうして完全にレーシングエンジンからのフィードバックとしか思えない技術や考え方を持ち込んで作られたのがS07Aなのだ。が、冒頭にあるように
作った本人は「F1も量産もエンジン作りの考え方は変わらない。」と平然としている。

S660のターボチャージャー変更に際しては、実質的なトルクの向上という要素よりも、パーシャル状態からのアクセルをちょっと踏み増した際に
いかに素早く反応するか、という点に注力したんです。
たとえばコーナリングをイメージした際に、コーナリング中っていうのはアクセル一定(パーシャル)状態ですよね。そこからコーナー出口・立ち上がり
でアクセルを踏み増したときにエンジンが気持ちよく反応した方が加速が気持ちよくなる。そこが重要なんです。絶対的数値ではなく、人間が意思を
持ってアクセルを踏んだときに、どれだけ忠実にエンジンが反応するか。