ここだけ宮脇俊三先生を勝手に生き返らせるスレ
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「私はやらないが種村クンはインターネットをやるのだろうか?」 >>844,>>849
大体、山形新幹線の新庄延伸や東北新幹線の新青森開業がいつだったか位ぇな事は、
一々調べなくたって頭に入ってんだ。 「いつしか、”三次に行ったらハンバーガーを食いたい”と思う様になってきた。これはまずいぞ」
と、気を引き締める。 「わざと上記のような反応を返しているのか否か分からぬが、
”これはまずいぞ”とは、”これはよくない傾向だ”との意味である。
やはり、三次に行ったら三次の名物を味わいたい。
それが、一度どうにも空腹に耐えかねて、ついハンバーガーに手を伸ばしたばかりに、その虜になりかかっている」
と自省したつもりになってる。 三次と聞いてふと備後落合あたりに足を伸ばしたくなった。
何故か立ち寄る機会の多い駅。 なお今三次駅前にバーガー屋は無い模様
お好み焼きで我慢してください先生 五分歩けば牛丼屋もファミレスもありますぞ
三江線なき今は立ち寄る機会もないだろうが それでも昨今の地方中小都市の駅前に比べれば
三次駅はまだ恵まれた方だと思う
かつて駅弁を買った新見駅前の現状は... 新見駅の駅弁は栄養バランス的には、とてもいい感じだったが。値段的にも。
ただし、先生の好みとは少し違うような。
久々に木次線に乗ることを試みる先生。 今の新見駅前はとても1時間毎に特急が停車するとは思えない >>861
新見は一応駅前食堂と喫茶店があるし、ちょっと行けば「いんでいら」で名物のえびめしも食べられる。
あと、駅弁売ってた弁当屋はまだ仕出し屋として営業してて弁当も売ってくれる。
まだまだ恵まれてると思うがなぁ。 >>864
新見駅は交通の要衝ではあるが市の人口そのものが少なく
観光資源も乏しい上に本来の街の中心からも離れている
それでいて津山や三次には一本もない特急が毎時停車するのには違和感を覚える ロングシートの私鉄など用があっても乗りたくないが
一畑電鉄には京王井の頭線の旧車両が走っているので話は別 松江泊。宍道湖の七珍料理に舌鼓。
明日は山陰本線の旅へ。 やはりサンライズ出雲は京都から山陰本線に入るべきだと考える。 サンライズは「電車」なので無理です先生
「汽車」はおろか「客車列車」も絶滅危惧種である 智頭急行線の建設現場の取材をするより
山陰本線全線電化を訴えるべきだったかと後悔 最長片道切符の旅で出てきた「星の王子」って、どんな格好していたのだろうか?
当時は今ほど奇抜な服も無かろうに。 令和3年。途中の平成の記憶が抜け落ちているが94年もよくぞ生きてきた。
家内には感謝している。 >>95
「なんでも屋」の表現を使ったのは種村氏より宮脇氏の方が先だと思う
「時刻表2万キロ」の会津若松のビジネスホテルで近くのなんでも屋の割引券をもらって飲みに行ったというのが最初だと思う >>760-761
根室の「俺ん家」は吉田類さんも行った名店ですね
最長片道切符取材メモで「今回の最低」と酷評した大阪のビジネスホテル「シャトーテル大手前」は
潰れて建物だけ廃墟になって残ってる。
本編ではホテル名こそ出てこないけど、場所的に記述で特定できる 爺になっても「〜っす」口調で許されるのは
あの人くらいだろう コロナなる耳慣れない言葉が流行しているが私は元気である。 遥か昔に失効しました。
94歳の今になって再取得する気になれません。
好きな酒も飲めませんし。
とのことです。 お宅の玄関先にクルマが置いてありますが?
運転するのは女房です
ご自分では運転しないのですか?
しませんよ 三駅が徒歩圏内で昼間でも五分待てば電車が来る
新宿や渋谷まで約十分で家の周囲は狭隘道ばかり
なぜ自動車を所有しようとするのか? 北海道旅行からの帰りに地震の影響で盛岡〜那須塩原間が不通。足止めを食らってしまう。 青春18きっぷの季節。
しかし、ここまで18きっぷをまだ買っていないことに気が付いた先生。 久々に「最長片道切符の旅」を読み返してみた。
登場人物の多くは既に亡くなっていると思う。 >>894
存命なのは大量に乗り合わせた高校生たちくらいか?
あとオフィスレディー達かな 1番若かったのはりんご齧ってる女の子が
カープの帽子かぶってる少年達か
他ならぬ理子さんか
赤ちゃんも出てきたっけ 「ぼくに水割り頂戴!」の女の子、実際には女装した男ではないだろうか・・・ 今、最長片道切符の旅をやろうとするとルートが単純化してしまって、ある程度は私でも分かる。
起点は稚内からであろう。私が昭和53年に実行した時は、広尾から出発したのだが。
などと昭和時代を追憶する先生なのである。 JRバスも含めた最長片道切符の旅をやることも考えた。
あと40年若ければ。 東京から札幌までは日着できるようになって久しいが
稚内〜西大山はまだ無理である。新幹線が札幌まで全通すれば叶うのであろうか。 旅の醍醐味は、独特の「間」にある。
北海道のような土地には簡単に着いて欲しくない。 自分の意見をただ書くだけの場所じゃないんだからもうちょっと工夫しなさいよ 村上とかいう若者の五輪決勝での先制ホームランに大喜びのスワローズファンの先生 今年も終戦記念日は今泉駅前の出来事を思い出すが
8月15日は玉音放送があっただけの日であって
ポツダム宣言受諾の日ではないのである 「天竜浜名湖線は外国人など乗らぬ線だろうけど」
「いいえ遠江国にはブラジル人が沢山住んでいます」 ローマ字を読み終らないうちに列車の扉が閉まってしまう。 >>185
指南というより、別の人が作ったルートを見せただけなんだが。 >>448
山本という人名みたいな駅も、周囲に住宅が建て込んで、すっかり様相を変えました。 >>798
マタギの老人に「あんなものはダメダメダメ」と再び笑われる 久々に山陰本線を旅して、阿川駅の変貌ぶりに腰を抜かす。 松浦鉄道が松浦線だった国鉄時代に東海道本線御厨駅が開業していたら
遠江御厨(とおとうみみくりや)になったのであろうか >>918
ここは宮脇氏を生き返らせるスレ
あなたが喋ってはいけない 「稚内から樺太に鉄道がつながって、オリエント急行まで接続される時代を見たかった。」
などと言うかな?
悲願だったわけじゃなし、あるがままか。 今だったら、「時刻表ひとり旅」にあった路線座談会はどんな感じになるんだろう?
東北本線とか身長が縮んじゃるな >>921
鹿児島本線なんて二人(?)に分裂してしまった 議長「日豊さんと日南さん、少し間を空けていただけませんか。後ろの方が見えませんので……。
はい、ありがとうございます。おや、宮崎空港さんでしたか。はじめまして」 議長「深名さんも湧網さんも美幸さんも今回は欠席と。それから『タンシン』さんも
今回は欠席ですな」
「議長! それは『いぶり』です!」
議長「ああ、そうそう。申し訳ない。胆振さんも今回は欠席と。で、あなたは?」
「胆振の代理人の函館ですわ。ワシのところも影が薄くなっておりますわ。これは
内緒なんですけど、ワシのところの長万部から小樽まで営業を任せている息子が
将来の独立を考えているんで困っているんですわ」
議長「しかし、おたくのところは倒産の心配はしなくていいだけマシだという外野の
声もありますが」 「息子の前では『父さんは倒産なんて怖くない』なんて胸を張っていますが、もうワシ
もトシだし、働くことに疲れましたわ。隠し子の上砂川が亡くなって以来、なんというか
虚無感に襲われるようになりましたわ」
「議長! 深名さんも湧網さんも美幸さんもとっくに亡くなってしまっていることを
ご存じか?」
議長「私の心の中では永遠に生き続けていますが・・・」 議長「日高さんも車椅子でよくおいで下さいました」
「息子もずっと前に死にましたし いっそ殺してほしいところなんですがね」 >>929
留萌本線「日高さん、私もです。息子は33回忌を過ぎました。日高さんより私の方が早く死にそうですね。」 日高&留萌
「室蘭さんや根室さんもご苦労様ですが、千歳さんや石勝さんという元気なご子息がいらして羨ましい」 >>922
ベトちゃんドクちゃんみたいなもんだ(不謹慎) 東北本線、だいぶ背が縮んでしまいましたな。
盛岡から先、18きっぷで乗れませんぞ。
しかし、切り替えの早い先生、「北海道&東日本パス」を用意 贔屓球団のヤクルト・スワローズが日本一になって感慨無量である。
思えば私が最長片道切符の旅に出た昭和53年もヤクルトが日本一で神宮球場は使用出来ず
相手はオリックスの前身球団の阪急ブレーブスだった。
まだ娘は二人とも小学生だったのだが。
と回想する先生。 思えばあの年の日本シリーズで、スワローズが勝った4試合のうち2試合は、阪急の先発投手は元国鉄マンの今井雄太郎だった。
彼がこの年に完全試合を達成した時は私も嬉しかったが、その今井投手を打ち崩しての日本一というのは少々複雑でもあった。 78年は阪急ブレーブス
95年はオリックス・ブルーウェーブ
21年はオリックス・バッファローズ
名称はそれぞれ異なれどヤクルトはオリックスには強い。 流氷の季節。紋別には接岸しているらしい。旅の虫が疼く。 種村氏は流氷に足を取られて手のひらをケガしたことがあるようだ。
私も気を付けなければ。 >>941
しかし今や車窓からオホーツク海が見える鉄道路線は釧網本線のみ 新幹線のトンネル騒音で話が半分くらい聴き取れないが適当に相槌でも打って済ませてしまおう レス数が950を超えています。1000を超えると書き込みができなくなります。