【月光型】581/583系スレ【寝台電車】 [無断転載禁止]©2ch.net
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今年2017年に兄貴分の485系一族と共に消えた月光型寝台電車の581/583系スレでございます。 そもそも寝台特急で何故、スピードアップより車両のグレード向上を優先したのか、考えてみるべきなんだろうなあ。 東京−九州ブルトレを比較的短いあさかぜを除き、名古屋−九州ブルトレにしない限り、あまりにもロングランすぎるから電車では配置両数が増えてしまう
機関車なら別車両でよいけど、電車は編成毎 >>406
そこだよな。583なんか夜行は速度を落として走ってたのに
最高速だけで比較してるけど、66でも583のスジは無理 >>407
海外の国際列車もそうだけど、長距離は機関車方式が優れている。 >>408
山陽夜行の583のスジが寝ていたのは、当時貨物輸送がひっ迫していたので、
並行ダイヤを組まざるを得ず、EF58(最高速度95Km/h)牽引の関西ブルトレと、
ほぼ同等のダイヤで運転していた。
山陽本線全盛期の昼行電車特急はと、つばめ、しおじ等の大阪→下関の所要時間と、
国鉄末期〜JR初期のEF66牽引のさくら、みずほ、はやぶさ等の当該区間所要時間は、
7時間15分で同じだった。 >>410
それ電車特急が本気出してないよ
キハ82系の特急日向の大阪→下関の所要時間が7時間25分だからね >>406
九州ブルトレがEF65からEF66に変更になった時に、
所要時間は大幅に短縮し、スピードUPしてる。
例えば、当時最速列車の寝台特急5レみずほの、東京→下関間の所要時間は、
EF65時代の17:00発→08:13着から、EF66時代の18:05発→08:06着と、
1時間12分も短縮している。 >>411
山陽線は糸崎から西は線形が悪いので、電車特急が本気出してもそんなもの。
当時電車最速の特急みどりでも大阪→下関の所要時間が7時間13分。 >>404
門司ー熊本間とかなら、583系でも逃げ切れるだろうけど、
カーブが延々と連続するような路線だと、振り子特急に追いつかれると思う。
ブルトレも、当時九州内は低速型のED76やEF81だったので、
80Km/h以上の速度域の加速力が全然悪く、特急の動力性能が無かったのが不運。
でも今ならEF510があるので、門司ー熊本間とかなら、後続の電車特急を退避せず、
逃げ切れると思う、 >>413
線形が悪いと加速で劣るキハ82系は余計不利なんだがなあ >>412
66変更後も山陽本線にバカ停車駅無かった? >>416
R=300が続く線区では絞り力行直結運転で制限65キロをクリア出来る
気動車もなかなか捨て難いものだよ ポイントやカーブで70Km/h以下の速度制限が連続する線区では、
ギア比の高い特急型は、速度制限を抜けてやっと高速域に達しても、
すぐにまた制限ブレーキを掛けなければならず、
ハイギア比の特性を生かせず不利になる。
宇田賢吉さんの本に、583系の金星は電車特急には物足りないダイヤ設定だったので、
余裕時分は衝動軽減に回そうとしたが、ノッチの刻みが荒すぎて、
EF65のような細かいノッチ操作ができず、機関車牽引列車には及ばないと書いてあり、
恐らく定速ノッチで制限区間を通過できる、機関車やDCには、
電車と比較してそれ程不利にはならないように思う。 >>419
それ何月号?そんな記述あったか?
66のノッチ、電車と変わらないけど
捨てノッチと界磁ハンドルの分は刻んでるけど
そもそも加速も悪いし、ブレーキも直通に敵わないのになにを言ってるんだ
速度種別みればわかるだろ >>420
その記事は宇田さんの単行本で、機関車はEF65。
EF66なら弱界磁ノッチの選択数は、EF65よりも更に増える。
EF66の九州ブルトレの速度種別は、EF65の代走を考慮してB6になっていて、
これは本来EF66なら、1台車モーターカットに値する。
因みにJRFでは、EF66の牽引定数55のカモㇾの速度種別はA5程度。
6M6Tの電車特急と比較すれば、起動加速は鈍くても80Km以上の加速はほぼ同じ。
停車駅の少ない特急では、起動加速も減速力もさほど問題にならない。
中速以上では、211系8M7TとEF66 +定数55のブルトレとだと、
76KmでEF66 +定数55のブルトレの加速力が逆転し、速くなるとの記載がある。
実際にスカ線のE217系と、EF66ブルトレの90Km程度の並走時の同時力行で、
EF66ブルトレの方が加速が速かったのは体験している、 要は583との比較の部分は妄想って事だな
211とか体験とか意味わからん
ペション臭がする。話にならん EF65がC2(51)なのに、
EF66のEF65代走を考慮してが基本B4(55)を上回るB6に設定されていたとか
もはや妄想以外の何物でもないけど ペション師匠降臨と聞いて飛んで来ますた!!
あれ? >>414
勾配がきつかった理由で、柳井経由を山陽本線で複線電化されたけど、
岩徳線を複線電化なら、485系、80系気動車、EF65などはスピード面でどうだったか謎。
同じ理論なら呉線を山陽本線で複線電化して、セノハチ経由を岩徳線と同じ扱いに
しても良さそうだが、著しく大回りになってしまうからか? >>416
キハ82が活躍したのは、単線区間が多い山陰本線・日豊本線などの亜幹線。
そこと比べて、山陽本線は全線複線なので全く恵まれている。 >>424
B4だったっけ? スマソ。
EF65時代の運転時分はEF58時代と大して変わらず、90〜100程度で転がせば、
定時で走れたと以前読んだことがある。
EF66時代にも実際にEF65による代走が何回もあり、その場合は、
さくらや下関あさかぜなどの軽めの列車に充当されていたけれど、
高速域の加速力が低いEF65だと、回復運転のような全力運転になるので余力が無い。
定数55の場合のEF66の実際の速度種別はA5かA3(うろ覚え)だから、
もしも牽引機をEF66限定にすれば、もっとスジを立てることも可能。 特通貨(のちの高速貨)と特通客は全く違うので念のため
特通貨A3(55)と特通客B4(55)くらい違う >>432
特通貨(のちの高速貨)と特通客とは、何がどのくらい違うのかな?
国鉄末期の、最もスジが立ってた頃の特通客B4の特急さくらは、
EF65の代走でも定時で運行できたし、高速域での動力性能が、
EF65とは全然違うEF66にとっては余裕のスジだった。
これが、もしもEF66 限定のスジだったら、EF65の代走は無理。
実際、国鉄末期のEF66の特急さくらが、先行の113系のドア故障の影響で、
横浜を20分近い遅れで発車して、既に名古屋で定時に回復したことを経験したけど、
これはB4のスジが、EF66にとっては余裕過ぎる設定と言うことなんじゃないの?
かつて2ちゃんの、ブルトレスレの乗車中継でも、下関1時間遅れの富士ぶさが、
東京定時到着だったこともあったし。 あのー
さくらマニヤよ
さくら(とみずほ)は現車14換算51つまりEF65時のまま
他といってもみずほ以外24系25型だが、それらは現車15換算54.5
あいにくEF66化から佐世保発着廃止までの速度種別に関する資料を持ち合わせていないため、
さくらが特通客B4で運転されたかは定かではない >>426
まあ呉線だと山陽本線より長い上に曲線も多かったしな >>434
速度種別(必ずしも絶対性能で設定するわけではない)と、
スジの意味わかってる? 2段化するなら上段を外して固定仕切りと固定カーテンレールを設置すればいいだけ
上(旧中)段 寝台幅は狭い(70cm)けど、高さはある
下段 寝台幅は広い(106cm)けど、高さがない 東海道筋のブルトレは、定数55でも51でも全部B4でスジを引いていたぞ。
20系時代のEF65牽引ブルトレ実際の牽引定数は、
カニ含む15両編成で47だったのに、定数51でスジを引いていたぞ。 山陽線の「特急しおじ」の重たい583系6M6T12連も、
軽くて加減速性能に優れる181系6M5T11連も、
同一のスジで運転していたぞ。 583きたぐには改造ロネがあったけど、どんな感じだったの? 嘘つきgo半島
サロネで行われた2段化の上段は既設寝台(上・中段)を撤去して、旧中段用軸の上に新規平面寝台を設置
3段時中段はL字に対して(パン下の中段も)、サロネ上段は平面
B寝台
上・中 各190*70*68 \5250
下 190*106*76 \6300
A寝台
上 190*90*110 \9540
下 190*106*120 \10500
(5%時)
しおじとか 代走考慮
20系 すでに重くなっていた(最終増備車(1970年)は新製時から汚物処理装置を設置。これに1973年から難燃化工事が加わってさらに重くなる) 今や双方が国交断行を望んで、在日半島民だけが反対しているありさま
昔は北鮮対策もあったけど、シナが言うことを聞かない北鮮を捨てて先に南鮮を収奪したから、友好は不要になった >>447
ネットで聞きかじりの知識でしか得てないこどおじにマジレスしてやんなよw >>442
下段はともかくバリアフリーが一般化した晩年は
上段に金払って乗るのは冗談じゃないと以下略 >>443
やっぱお前痛い奴だったんだな。
ヲタならもう少しまともな知識を持ってるだろ。
何のために引きこもって1日中暇な時間を潰してるんだ? >しおじとか 代走考慮
それって臨時特急しおじのことか?
あれは特急型電車が不足していたので、EF65やEF58 牽引の、
12系&14系12連を無理矢理ねじ込んだので、電車しおじとは全く別のスジ。
そもそも電車特急しおじ誕生の頃は、客ㇾの臨時便は考慮してないダイヤ設定だし、
他の山陽特急(181・485・583)と同一のスジで設定された。
そんなことも知らないのかw >20系 すでに重くなっていた
最終増備車や、14系(定数51)のdebut前から、20系15両編成は定数51だけどね。
師匠、しっかりしてよ。頼みますよ! 全角引用符レ点おじさんと呼んじゃうぞw
と言うか何で喧嘩腰でマウント取ろうとする輩が多いんだここは サロネは客車の開放A寝台をイメージすればいいのかな。
座席化は出来ない構造? 下段はほぼサハネ時代のまま、上段と中段を撤去して新規に上段を設置というのがサロネ581の主な改造内容だしね
寝台仕切りは固定式、梯子もオロネ14・24類似の折畳式を仕切りに固定で荷棚も新設した上段寝台に合わせたものと細部には色々あったけど もっとも座席に転換したのは臨時列車でたまに、だったけどな
以下、臨時列車になった列車↓ 座席使用も考慮されてたのか。
でも仕切りと上段が固定だと鬱陶しいね。 寝台だけを2段にしても、座席がグリーンにならないからじゃね
昼夜で等級変えられなかったんだろ
でも座席リクライニングするサロネ、モックアップまでは出来てたって星さんは言ってたね
どんなのだったんだろう >>462
85年以降の臨時雷鳥
あとは日本海51・52号でサロネも座席転換して使ったか
>>463
上段はサロネ581でも畳まれる構造で荷棚もそれに合わせた可動式(ハネとちょっと形が違う) サロネが登場したのは平成以降だろ。
583雷鳥はまだ残ってたのか? >>467
サロネ581は昭和60年3月からきたぐにで運用開始
583系の臨時雷鳥は平成2年まで走ってた シュプール号で簡易2段寝台に出来るのあったな
上段を展開しないがカーテンが専用のが必要だったとか? シュプール蔵王号は下段も料金が同じだった。
友達と3人で利用した時に自分は下段で友達2人は下段ではなかったが
周囲はガラガラで大宮駅を出ても状況は同じだったので友達2人に
終点の山形までノンストップだから下段に移動してもいいんじゃないか?
と伝えて通りかかった車掌にシュプール号は寝台料金が同じでもう乗客はいないから
空いてる下段に移ってもいいか聞いて承諾を得たので全員下段を利用した。 下段が固定クロスじゃなくて回転クロスに転換できてたら運命は変わってただろうな。 >>475
もし必要だったら座席専用化してリクライニングシートに置き換えてるだろう
それをしなかったってことは分かるよな 窓割が面倒
だから定員が少ない
ステップ付のボックスだから、普通へ改造した方が楽
経年(580-581ユニットで1983年時ほとんど15年経過)
ただ、結果論ではやはりほぼ南福岡→向日町車に限るものの、座席化して雷鳥・しらさぎに投入したほうがよかった
モハネ583 モハ485
端扉 859(597) > 522
端ト 254 < 528(上の反対側)
窓 1392 < 1485
窓間柱 578 > 385
窓数 8、9
客室全長 16295 < 17495
トイレ 2 > 1
シートピッチ 985、910
列 15(60)、18(72)
(モハネ583のトイレと洗面所を各1つ減らした場合 16列(64))
(モハネ583のシートピッチ910で窓無関係の場合 17列(68)) 向日町
クハネ581 41:寝台10+1、座席クロ15+1とクハ14
クハネ583 2:座席1+1
モハネ580-581 12組:座席10+2
モハネ582-583 51組:寝台16、座席35
サハネ581 43:サロネ化5、座席37+1(不足3)
サロ581 21:座席15+1、車体更新サハ5
サシ581 21:寝台5(サロンカー扱い)、あと廃車(窓はサロのサハ化に転用)
サハ不足は金沢サハ489を投入
きたぐにとか 6M4T 5本 クハネ581は全てこれに使う
雷鳥 6M6T 15本
12本 フル581・583系
1本 クハの1両が元クハネ583、サハが全てサハ489改造
1本 サハの2両がサロの車体更新
1本 サハ全てサロの車体更新 485系で数足りてるし
681系登場までのつなぎに過ぎないし意味ないでしょ 史実通りなら681系は雷鳥増発に使われているため、本格的置き換えが進行するのは683系投入の2001年あたりから
でも、11本は全置換用683系4000番台が投入される2009.10まで安泰
九州715系 1998.3まで
東北715系 1998.10まで
北陸419系 2011.3まで
だから、普通改造715系よりも長生き
史実雷鳥運用 向日町は京都とかいろいろ改名されているけど面倒なのですべて"向日町"で統一
1994
485系 向日町9両15本、金沢7両実質7本、金沢3両7本
681系 <金沢9両臨時1本(94.12改正で一旦離脱)>
1995
485系 向日町9両9本、金沢7両6本、金沢3両7本
681系金沢 9両1本、6両6本、3両7本
2000
485系 向日町9両9本(白鳥1往復を含む)、金沢10両6本
681系金沢 9両1本、6両6本、3両7本
2001
485系 向日町9両10本
681系金沢 9両1本、6両6本、3両7本
683系金沢 6両4本、3両4本 金沢のボンネット型が何両か暫く保留のまま留置されていたのは、681系先行量産車がデビューしてからか。 581・583系の座席化は1982.11までに12本分
東北新幹線開業までに直流化できる485系は12両8本
→以下以外はサシ481→サロ489交換の上、ステップ埋め工事を行って183系2000番台化により新幹線リレー号へ
これで生じる交直流機器24組分は113系へ搭載し、415系800番台(史実とは違い4両編成)として九州地区へ投入
そのため、九州地区はホーム920mmかさ上げ化
残り4本
1本はサシサロ交換でくずりゅう格上げ(追加)
2本は183系化(サハ・サロはクロハ・クハ化。サシはたぶん廃車) 12M12T-4T+4T 2M2T×6
別:サハを2両クハ化して183系へ
1本は189系化(サハはクハ化して183系へ。サシはたぶん廃車)
これで生じる交直流機器9組分は113系へ搭載し、415系800番台(史実とは違い4両編成)として九州地区へ投入
1982.11以降の改造となる3本は1984.2投入予定
6M6T×3とMM1組 → 4M3T×5
MM×10 交直流部分撤去
サシ×3 たぶん廃車
サロ×3
サハ×6 クハ化×4、サロ化×2
クハ×6
これで生じる交直流機器10組分は113系へ搭載し、415系800番台(史実とは違い4両編成)として九州地区へ投入
以上により、485系12両15本+サロ9+サハ2+MM1組
そのまま1本
183系化 12両8本、7両5本、4両6本、
189系化 9両1本
交直流機器43組分 113系の415系化に使う
サシ12両
つまり415系4両43編成分・185系200番台全ていらない どなたか経験者教えて下さい、調べても出てこない
583系みたいに走行中に寝台の設置取り外しが出来ない列車って、
乗ってから降りるまでずっとベッドに横になってるの?
上野を19時や20時発だった列車は寝るには早いし、座る場所無いはずだし 臨時夜行のあおもりみたいに長距離のやつだけが昼間の座席転換をしていたはず
当時は寝台の使用が21時から7時までだったと思うが暗黙の了解があったはず
以下詳しい人の解説と補足と陳述 >>484
寝台の設置または解体をしてくれない列車では、ずっと寝転がってた >>488
あーやっぱそうなんだ・・・椅子が無いし最初から寝台になってたら
乗ってすぐ寝転がるしかないか サンライズのソロもけっこう苦行
583や24系の3段寝台よりは天井が高いから座ることはできるけど でも583系って、九州ブルトレのような寝る前、あるいは起きた後の
時間が長い列車には使われていなかったような… 最長は定期は「きりしま」臨時は急行あおもりか
宮崎行の彗星もあった気がするが
どちらにしても身体も起こせないし苦行だな >>493
とはいえ583でも下り金星や上りはくつる(青函トンネル開業前)みたく終着が9時過ぎになる列車があった以上そこらは寝台解体してた >>497
上りはくつるって解体してたのか!?
俺が乗った時(1984年)は上野まで解体しなかったな >>499
してないでしょ。497は妄想。583が転換にどれだけ時間かかるのか知らないんだろ >>499
どうやらJR化してしばらく、ヒルネ扱いする列車を除き、寝台はそのままにしたようだな。
その時点で客車三段式は一部夜行急行のみ、583系も運用が限られていたが。
開放A寝台も、さくら・みずほはセット・解体してたが、
日本海は大阪〜青森でそのままの状態だった。 >>501
はくつるは583系時代ずっと解体なんてしてないよ
583系の寝台解体はきりしま、臨時日本海、金星(ヒルネ用一部のみ)だけ >>494
583系の宮崎行なら、3往復時代にあった
新大阪1822発〜宮崎826着の「彗星1号(3001M)」
宮崎1906発〜新大阪936着の「彗星6号(3002M)」
ソースは1979年12月の交通公社時刻表 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています