懐かしの駅弁・駅そばなどを語る [無断転載禁止]©2ch.net
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懐かしの駅弁(お茶などの飲料の話題も可能)と駅そば(うどんやラーメンなどでもOK)を語ろうぜ。
駅そばなどのスタンドの話題や駅弁などの立ち売りなどの販売方法や茶の瓶などの話題も上記に関連していたらOKでございます。 東海道本線上からもだいぶ減りましたね。
駅弁も立ち食いそば屋も。 昭和40年当時の西武線所沢駅構内、狭山そば、そばが50円、ジュースも50円 >>6
秋葉原の模型店でプラ茶瓶のお茶、売っているよ。 俺は高校の時柔道部だった
いじめやしごきはなかったが、ホモの先輩に「駅弁」をかけられたときは本気でケツが裂けるかと思った 品川駅東海道下りホームのお好みそば復活を求む
昔、山手線で通勤していたが遠回りして品川に立ち寄ってよく食べてた
具を入れ放題、ってシステムがたまらんかったな 最近はホームの駅そばは減っている。コンコース主体。その為、広い店内とごはんものメニューだが。 ホームで目的の電車が来てドア開ける寸前まで麺をすするスリルがたまらんのになあ 奥多摩そばの中の人があじさいになってつまらなくなったし 植田まさしの四コママンガであったな。
ちなみに旧型客車。 >>9
別の駅で別業者がお好みそばやってなかったっけ? ゲイの有馬さん、久しぶり。
最終下り銀河の見送りありがとう
車内から見てたよ。静岡の陸橋だったっけ 20年くらい前に、上野駅大連絡橋に大きなそばがあって、テーブルも多く、ごはんものも当時は珍しかったです。
行くとかき揚げ丼でしたね。 遠軽のかにめしが懐かしの駅弁になってしまったことを今更ですが知りました
寂しいなあ 俺の知っている範囲では'70頃の音威子府の幕の内弁当!
ご飯とおかずが別々の二段重ねで、質・量とも日本一だったと思う、しかも≒\200_と安かった
一面銀世界のなかC55牽引スハ32内でのホカホカの経木の香りが今でも忘れられない 岩見沢駅の駅弁は岩見沢から支線のように張り出していた万字線や幌内線に
乗り換える時に必ず買ったものだ。イクラ弁当、とり釜めし、にじ鱒寿しの
購入が多かったけど2個買って痛みが早いイクラ弁当を先に食べて残った方は
札幌から利尻・大雪・狩勝(まりも)の夕飯や夜食にまわしたものだった。
1982〜1983年はイクラ弁当が500円だったと記憶している。 >>30
俺は逆に各方面からの夜行列車が早朝に次々到着する時間
(それも5時台から)に室蘭本線の始発222レ(C57牽引)に乗り換えるとき、ホームで岩見沢の駅弁屋さんが販売しているのがありがたかった。窓から弁当買って汽笛一声で出発、「さあ今日もこれから撮影するぞ」との思いを新たに出来た瞬間だった。
それにしても一部は札幌までの朝食用だとも思うが、ほとんどこの列車のために駅弁を調製してくれていた弁当屋さんに感謝。 しかし立売箱の持ち方が
「亜流」のところばかり
立ち売りが残ってるのも皮肉なもんだな。
(折尾、人吉)
利き手側の肩を前へと抜いて
タスキ掛けにする本来の持ち方のところが
残ってない。 むしろ「イメージの逆輸入」で
立売函の持ち方の認識のほうがおかしくなっとる。
駅弁売り箱のグッズ販売ページ見てみ
見事に亜流のほうだから 磐越西線の日出谷
急行も停まらないのに、時刻表に「弁」マークがあったのが不思議だった >>40
とうとう食えんかったわ。
SLばんえつが始まる前、
もちろんネット時代になる前の話だが、
客レだけ立ち売るって噂があったから
何度が挑戦したが、結局売られてなかった。
同じ目的の人たちの数人の残念そうな顔が印象にある
カーブしてるから見えるんよね、
買おうとして様子をうかがっている同志が。 ばんえつで売るようになったのは知ってたが
廃業後も今に至るまで一回も行ってない。 >>40
急行あがのは次の鹿瀬駅とその次津川駅2駅連続停車していたから仕方ないかもと言うか日出谷のポジションがかつては車庫がある優等通過駅ポジションだった 味もひでーやとは言わないが、イマイチだったな。
50系で途中下車して買いに行ったんだが。 買えなかった人も買った人も残念だったのか('A`) 磐越西線といえば、新津の雪だるま弁当はまだあるのかな? SLといえば崎陽軒の焼売のCMを思い出す
幕の内は駅でなくても神奈川県内の百貨店やスーパーで買えるけど… ほんとそれ
ますのすしも今や富山駅の駅弁ではなく北陸自動車道サービスエリア名物だしね(峠の釜めしも横川駅→サービスエリア) ボンタンアメに塩昆布が駅の売店や車内販売の定番だったような、昭和40年代。 >>51
ボンタンアメは関東のあるバス会社でも売ってた 国鉄の駅売店に必ずと言っていいほど置いてあったポケット時刻表
主要列車の時刻はこれで十分。小駅は省略してあるが 【スーパーサヨク覚醒】 マイト★レーヤ出現 【ゲスウヨ、貢米ポチ、理研は命乞いしろ】
日本から始まる世界的株式市場の大暴落
日本がアメリカ国債の25%を引き出すと世界経済が破綻し、マイト★レーヤは出現するでしょう。彼は「匿名」で働いております。
非常に間もなくマイト★レーヤを、テレビで見るでしょう。マイト★レーヤは毎日テレビに現れ、質問に答えるでしょう。
彼は日本人ではありませんが、日本語で話すでしょう。彼は、非常に物静かなやり方で話します。
彼の最初の控えめな態度に混乱してはなりません。マイト★レーヤが公に現れるにつれて、UFOが姿を表すでしょう。
最初になくなるのは世界の株式市場でしょう。
差し迫る株式市場の暴落は、他の人々が飢えている間にお金を儲けることの結果です。かれらは自分の財産を隠し、犯罪的雰囲気さえも創出しています。
新しい政権は民意を反映し、先に食物と住宅、次に健康と教育、最後に防衛とするでしょう。
今日の製薬産業によって「盗まれている」薬草も保護されるでしょう。国民を裏切ると、自殺につながります。
アメリカによる他国の虐待に反対の声を上げなければなりません。
世界平和の脅威は、イスラエル、イラン、アメリカです。イスラエルの役割は跪いて、パレスチナに許しを請うことです。
彼らは今世紀(21世紀)をこの帝国が出来上がるアメリカの世紀と呼ぶ。しかし、そうはならないでしょう。
1国あるいは1種類の政治形態が世界中を支配するということは、この惑星の計画ではありません。
彼らが世界中に‘民主的’制度を確立したいという衝動をコントロールするのは、マイト★レーヤの任務です。
世界演説は英国BBCが放送
マイト★レーヤが世界に向かって話をする準備は良好に進行しています。この時、初めての本当の身分を明らかにされます。
25分か35分くらいかもしれませんが、歴史上で初めて、世界的規模のテレパシーによる接触が起こるのです。
14歳以上のすべての人々はマイト★レーヤの言葉を彼らのマインドの中で、自国語で聞くでしょう。
https://www.youtube.com/watch?v=6cOvo6n7NOk このスレは
心斎橋料亭旅館大野屋迎賓閣がお送りします 総武本線佐倉駅ホームの立ち売り弁当
内容はてんで思い出せない 久留米のシュウマイ
地元横浜とは違ってマロヤかな九州風味付け旨し、急行[天草]から乗り継いだ
久大本線大分行きD60牽引普レ車中にての朝飯
旧客で食う駅弁はサイコーの贅沢、豊かだったのか?貧しかったのか?あの頃 糸魚川の駅弁屋は北陸新幹線の開業を待たずに廃業してしまい、
北陸新幹線の駅構内で「えび釜めし」などの弁当を買うことは叶わぬ夢となってしまった。 >>63
たかせ、か。
えび釜めし食べたなあ。駅前で直接買った
もう妙高高原の笹ずしとか
酒田のササニシキ弁当とかも無いんだよな。
自分は津幡のかずのこ寿しを食えなかった 妙高高原の笹寿しは地元百貨店の駅弁大会で買ったことがあるな。
飛騨金山の栗おこわ等も売っていた。 関西でも駅そば少なくなったな…。
昔は大阪駅の環状線ホームにもあったが消えたしな。 >>66
僕は醤油トンコツラーメンが大好きだったな。 姫路駅の駅そばもSLが消えてからだからもう40年以上食ってない、再現したカップ麺では駅そば食べた気がしない 新幹線ゼロ系がコック帽を被ったキャラは日食だっけ? >>69で思い出したが、えきそばは最近では加古川駅にも進出したぞ。
同駅の高架化の際に高架下に進出した。
これで姫路まで行って食べる必要がなくなった。 >>69です。梅田の阪神百貨店の地下に店あったのに改装で当分の間休みです。来年〜再来年にはオープンしますが残っているかは当日までは不明、でも本家のを味わいたいな。 なんで姫路で食べないの?
食べに行かなきゃ食べられないのは当然だよ。
40年以上姫路方面に行ってないし行く用事もないってこと?
食べたかったら行きゃいいじゃん。そりゃ行かなきゃ食べられないよ
地球の裏側のアルゼンチンとかならさすがに簡単には行きにくいけどさ、
京阪神からなら山陽直通特急なら少しでも安いし あるいは、姫路すらも出かけにくいほどのご老体とか?
でも人混みの梅田へは出られるんでしょ?姫路まで行くくらいは負担変わらないと思うけどなあ 高架化前の福知山駅改札口のとこにあった立ち食いそば屋のメニューの「鬼そば」
名前に魅せられて試食してみたが、どこの駅そば屋にでもあるような
かまぼことネギの入ったかけそばだった >>78
関東でよくみる「きそば(生そば)」に
屋号として「鬼」(き)の字を充てただけだからな。 小鯛すゞめ寿司
舞鶴線東舞鶴駅で購入して特急あさしお3号の車内で食べたが、
和歌山駅で売られている小鯛雀寿司とは違い、バッテラのような小鯛寿司だった 姫路駅そばの件一言多い、というより大きなお世話だ、ヒマなの 理由は何なの?
書いてないから変に感じる
それなりの理由があるなら俺だって何も言わないよ
それくらいの常識くらいはある 折尾駅、東筑軒のかしわめし
今も変わらず残っているけど、筑豊線に乗るときいつも買っていた。
包装紙の地図が微妙にかわっていって、楽しみにしていた。
画像は平成12年
http://i.imgur.com/TUJKoLh.jpg >>84
違った
3/29 12時だ
平成2年だったはず 地球の裏だとかご老体だとかつまらんつっこみいれて常識あるなんて言えるの、他のスレにもこんなのいるけど知性を疑う、もうここは覗かないから反論はいいよ >>84
チラパンツが影も形もなかった頃から本城陸上競技場は描かれていたんだな >>73
シオヤなのに、確か塩ラーメンはなかった。 シオヤにその昔ギョーザうどんなるものがあったね。
個人的には結構気に入ってたほうだったんだけど
やはりあまり人気がなかったのか早々にメニューから消えていた。 四国高松駅ホームのびっくりラーメン
180円だが、めっちゃ不味かったな
短期間で閉店したわ 昔喰ったそばやうどんやキシメンはうまかったってのは懐かしさの補正機能が働いてるんだろうな
小淵沢の丸政のそばは死ぬほどうまかったが今は味が落ちてると思うと怖くて食えない 父親にねだって初詣に鹿島神宮に連れて行ってもらったときのこと。
もちろん、動機といえば、急行「水郷」と鹿島線。
元旦の地平ホームにはDC急行「水郷」と「犬吠」が並び、、
どちらも超満員で、ホームには駅弁の売り子さんの姿があちこちに・・・
反射的に駅弁をねだる。
自分が乗った「水郷」は大半が成田で下車したが、その成田のホームにも
あちこちに駅弁の売り子さんが・・・
ここでもまた、反射的に駅弁をねだる。
鹿島神宮までに弁当2個をペロリ。
格別おなかがすいてなくてもなぜか美味しいんだよね。
今、仕事の関係で両国駅を毎日利用するが、あのときの情景を思い浮かべてみるが
ピンとこないんだよね。 駅弁売りがホームに何人もいた当時は客車も自動ドアじゃないし、
窓も開け放題だったし停車時間もそこそこ長かったしコンビニもキオスクもなかったし(売店はあったけど)、駅弁とお茶を買うのが旅のデフォルトだった
今はドアは自動、窓は密閉、停車時間は30秒、コンビニ弁当が安くて豊富
キオスクでも弁当売ってるし駅弁売りご難の時代
そういや赤帽なんてのもいたっけ、我が家はめったに利用しなかったけど
急行以上だと車内販売も結構うろちょろしてたな、どんなに混んでいてもかきわけて通行して売り歩く
アイスが高いんだよ濃厚なんだけど 今はクルマ社会だからな AEONモールあたりで駅弁大会やった方が稼げる
シンカンセンスゴクカタイアイスはスジャータだっけ? スジャータ=めいらく=名古屋製酪の略
というわけで名古屋の会社である >>101
売店=KIOSKだったんだが。
鉄道弘済会といって、元はといえば殉職した国鉄職員の家族の
就職先としてはじまったわけだが。 ヨーロッパのスタイル真似ただけだと思ってたよ、南無阿弥陀仏です
吊しのダイカスケールの鋳物電車玩具が眩しくて、今も集めてるが >>101
話の内容的には「キヨスク」が正しいな
キ「オ」スクってのは分割後に意図的に変更した束だけだから >>103
オーナー一族嫁が元おニャン子の斉藤か
玉の輿だな 郡山駅
福豆屋、東北軒、伯養軒と3社が交代で駅売り。
狙った弁当を買えない場合もあったが、盛況でしたよね。 >>111
これがかの有名な”女川でさばいた”ってやつか。。 >>112
津波の被害で工場がやられて、
石巻で復活したんですよ >>113
そうなんだね。
でも、112でレスした視点はそこじゃなくて… 千葉駅構内にあった、だいきんの立ち食いラーメン。
おばちゃんが手売りしてるプラ製食券が懐かしい。
その昔は一杯\180でした。 小田急といえば箱根そば。
登戸駅の階段下で初めて食べたとき
「かけ」が80円。「たぬき」「きつね」などが100円だった。 いちおう書いておくけど、>>112は
「女川産」(=女川で水揚げされた)とは書いてない、
という意味のニヤリネタね
まさか地震と津波でああなるとは思わなかったよ まさに味災
しかしうまく当て字したもんだわ
揶揄の傑作だと思う 俺は不味い駅蕎麦でも、安いんだから仕方無いと完食してしまう。 >>121-122
うまいまずいの根本は麺よりダシ 小倉駅のかしわうどん、旨かったなあ
そばは音威子府、寒いときには最高!
季節も大事だよね、異論は認めます。 >>122
岡山在来線ホームからは完全撤退
なんでだろー >>119
口の悪い人はO-bentoを嘔弁当と… やっぱりねー
立川駅の「おでんそば」は昔の雰囲気じゃないとねー。
オレが初めて駅ソバを注文したのは小学校5年のとき。
もちろん1人で電車に乗っていたときで、
当時の立川駅の上りホームの「奥多摩そば」は
ガラの悪いオッサンばかりの店でねー。
110円の「かけそば」をビクビクしながら注文した。
「おでんそば」は高くてねー210円したな。
(当時の自分の『月収』は500円) BSE問題で消えた京急えきめんやの牛丼。
他の牛丼チェーンみたいに豚丼にもならなかった。
(厳密にはミニ豚丼がある)そして復活せず。
店もなんか外観だけリニューアルした後は効率が悪くなった。
追浜のような改札入ったあとのカウンターは封鎖。
不味くて値段の高い季節メニュー。
むかしはジャンクだけど安くてうまい印象があった。 奥多摩そばのそばはうまかった、今はあじさいだから画一的、それでも好きだけど
玉仕入れる業者に左右されるんだろうね >>74>>75
>>69は何処住みと書いていないぞ。
北海道か九州の人かも知れん。 キリンレモンの歌をおでんうどんに変えて歌ってみよう >>135
3-3で濁音がどちらにもあるから歌いにくい。 >>133
改装みたいな細かいネタまで知ってる人が? 品川駅にかき揚げそばのうまいお気に入りの立ち食いソバ屋があったんだけど、
東西自由通路作るときに自由通路建造工事に伴い店ごとなくなっちゃった。
もういちど食いたいなぁ 米子駅の大山そば
つゆは色が黒に近い濃い目の色で、少し辛めの味だったがそばは美味かった 関東最後の駅弁立売が見られた佐倉駅の焼き鳥弁当
大きめの鶏肉に甘いタレが懐かしい >>144
関東最後はJR限定だと宇都宮
私鉄もありなら下今市 kioskには必ずあった細長い袋の貝柱、堅いのをひたすら裂いてちびちび喰う 高松駅構内のさぬきうどん店も知らないうちに食券購入制になってるな。
個人的には、昔ながらの声を出して注文するのが好きなんだが。
ちなみに、今は店の前にテラス風の椅子が置かれているので立ち食いとは言えなくなった。 構外側の店内激狭で外にホコ天みたいな机椅子のあれか >>150
>ホコ天
一瞬ジャコ天のような何かを想像した 今も盛業中だから厳密にいうとスレチだが
立ち食いそばの元祖・阪急そば十三店が
いつの間にか立ち食いでなくなっていた
先日十数年ぶりに訪問したらあまりの変わりように言葉もなかった >>150
改札内ホーム側に、ちゃんとした椅子があります。 あの高松駅の店は
何度訪問しても印象的だな。
特に改札外側からのビジュアル
知る人ぞ知るみたいな店っぽい佇まいなのがまたなんともw
それでいて客入ってないしw だれも買わない小諸の駅弁を好きになってね。
元はといえば、横川で釜めしを買っているのに、
軽井沢から乗って来た小諸の娘に「押し売られ」してから
のことなんだけどね。 >>152
立ち食いはオーダーしてすぐに出てくるから成り立ってるのに
メニューが複雑化して時間がかかるようになったから変えたって聞いた
今でも立ち食いのままで続いてる店は品数が少ないしオペレーションも簡単(すぐに出てくる)なものしか
扱ってないはず そいえば店名阪急うどんじゃないな
大阪逝った時はおまけのたぬきをいっぱいうどんに入れて喰うのが乙 たぬきって?ひょっとして天かすのこと?
こっちでは、たぬきとは料理名を示すんで。
天かすでなく、揚げ玉(製品)を置いてる豪華な店もあるけど。
後者は少ないが1軒知ってる 「たぬきを入れて〜」って書いてあるやん
たぬき=揚げ玉なんでしょ? 大阪では
「うどんに油揚げを載せたもの」←この料理の名前が「きつね」、
「そばに油揚げを載せたもの」←この料理の名前が「たぬき」、だよ
関東は「油揚げ=きつね」だから、
「きつねそば」と「きつねうどん」になり、
「揚げ玉=たぬき」だから、
「たぬきそば」と「たぬきうどん」という呼び名になる。
大阪でもすでにかなり影響を受けてるから
関東式で提供していたり、
あるいは、内容は大阪式のままでも
わかりやすいように名前だけ
「きつねうどん」「たぬきそば」と麺種部分まで添えてたりする >>161
>関東は「油揚げ=きつね」だから、
>「きつねそば」と「きつねうどん」になり、
>「揚げ玉=たぬき」だから、
>「たぬきそば」と「たぬきうどん」という呼び名になる。
関東だけどそんな言い方しないよ してるじゃん。なんて呼ぶわけ?
あんたさっきから否定ありきで
根拠を一切示してないよね?
なんでそんな意地になってるわけ? オレ都内出身で大阪に住んで長いし文化相違に興味あっていろいろ見聞してきたわけだが。 >>163
否定あり気も何もそんな言い方しないもん
しないものに根拠なんてないよ
呼ぶ時は
油揚げ
揚げ玉
だよ きつねたぬき論に関して東洋水産の果たした役割は大きい 菊水丸『うちではきつねうどんは置いてまへん。けつねうどんなら置いてます。』 >>172-173
それは河内言葉。八尾市などの
大阪言葉ではない 京都ではあぶらげあんかけがたぬき、もう揚げ玉油揚げに統一してと思う都民
まあ東京はそれで揃ってたのだった、でも揚げ玉入れ放題はないのが残念 >>174
でも>>172のセリフをラジオ番組『さてはとことん菊水丸』で言っていたんだよ。 菊水丸は河内人だし、それは河内にあるうどん屋で言われたんだろ?
河内ではケツネ-のほうが正しいわけだし 大阪駅環状線ホームのシオヤでは、関東方面から来た客が
きつねそば
と注文すると、おばちゃんは直ちに厨房へ
たぬき一杯
と伝えるシーンを何度も見た >>179
「きつねそば」と注文した客が皆関東者とわかるんかいな!? >>179シオヤと言ったのか、東京者の俺をうどんフェチにした店だ >>180
大阪ではそうだからです。当然
自由軒の混ぜカレーを注文して
厨房へ「インデアン」とオーダーするのとまあ同じ >>180
そら大阪人で「きつねそば」言うて注文出す奴おらんからな。 >>183
阪急民が何時もの癖でってのはあるかもよ >>184
大阪の人間なら使い分けられるから無問題 ヒガシマルつゆのCMはきつねはお揚げたぬきは天かす、関東ローカルだろうか 営団の駅弁にメトロランチ・パクチカがあったな。
営団末期に消えたがな。 >>187
営団車内で弁当を食べるのは勇気がいるわな。
テレビ系だと、元気甲斐は健在のようだが。 少しスレチかもしれんが、昔横浜駅構内に「ラーメンショップめんめん」という立ち食い(厳密にはカウンター席のみ)のラーメン屋があった
メニューには、ラーメンの名前が「めんめん」と書いてあって、注文するのがこっぱずかしかった >>188
日本で一番駅弁が食べやすい地下鉄は上飯田線の車内かな >>145
東武の下今市の立売さんは2015年8月に引退されたと東武博物館の花上名誉館長の著書にあった。 大阪駅東口の立ち食いソバ屋。店入口に受付があって
口頭でかけそばを注文すると、受付のおばちゃんがマイクで
「かけ一杯!」と鼻にかかった声、変な節回しで厨房にオーダー、
120円支払ってカウンターでかけそばを受け取り天かすをしこたま入れた >>190
一駅間で駅弁食べ尽くすの、逆にしんどそう。 都営浅草線での北総9100のクロスシート部分でもいいんじゃね? シオヤは環状線のホームにもあったな、初めて行った時はかけ蕎麦百円で揚げ玉入れ放題だったか、メニューにはコロッケ入りなんてあったが食う気しなかった。今は同じ場所におあがり屋なんて出来てる >>193
秋葉原の田毎も昔はその方式だったな。
関東だから天かす入れ放題はないけれど。 先日のイベントで山北駅の「トンネル饅頭」が復活してた。
むかしあったのかどうかは良く知らないが どっかで書いた記憶あるが、今は知らんが
平成元年くらいに中野駅ホームの立ち食いがネギ入れ放題だった
関西では天かす入れ放題はよくみるが
意外にネギはないよ
疑問は、関東では当時としても珍しいほうなの?
今でもあるのかな 今でもあるのかな
↑中野駅だけの話ではなく関東全般で、という意味です うろ覚えだが、昭和末期か平成初期頃ネギの値段が高騰して入れ放題が無くなったと記憶してる。それ以前はネギ入れ放題は珍しく無かったというか普通だった。 駅そばじゃない小諸そばが梅干しネギ好きに入れろシステム
あじさいの関東関西つゆ選択の黒歴史 そのうち「稚内に駅があったなあ」に…(´;ω;`) 入れ放題じゃないが、昔立ち食いそば屋で隣に立ってたおっちゃんが、トッピングの生卵を3つも入れてそばを食い始めたのを見たときは絶句した。
さぞかし絶倫なのだろうと思った。 >>196
京都地下鉄東西線の京阪800でもいいだろ? 時々無性にかしわうどんが食べたくなる
九州の立ち食いうどんの定番の
駅によっては素うどんにかしわが乗ってて一番安いのがかしわうどんだったりするのが面白かった >>208
10年前はなたび利尻で着いてすぐ食べたが美味しかったよ
閉店したときは地方紙の記事に出た
今は隣接の施設に後継店があるとか 駅じゃ無いけど旧広島市民球場のカープうどんは甘めのつゆがおいしかった 他板にもレスしたが朝早い利尻到着宗谷発車の客には有り難かった>稚内 北海道ワイド周遊券で夜行列車20連泊したときは重宝したな>駅そば 駅すら関係ないがホッカイシマエビ生を食いたくなった都民 音威子府駅で初めて蕎麦を食べた時は、ホーム上にあった建物の中でした。
稚内から旭川へ向かうキハ22の普通列車で、十数分の停車時間でパパッと掻き込んだ記憶。 >>214
小倉駅がホーム下に連絡通路があったころ、よく食べてたよ。
長距離列車に乗るときは、東筑軒のかしわめしとしろやのパンを買っていた。 10年くらい前、仙台駅の3・4番ホームか5・6番ホームに、昔ながらのカウンターの立ち食い蕎麦屋があったと思うけど、誰か覚えてませんかねぇ。
味よりもあの雰囲気が好きで、よく食べに行ってました。 おばちゃんが昔ながらのカウンターパンチを食らわせてくれる立ち食い蕎麦屋 (´・ω・`)・ω・`) キャー
/ つ⊂ \ コワーイ >>222
音威子府駅のホームのそば売小屋は何時まであったんだろう? >>204
今は知らんが東海道本線新居町駅の壷屋もタッパーに入った刻みネギ、刻み揚げ入れ放題だったよ。昭和時代だ。
豊橋駅や鷲津駅なんかも同じ壷屋だけど入れ放題じゃなかったような。 >>206
ありがとうございます。
天かすや揚げ玉の小麦粉より
ネギはさらに物価変動が反映されやすいですもんね。 20年ほど前だと、飯田線の車内販売で弁当とともに土産用の五平餅を売っていたな。 >>238
辰野の「杣人弁当」も。五平餅と魚の甘露煮が丸ごと入ってた。幕の内風だったけど掛け紙も五万分の一の地図がベースできれいでしたね。 急行阿蘇の車内で寿司が安かったので
買って開けてみたら助六だった。 >>240
なんだと思ったの?
価格で非魚寿司(巻やバラ寿司系)ってわかりそうなもんなのに 地方ごとの稲荷の味つけも楽しみのうち、と、自分で作ると思う 豊肥線の鈍行列車で昼頃立野に着くと、ホーム上に
めっきり見なくなった立ち売りがいたので、つい、
箱詰めの弁当らしきものを購入したが妙に安かった。
乗継列車内で開けてみると饅頭でがっかりした。 水上駅ホームの駅弁販売も無くなって久しい。高崎で弁当買わないでここで買ってよ、とセールス?されたのも懐かしい。 >>245
それ最近?
>>246
水上はぎりぎり間に合った >>245
スイッチバック駅ならではの老舗の饅頭だとか 熊谷駅で87年頃に駅弁立売しててびっくりした記憶が >>249
熊谷駅は平成一桁辺りまで改札内に蕎麦屋が
あってその前で売ってたよ
幕の内弁当買ったけど包み紙は国鉄時代のまま ああ、あったな。そばとスーパーのフードコートみたいなスナック売ってる店が並んでたな。
駅弁は昔丸井の脇にあった食堂が作ってたけど、廃業して駅弁も無くなったとか。知り合いのバアチャンに聞いた話だから本当かは知らないけど。 >>245
ニコニコ饅頭www
いま不通になってるから商売上がったりだな…
>>247
少なくとも10年以内に一度買ったことある 20年ほど前の正月の吉松駅。
幕の内の掛け紙がド派手な正月仕様だったのには驚いたな。
値段も正月価格だったがw 吉松駅の冬の記憶は、吹きさらしで駅舎に居ても北海道より寒かった印象w MBCテレビのOPが正月だけ別仕様になるようなものか ……………………
上野東京ライン常磐線E531系は関東版の新快速になれるか!
https://www.youtube.com/watch?v=Kli2hHqgsxM
------------ >>245
豊肥線といえば、豊後竹田は社長が自らホームで駅弁を売っていたな。 >>255
オレ特に掛紙ヲタでもないが
中身や掛紙が正月仕様になるのは
駅弁マニアでなくてもテツなら割と知られてることだと思ったんだが 昔は鉄道移動と今ほど飲食店が充実してなかったからか駅弁が考えられないような駅でも販売していた。
知ってる限りでは倶知安、小沢、留萌、小牛田、岩沼、小国、友部、下館、大網、高尾、小出、吉田、清水、津幡、今庄、柘植など。 そのラインナップでも
板的にはまだまだ近年(1980年代)だな。 >>259
小沢は売店でトンネル餅売ってたな。
ニセコサイダーというナポリンみたいな色の炭酸飲料も… 小沢の立ち売りトンネル餅を買った事あるぜ。
200円だった。 日立駅のソースかつ弁と土浦駅の土浦和弁当が懐かしい。
和弁当はあの霞ヶ浦の名産を描いたパッケージが好きだった。
日立は駅そばともに廃業しちゃったけど土浦は今どうなんだろう? >>253
吉松駅はまだあるがよく続くね
急行えびのがなくなって一回やめたがはやとの風とかできて再開したらしいが
駅前の汽笛饅頭もナニコレ珍百景で紹介されたあと人気でたが
店の人が高齢のせいかひっそり閉店してしまった 昭和50年代、あちこち闊歩してて、そんな頃のメモが出てきたんだけど
購入した駅弁の大半が『とり』でワロタw
コスパ良かったからなあ
今の半額か、それ以下だったもんな… そう言えば、直江津の立ち売りって
(三セク化されてから)まだやってるの? >>265
地元駅弁業者、しかもホーム上に小規模な売店ブース、
超貴重だよ。駅キヨスクが軒並み閉店になる時代だからね
津山の1-2番線なんて、売店ブースが
ガラス面の文字が売店時代そのまんまで
待合室化されているから哀れを誘う >>267
ホームてやってるのかね
前は改札入ってすぐの階段のとこで販売してたけど >>267
ハイマートの立ち売りなら
拠点を上越妙高へ移したと聞いた覚えがあるな。
ナントカっつう観光列車が来る日のみ
直江津で立ち売りしてるとか、だったと思う。 長岡に数軒入ってたうちの、舞茸弁当を売ってた駅弁屋さん
(たしか廃業したはずだけど)、
JR化後で初めの大規模改装工事(十数年前くらい)
のとき、改札外の販売ブースが
ものすごく目立たない悪い場所に移転させられていて残念だった
思わず言ってしまったら、そうなんですと無念そうに答えられた
束管内の駅弁屋の子会社化問題やら王弁当が蔓延してた頃の話 昔上野で列車に乗る際、オー弁当というのを買った。
ご飯がパックのライスをそのまま転がしただけ?という
そっけなさ、せめて杓文字でさばいて盛りつけよ、といいたかった >>273
栃木の片田舎にすんでいた時、重宝してました。
夜は駅周辺に弁当類を扱っている店がなかったんで、下手すりゃ喰いっぱくれます。 1977-12
150円だった
200円は1978-1982までの間になる
http://i.imgur.com/28NebKv.jpg 国鉄時代からある駅弁屋が、JRになって自分とこの関連会社商品販売するからお前ら出てけ、という解釈でいいのかな? そう思われがちだが経営難に陥った地元業者を救済の為にJR系企業が出資、合併というケースもわりとある >>277
駅じゃないが広島市民球場の名物カープうどんがそうなった
新球場が出来た時フードコーディネーターとか言うのがデカい顔して取り仕切ったとか聴いた
昔の独特の味が消えて関西風のありきたりな味に変わったから二度と食べない >>266
今なんか、米子の地鶏弁当なんて1200円
いくら物価変動や地鶏ということを差し引いても
かなり暴利…だと感じる
ちなみに、地牛の弁当(1080円)より高い >>280
わざわざ関西風というのに悪意を感じる
西日本なんだから西日本系でしょに。
単に「ありきたりな味」だけでいいじゃん
かんじわる >>277
278が言ってることもたしかにある。
しかしJR側がそのことをちらつかせてダシにした場合もあるし
多治見みたいに突然追い出し告知という酷い例もある >>283
俺は知らんのだが旧市民球場時代は
だしの黒い関東風だったのか?
ガキの頃からカープファンの大阪人だが
当時は食べてないんだよな。
帰りの0系食堂車で和風ツナスパゲティ食べたのが忘れられない 多治見は残念だったよな・・・
やることが、まさに倒壊だわ 大月駅の駅弁撤退は設備の老朽化だったような。
昨今の富士山ブームなら何とかできたのかなと
勝手に思う。 >>277
車内販売での扱い消滅か列車ごと廃止で優等列車相手の商売が苦しくなって
次には駅構内での販売縮小ときて着実に干上がるのは少なからずあるパターン
これで駅の改築とかが加われば同じ業者がやってた立ち食いや食堂含めて一度に消えることも…
(>278方式で他へ再編、吸収があっても再編先の廃業、JR系業者の支所ごと撤退なんて例もなくはない) >>290
木更津のバーベQ弁当みたいに、別会社にレシピを受け継がせることができればなぁ。 黒磯の雉焼栗めしを、キジの肉使用だと思っていた俺w
今なら偽装とかいってキジではなくサギやろw >>295
マジレスすると、現在「きじ焼き」は肉の焼き方を表す言葉でもあるそうですから。
そういえば、昔、品川の常盤軒にはきじ焼弁当がありました。 >>297
弁当からは撤退したな
長野の雉焼き弁当(これも今はない)に使ってた陶製の丼は家でまだ使ってる >>296
名古屋走りも車の走り方を示すものであって
名古屋ナンバー限定ってわけでもないしね >>297
そばではまだ人気店
レディー・ガガが来日したとき食っていったことで一時的に話題になった 常盤軒は駅弁からは撤退したが、仕出し弁当をやっている。
弁当を撤退という表現は誤り >>304
30年くらい前の時刻表に「ますの青葉ずし」があったけど、同じものかな?
これに関しては、個人的には、柿の葉寿司の変形という気がする。
…とマジレスしてみる。 >>301
東の方の方ですかね?
関西ではニワトリの肉を「雉焼」とか「きじ焼き」とか、基本的に言わないですね。 新大阪駅って一体何種類の駅弁を扱っているの?
どう見ても九州や東北方面のようなものまで扱っているようだが >>306
いや、西の人間です。
あなたのレスはおっしゃるとおりです。
しかし所変われば品変わる
難波の葦も伊勢の浜荻などと古来言います
最初は誰でも知らないものです
経験によって知見を蓄積するのが人間ですよね。
ふつうの人間なら「サギやろw」までは言いません
なぜなら要因は文化の相違であり、だます意図はないのですから
だます意図があるならもちろん詐欺と呼べますが。 キジ焼きって聞くねぇ@東京、調理法で誰も雉使ってるとは思っちゃいないが。
雀焼き、小魚であるよね。鳥の雀は伏見稲荷名物、東京は荻窪駅の焼き鳥屋に捕まえた雀持ってくと捌いて焼いてくれたとか。
鳥獣なんちゃら法だかが出来る前の話だろう。 鳥栖駅で弁当買うつもりが箱モノを購入したら
シュウマイだった。道理で箱が赤いはずだ。 そういえば、新幹線は男か女かというなぞなぞがあったけど、女性でもエキを飛ばす人は飛ばしますわなぁ。
まぁ何というか、今は「駅弁××××」も死語なのかな?
知ってても、その由来となった駅弁売りを見たことある人はどれほどいるやら。 >>316
下品。
どっかで以前も書いたことあるが
立売り函を下げる姿勢で
肩バンドを片抜きしてないとこばかりが残ったなあ。折尾とか人吉とか。
もちろん正しくないとまでは言わないが
大半は利き手側の肩バンドを前へ抜いてたから
それがスタンダードスタイルだった。 ✖ 利き手側の肩バンドを
○ 利き手側の肩を 昔 白鶴ハンディのCMで各地の駅弁を紹介していた記憶がある 覚えてる範囲で
函館 八戸 勝浦 別府
勝浦は駅弁売ってないよね? サンクス 昔はあったんだね勝浦の駅弁 もしかして紀伊勝浦かと思った。
♪旅行けば〜
白鶴美味し〜 千葉の万葉軒のそばもこのスレ入り。
弁当自体は委託で販売。
万葉軒自体はエキナカでお惣菜を販売。
なんだかなあ。
房総で駅弁売っているのは千葉と木更津だけかな?
グレーゾーンは五井の小湊通路の弁当と館山駅入口脇のくじら弁当。 >>323
小湊通路のは何時頃まで出ているの?
某所の帰りに通ったらもう跡形もなかった… 午前中〜売り切れじゃないかな。ギリ小湊の敷地でがんばってる辺りがいいんだな
上総中野の半分素人主婦のお弁当もうまかった 倶知安駅の昔は2・3番ホーム上に立ち食いそば店があったぜよ
美味しかったぜよ 【12月】 日本発、世界連鎖暴落! 【14日】
『2016年 日本経済複合危機襲来の年になる!』
高橋乗宣・浜矩子
●国債危機は日本初の世界恐慌を引起こす
●2016年、米国の利上げが最大の波乱要因
もし政治的判断で、12月14日に利上げをしたら、
間違いなくニューヨーク市場は大暴落。100%。
https://youtu.be/90hYAE_NDNY
最初になくなるのは世界の株式市場
差し迫る株式市場の暴落は、他の人々が
飢えている間にお金を儲けることの結果です。
彼らはただ座って待っているだけです。
世界を餌にして生きており、何も還元しません。
日本から始まる世界的株式市場の大暴落
終いには政府にも支えることができなくなり、
どん底に落ちていきます。
日本政府がアメリカ国債の25%を引き出すと
世界経済が破綻しマイト レーヤは出現します。
UFOがとてつもない数で姿を表すでしょう。
非常に間もなくマイト レーヤをテレビで
見るでしょう。彼は「匿名」で働いております。 マルチにしては良い分析、UFOなんか来ねえが。一つだけ
安倍二次政権たった3年で長らく禁じ手のマネタリーベース操作300%、138兆円→403兆円、2%の実質GDP増に198%のムダ金を印刷した。
市中銀行からの貸出先が無く94%が日銀に還流預金している(たった6%でバブル・・・)が、市中銀行ゼロ金利の利益減に耐えられず引き出されれば物価3倍。
それだけで真面目な皆様の預金は黙ってても1/3に減る、2/3は印刷機マジック通貨分母いじりによる政府の泥棒。
政治の中央銀行圧力で見かけの成長作るのは禁じ手だよね。
ただ、もし円破綻から全通貨破綻となればパナマ文書預金もクズになる、貧民飢え死ぬけど。
人口間引きには丁度いいんじゃないかな。
通貨関係ない現物握る産油国カーギルモンサントとその下僕だけが生き残る訳だ、ふう、長いぜ。 猿払最高裁判決は支持できない、でなく
キヨクスで長細いの吊して売ってたヤツを暇な車内で爪でちまちま
あ、今薬貰って来た、気管支禿しくやられるから気をつけろよ それ以前におまはんがだいぶやられとるがなアタマ
先にアタマ治せw 君よりは分析力あると思うよ、中間管理職では使わない力だ ヤバい数字バッチリ上がってる以上糖質扱いするしかごまかす道はないだろう 麒麟 FNNニュース うんこ
\デッデッデッ!!/ 正論を関係ないレッテル貼りで潰すやり方、参考になる >>339
木次駅は初めて見た。感激!
他の小駅もあったら教えて。
この近辺では長門市駅、大田市駅、三次駅、三田駅あたりが見たことないな。 ttp://ekisya.net/A-GENEKI/054-SANYO/054-ITOZAKI35.jpg
糸崎駅 昔と比べて長距離鈍行が減って駅そばに立ち寄るチャンスも増えているのに
そうはうまくいかないものか… 長距離鈍行や在来線優等列車が減るほど立ち食いも弁当売りも消えたからな 苫小牧の日高線ホームで、二つの業者が客を取り合っていたな。
今、そういう光景が見られるのは米沢位? >>347
夜行あった頃とか下関は客が売店やうどん屋に殺到してたな
2000年くらいの話なのに今や廃業してしまうのだから >>339
ttp://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/lrg/23/86/38/lrg_23863808.jpg
益田駅は廃業した後も建物はまだある
業者は別に変わって駅舎内売店での販売に変わったが
まだ恵まれてる方かもね ・ホーム上にある小規模売店
・国鉄時代からのブース
・有人売店
上記を満たす健在駅は
既出の吉松と吉野口以外に
あるのかな?
松江もなくなりましたよね。。 小規模というか、〜中規模ならば
岡山駅ホームの駅弁兼売店も国鉄時代からのはずです。
懐かしい感じで一度は見てしまいます
まだ、ありましたよね? >>351
松江は昔あったのか
今は改札のとこしかないね
鳥栖とかまだあるけど高架化したらどうなるかな
ttp://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/35/11a56e610fa6d2396820ac960f277004.jpg >>257
豊後竹田とか90年辺りはあったらしいが97年辺りいったときは既に跡形もなかったな
水害で豊肥線が不通になった辺りで消えたんだろうか
今は駅の中のキオスクすら消えた >>353
客車出雲が消えた後も数年はあったからここ7、8年前後で消えたかな >>353
鳥栖は橋上駅化計画中
新鳥栖駅にもうどん屋出来たし今後も続くと思いたい >>351
ttp://ekisya.net/A-GENEKI/082-SANIN/082-MATSUE48238.jpg
今年まではあったよう 出雲市は現在の高架ホーム上にも当初なかったっけ?
とにかく山陰はホーム上の売店&駅弁&うどんそばスタンド系のブースは全滅に近い 今は鳥取駅、米子駅くらいかな
冬吹きっさらしになるから嫌がられるのかもね
和田山駅は時期によっては営業してるらしい 静岡駅も高架化されてもホーム上に立ち食いそば屋ありましたよね?
今でもあるかな?
ラーメンが好きでした。
浜松は高架化されてからホーム上にはないですよね?
在来線改札内入って階段の中腹に自笑亭の立ち食いそば屋があったような。 >>362
でも室内で食う方式にすりゃいいんだからそれだけじゃないんだろうな >>354
99年の朝に竹田駅ホームで弁当売ってたな。
ホテルで朝食採ったから買わなかったけど買っておけばよかったな。
改札前の売店でお土産の煎餅や饅頭買ったのもいい思いで。 >>362
和田山は、震災の振替輸送時に荒稼ぎしてたなw
播但線臨時快速の車内で和牛弁当を大量に売りさばいていたよ。 >>366
今は中々大変だろうね
豊岡駅がつぶれるとは思わなかった
特急の始発だしバスケットランチとか話題あったのに >>367
いまは豊岡の橋上駅〜さとう(わりと大きなスーパー)が陸橋で繋がっているからなあ。
800円も出せば、いい弁当が買えるし。 吉松駅は87年JR化直前にワイド周遊券で2度列車乗り継ぎで時間があり降り立ったけど、
その時は汽笛饅頭の店をなぜか気づかなかったか忘れちゃってるのか謎?
閉店されてたのは残念。駅から川内川の橋の方へ降りていく途中でみやした菓子店
の他にSL(D51?)食堂とかいう店はなかったかな?
そこがみやした菓子店と同じだったのか誤認なのか今ではさっぱりな記憶だけど。
それだけじゃなくて、吉松駅のホームの駅そばを誰か食した人居ない?
小屋になってるんじゃなくてステンレス製の台車の上にそばを茹でる鍋釜があって、
それで調理して出すスタイルだった。
そばを2回食べたと思うんだけど濃いつゆとさつま揚げ入で美味しかった記憶。 >>369
汽笛まんじゅうとみやした菓子店は同じ店
みやした菓子店は車掌車かなんかミニチュアを店にくっつけてたから
それを別の店と思ってないかな
ttp://blog.goo.ne.jp/kubotakashi0626/e/c61d12d99516ccbe68f4078e26c6d288 今もあるのか「高速そば」
他の立ち食いソバ屋で、連れと「高速そば」の話をしてたら
店の親父がカウンター越しに、どんなそばか尋ねてきた。 >>372
8年前一度だけ行ったな
若いあんちゃんがやってる普通のそばだった 縄で全身を縛られた全裸の若いあんちゃんが接客する「拘束そば」 大阪駅1・2番ホーム上にあった
ジューサークーラーを置いて熱燗や
おつまみなどを扱っていた売店は
DC、旧客の福知山線にお似合いだった。 日出谷駅で立ち売りから鶏めし買った思いで、前の客が万札で買おうとして断られて、当時出たばかりの500円硬貨でラスイチを買えた。5年前日出谷に行ったけど何もなくてなんでこんな所で弁当売ってたか不思議だった。 >>230
遅レスですが222氏じゃないけど、先日音威子府に駅蕎麦を食べに言った時に店のばあちゃんに聞いた話だと、平成元年に天北線が廃止になった頃まではホームの待合室で営業してたそうだよ。 >>377
あんな短い停車時間で万札出すなんて常識外れもいいところだが。
ゆとりかねえ?
俺は弁当は売り切れてジュースだけ立ち売りしていたのに
遭遇したことがある。スルーしたが、今となっては買っておけばよかったかと。 ウチに栗飯弁当の容器がある。親が30年以上前に人吉か吉松で買ったのかな?
今はタッパー代わりに冷蔵庫で活躍してます >>380
>当時出たばかりの500円硬貨で
と書いてあるから普通は昭和56年前半の話だとわかるだろう?
ゆとり世代はまだ生まれてもいないよw だな。
>>377は五百円硬貨で購入する事が出来て万券出した非常識な奴ってのは>>377の前に居た奴だな。
ゆとり世代は昭和59年4月以降だっけか。 >>365
嘘を書くな。>>354の記述が正しいと思う。 あの頃は大分もあちこちに駅弁あったからどこかと混同してるんじゃないかな
中津、佐伯とか
日田は業者が変わったがまだあるんだっけ 90年にJR九州が製作だか監修した駅弁ガイドには
豊後竹田駅の立ち売りが写真つきで紹介されていますね。
私が買った94年にはもう立ち売りはおらず、
幕の内のみ扱ってました。
その後97年、98年とも販売を確認できず、
駅の外に出たら店ごと無くなっていました。 急行はんだかひこさんか忘れたが
キハ66の車内販売で栗飯を購入。
平べったい、栗の形をした赤い
プラスチック容器だった。
デッキなしの車内で食べる栗飯は
いまいちだった。 久留米の肉めし買ってがらがらの12系客車普通車内で食べたな
98年くらいの話
その列車か忘れたが日田で数十分停車とかダイヤにあって結構のどかだったな
久留米の業者は東筑軒のように福岡ドームにも野球の試合のときに弁当だしてたから
それなりに盛況かと思ってたがいきなり駅弁から撤退した 一戸のロースカツ弁当
晩年は電話して調整お願いして調整元に買いに行った
足の不自由なおかみさんに手渡してもらった 弁当板でマイナーな駅弁で専スレある弁当なんてあそこくらいじゃないか >>394
東北本線や一戸駅の興亡とともにしたといえばそれまでだが、
評判のいい弁当だっただけに、何とかならなかったかという気もするね
零細企業だから後継者不足で終了とは何とも切ない 十和田南駅の弁当も安くてうまくて最高だった。
電話しておけばお婆さんがホームまで届けてくれたし。 >>394
奥中山ではつかりやED75撮ってた頃は午前中に一戸で買って昼飯にしてた
その後北東北を旅行中に懐かしさから一戸寄って食べたら数日後に廃業の記事見ることに >>398
十和田南は今となってはあそこに駅弁があったとは思えないな >>382
だからといってゆとり批判するのもどうかとおじさん てかさ、どこを笑われているのか気づいたほうがいいよ。 >>401
ササニシキ自体まれになったね
酒田は付属のテナントに弁当あるんだっけ
あと数年前だから今はあるか知らないが狭い売店に地元農協製のおにぎりが売ってあった >>405
そっかぁ
酒田は構内はお土産屋と端にあるそば屋しかないのかな今は。土日きっぷの頃はよく来てた
ああゆうオーソドックスでロングセラーな幕の内は、今や静岡位か >>392
日田駅のお好み栗めしかな?自分は25年くらい前に駅で買った。
栗めしなのに、ちょっと酸味があって独特の味だったように記憶してる。 >>406
八角弁当も元々作ってたとこはつぶれたね
他社が引き継いでデパ地下とかで売られてるが
ここは京都駅と同じくJR系の業者に圧迫された感じが常々言われてたが >>406
「駅そばなんかあったかな?」と思って調べたら
自分が行った一年くらい前につぶれたらしい >>409
酒田は廃業ずみ。
ササニシキ弁当うまかったねえ
前職で秋田→新潟の団体移動で
テツの俺に駅弁頼まれたから
ドア受取でまとめ買いしたことがあるが
皆にも好評だったよ。
おかずに入ってたホタテ風味フライが
印象にある。 酒田駅で今売っているおこわは
有名ヲタが掛け紙がないと駅弁と認めないとか何とか 大学時代に友人と北海道旅行行った時にJR北海道が売ってる「うらら」という
ペットボトルのお茶が美味しかったので何度も買った。
6年後くらいに出張で北海道行った時にまた同じものを期待して買ったら
現在市販されてる茶に比べてやや味が薄いように思えた。
緑茶飲料の進化を実感したが少し寂しかったね 前者はいつ頃の話?
あと、なぜ薄くなったことに進化を感じるの?
(残念と思う気持ちは別にして) いつも飲んでるのより美味かった→いつも飲んでるのより美味くなかった
いつも飲んでるのが進化していたんだなあ、ということでは?
味覚が変わったりJRのが劣化したのかもしれないが
JR西日本の奥出雲の銘水ドリンクは直営扱いの頃は果物をそのまま搾ったような美味さだったが
リーテイル扱いになってからは罰ゲームドリンクとして悪名を馳せた 以前うまかった→次のとき期待して買ったら薄かった
↑
こういう順に書いてあるから、
少なくとも再訪時は前回より落胆した(=残念)わけだよね。
それなのに進化(=褒め言葉)ってのはなぜか、って部分の疑問なわけよ >>417
前者は06年かな
後者は石勝線トンネル火災直後くらい
味の印象が変わったのは当時単に緑茶飲料の美味しさのレベルが
まだまだだったんだろうなと思ったわけ
伊右衛門や綾鷹がその期間に出てきたしね ですから418さんの推測した意味ですね
わかりづらい書き方ですみません 新装なった折尾駅三番乗り場から
東筑軒のうどん店、売店がなくなって
寂しいかぎり
そんなに腹が減ってなくても
通りがかるとつい暖簾をくぐって
かしわうどん一杯! >>422
新装駅はまだ知らないんだが、旧駅の薄暗い(ぶっちゃけ、薄汚い)雰囲気が駅弁に似合っていましたね。 >>423
新駅舎は鹿児島本線と筑豊本線の間のデルタ地帯に出来るから
立ち食いを設けるスペースも確保されると信じたい…
乗り換え導線的にもそこにあるのがベストかと 地元の風物詩だから無くなったら報道されてるよ
数年前に名物だったおじさんが病気で引退した後少し若い人に変わったな >>379
>>230
平成2年春に駅が建てかえられる迄はホーム上にあった。
>>398
駅前の渋谷弁当部ね。ホームでワゴン販売していて
平成3年秋に錦木おこわを入手した。
十和田南駅には蕎麦屋やキヨスクもあったけど今は寂しい駅になった
>>400
酒田のササニシキ弁当は2回食べたけど、あれは美味し買った。
特にコメが絶品、忘れられない味だよ。
時々酒田から鶴岡まで弁当屋のおじさんが特急内で車内販売していたよ >>377
SLばんえつ物語で日出谷のとりめしがブームになるずっと前
平成3年4月30日に新津発会津若松行の午後の客車列車に乗った際に
ホームで立売していて偶然入手した事がある。
今は1線1面しかないが、当時は交換駅だったし、その昔は上下ともに
ここを始発・終着とする列車も運転されていたし、蒸気機関車時代は
停車時間も長かったので自然と需要も生まれたんじゃないだろうか。 >>429
大正天皇が力餅好きだったらしいな
米沢駅前にある力餅は食べたことあるが
のれん分けした店でパッケージ一緒でも味は違うらしいね >>429
新幹線開通前も特急で何度か素通りしただけだなぁ・・・ >>430
峠駅の方が柔らかいらしいよ
立ち売りで買う客のために、車掌もちゃんと待ってくれた。 今更言っても遅いが、こんなに高騰するならもっと食べときゃ良かったな、うなぎ弁当。 >>434
味から言えば、やはり音威子府だけど
食べてみたくなる雰囲気だったら米原駅5〜8番線だね
ただ、旧1〜5番線が無くなって構内の様子もすっかり変わり
橋上駅になって旅情も薄らいでしまったよ・・・・ >>433
昭和50年代の食材の本見たら
「駅弁とかの鰻なんか鰻といえる代物じゃない」とか書いてんだよな
お粗末なのが多かったんだろうが
ちゃんとした鰻弁当もあったりしたのかな >>413
ササニシキ弁当は美味しかったね
鶴岡駅で販売していた幕の内も良かった ゴルフ弁当@軽井沢
母方の田舎に行くときに買ってもらって食ったな、だるま弁当の洋風版みたいな感じでミートボールが、ど真ん中に埋まってたっけ
妙高に乗っていくのが、いつもだったから、軽井沢で停車時間が余裕あったな
容器を持ち帰ってキン消し入れに使ったわ >>437
そこは鰻屋がやってたんだっけね
茨城県のどこかの駅弁が備長炭で焼いてるかなんかの紹介見た記憶ある >>435
そこで門司駅ホーム上にただ1店あるうどんですよ。
九州特急のにおいを遺す唯一の貴重な存在。 >>437
あった頃のレポ見たら「確かに備長炭のようで香ばしいが鰻は・・」みたいな感じだな
土佐くろしお鉄道の中村駅で鰻弁当一時やってたな。
昔テレビかなにかに紹介されてるのみて
現地行ったとき買おうと思ったら
弁当どころか調製元も無くなってた 新所原は?
むかし予約が1個ではムリで断念した
露骨に嫌な応対された
今もそうなんかな 土浦のうなぎ弁当は無くなる数年前に食ったが、炭火焼っぽい匂いがして関東の蒲焼にしては歯ごたえがしっかりしてた。
うまかったけど、うなぎの値段が高騰してた時代だからなのか元々そういう物だったのかわからないが、メシの量に比べてうなぎが小さかった。 小倉駅の連絡通路が地下だった頃、
ホームのかしわうどん
美味しくてよく食べた >>435
米原の駅そば屋は7・8番線のものは消えて今は5・6番線のみだ。 >>436
その頃の鉄道ジャーナルでも
国鉄総裁が新幹線のうなぎ弁当を高くてまずいと身内を「串刺し」にした新聞記事を紹介してたね >>447
昔の米原駅は本当に旅情が感じられたね・・・
今にも蒸気機関車が現れそうな古くて長〜いホームに立つと
何故か弁当を買い、蕎麦を食べてみたくなったよ
北陸へと向かう列車を眺めながら食べる蕎麦やうどんは格別だった 米原駅ホームの洗面所はまだあるかな?
ホームでの駅弁立ち売りはいつまでやっていたんだろうか?
少なくとも昭和62年大晦日には立ち売りいたな。 宇都宮駅の竹の皮に包まれた
おにぎり(たくあん入り) 徳山・新山口も橋上化でつまらん駅になったな。
それ以前に駅弁屋も廃業したし。 門司駅ホームのうどんスタンドは
屋号などの文字看板類が一切ないのがポイント高い。
立ち食いに限らず、設備は古くても現代書体の文字があるだけで雰囲気ぶちこわし
みたいな場所は全国にいっぱいある
昔のままのものならいいんだが。 イヤな事件で話題になった我孫子だが我孫子駅の立ち食い蕎麦が人気があるというので川崎からわざわざ出向いて食べに行った。唐揚げがボリュームがあり旨かった。震災前の事だがまだ健在だろうか? >>457
もちろん健在。
最近は五香駅前(新京成線)にも支店?を出した。 情報提供サンクスです。ずいぶん地味な駅に出店したものだね
ついでに六実駅にも出店すればどうかね 我孫子は駅そばでは有名な部類だよね
去年くらい放送されたNHKの新日本風土記の常磐線の回で出てきたな
新聞の地域面とかでたまに記事になるし
山下清が働いてたという事でもよくネタになる >>461
えっ!?そうなの?
それは知らなかった。
唐揚げそばと言えば仙台駅のも美味いんだけどいかんせん
ホーム上の店舗無くなっちゃったからなぁ >>451
駅改良前の東口の駅舎は良かったね。
いかにも国鉄って感じの雰囲気が残ってた。
確か日本食堂のレストランがあったような記憶があるのだが。
それと東海道線下りの1番線ホームも、国鉄全盛期の雰囲気がかなり残ってた。 >>463
明治時代に作られた旧1〜5番線の雰囲気は本当に良かったね。
古い木造の待合室や年代物の洗面台があったりして
本当に蒸気機関車でも出てきそうな駅だったし
5番線と遠く離れた7〜8番線の間には雪掻き車が止まっていたりして
東海道本線の駅なのに北陸の情緒が漂う空間だったよ。 >>452
とっくに撤去されて多治見モザイクタイルミュージアム送りになったわ 高崎駅のたかべんのラーメン屋ってまだあるのかな?
確か車内販売あがりのちっちゃい姉ちゃんが可愛かったな。 たかべん、ラーメン単独は見ないが、駅そばやにラーメン自賛の貼り紙。カレーがひと味違い美味い。
我孫子の弥生軒唐揚げは確かに美味く胸焼けしない。
あれだけ注文し、汁かけていただくのが、常連みたい。ただ唐揚げは朝食時間帯になく10時からのよう。 桐生は、俺の体を見て、おばちゃんがカレーを超大盛にしてくれたなあ。 駅そば などよく食えるな(笑)
まともな神経してる常識ある民なら羞恥心で食べれない。 普通の日本人であれば駅であろうが立ち食いであろうが
誰でも美味しく蕎麦を食べる それが常識 >>475
昨日の深夜に川重兵庫工場で鉄道車両搬出があって、30台くらいの自動車が違法駐車をした上で騒いでたな。国道2号線を平然と信号無視して、カメラの三脚を運んでいた。
鉄道ファン、テツヲタの近隣へのマナーの道交法違反を川崎重工が取り締まる根拠法はないが、一応大企業なんだし住民の環境権と交通事故の防止のために、警察と連携とるべき。
あいつら、平日の夜中でもアパートの前で騒ぐからね。あと、ゴミのポイ捨て。 >>475
昔は駅前の地下街に安い店があって、むしろそっちを利用していたな。
100円台の坦々麺とか。 室蘭本線追分駅や池田駅にもホーム立ち食いそばがあった様だけど
今は跡形もないね・・・・ ニッポンのミカタで名古屋駅の住よしをやっていたけど
名古屋駅(ホーム)のきしめん屋って昔から住よしだけなの?
ブルトレが入線していたホーム(5,6番だっけ)にもあったよね >>480
当たり前の答えなのに、なぜだかガッカリだな 羽越本線で弁当を売っている駅は今は秋田と新津だけ? >>483
どこにあるん?
最近全く行ってないが以前(自動改札化前)は改札前(構内側)で掛け店してたよね。 1982年の時刻表から
大網、富田屋のとりべんの掛け紙が出てきた
右上に"いい日 旅立ち"、値段は400円
味も見た目も全く覚えてない (´・ω・`) >>487
千葉方面は全般に駅弁の値段が安く抑えられていましたね。
ちなみに千葉駅のとんかつ弁当、御飯の上にカツという発想に驚きました(西日本の人間だけど地元にそういうのはなく、御飯とカツは基本的に別個なんで)。 >>487
私も持ってます。時代はちょっと下がって多分平成5年頃、おそらく最終期あたりでしょうか? 右上には「エキゾチックジャパン」のロゴのその上に
「その先の日本へ」というJR東日本のキャンペーンのシールが‥‥。
価格は値上げしてそれでも600円のシール。
中身まで写真に撮る事はしなかったのが惜しまれます。
たしかあの東金線との連絡通路の真ん中あたりで売ってましたね。 千葉駅がエキナカだとかに改装されて
営業時間が変わってしまったお陰で
千葉発あずさに乗るときに駅弁を
買うことができなくなってしまったらすぃ
安物駅弁買うの楽しみにしてたのに(´・ω・`) 南海電鉄高野線三国ヶ丘駅。
改装前は河内長野方面ホームはドラッグストア、ファーストフードとそれなりに
店があって賑わってたもんだ。大してなんば方面ホーム。。
じみーに立ち食いの店あったんだが、やっぱ閉店。洋菓子の店舗とか入ったんだが
まあ無理だったようで。
駅改装後は改札外だけど「南海そば」最出店でなにより。 佐倉駅にあった駅弁の業者は撤退後も仕出し弁当をやって継続していたが
最近経営破綻したようだ 鶴見のホームにあった立ち食いそば屋島
以前の立ち食いそばの居抜きで、開店当初は麺のゆで方にばらつきがあったり、つゆの返しが弱すぎたり、正体不明の生臭さが麺に残っていたが徐々に独特の存在感が出て大盛りサービスもあって固定客がついた
しかし、JR東のあじさい攻撃を受けたのかあっさりと閉店した >>491
出張先からの帰り道、内房線から総武快速線へ乗り換える際にJR千葉駅のエキナカ利用
銚子産のイワシのピリ辛を購入したら、すごく美味しくて家族にも好評だった
でもホーム上に残された、かつての地下連絡口が邪魔でしょうがない
朝のラッシュ時なんか人が押されて線路にこぼれ落ちそう
早くなんとかして欲しい 寄居駅の秩父そばは立ち食いで女子高生らが並んでくってて
カルチャーショック受けたな
今は長瀞に移転したようだが >>496
女子高生が並んでくってるなら、我孫子なら普通に見られるわ
夕方以降の下校時間帯だが 秩父鉄道の秩父駅そばでみそぽてととやら
とりあえずうまかったがポテトは秩父名産なのかいな、みその方かな こんにゃくに似たような甘い味噌ダレかけたみそおでんが寄居の駅そばにあったな。
みそポテトみたいなジャガイモ揚げたやつは駅構内じゃ無いが両毛線沿線地域でも見かけるが、そっちはソースだった気がする。 >>500
最近移転したらしいよ
長瀞に
寄居のほうが八高線・東上線の乗り換えで普段の需要ありそうなのにな >>498
みそおでんてのが地元で元々あったからみその方かな >>504
二つどころか数を指定できる。
『我孫子そば』検索すればいっぱいでてくるよ Google マップを見ると我孫子駅前には普通にコンビニやマックがあるけど
立ち食いそば屋に群がるとは、我孫子女子校生はやるな 関東風の光景かな。
姫路駅ソバに女子高生がタムロしている光景は見たことがない。 我孫子駅の弥生軒の唐揚げは胸にもたれない。美味い。 この際ハッキリ言うが、我孫子は唐揚げはともかく麺とツユがまずいのが難点。 我孫子は懐かしじゃなく現役だからトピズレ
でも麺もつゆも駅そばとしては許容範囲 >>515
個人の好みまでは否定してないよ。
俺の感想だって個人の好みなのだし あじさいは田町にできたての頃に試しに入って
ふにゃふにゃ麺とおかしな味のつゆの割に強気の売価設定で客を馬鹿にしてるなとすぐにわかった あじさい大食中毒事故は、酒田の駅弁みたく死者出なくて良かった。
酒田のニュースは子供心にショックだった。そんなはずはないと毒見の女将が亡くなるのだから。 日出谷は、完全閉店から8年。食べられなかったが、知る人にきくと敢えていえば大館花善に似ているというが、いかがでしょうか?
新宿の田中屋とりめし懐かしい。日食田中屋で一時復刻は嬉しかったが。 新宿のとりめし80円ぐらいだった
まだ鈍行長野行き客車列車をEF13が牽いてた頃 >>521
木更津のバーベQ弁当みたいに、レシピだけを他社に譲ることは難しいのかなぁ。 >>521
あまり似ていない様な気がする
日出谷のとりめしは鶏そぼろをご飯の上にペースト状に盛っていたね
一度しか食べた事がないけど、普通列車でのみ味わえる
旅愁の味だったね 小田原の鯛めしが350円、昭和56年正月だっけか、185系普通!初乗り時 >>525
紀伊勝浦にあった
長崎で今新たに売られてるとか >>528
1977(昭和51年)年時刻表で見つけた
もっと昔から有ると思って古いのから探して行ったら、
昭和46年でも紀伊勝浦は駅弁販売していなかった…orz
http://i.imgur.com/v9grxXi.jpg 古い時刻表を漁っていたら、
1958年の時刻表からアイスの包装紙がでてきた
http://i.imgur.com/VTqyQxc.jpg 各駅停車の客車車内を売り歩く無許可アイスは高かったが幼児にとってはうまかった
時代が下って新幹線のアイスはそれ程割高感はなかったが旨いとは感じなくなっていた >>526
ばんえつ物語で名物化したからそうでもない 佐倉駅のアイスクリーム売りは名物だったらしいね
今は面影ないが 無許可アイスクリーム車内販売は昭和55年まで見た。いまの宇都宮線各駅停車。車掌の気配でホームに逃げた。 無許可アイス屋は当時50円だったロッテの青いカップのバニラアイスを200円位で売ってた記憶がある。
国鉄末期からJR初期頃の高崎線で昼間や夕方上りとか比較的空いてる時間帯の普通列車に公認のアイス売りがたまに乗ってたがすぐ見掛けなくなったな。あれはダルマ弁当の業者がやってたのかな? 横川の峠の釜飯ブームに便乗してか各地に似たような釜飯駅弁が出現したが
あまり成功しないうちにブームが去った 駅構内ではないが津山学びの鉄道館で購入した
モツ焼うどん、300円でうまかった。 >>534
昭和61年暮れの下り八甲田で見たのが最後かな?
行李担いで乗ってきてモナカアイスを1個200円で売ってた。 仮に100個売ったとして売上が2万か。アイスの仕入れ代や切符代(正規の切符を買ってたかはわからないが)を考えるとリスクの割りにそんなに儲からないんだな。 なつかしではないが呉駅にアイス最中がまだ弁当と共に売られてるな >>542
仕入れはせいぜい一個30円〜50円てか最悪ちょろまかしの盗品とおもわれ
切符は当然買わずに駅構内に無断侵入して列車に乗り込み
車掌に気付けば改札使わず逃げる
でなければ入場時に改札でつかまる
売れるのはせいぜいマックス50個X4回転=200個
それ以上は売る前に逃げるのに邪魔だし溶ける
それでも一日平均2万円と仮定したらX20日=40万円
ボロ儲け
ただし売り子本人の手取りは数万、残りはヤクザの懐へ >>537
食べ物の模擬店出すのは手間もかかるから出てたら必ず食べるほうだけど
今回はスルーした。モツは苦手
口に入れるのも無理、いうほどではないけど自腹でカネ出して能動的には食べない分野
そのかわり出店がそずりコロッケとか干し肉、牛丼のときは美味しく食べた。
そりゃ会費制の多人数宴会メニューがモツ鍋だとかのときは食べるけどさ。 >>543
それってムショ帰り+入所前の記憶です?
呉駅構内にあった山崎家の売店なんかとうに無くなって久しいけど? >>547
ttp://www.tomoeya.info/tenpo.html
昨年だよ
上記の店 わかったけど、それなら「まだ」とはいえないんじゃないかな…
つまり「新規だけど、たまたま同環境になった」だけかと。
本来の呉駅弁の山崎家が呉駅構内で駅弁を売り続けていてアイスも売られ続けてるなら
「まだ」だけど。 新幹線グルメもこっちかな。原形に近い生き残りは、米原駅の井筒屋、湖北のおはなしか。
みな楽しかった。 いわゆる立ち食いの駅蕎麦じゃないけど、
亀嵩駅内の蕎麦は美味しかった。切符も売る蕎麦屋だったが。 扇屋は元祖エキナカといえる蕎麦屋だからな。国鉄当時からだし ケイブンシャの路線紹介の本に
甘木鉄道の一言メモで「甘木駅の中の蕎麦屋はとても美味しい」とか
かかれたのを覚えてるが、とっくの昔になくなってるし
他に思い出としての記録も見当たらないが気になる 新幹線グルメ、岐阜羽島は、きのこ尽くし。そこだけ廃業?
最初東京駅だけ無しとか、こだま振興策とか思い出す。
本編は制覇したが、熱海の早咲きの梅が難儀した。
派生の豪華版やミニグルメ、スイーツもあったけどそれら制覇は無理だった。 >>556
平成29年の今でも、ホームに出前サービスをやっています。
すごいの一言。 >>558
こだま2−2シートもその一環だな
新幹線通勤の増加と編成統一で今や復活の気配もないが… 新幹線グルメ
既出以外、デラックスこゆるぎ、海彦山彦?、巻狩弁当、デラックス茶めし?
一豊御膳、喧嘩凧、手筒花火、精進弁当、浪花弁当
横浜は何だっけ? 自分で山葵摺り下ろし、三島の海彦山彦は美味かった。おろし板も小さいが、最初は陶器だった。後年プラスチックになったが、まだ売っているのかな。 御堂筋弁当もよく食べた。当初以降はメニューの変化(劣化)が著しかった記憶がある
まさかその後、調製元である明治期からの(旧)水了軒が破産売却されるとは。 八角弁当とか、レシピは現水了軒が引き継いでるみたいだけど
創業した会社の調製ではなくなってるから
そこをどう捉えるかは各趣味者の判断だろうね。
御堂筋弁当も復刻販売したんだね。知らなかった NREがそのまま継承した会社が作る駅弁と
従業員が起こした別会社とどっちが本物?という論もあり
一概には言えないな
昔のままのレシピでキチンと作ると周りのレベルが上がる中で取り残されるのもある >>570
少なくとも上の話は水了軒の反証になってないよ。「従業員が起こした別会社」の話なんて出てないし 先週、東武伊勢崎線で館林に出張へ行く時、車内で柿の種を食べだしたお爺さんがいた
自分はその人が座っている席からドアを挟んで2.5メートル以上は離れていたけど
みょうにそのポリポリという音と匂いが気に障った。(ロングシート車両)
今どき駅弁や飲食物の摂取は、特急かグリーン車じゃないと反感を買うのかも知れない 奥多摩駅のおでんそば、高校時代雲取山や川乗山から下山してきて
電車待ちの間に食べるのが楽しみだった。トッピングはいつも、がん
もどきだった。 水了軒のお弁当ってプラや陶器は使わず
経木の折詰じゃなかったっけ? >>569
出来た頃は別物て言われてたが
だんだん似てきたという話は聞いたな
今はしらない >>339
木次の売店懐かしいや、母方の祖父に弁当やら甘栗買って貰ってからちどりの車内で食べたわ、尚祖父は入場券は買ってなかった駅長は知り合いだから、駅長は新聞配達のアルバイトもしてた。色々と当時は緩かった。 貴重な話ありがとう
国鉄の乗り換え駅の駅長とか給料良さそうだが副業してるとか意外だ
公務員だから給料少なかったのかな 子供の頃、名古屋に住んでいた
先週岐阜への出張があり、新幹線降りて在来線のホームできしめんを食べた
なぜか想い出ほど旨く感じなかった
中年になって自分の味覚/嗜好が変化したのか、
それとも冬場じゃないのが、イカンかったのか 駅弁ではないが、銚子電鉄のたい焼き屋、廃業したんですな。美味しかったのに残念。 鹿島鉄道の鉾田駅でもタイ焼売って無かったっけかなぁ?
駅そばも有ったような。 >>580
設備の老朽化によるもので
犬吠駅に移って五月から再開らしいですよ >>579
新幹線ホームのきしめんも劣化したのかな
ここ10年以上喰ってないけど >>579
子どもの頃、大好きだったチキン弁当、大人になって喰ってみると、
不味いと思っているコンビニ弁当の方がマシに感じる。
でも新幹線とか、東京からしおさいに乗るときは、つい買ってしまう。
列車の中でコンビニ弁当って何故か恥ずかしい >>579
名古屋駅在来線ホームのやつ業者変わったんじゃない?
建物も含めてさ。
おそらく平成初期。
ボクは昔の方が良かったな。
新しくなってからは二回しか食べてない。 >>584
チキン弁当、昔とは変わっとるよ。
90年代前半までのものと現行品は
見た目だけが似てる別物 正直、チキン弁当は、チキンライス風に炊き上げたごはんだったから売れたんだと思う。
純洋風の駅弁と言うのも、購買意欲をかきたてられた。
これが白飯だったら、まぁここまで有名にはならなかっただろうし、時を経た今でも「食べたい」
なんてならなかっただろう。 >>567
元はといえば、東京五輪で東京に集まる外国人向けに考えられたランチボックスなんだな。
だから、従来の弁当とは異なり、「BOX」という感じだった。 NRE化したとき、なんか仕上げ方が変わった記憶がある
付け合わせの1つがポテチになったのは今でもそのままかい?
昔はポテチじゃなかった。その頃は美味かった。 なお、黄色い屋根に赤い文字が定番だった「ほっかほか亭」などの弁当屋の
「からあげ弁当」は、実は「チキン弁当」がヒントになっている。
チキンライスでなくて、白米ならばなにがいいかということで、からあげになったとか。 >>589
NRE時代以前とかでも、ポテチとかはあったと思う。
時代や季節によって、結構マイナーチェンジしてるらしいよ。
それが人気の一つなんだと思う。
毎年定番のマイナーチェンジはクリスマスバージョン。 >>589
40年近く前に食べたチキン弁当にはポテチ入っていたけど、やたら塩辛くてなぁ…。
そう言えば、小袋のドレッシングなんてない時代だったから、小袋の塩が入っていて
レタスなんかも塩をかけて食べた。 トンカツ弁当の方が好きだった
ドライカレーがGOOD >>584
コンビニ弁当=恥ずかしい よくわかります。
遅い時間に「半額」の札を貼ったスーパーの弁当を新幹線で広げるのカッコ悪いしね。 新宿駅田中屋のとりめし復刻はもう販売していないのですか? 新宿の鶏めしは安いのが取り柄だけど肉片がちっちゃいんだよ
肉眼では真剣に探す必要がある 俺はいまだにバカの一つ覚えで新幹線乗るたびにチキン弁当ばっかり
通学も新幹線で上野までだったから
帰りによく買って食べた
缶コーヒーといっしょに チキン弁当はもともと日本食堂品川営業所だから
チキンバスケットのJダイナー東海(現JRCP)が本流なのだが
東京駅以外での販売や分社を考慮してNREへ継承
もっとも今の外食やコンビニなどと異なり同じレシピでも
営業所ごとに出来上がるものが違っていたのが日食だけに
どれが本家だとかは野暮ですが 新宮の目張りずし、もう駅でうっとらんのな
厚床のホタテ弁当もなつかしいなあ 昔鉄道雑誌で厚岸のかきめしがうまい、
と読んだ覚えがあるがどうなんだろう >>602
新宮のめはり・さんま寿しは夜行で着いた朝5時にはすでに営業していたな。 夜行相手の弁当といえば石打でもあったな。
ターゲットは「鳥海」と「能登」。 >>603
かきめしは好き好きかもしれませんね
甘辛風味が苦手な人にはあまりおいしく感じられないかも…
>>604
夜行も駅弁も健在だった、いい時代でしたね
>>605
まさに争奪戦でしたね
>>606
旭川も夜行までは営業してましたよ
急行利尻大雪の客向けに… 午前0時の福知山、名物のリヤカー駅弁
テルハを使わず1番線から駅東の通路を
通って3番線に出入り >>607
西岸良平の三丁目の夕日で夜行の静岡駅の弁当争奪戦のコマがあった 厚岸のかきめしはNRE製が首都圏で出回ってるからいつでも試せるが
現地の本物を食べる機会はもう、東釧路以遠廃線で失われそうだな >>563
>横浜は何だっけ?
新横浜駅の新幹線グルメは「The横濱弁当」という崎陽軒が得意なチャーハンと中華料理のセット 金沢のおにえずしや八戸の小唄寿司、
鳥取のかに寿司、苫小牧のサーモン寿司
気が付くと鮨ばっかり食べていた。
時間がたってもおいしくいただけるからかな えんがわも結構美味いでよ
俺は東京駅で知ったけど、産まれは新津らしいね >>606
マイナーだが、下りムーンライト九州到着時の下関。 >>610
やっぱ現地の風景、空気に触れながら食べるのが一番ウマイよなあ… >>614
あったねぇ
朝に皆ホームに殺到
今うどん屋すら廃業かな >>616
2年くらい前に下関駅降りたときは、改札出て左側にうどん屋があった。
今はよう知らん ホーム上は、富士はやぶさ廃止直後にもうない。
今あるのは門司駅。九州特急の名残をとどめる大変貴重な存在
なくならないように通るときは必ず利用してる 昔の寝台特急「さくら」の下関着が7:40だったので下関駅の駅弁やうどんは
食べる機械がなくて食堂車の和朝食ばかり食べていた。流石に食堂車が
劣化した1990年くらいから食堂車以降は下関駅の駅弁やうどんの世話になった。 03年春にさくら使ったときは車内販売で
徳山から積み込んだあなごめし売ってたからそれ買ったな
二種類か三種類弁当があって周りの乗客も結構買ってたように思う
ただ寝台列車消えた辺りにその業者も消えたみたいだ 824レに門司から乗車、最初の停車駅の下関ホームで
天玉そばを購入して車内で食ったらしばらくして
腹痛になった。朝一から重すぎたかな? >>620-621
確か同時期に徳山と下関の業者が止めるんで小郡駅弁当が引き継いだがそれも去年廃業とかだった
今はイベント的な販売以外山口県内に駅弁がないとかいうことに 厚岸のかきめしだけど、昔と比べると量目が減っているね >>623
そこまで書くと悲しくなるから書かなかった。苦笑 >>604
そばもやってたね。逆に夜ははやたまが出る時間帯はキヨスクも閉まってて食いっぱぐれる奴が多数いた。おれは車掌に松阪が弁当を買う最後のチャンスと教えてもらい事なきを得た。 >>623
新山口も駅弁消えたのか
駅前なにもないし山口線と山陽線と新幹線の乗り換えで需要ありそうなのにな
数年前の記憶だと山口線特急は車販無いから
乗り換えで島根とか特急で行く客は大変だな >>627
広島駅弁当の駅弁売ってるんじゃなかったか? >>627
駅裏は知らんが、駅前(北側)の目の前には7-11がある。 >>628
弁当の駅弁?
弁当じゃない駅弁ってあるの? これまじレスすればいいのか?
何が正しいリアクションか分からないので誰か教えてください えーと、人吉の駅前の駅弁屋には駅弁ではない弁当があってだな… >>632
おにぎりやら色々あるな
駅売りは鮎寿司と栗めしだけだったような
あそこも2000年くらいは隣の大きな「汽車弁当書いてる建物のなかで
喫茶か食事もやってるようだったが今は売店だけかな 横浜には駅弁屋の売ってる駅弁ではないシウマイがあるな 630
↑アスペルガーの人ってマジでこういう解釈しかできないんだよね。 635が間違ったリアクションなのは俺でも分かるよw >>582
なるほど、少しでも長く銚電に乗ってもらえるように終点寄りに… 例えば“駅弁”を“オセロゲーム”だとすれば、“駅弁当”は“リバーシー”みたいな。 すげえな。ガチASDじゃん
恥の上塗りに気づかないとか 和歌山水了軒と大阪の水了軒の関係は?
滋賀の荻の家と京都駅の荻の家の関係は? やっぱり俺は母ちゃんがつくってくれたハムエッグとポテトサラダとリンゴが入った駅弁が一番だ。 深川駅の「お楽しみ幕の内弁当」が忘れられない味だ・・・ オレは今から30年くらい前の常磐線の原ノ町の幕の内。
当時、厨房で仙台の親戚の所へ行った。春休みだった。
東京在住で、18切符片手に行きは高崎線から上越線、只見線と乗り、当時あったユースに泊まった。
早朝から出かけ、高崎駅の朝のターミナルになぜか感動しソバを食べたのを覚えている。
次は小出の長ネギではなく刻みタマネギのソバを食べた。
只見線の景色に見とれ455系の車内で地元の人達に話しかけられたり。
親戚の家を拠点として仙石線乗ったりした。
新幹線代出してくれると言われたが乗りたいからと帰りの常磐線。
原ノ町に降り立った時に立売のおっさんからホカホカのご飯の幕の内を衝動的に買った。
今は当時と違って、親戚の家もなくなってしまったし、思い出のものもなくなってしまったけど再訪したい。 原ノ町というとその昔583の車内で食ったほっきめし(鮭めしだったかも)を思い出す
夕暮れの浜通りといい今ではね 名物焼きそば「急行」閉店 88歳店主、厨房で倒れ死去
6/4(日) 10:23配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170604-00000015-asahi-soci
北海道のJR・道南いさりび鉄道木古内駅そばにあった老舗食堂「駅前飯店急行」の店主垣内キミさんが5月、亡くなった。
直前まで名物の焼きそばを作り続け、厨房(ちゅうぼう)で倒れた。旧国鉄時代や昨年春の北海道新幹線開通など、
木古内のまちの移り変わりを見守った88年の生涯だった。約60年続いた食堂は、垣内さんの死去とともに幕を閉じた。
「駅前飯店急行」は、垣内さんが作る和風味の焼きそばが名物だった。2013年夏までは、JR木古内駅のすぐ前で
開店当時の古い店舗で親しまれてきた。北海道新幹線開業に伴う駅前再開発で立ち退き、同年10月から数百メートル離れた場所に
移転して営業を続けていた。
垣内さんが倒れたのは5月16日。夕刊を読み、午後5時ごろにやってきた男性客に焼きそばを作ったあと「背中が痛い」と言って、
厨房にある丸いすに腰を下ろした。毎日手伝いに来ていた知内町の宮西容子さん(62)に「水が飲みたい」と頼んだ。
宮西さんが湯飲みを取ろうと振り向くと、いすから崩れ落ちるように倒れていたという。
すぐに救急車を呼びドクターヘリで函館の病院に運ばれたが、午後8時過ぎ息を引き取った。大動脈瘤(りゅう)破裂だった。
道東の浜中町出身。旧国鉄時代、松前線と江差線の分岐点だった木古内駅前で始めた店は繁盛した。
「急行でも止まればいいのに」と願いを込めて付けた店名だった。
.
朝日新聞社 >>645
2回食べた事あるけど、閉店するの?
店も新しく移転して、娘夫婦が後を継ぐと張り切っていたけど・・・ >>602
厚床のホタテご飯、何度も食べたけど懐かしいね。
貝から出る出汁を効かせたご飯を美味しく食べさせるか。
そんな感じの駅弁だった
家でホタテご飯を炊く時は厚床のホタテ弁当の
雰囲気を極力再現する様にしているよ。
具はホタテのみで刻み海苔と紅生姜を散らし
ほぼ同型の赤い容器に詰めて。 実際は闘牛みたいのはストレスたまってオスフェロモンたっぷりだから
硬くて臭くて、しぐれ煮にしても不味いんだけどな >>623
まさか山口県内から駅弁屋が撤退するとはね・・・
でも先週広島駅から新幹線に乗車する際駅弁屋覗いたら、下関名物のすく寿しを販売してた。
パッケージのデザインも下関当時と同じだし、広島駅弁当が小郡駅弁当から引き継いだのかな?
だけど個人的にはふく寿しよりふくめしのほうが好きだったなぁ。
下関駅の今は亡きホーム売店で購入して、ブルトレの車内や特急いそかぜの車内で日本海を見ながら食べたのは良き思い出。 >>650
例え話にしてもバカすぎる
闘牛した肉を使うかよw 一見山口県っぽい津和野、観光地とはいえ片田舎の駅に駅弁が健在なのは凄い。
今でもかしわめしには「SL復活記念」とか書いてあるのかね? まだあるのか
昔見たときは立ち食いそばの片手間で駅弁置いてる感じだったな
益田も駅弁業者撤退したあとも別の業者が入って弁当売ってたし、
大田市も売店で鯖寿司売ってたな
需要はあるんだろうな 益田の阿知波は普通弁当でも石州和紙の掛紙で旅情あったが
いかんせん地味過ぎたな。
>>655
「立ち食いの片手間で置いてるような」印象があったのは、俺が過去リアルで接した駅では
身延駅、小出駅、伊那谷駅弁の各駅、浜坂駅、などがあったな。
大半が立ち食いごと撤退してしまってるのが寂しいが 日本全国津々浦々、ここまでコンビニが進出しまくるとは思えなかっただろう そういや駅付近のコンビニ(駅併設は近年以降の流れだから除外)って
まだ大都市域だけのもので、地方都市の駅前にはまったく無かった一時期がたしかにあったわな…言われて思い出した。それを経て今がある。
直江津駅クラスでさえ以前は駅付近にコンビニは全くなかった。 >>656
TOKIOの鉄腕ダッシュの駅弁食べ歩くやつで
益田で阿知波にお願いしてかに寿司作ってもらうやつシーン見たような記憶がある。
浜坂は立ち食い蕎麦屋もあったとは知らなかった
末期は売店においてたが売店が閉店したときに駅に置くのやめたみたいね
昔は山陰随一で美味しかったとかは聞いた >>502
一ヶ月前のレスに反応するのも何だが今の寄居駅にどんだけの乗り換え客がいると思ってんだ? 鳥取駅の松葉がに
1959年当時200円
安いのか?高いのか?
出雲の窓から購入 漁獲量は多い
保冷技術は進んでない
道路網未発達で全国発送も限りあり
よっていまよりも安いんじゃないか? >>663
横浜のシウマイ弁当が100円の時代。
他には、大船の鯵押し寿司が80円、厚床の帆立弁当100円、横川のかまめし120円、
折尾のかしわめし80円
ただし、1959年当時の大卒初任給1万5千円、今は20万円。
単純に初任給の比率で比べれれば、当時の200円は現在の2700円ぐらいの感覚。 今の
松葉がにに比べりゃ安いといえるが、お手軽に買えるかというと… >>665
シウマイ弁当2つ分と考えたら1600円くらいで破格な感じだけど
給与と比べて考えたら少しお安いくらいな感じですね 鳥取の松葉がに
1961年でも200円だったが、
梨が高いのか、蟹が安いのか…
http://i.imgur.com/edc4oH5.jpg まだ豊水や幸水が広まる前は20世紀は高級品だったよ 梨一つだけとかじゃなく10個入りとかじゃないかな
あと、今では幻になった松露を売ってたのに驚いた。
調べたら鳥取では1960年代まで見かけたがその後は消えたそうで >>668
>>669
レスサンクス
昔は安かったけど、今では高級食材
逆もありそうですね。 バナナって高価だったっていうけど
現代は見かけなくなった「たたき売り」って、そのバナナが高価だった時代だよね?
昔から疑問なんだが…相反してるよなと。
高級品だったころに、庶民の手に届くような価格まで叩き売ったら原価割れになるよね?
ほぼ客寄せパフォーマンスだったということ?(何房も売らずに1房限定とかで) 話術で、安いかも?と思わせて売ってただけで本当に激安で売ってた訳じゃ無い >>672
最初は台湾から持ってきて門司港についたときに
目的地につく前に賞味期限危なくなるやつを叩き売ったんじゃなかったかな
昔のサザエさんに「バナナが輸入過剰で馬鹿安」みたいなコマがあったが
高度経済成長のその時期が変革期なんだろうか ttp://shouwashi.com/sp/transition-banana.html
昔から1キロ200円だから当時はかなり高級な部類だね
内田百間によるとリンゴは戦争中でも余ってたらしいが 昭和30年代のバナナは子供が病気の時に
食べさせてもらう、という感じだった。 1994〜95年頃の、浜松自笑亭の「あっつあつうなぎ飯」がすごく美味かった。
発熱体入りだからご飯は少々少なかったけど、うなぎがほぼ一匹入っていて肝まで付いてたな。
値段は当時¥1400と決して安くなかった、でも浜松に行った時は必ず買ってた。
2005年頃まで作ってた「白ワイン仕込みうなぎ飯」も、何で止めちゃったんだろうね。
個人的には赤ワイン仕込みより美味かったけどなぁ。
今は赤ワイン仕込みも¥2000超、ぼったくりじゃない? と思うけど…
国産うなぎが少なくなったから仕方ないのかねぇorz >>677
駅弁の食材なんて特に国産と謳わない限り、かなり前から
輸入品に 切替えられている。鰻なんて高級食材は特に顕著。
国産鰻の長焼のスーパー店頭価格が1枚3,000円近くする時代
だから仕方ない。 >>672
今ではコンテナ船でチルド流通してるから現地で黄緑の奴が店頭に出てから熟れ頃になるまで適度な猶予期間があるけど、
当時は台湾から在来船に天日野積みで輸送だから、とくに雨に打たれたりしたら陸揚げしたら数日で売りさばかないと腐ってしまった
60年代までは割当物資で植物検疫も厳しかったから、タダ同然で仕入れて庶民が通常手に入らない高級品を叩き売る連中が商売になったが、自由化して世界各地から輸入できるように流通が改善されて急速に商品価値が下がった 90年代だか00年初頭だかの港の検疫の記事で見たが
今はバナナは黄緑の状態じゃないと輸入しちゃいけないみたいね
着いてから熟させるとか
そういや台湾の駅にも駅弁があるらしいね >>667
正明市ってどこかと思ったら今の長門市駅なのか… だから池田のバナナ饅頭が特に重宝された
プランテーション搾取の結果の安価であろう 木古内も変わった
急行も止まらない駅だったが
今では新幹線が停車する大きな駅にまで成長を遂げた >>685
急行が設定されていたときは、すべてが停車していたよ。 益田駅の阿知波嘉淑軒
おそらく人名(本名フルネーム)由来だけど、まず阿知波(あちわ)」って名字そのものも珍しいけど
名前(嘉淑=よしすみ?)も珍しい。
「波」=本来「は」、
「味(あじ)」=本来「あぢ」だから、
読み方が「あちはよしよし」=「あ(ぢ)はよしよし=味は良し良し」に通じて
駅弁屋としては中々良い屋号だったと思うね。 >>689
そういう洒落かw
なかなか今はないセンスのよさだね
99年くらいの夏にかに寿司買ったが
当時食べ盛りだから少し量少なく感じたな
一昨年久しぶりに益田訪れたら売店は残ってるもののシャッター降りてて
殺風景にならないように絵がかかれててかえって少し寂しかったな それ『アチハ カシュク』って読むみたいだぞ。
ソースは第一年金機構のPDF だからそれをふまえて読み変えて「味は良し良し」とも読めるから秀逸だねって話よ。 >>701
生そばの生って混じりけ無しの意味だぞ
ゆでるゆでないじゃない でも701にも無理がある
「キソバ」だからな。
それ知っててあえて字づらだけで言葉遊びしてるのか、
それともガチでナマソバとしか読めてない状態で言葉遊びに参加したのか。
後者なら単なるバカだが、おそらく後者かな。 そもそも、こういうくだらん流れを永遠にやり続けるのが鉄オタはアスペと言われる理由だと思う 原ノ町の駅弁の復活はもうないのかねぇ
昨年末に仙台まで復旧した時に「もしかしたら?」って期待したんだけどなぁ
鮭めしにほっきめしに潮干狩り弁当に浜べんとう、どれもおいしくて大好きだった
立ち売りのおじさんから買うのも味があったしね
上野−仙台間は東北本線で移動した記憶が無い…いつも常磐線経由だったな
原ノ町の駅弁だけの為にw
製造元のホテル丸屋さんは営業してるみたいだけど、駅弁はやっぱり無理なのかな
従業員も県外へ行ってしまった方もいるだろうし、鮭もほっき貝の水揚げもまだ試験操業レベルらしいから
…本当に原発事故が憎いわ
長々とスマソm(_ _)m >>705
2chならどこの板でもあるだろ。
認定したがるほうがアスペルガー >>707
事故が憎いわりに自分が内部被曝することには無知なのか。 >>707
弁当でない食事は作ってる。
去年はホテルで何度か飲み会した。 >>656
厚狭も立ち食いのついでに駅弁売ってるかんじだったな。
「寝太郎にぎやか寿司」なんてのが売ってて、どんなもんかな? と思って買って食べて見たけど、何てこともないただのちらし寿司だった。 >>712
本題でない部分に反応するけど弁当名の件は愛称的名付けみたいなもんだから責めることではない。
寝太郎→地元ゆかりの故事
にぎやか→バラずしを示す部分
かけそばを「砂丘そば」と佳称してるのと同部類。 地元になぞらえた幕の内とかは大抵そうだな
素材が地元だったり一品郷土料理だったり見えないこだわりがあるのが多いけど 辰野駅で販売していた
「杣人弁当」を食べた事ある人いる? >素材が地元だったり一品郷土料理だったり
それが美味いんだよなぁ・・なんとか寿司なんていうものより
割りとオーソドックスな弁当の具材に地域柄があるのも好き >>717
あるよ
掛け紙が秀逸だった。 でっかい魚の甘露煮が入ってた >>719
鯉の甘露煮かな
五平餅も入ってたらしいね 一般弁当は温い方がよりおいしいが
すし類は冷めても気にならないので
弁当に向いてると思う。 >>721
でも幕のない弁当とかは、冷めてるほうが好き、個人的に。 >>721
すでに視点が「コンビニ弁当脳」だな。
弁当って文化は日本だけで、常温なんだよ。
暖かくなければ食べられないのは支那人
だからあっちは弁当文化でなく屋台文化 コンビニ弁当やスーパーの一部は常温じゃなく、弱冷蔵だからね。
温めなきゃ食えたもんじゃない。
弁当屋さんのは常温でご飯柔らかめにする傾向だからそのままOK >>725
程々くらいが丁度いいね。
3月の遅い時間に青森駅ホームで天然弱冷蔵状態の幕の内弁当を入手、暫く経ってから
下りはまなすの車内で食べたけど、ご飯が冷たすぎてパッとしなかった。
翌日は岩見沢駅ホームの売店で釜めしを入手
当時の釜めしは本当にあの釜で1個ずつ炊いていたもので熱くて熱くて、
ただ、外は猛吹雪だったし美味しかったよ。 >>725
うん、その「あたため前提」状態のコンビニ飯があたりまえの時代に物心つくと
「冷めた」云々って思考回路になるんだろうなと。 3月初旬に気温3℃の小淵沢ホームで元気甲斐買ったら天然冷蔵で不味かった
常温にしろ弱冷蔵にしろ温度管理は大事ですね 吹雪で思い出した
昔の金沢駅の待合室にはミルクスタンドなる売店があって、瓶の牛乳をお燗のように湯で温めた熱々の牛乳があったのは特に吹雪の日には美味しかったなぁ
どこにでもあったのかもしれないが、私は金沢生まれなので >>733
駅じゃないけど伏見稲荷の山の売店と二条城の売店で近年まであったよ湯煎であたた 2・30年前もできるだけ暖かい弁当を
提供すべく弁当入れを毛布で包んでた
駅弁屋もいた。 冬の寒風吹きすさぶ青森駅のホームの大型リヤカー風の売店車で売ってた駅弁が想い出深いなあ、あれは青森始発の上り列車がお客様が中心だったのだろうけど(下りは連絡船に急ぐ人たちばかりだし、船内で買えるし)‥‥。
夜行急行でも早暁の特急でも座席を確保して寒い中毛布にくるまれた駅弁を手にした時はなんともいい気持ちになったものです。帆立弁当とか釜飯があったなあ。 ブルートレインの売店で販売されていた弁当もあったよな >>737
船内の弁当(あらまき弁当)はパッとしなかったけどね。
しかし、特急白鳥の青森発着時、特に冬は寂しかったね 連絡船は弁当もあったのか。
乗ったことないけど、船内に食堂もあったんでしょ?
写真とか記述を見る限りは、高級レストランというより、
大衆食堂といった趣だから、多くの人は食堂を使っていたのかな
とか勝手に想像してた。 連絡船といえば宇高連絡船の連絡船うどんはよく思い出で語られてるね
四国に来た、四国から出る区切りみたいな感じで
今も高松駅に再現したのがあるらしいが 青函連絡船に初めて乗船した時、船内の売店で
海峡弁当なるものを買って食べた。
この時12月の冬の海で船が揺れ、全部戻してあげた 駅弁も暖かいに越したことはないね。
文化や世代差なんて単なる空論でしょ
冷めた駅弁って冷や飯食いの事ですね 秋田の湯沢の道の駅で土日限定で「懐かしの湯沢駅の駅そば」を売ってた
人気あったが廃止された感じなんだろうか お茶より容器の味とニオイの強かった頃
網入り冷凍みかん
車窓の風に当たりながら駅弁食ってると不思議な霧雨
本当に木製だった枕木の上にペーパーの絡まった何かが・・
まあ、それでもみんな生きているけどねw 当時の駅線路上は停車中に出された
乗客の汚物やポイ捨ての吸い殻、
痰やツバの吐き捨てで不衛生だった
が、まあそんなものだった 235: 2017/06/25(日) 01:12:26 ID:t2MCzLpC(1)調 AAS
まあ日本自体古い建築物に対する理解が希薄なお国柄だし
↑
日本を陥れようと必死だな。バカチヨン!! 日本の場合、古い建築物には直ちに地震というおまけがついてくる。
生半可なことでは保存には繋がらない。
嘉例川とかよくもってるな。
津和野のかしわめし、シンプルだけど九州系とはちと違う。
また食べたいが、山口線なんてついでで通ることなんて無いしなあ。 九州・山口から山陰へ回る旅行ならついでなんだけどね
後は山陰から九州へ行くようなプランの旅行のときくらいか >>754
昔の駅舎は今では入手が困難な程の建材を使っているので
長持ちするという説もあるけどね 水コン建築や耐震補強の必要性如何で決まる部分も
それじゃあ長袋入り乾燥ホタテを爪で剥がしてちびちび噛みましょうと 木造建築でも使ってる部材の太さや質でぜんぜん変わるね。
10年前、鹿島鉄道廃止のときに鉾田駅の内部見せてもらったけど
雨漏りと腐った木がどうにもならなくて解体やむなしと。
残してても11年の地震で倒壊してるはず・・
残ってたホームも液状化でグチャグチャになった。
一方、わたらせ渓谷の上神梅駅などはまだまだ行けそうな。 長かったので追記。場所柄田んぼと沼地が多くて
元々予算低め建築が多湿にさらされてきたからだと思う。
鉄道省の規格型駅舎は、当時民鉄よりお金掛かってる感じ。 >>731
最近は固定電話のない家も増えたから
オフィスで固定電話の応対ができない新入社員がいる、
という話に通ずるものがあるな インターフォンでも電話でも
昔
「ハイ、○○ですけど」
今
「ハイ」「だれ?」「何の用?」 受け側の話?それならそれは仕方ないよ
不審者からだったら、こちらが名乗ったら相手に正解を与えてしまう
だから防犯意識ある人はそういうのは昔からやってたよ むしろヘンになってきたのは掛ける側
掛ける側が先に名乗るのが常識だが、それをしないアフォばっかりになったからこそ762下になる >>660
鳥取駅はともかく、盆地の中の津山駅でもかつてかに寿しが売られていたな。
山陰産なのか、あるいは外国産なのか。 >>765
篠山口とかもね
佐賀のかに寿司は竹崎ガニを昔は使ってたが高価になったとかで
北海道産に変わったらしい ttps://www.sagatv.co.jp/nx/news/detail.php?id=772
肥前山口の駅弁が二日間だけ復活したらしい >>765
語り視点、そこ(産地ガー)かよw
津山や木次や新見とか内陸で特殊駅弁として鯖寿司や蟹寿司が売られていたのは
駅弁以前に、当地の名物(←ご馳走)だからだよ。
冷蔵庫のない時代までは海産物が貴重だったから寿司が名物になった >>767
昨年5月の三石駅の復刻販売を思い出した。 >>765
もとよりカニずしが流通したのは、たしかあべ鳥取堂がかにの長期保存に成功したからで、
結果津山なんかにももっていくことが可能になったのも
不思議なことではない。 20年以上前に食べた高野商店のかに寿司は美味かったな。 >>771
ワロタ。
鳥取で昼買って食って「酸っぱい!濃い!」
結局リベンジに出雲市着いて一畑百貨店のデパ地下で買った
かに寿司は半額で遥かに美味しかった。
駅弁という常温保存性の無情さよ よく知らんのだけど、
カニとかって押し寿司にはできんのかね >>775
カニを完全にほぐしてまぜるほうが旨いかとは思う。
富山の押し寿司みたいに飯粒がみえないくらいに押されてしまったら
旨くないような気はするな。 かに寿司、大山おこわ弁当くらいしか
山陰のうまい駅弁を思いつかない。 山陰はもう数えるくらいしかないからなぁ・・・
非公式だが益田で一昨年買った
鮎のほぐし身を混ぜご飯にした駅弁はうまかった >>764
知った人にかけた時は名乗らんね
しもしも位は言うけど >>765
鉄オタでもあまり知らないことだが、昔は関西から鳥取に行くには津山経由が主流で
鳥取と津山の結びつきが強かった
智頭急行と鳥取道の開通で何の縁もなくなったが >>783 地図急行開通前は、大阪から福知山線経由、豊岡から山陰海岸通って鳥取に入るルートが主流だったのでは?
その次に、姫路から播但線経由、あるいは京都から山陰線のルート。
鳥取県西部、米子へは岡山から伯備線。津山通る必要は乏しい。 >>784
はぁやれやれ…
急行同士だとだいせんとみささの所要時間は変わらなかったのだ >>784
津山経由って姫新線経由と津山線経由と二種類あるからね >>785 津山まで他の急行と併結、しかも一日一本の急行みささ、
急行だいせんが数本走る上に、特急も通る福知山線経由。
どちらがメインルートか、一目瞭然なんでは? >>792
時間帯のせいかもしれませんが、昔は鳥取あたりの高校が
甲子園に行くときには、出発式後、みささに乗り込むのが
よくテレビに映っていました。
ただメインではありませんね。 どっちもしつけえよ。本題に関係ねえだろ。どんだけズレてるんだよw んだ。津山なら、しいたけ弁当の一言でも出せばスレタイに沿うのに。 >>788
私は今はないけど「手拵えおにぎり」だね
発売中だったら、やはり、「元祖鱒寿司」かな。
近江牛大入り飯は食べた事がない・・・
>>789
味云々よりも構内改良前のホームで北陸方面へ向かう列車を眺めながら
食べる蕎麦やうどんは格別だった。 それ昭和末期には既に売ってなかったよな?
メニューにはあるけどいつも売り切れ。 >>798
たこそばこーらは
夏休みや冬休みの限定発売じゃなかったか? 音威子府にソバ食いに行きたいが、ソバ食ってから半日何をしたらいいのか・・ >>766
1990年頃の「旅」の九州一周駅弁旅行で林順信が佐賀のかに寿司をdisってたね。
「何でここでかに寿司をやらなきゃいけないんだって言う訳。そりゃ玄界灘だから、ある程度は獲れるけど」
…これ見た時、この人は物事を知らないのか? って思った。
有明海の方の渡りガニ(=竹崎ガニ) 途中送信しちまったいorz
スマホだから勘弁。
有明海の方の渡りガニ(=竹崎ガニ)の方が有名だろ、玄界灘だったら唐津だよなぁ…って。
まあ林さんは嫌いじゃないけど、彼の生前はまさに金魚のフンだった小林しのぶは大嫌い。
マスゴミに「駅弁女王」なんて祭り上げられてるけど、見た目ピザのただのBBA。
NHKだったかの駅弁特集で芸人さん(誰だか忘れた)と九州行ったの見たんだけど、食べ方に色々難癖つけるわ「好きなように食わせてやれよ」と思ったねw
あと、駅弁ヲタには常識中の常識である「欲しい駅弁は予約して買う」をドヤ顔で語られてもねぇ。
と、長々とすまなかった。 >>803
それ単行本になってるやつを見たわ
前に地元紙の西日本新聞の駅弁紹介の連載で
「昔は地場の竹崎ガニを使ってたがコスト高になってしまい、北海道産に変わった」
て書かれてたの見たから
旅のライターなのに地場の名産も知らず上から目線で語るやり取りにムカついた 懐かしの駅弁、釧路駅・釧祥館の「かに飯」。今でも一般駅売りされている駅弁だけど
1993年くらいまでは花咲がにを使ったカニチャーハン風でとても美味しかったのだ。 佐賀駅の「かにちらしすし」は1984年1月に500円で買った事がありますが
カニ云々より合わせた酢とのバランスがよくて酢飯と具とのバランスも
よくてまずいとか思わなかった。函館駅のかにずしより上だと思いました。
1988年2月に発刊された山と渓谷社の駅弁の旅153ページには北海道の
タラバカニ使用と書かれていました。 いい歳こいてもマスゴミだのBBAだの恥ずかしい言葉使うやつっているんだな >>763
そのとおり
うちは鉄電を受ける時は部署名まで言うけど
公衆では社名しか言わない 成田のソースカツ丼?おいしかったな
もうすぐできたてくるよって言われてできたてを買った
もう無いよね? 成田駅・桑原弁当店のとんかつ弁当はとっくに発売を辞めて駅弁販売もやめている
またたべたい気分になるけど残念ながらもう食べられない
http://livedoor.blogimg.jp/ekiben_eqhs/imgs/c/c/cc87bd95.jpg 地元(隣町)民なのに知らなかったけれど、
千葉駅の万葉軒のトンカツ弁当は雰囲気似てると思うよ。 >>811
弁当業さえ続いてるなら
体裁はちがってもトンカツ頼めば中身(調製)は同じではと。
以前、多古町での仕事で出た弁当が
桑原のものだった。 佐倉駅の業者は駅弁から撤退したあとも仕出し業者でやっていて頼めば
当時の駅弁と同じ感じの中身の弁当で出していたようだが
少し前に倒産したようだ >>811
空港駅で売るのは無理だったのかね、勿体無い。 本当に廃業したのか?近年?
駅売り撤退後も、弁当屋自体は続けてたはずだけど。
813で書いたのは駅売り撤退後の話だよ。 成田駅のとんかつ弁当で盛り上がっているけど、かつて一戸駅で売られていた
山口松山堂のロースカツ弁当、トンカツ弁当も美味しくてわざわざ一戸駅で
下車して作りたてのカツ弁当を買いに行ったものだった。 >>817
末期は新幹線車内でもゲット出来たな。
八戸延伸後。 冷めたとんかつ弁当ってうまいんだろうか?
そばやすしなら許せるが・・・ 「冷めた」って
ユトリ?チャイナ?
またかよ…何度目だよ 昭和60年頃、雪が積もる米原駅で購入したステーキ弁当冷え切っていて旨くなかったね。 米原のステーキ弁当は
当時の駅弁を特集した記事にはよく載っていて、
いつか食べたいぁとは思っていたっけな。 いや、冬の吹雪いてる米原は熱々のうどんすすって
酒一杯飲まんとキツイっしょw 弁当買う状況じゃない
18で移動の時、新快速→大垣行1時間近く待ちはそうしてた 一戸のロースカツ弁当
足の悪い高齢の社長さんが作ってくれたな ほぅ、何だか有名なんだね。
個人的には小淵沢の高原野菜とカツ弁当を何度か食べたな。
チキンカツだったとは、後に知ったがw >>821
そんなのはあたりまえだろ。極論で語るなよ。 >>825
カツ=ブタ肉って勝手認識のほうがガラパゴス
カツってのはカットレット=調理法だから。
「エビカツ」「牛カツ」いっぱい言うだろ。
だったら「エビ豚」「牛豚」になるか?ならねえよな? 単にカツと表現されていたのを見たとして、
「なんのカツかな?」と疑問に思うまでから順当だからまだいい
そのとき「ブタカツ」と思い込む思考回路がおかしいと言ってる
理由は827 夏だし、暑いしw
まぁ、おまえら、少し気分転換しろ!
お山のオカルト置いとく。
ちょっと気色悪いけど・・・
★山霧の巻くとき(山岳ホラー)★
http://slib.net/71604
上松煌 作
(プロフィール) http://slib.net/a/21610/
最後のほう、グロ注意?!! 駅弁大会で買えたものはパス。
新宿の改札内で売っていた小淵沢駅弁も。 弁当の牛肉は、薄く切って煮ることで脂の抜けた所が隙間となり
冷めても固くならず容易に噛み切れて美味しく食べられる
こういうのが常温で食べる弁当ならではの工夫
温めないのに厚みを持たせてしまうと微妙
それこそ加熱式や、池田みたいに列車到着に合わせて焼いて持ってくるのじゃないとな 成田のとんかつ弁当って500円だったよね
安いしうまいのになくなって残念だわ
今一番安い駅弁て何? 萩の家の弁当(540円)では?
京阪三条のアンスリーで売ってる >>834
名古屋駅で売ってる
朝のおむすび弁当400円也 836-837
それってちゃんと駅弁の体裁?
その商品を知らんし、基地教師じゃないから掛紙必須!とは言わないけど、
透明な横長の三角パックに入ってるのは駅弁とはみなしにくい。 団体バスで鎌倉行ったが駅ホームの鰺の押し寿司(元は大船だが)買えなかった
次は北鎌倉から一駅乗って買うゾ >>839
鎌倉駅の鯵の押し寿司販売場所は
ホームから階段降りた地下通路のとこじゃなかったかな
ワゴンみたいな台でおじさんが一人売ってるの何回か見かけたような 懐かしの駅弁
竹の皮に包まれたおにぎり弁当
宇都宮駅 中央本線の山梨〜長野県境付近には、
駅そばの店があちこちにあるよね。
昼下がりに行くと、よく駅前タクシーの運ちゃんが
昼飯喰ってるw 811
右下の赤いのなんだ?
福神漬け?
とんかつに福神漬けってかわってるな ふくじんづけ っていう?
ふくしんづけ っていう? 通常は前者
後者もまあ間違いでもない
慣用読み許容範囲 >>849
レスアンカーくらいまともに使えるようになってから出直した方が良いと思うよ >>838
近年は体裁が怪しい駅弁が多いから
駅弁売り場でも朝限定のおにぎりとかコンビニ弁当みたなのを
販売してるけどあれは駅弁とかいいがたい。 今日未明のラジオ深夜便で鶴光師匠はつるこが正しいと言われた 思ってないが。メンヘル板住人なのであんたらより詳しいので >>854
それ嫌だね!
まだ駅弁大会でしか見られない通称疑義駅弁の方がいい様な気がする! ろんぐろんぐあごう鉄道の日フェアあっと秋葉原やっちゃば跡地
お姉さん:新幹線は5時間で東京博多を結ぶ様になりました
池沼:5時間4分だ
吊し上げは5分位続いた・・・アーメン >>854>>859
個人的には、一例だが
名古屋駅の各ホーム売店で売られている
松浦商店の透明平パックの
廉価版とりめし程度は、駅弁の範疇に
入れてもいいと思うけどな。
名古屋駅のとりめしは戦前から
売られている、長い歴史あるものだが
いつ頃からか駅弁売場では
駅弁の体裁をした紙箱デラックス版しか
売られなくなって、通常版が
消えてしまった。
ところがあるとき各ホーム売店の
デリカ棚に、単に「とりめし」として
平パックで廉価なのが
売られてるのを知った。
現代は単に「駅弁」ってだけで
存在そのものが高級化してるから、
きちっとしたよそゆきの「駅弁」
もいいけど、またそのいっぽうで
廉価版は、駅ナカやらコンビニやらが
まだ無かった時代の、現代人がフツーに
三角おにぎりを買う感覚で
求めることが可能な、旧来の「駅弁」
として存在しているとも
捉えることができるからね。 ただ、体裁が透明パックだからね…
コンビニのデリカ棚に並んでるような。
見た目オンリーだけで判断したら
やっぱり駅弁じゃないわな…
俺は歴史的概観で語ったわけだけど。 五井や上総中野の主婦手作り感満載お惣菜や弁当まだやってるだろうか タヌキだかクマだかオオカミだかよくわからんしゃべる動物と一緒に図画工作してるノッポさん的な人 紙にあいうえお50音書いてその上10円玉滑らせて呼び出すヤツ JR化後すぐだったか、別府駅でサラダ巻かなんかを駅弁として発売した時に
JTB「旅」誌上で激論していた記憶があるな 「駅弁」マークのあるなしもそうだけど、駅前で売ってるその駅や土地にちなんだお弁当も駅弁に最近は入れて目にしたら購入してる。無論いれものなんかも駅弁風ならなおいいんだが。
駅弁のなくなった大月の駅前の観光案内所で販売されていた。
(いまは完全予約制)の「お月様弁当」なんかは安くてデザインもいいし「月」にちなんだネーミングもいい。前橋・新前橋駅の売店でも地元の有名な業者さんの「鳥めし」があるなあ。掛け紙なんかも駅弁風だし駅で売ってるし 昭和57年ごろ上野駅で、もりそばの弁当売ってたの覚えている人いない?
田舎に遊びに行く時に、あさまの車内で食べたのを覚えているが、どこの業者の調製だったのだろう?
今コンビニで売ってるのみたいに、ちゃんとめんつゆに浸けて食べるタイプだった。 上野原辺りで養鶏やってる所あるのかねえ。今度甲府の鳥モツ発祥の店にでも聞いてみるかな
養鶏やってて鶏糞での塵肺患者ってたまにいる >>873 上野駅ならば、日本食堂の「道中割子そば」550円だと思う。
紙箱を開けると、真ん中にめんつゆ、カボチャとイカの天ぷらがあって、左右に蕎麦が入っているやつ >>875
ありがとう。
スッキリした。
天ぷらの記憶が無いのは、親が食べたのだろう。 熊谷が平成初期まで立ち売が残っててそのうち買ってみようと思ってたけど結局買わずじまいだった 赤いネットに入ってるゆで玉子と塩なんてのもあったような、おぼろげ 買わずじまいなら占冠かな。
停車本数が少なくて諦めた。 たしかに。おかずの貝柱風フライが白飯によく合ってたな(笑) >>884
平成初期に改札内のそばやで販売してたね。
包み紙は国鉄時代のままで値段にシール貼ってた。 そう言えばずいぶん昔だけど
まだ0系しかない頃に
東京でて名古屋に向ってる途中
車内販売で
浜松名物うなぎ弁当とか言いながら
売り子のお姉さんがあるいてたな
浜松通過だから違和感あった 北斗星の車内販売で東京土産草加煎餅ってのも違和感あったな
埼玉県の立場がw >>893
それ、今は食べられない車内調製のうなぎ弁当。
名物云々ってのは現在通過中の地元を単に売り口上に使ってるだけ >>896
ひかりは食堂車あったからな
浜松で積み込んで浜松名物ならわかるんだかな…
って思ったもんだw
まあ浜松止まらなかったしな >>894
0系時代、安倍川餅好きの俺のために、
静岡の爺さんがよく買ってきてくれたっけ 「うなぎお弁当」の「お」は余計とか種氏あたりが苦言を呈していた記憶 ttp://www.1242.com/lf/articles/55505/?cat=gourmet&feat=ekiben
吉松とか普通の弁当にも「御」つけてるぞ >>891
あの白飯が特に美味だった
忘れられない味だよ >>890
酒田駅のササニシキ弁当は本当に美味しく、価格も適正な幕の内弁当でした。
実家が青森県で毎年夏と暮れに特急白鳥で帰省していましたが下り白鳥では
最後の弁当類・車内販売でしたし、売る数もそんなに多くないため、途中で
売切れる事もあって余目駅からの乗車販売を待って購入したものです。
上り白鳥では酒田駅着が10時頃でしたがお昼の弁当に何回も購入した思い出
があります。1991年夏で720円でした。おかずも豊富だし、味もよくて銘柄米
の幕の内風駅弁の中では自分の中では3本の指に入りました。 あの手の昔ながらの幕の内弁当だと
静岡の東海軒だろう今は >>904
鶴岡の茶めし弁当も良かったですね。
特急いなほ号での車内販売もありました。 >>893
昭和57年頃かな?
名神高速下り養老SAでうなぎ弁当を露天販売していたんだけど売り子の掛け声が『本場浜名湖のうなぎ弁当だよ〜』みたいな事を言ってたな。
買ってみたけど二キレしか入ってなかったけどもホカホカでタレが染み込んでおいしかったな。
でも高いよ。
今思えば浜名湖産ってのはホントだったんだね。 >>907
自分が少し前に新潟から酒田行ったときは鮭の焼き漬け弁当
酒田からは食料の調達が厳しいなぁ
小さい売店や土産物屋はあるが >>904
>>906
鶴岡駅の庄内おばこ弁当(幕の内)も美味だった >>909
上越新幹線始発乗り継ぎで新潟(9:24)から青森(15:47)まで「いなほ3号」に乗ると
新潟駅の新幹線コンコースで鮭の焼き漬け弁当を買いますよ。
時によって酒田駅のササニシキ弁当や羽後本荘駅のすきやき弁当だったりします。 >>902
こういった純粋な普通の駅弁が減ってきたね。
どんな豪華な食材を使用した物よりこっちの方が遥かに美味しいよ。 >>913
急行なくなるときに構内の駅弁辞めて弁当を駅員相手に作ってたが
九州新幹線が出来てはやとの風が出来たから営業復活したと前何かで読んだな。
店のひと80近いようだし、汽笛まんじゅうみたいに
店の人の年齢の関係で急に無くなりそうなのだけが心配 熊本の中華弁当、延岡の鮎寿司、西鹿児島の田の神弁当地味だが結構好きだったな >>916
霧島登山行くときに西鹿児島でとんこつ弁当買ったな
今は業者は代わったし霧島は噴火で立ち入りできないし、
遠い昔の話になった。
昔は予約制だった出水駅の駅弁があんなに拡大してるのは意外だが >>916
延岡の鮎寿司
醤油入れは金魚型?ではなくスリムな鮎型
今でもとっている 立食いソバ…ホーム上にある駅は以前より少なくなったと思うけれど、昔は普通にあって、ソバすすっている横を急行や特急が走り抜けていたんだよね…。
昔の列車便所の黄害の事を考えると…(ry
東京から金沢まで鈍行で行きながら、食事を全部立食いソバで済ませた事がある(今でもやろうと思えばできます)。
糸魚川辺りから徐々に、大まかに分けたところの関東風から関西風に変わっていくのが楽しかった。 中津、佐伯、別府、延岡と支店だしてた大分の業者も
じわじわ縮めて最後に大分駅で立ち食いそばをやってたがそれも閉めて全て閉店したな
九州の県庁所在地駅の業者は宮崎、佐賀しか昔からのは残ってないね ありがとう。 この写真撮ったのが2000年3月、急行えびの廃止3日前だけど
ご覧の通り閑散・・17年経って79歳現役は嬉しい限り。
難しいとは感じるが後継者がいてくれたらと思う。
延岡の鮎ずし、宮崎の椎茸飯は良く買ったな。 九州は8回くらい(1980〜1991年)しか汽車旅旅行してないけど美味かった想い出の駅弁は多い。
八代駅・みずあらい「鮎弁当」、長崎駅・日本食堂長崎営業所「卓袱弁当」、人吉駅「鮎ずし」
「栗めし」、別府駅「えのは姿すし」「かしわめし」、大分駅・梅の家「かしわめし」、延岡駅
「鮎すし」、宮崎駅「椎茸めし」、都城駅・みづま本店「牛めし」。
日田駅の「鮎すし」はやや堅かったので次点、九州はかしわめしが多いけど定番を選ばない
のは大分駅「かしわめし」が地鶏を使って炊き込みご飯の弁当が絶妙に美味かったから。 >>902
単なる「弁当」に対する御じゃなくて
「〇〇弁当」(〇〇部分に食材名の入る特殊弁当)の場合の話だろ。
つまりたとえば「牛肉弁当」でいいのに「牛肉お弁当」ではぞっとしない、
って種村は言ってたんだろ。 幕の内(弁当)というのは、芝居見物の幕間むけの弁当で
俵形にした米飯を詰めたものが原点。
その後、実際に俵型とせず単なる型押しだけで仕上げたものもあるが、
米飯をのべっと詰めてあるだけの弁当は「あくまで本来は」、幕の内(弁当)ではない。
といっても、消費者側が知らないように、これまた同じく当然調製業者側も
知らないというか、厳密ではない。だから細かく指摘するつもりで述べたわけではない
あくまで蘊蓄の範疇でのレス。
名前を付けない場合は「お弁当」「御弁当」「おべんとう」、
特に名前を付ける場合もあるし、あった。
それこそ「ふる里」(新津駅)「庄内おばこ弁当」(鶴岡駅)、
「あさの寝太郎お弁当」(厚狭駅)とか。 御をつけるのは稚内駅のお好み御弁当、小樽駅のおたる御弁当、唐津駅の御弁当、
中津駅の御弁当くらいしか拾えなかった。あと弁当というより寿司だが、稲荷寿司
と巻き寿司のセットをどこぞの駅で御寿司という名前で売っていた。 松阪駅のホームの肉うどん(松阪うどん)
松阪牛は使ってないだろうが
うどんは手打ちだった >>927
稲荷と巻き寿司で御寿司
昔徳島駅にあったな。
他に幕の内と栗ごはん。
いまとは違う当時の駅弁業者は街中のビル1階で食堂やってる。ビル屋上に錆び付いた『駅弁』ネオンが残ってるよ。 >>927
時代が古くなると漢字になるね。もっとも、それにつれて廃業の業者や駅も増えるけど。 徳島といえば、阿波池田駅前の旅館が駅弁を扱っていたな。 懐かしくなくて悪いけど、韮崎。
結構客のいる改札外そば屋。
駅裏には飲み屋街らしきものもあるし、意外性満載で楽しい。 >>934
「丸政」さんの営業ですね。どうせなら釜飯とかも販売すればいいのですが(売っていたかも) あの辺は駅そばがあちこちにあるけど、
もしかしてみんな丸政なのかな >>933
鮎かなんかの駅弁だったかな
気になってたが自分が阿波池田にいく機会あったときはなくなっていた あめご弁当というのがありましたな。自分は食べたことないけど。 物流や冷蔵技術が発達してこういう季節限定は今はなかなかみられなくなったね >>941
その代わり、マニア相手の○○線何周年なんてのは増えたな。
今だけですよ、一日限定○食とか。 名寄のきのこめし?きのこ弁当?
忘れたけど美味しかった記憶がある 名寄駅の駅弁販売最後の日の模様はNHKのおはよう日本で取り上げられてたな
たんたんと過ぎて最後の特急へ積み込むときに
車内販売員の女性に「今までお疲れさまでした」と労われてた 北海道の駅弁で無名だった時は魅力ある値段で内容も良かったけど有名になったら
ショボくなったのに随分高くなったのがあるね
何処とは言わないけどがっかり駅弁 名寄は北の味きのこごはんだったな
蝦夷っ子ちらしずしとかニシンカズノコ弁当とかよかった >>936
松本も近隣に蕎麦屋がある駅が多かったけど(明科とか北松本は閉店した)、みんなイイダヤ軒の経営だったな。 >>946
森か
元々あそこは乗り換えターミナルでも機関車付替え駅でもないし べつに946が正解を書いてるわけでもないから、現状、各自が思った道内の駅でそれが正解
たしかに「無名だった時は魅力ある値段で内容も良かったけど有名になったら ショボくなったのに随分高くなった」
ような駅弁って北海道に限らずともありますわな。 >>951
今の宮島口も、中流の旅行者が手を出せる金額ではない。 あと、姫路の「名代あなご寿司」も。
1000円くらいだった時代はよく買ってたけど、テツを長く離れて戻ってみたら
今は1800円。物価対応の値上げぶんを差し引いても、高すぎる。 あなごは最近高くなったからね
中国とかが消費増えてなかなか難しいみたいだ
会社の近くで昼に弁当やる店は穴子弁当もだしてたが
上記の理由で高騰して普段使いに使えないと
一昨年から穴子の取り扱いやめてしまった 神戸、新神戸、三ノ宮の松風、村雨は高えが
出すだけの勝ちはあるしゃぶしゃぶ弁当だ。 姫路で最初に出した幕の内が今の物価で5000円超の見当らしいから
ある意味原点回帰かもしれん
駅弁は高くて買えないからパンで食いつなぐという旅行スキルもあったわいな >>958
すまん、今も実践してる。 コンビニおにぎりの味嫌いだし
コスト三分の一で美味しいからね。ただ2食分はやらんけどw >>944
【きのこ弁当】・・・しめじや鶏肉、ゴボウなどの炊き込みご飯が中心でプラ製の丸い釜飯みたいな容器に入ってる。
【きのこごはん】・・・上記のきのこ弁当のご飯をベースにグレードアップしたおかず(鮭、帆立、イクラ、卵焼き、
揚げ物などを幕の内弁当風に詰めたデラックスなきのこごはんである。
その後に上記二つの駅弁は統合して「北の味・きのこごはん」になって木にとまる鳥とモミジのデザインのラベルが採用された。 >>958
いや、オレ957じゃないが、フツーにやるけど。
旅行の最初の食事だけはニギリメシ持って出るよ
それ以降はもちろん外食とか買い食だけど。 じゅうにしょく持って出ると読めるから茶々入れてるんだろ? >>960
【きのこ弁当】・名寄駅
正確には夏場はしめじのみ、他の季節は鶏肉などを加えていた 天然栽培のキノコはコバエの蛆虫だらけなのを見て以来、キノコには距離をおくようになった >>966
ひがむーでは母恋弁当は売ってないのけや?むろでは売ってたよ。 売ってるし、ほたとん弁当に加えて室蘭やきとり弁当もこの夏再デビューしたぞ
昔あった弘済会調製の「はも弁当」を求めているならJR化前後に消えたと思うが >>968
東室蘭は昭和時代の弁当
オレンジ色の掛け紙だった様な気がする 東室蘭駅改札外のキヨスクで売ってるホタテ飯と豚丼の
「ほたとん弁当」(\730)、8月に買って食べました。
インクジェットプリンター印字の掛け紙だけど価格から
すれば充分だと思う >>965
スレチだけど、動物性タンパクと思って一緒に食べる♡ >>972
変えるなら相談くらいしようぜ
勝手に変えるのはよろしくないよ 変える前に相談した方が良かったとは思うが、
木古内駅前食堂の話題も出てるんだからまあええやろ
>>974
お前らはNREを蛇蝎のごとく嫌うし俺も嫌いだが
動態保存の功績は認めるべきだと思う
自然に任せたら消えてたよ 何で「日本食堂」だと良くて「NRE」だと嫌われるのだろうか。
俺もNRE嫌いだけど。 「旅のレストラン」ってキャッチコピーはなかなかいいよね。
食堂車のコーヒーに付いて来た新幹線のイラストが入ったペットシュガーをなんか思い出した。 食堂車のコーヒーってなんか濃かったなあ 新スレが先行しているので早いとここちらを埋めたいが、まあいいか。 日本食堂系のブラックな労働環境があかんのとちゃうか 976下
974はそういう意図でレス書いたんじゃないだろ。
あるいみ厚岸という地名をウリにしてる弁当が
その実、現地の北海道厚岸調製ではないって主眼のレスじゃん 長崎はにっしょくだったな
今は別の業者が駅弁やってるみたいだが 本来の表記は「日蝕」だよ。
「蝕」の字が当用漢字外だから簡略な「食」の字を充てているだけ 適当ビジネスニュース報道プロ級世代新社屋TRUMPTOWER左遷「仏」40代監視カメラ使用コンプライアンス速報駐車場 (入社拒否
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中国建築歌富裕層息子カジノ通い連日連夜オールTRUMPパーティー(反日飛行機雲農薬散布マスク女問題)駅内マスクオンNACNN向け原文ママニュース 塩牛肉どまん中ってのを見たことあるんだけど、
レギュラーとみそ味との3種ミックス版だったんだよな。
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