旧優生保護法 被害者 友の会
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チンコ切られたり、注射で種なしにされたり、避妊された人たちのスレ。
こんな国家犯罪を絶対に許すな。 精神的欠陥品が34人殺しちゃった。
だけど欠陥品だから法律が手厚く守る。 れいわ新撰組やっちまったな!
一掃の事議員職をヒマな欠陥品にやらせたら?
元モームスは欠陥品に負ける時代だ。 れいわ新生組の山本太郎君が今日のモーニングショー(テレアサ)に生出演する。
欠陥品を国会へ送った真意が聞かれるかもな。 テレ朝の玉川がれいわ新撰組の山本太郎に同調しそう。
今日の番組見て、過激に突っ込まない玉川見たの初めてかも。 沢山の欠陥品が衆議院・参議院本会議に入るべきだ。
そうすれば「マイノリティ」という概念が無くなる。
もちろん生ポやオカマちゃん、レズ、オナベも大歓迎だ。 太郎劇場の始まりだ。
船後を見せ物にしてマスゴミの注目を全部集めた。
護送される犯罪者にも見える w 【ハンディキャップに生きる価値あるのか 障害者に未来はない。あるのは絶望のみ】
優生思想って人間の生物としての根幹だと思う
だから障害者は差別されるし、低所得も馬鹿にされる
この際、一定スペックのない男女は淘汰する社会の方が平等なのかもしれない
低学歴、低知能指数、身体障害者、知的障害者、とか社会の足を引っ張る反社会人格者や統合失調症などの人格障害、精神障害者も含め、きっちり安楽死施設でも作って処理した方が平和で平等なんじゃないかな
彼らに生きる価値はあるのか
岡田常路周囲にとんでもない迷惑を死ぬまでかけ続け、しかも治療はほぼ不可能。sp
社会を乱す存在価値ゼロの超低脳単細胞
それか死ぬまで施設に閉じ込めておけばいいとも思うし外には出ないでほしい
浪速建設 岸本晃(キシモトアキラ) 昨日の胸いっぱいサミットという番組で
元議員の東国原氏ばれいわ新撰組のあの二人の今後の動向について語りました。
国民が彼らの活動をしっかりみていかないと、
法案が次から次へと流れるから彼らに対しての配慮があるのか
そして最新のテクノロジーを使って国会へ来てもらわなくても良いようにしたらどうだろうか?とも語りました。
なんか障害者優遇だなぁと思いました。
この世の障害者を基準に国会運営なんかしたら1年で一つの法案も成立しないじゃないか?
それからロボットやらテレビ会議システムを活用できるんだったら全議員にもその優遇策を与えるべきだ。 この間国会で障害者は見せ物じゃないと怒った介助者がいましたね。
これは国民の知る権利を妨害してるのは? 先日の24時間テレビ日テレを救うで
6億円近くの募金が集まったそうです。
制作費、出演者ギャラ等差し引いても大赤字だろうね。 なんで欠陥品たちのスポーツの生中継がテレビで見られないの? >>270
えっ!そうなんですか?
でもパラ系のCMで沢山出してますけど、
あれでも不快と思うのかしら?
もちろんTVCMに出られてる選手たちは美男美女が中心だとも言えます。 パラリンピックチケットが多量に売り残る。
人気が無い印象を避けるために報道協定敷く。
陰でチケットをばら撒く。 パラリンピック出場の為の予選試合はテレビで中継されますか? ハートネットTVで車いすの女がCMで使われてる障碍者たちは感動ポルノに見えると言ってた。 パラ競技で屋外で開催される物はそれでもトーキョーでやるかしら。
全部札幌へ移動すればいいじゃないか? 不妊治療の助成金が地域によって80%くらい。
これじゃ欠陥品量産出来ますのね。 手術痕を診断書に書かなければならないが
医師に見せたくないので何とかならないものか
こういう部分にまだ差別を感じるよ、当事者としては 脳性麻痺や精神障害は子孫残さないでほしい
子供がかわいそう。誰が面倒みるのさ 国ガーと言ってるけど強制したのは保護者だよ
それが犯罪だというのなら犯人は保護者です
補償は保護者にして貰ってください
納税者を巻き込むな! 税金を食い物にする障害者を量産されたら納税者はたまらない
自分の金や、支援者で生活できるならOK
優生保護法は復活させるべき 最初に優生保護法案を提出したのは、
産児調節運動家の加藤シヅエ衆院議員ら社会党議員3人。
戦中に定められた国民優生法では
実質的に強制されていなかった障害者の不妊手術の強制力を強める法律だった。 クソ法案
お見合いしたり綺麗なオネーチャンのいる店でチヤホヤされて浮気もより取り見取りのお偉いさんにはわからなかったんだよ
モテない男からしたらせっかくの貴重な女性になにするかーって思う
女性は須く大事にされるべき 男は知らん
他の男全員居なくなれば俺もモテるのに
って感じの漫画流行ってたね ハートネット見ました
足の関節に障害がある子が知らないうちに10歳で睾丸とられたと
そんなことで
それで男性ホルモンが分泌されず骨や筋肉が弱くなり、人工関節だらけで痛くて日常生活も辛いと
泣きながらこんな体にされて許されないと
子どもを産める産めないより、このおじいさんの悔しさが胸に来た
とんでもないことをやってたんだなと どうすんねん…
池沼カップル「あうあう~!赤ちゃん欲しいれす!えっちするお!」児相「やめろお!」無事障害児が誕生 [632443795]
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/news/1692612405/ >>301
ヒトラーとナチスによる「悪夢のような惨劇」はなぜ起こったのか…残虐行為の正当化に利用された「ダーウィンの呪い」
https://gendai.media/articles/-/118808
ナチスが手本にしたのは米国だったのである。移民法を制定して人種差別政策を進める米国を、ヒトラー
は称賛している。彼らのモデルは、米国国民の進化的な向上を目指す優生学運動と人種差別政策だった。
米国で進められた強制不妊手術、社会的不適格者の収容、安楽死に関する議論や、人種差別政策を、
忠実に移植したのである。
https://mao.5ch.net/test/read.cgi/war/1324820850/114-116n >>302-303
日本人がゆっくりと根絶させられている:日本少子化とマーガレット・サンガーの計画
http://nihonmagokoro.blo▼g.fc2.com/blog-entry-127.html
戦後の日本に「産児制限」という考え方と制度を導入するために投入された人材がマーガレット・サンガーという
アメリカ人の「産児制限」の母というべき人物です。サンガーは、「アメリカ産児制限連盟」(現在の団体「家族計画
(プランド・ペアレントフド」)の創始者です。サンガーは明治時代から何度も来日して、「日本産児調整婦人連盟」
を設立し、代議士となった加藤シヅエにも薫陶を与えました。サンガーは、ロックフェラーから多額の資金提供を
受けていました。
サンガーは、「優生学(人種差別に基づいた劣等民族の遺伝子を体系的に根絶しようという考え方)」の考え方と
方針に基づいていました。サンガーは、「東洋人やユダヤ人や黒人などの劣等民族」と述べており、サンガーの
根絶対象に東洋人である日本人が入っていたことは確実に言えます。
マーガレット・サンガーは、「アメリカン・ナチ」という異名まであるのですが、アドルフ・ヒトラーが1924年に
著書「我が闘争」の中で、「アメリカの優生学者」の影響を受けたと記しています。
占領下日本における人口・優生政策 - 園田学園女子大学
https://www3.sonoda-u.ac.jp/tosyo/ronbunsyu/%E5%9C%92%E7%94%B0%E5%AD%A6%E5%9C%92%E5%A5%B3%E5%AD%90%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E8%AB%96%E6%96%87%E9%9B%8651/019-037.PDF
また、太平洋戦争勃発まで、アメリカの優生学者とナチス・ドイツの優生学者との関係は緊密
であったという。ナチス・ドイツの優生学者たちは、アメリカの移民制限法が優生学と民族選別
を結合させたことを賞賛し、アメリカの優生学者はナチス断種法を賞賛した。この両者の関係を
支えていたのは、1920 年代~30 年代におけるドイツの優生学者へのロックフェラー財団の資金
援助であった(Kuhl=1999 : 48-9、78)。1930 年代末には、アメリカでナチスの反ユダヤ主義に
対する批判が高まったことにより、アメリカの人種主義的優生学者たちの影響力が低下し、生物
学的特質の優劣を人種や社会階級ではなく、個人の資質に求める優生学者たちの権力が増大した
(Kuhl=1999 : 143-50)。第 2 次世界大戦後もアメリカの優生政策は推進され、州法の有無にかか
わらず、裁判所の命令により、精神障害者に対する強制断種が行われた。また、世界的に見て、
断種を避妊手段として最大限に活用したのはアメリカで、政府の補助金を受けて不妊手術を受け
た女性たちは非白人が多かったため、「巧妙な人種差別」と批判された(米本 2000 : 46-7)。
「産児制限の母」サンガー女史 -「子供は2人まて゛」日本人口会議が決定!?
https://hotnews8.net/society/issue/sanger
アメリカ占領下の日本における人口問題とバースコントロール : マーガレット・サンガーの来日禁止をめぐって
https://kansai-u.repo.nii.ac.jp/record/3047/files/KU-0700-20090331-02.pdf
マーガレット・サンガー
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%BC
翌1922年、マーガレットは日本に渡り、日本人フェミニストである男爵夫人石本静枝と共同して産児制限運動を推進しようとした。
加藤シヅエ
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E8%97%A4%E3%82%B7%E3%83%85%E3%82%A8
加藤 シヅエ(かとう シヅエ、旧姓:広田静枝、1897年〈明治30年〉3月2日 - 2001年〈平成13年〉12月22日)
1914年、女子学習院卒業。当時17歳であった静枝は、卒業直後27歳の華族・石本恵吉男爵(石本新六男爵令息)と結婚、
これにより男爵夫人となる。
1946年4月の第22回衆議院議員総選挙にGHQの要請を受けて立候補し、戦後初の総選挙で日本社会党から衆院議員に
最高得票当選(初の女性代議士39名の中の1人)、日本初の女性国会議員となる[8]。
GHQの指導に従って産児制限の立法化を図り、GHQの後ろ盾とクラレンス・ギャンブルの資金援助も得た[8]。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています