松山事件

松山事件(まつやまじけん)は、1955年
(昭和30年)10月18日に、宮城県志田郡
松山町(現大崎市)にて発生した放火殺
人事件と、それに伴った冤罪事件である。
出典Wikipedia

1955年10月18日、宮城県志田郡松山町の農
家が全焼し、焼け跡からこの家に住む一家
4人である家主(当時54歳)、家主の妻(当
時42歳)、夫婦の四女(当時10歳)と長男
(当時6歳)の焼死体が発見されました。そ
の犯人として斎藤さんが逮捕されました。
第一審で死刑判決。控訴、上告しましたが、
すべて棄却されました。それから、証拠の血
痕は警察の捏造によるものと判明し、1984年
に無罪判決。斎藤さんは7516万8000円の刑事
補償金を受け取りました。