三重県の学校ってどうなのよ11
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創価学会には、顕正会や共産党といった対立する組織や、批判的なジャーナリストを監視するために、昭和63年頃、
広宣部≠設けたが、平成3年に日蓮正宗から破門されて以降、脱会して正宗に移る信者が相次いだため、会員が
脱会しないように監視したり、脱会者への嫌がらせを行うための組織として、平成9年に教宣部≠新設した。
数百万人もの学会員を組織内部から監視する秘密警察めいた部署は、破門の余波が落ち着いた後も存続し、
脱会者だけでなく、勧誘に応じない者や創価学会を批判した一般人にもその矛先を向けるようになっている。
現世利益を重視する創価学会にとって、学会に逆らった者が幸せになっては不都合なので、何としても不幸に
する必要があり、内部の結束と信仰を維持するための「見せしめ」として、嫌がらせを行っているのである。
嫌がらせの対象は「仏敵」とよばれ、創価学会では仏敵を懲らしめることは「功徳」になると信者に教えている。
その手口は陰湿・巧妙で、犯罪にならない程度の嫌がらせを執拗に繰り返したり、法に触れる嫌がらせについては
証拠を残さず、実行犯を特定されないようにしているため、多くの場合、被害者は泣き寝入りを強いられている。 創価学会は元々、日蓮正宗の在家の信者団体だった(日蓮正宗は日蓮宗とは別の独立した宗派、教義も
大きく異なり、例えば日蓮宗では釈尊を信仰し仏像を拝むが、日蓮正宗はそのどちらも信仰の対象としない)。
日蓮正宗では、日蓮を「末法の本仏」として信仰の対象としているが、創価学会は非公式な形ではあるが、
「現在においては、日蓮大聖人の生まれ変わりである池田先生が本仏であり、その著書である『人間革命』は
現代の御書である」と主張して、日蓮正宗との関係が悪化、ついに破門されるに到った。
※ 御書とは日蓮の遺文をまとめた書物で、日蓮正宗や創価学会では聖典とされている。
『人間革命』は、池田大作が創価学会会長になるまでを描いた自伝的小説である。
池田本仏論≠ェ学会内部に定着するに至ったのは、《正しい仏法の信者(=学会員)たる者、仏に帰依する
のと同様に師(=池田大作)に帰依するべきである》との思想が、『人間革命』を通じて広められたことが大きい。
池田がダライ・ラマのような高徳の宗教者であったならば、世間からそこまで批判されることもなかったで
あろうが、実際には女性スキャンダル等の問題の多い人物である。
また、上述の『人間革命』も、実際にはゴーストライターの手によるものである。 これは、相手の信仰、思想、信条、価値観等を全否定し、創価学会のみが正しいとゴリ押しするもので、
憲法が保障する信教の自由、思想の自由といった基本的人権を侵害する行為である。
かつては、他人の住居に押しかけ、謗法払い(ほうぼうばらい)と称して神棚や仏壇を焼き払うといった
暴挙を頻繁に行い、大きな社会問題になった。
マスコミ等からの批判を受けて、表面的には大人しくなったように見えるが、実際には折伏に応じない者に
対して、陰湿な嫌がらせをするといった、目立たない手法を取るようになっただけで、本質は変わっていない。
現在でも言葉巧みにおびき寄せて、集団で取り囲み、半ば強制的に入信させる等のやり方を行っている。
大学では、東洋哲学研究会・第三文明研究会などと称して、サークル活動を装って勧誘することもある。
後述するように創価の教義は破綻しているので、折伏を受けても、知識さえあれば逆に論破することも
可能だが、そうした場合、逆恨みされて、組織的な嫌がらせのターゲットになる危険性がある。
創価学会員には、信仰を口実に他人に嫌がらせをすることを生きがいにしている輩も多いので、要注意。 ・ 創価学会を批判する本の出版に対する言論妨害
・ 脱会者、批判者に対する尾行、誹謗中傷等の嫌がらせ
・ 電話盗聴、通信記録窃盗
・ 暴力団との癒着
・ 選挙違反や、学会施設の選挙運動拠点化
創価学会は「総体革命」と称する権力への浸透工作を進め、上記のような問題の隠蔽工作や、
学会員への利益誘導を行っている。特に法曹界や警察への、学会員子弟の就職に熱心だと言われる。
また、財務で集めた潤沢な資金を、聖教新聞の印刷を有力新聞社に委託する、新聞広告やテレビ
CMを積極的に打つ、といったやり方でマスコミ各社にばらまき、影響力を強めている。 創価学会では池田大作名誉会長の代表作『人間革命』を、「信心の教科書」「精神の正史」とし、
各学会員が信仰や教義を学ぶうえで重要な著作と位置づけている。
創価学会は平成3年(1991年)に破門されるまでは、日蓮正宗の信徒団体だった。日蓮正宗では
その総本山大石寺の大御本尊を、日蓮が弘安2年(1279年)に「出世の本懐」として作った特別な
本尊であるとして、唯一絶対の信仰の対象としており、創価学会も大御本尊を神聖視していた。
『人間革命』の大部分は破門前に執筆されたため、現在の信仰の在り方と齟齬が生じている。
以下にその典型例を引用する(いずれも第二代会長・戸田城聖によるとされる言葉である)。
「時代の進展によって変更しなければならない教義や、矛盾に満ちた宗教は、誤れる宗教
と断定すべきである」(『人間革命』第二巻)
「なにがどうあろうと、なにがどう起きようと、日蓮正宗の信仰だけは、絶対に疑っては
ならぬ」(『人間革命』第六巻)
創価学会の原田稔会長は、平成26年(2014年)11月18日付の聖教新聞で、大石寺の大御本尊は
「大謗法の地にある弘安2年の御本尊は受持の対象にはいたしません」と宣言した。
教義を変更し、日蓮正宗の信仰を全否定したのだ。
このような「矛盾に満ちた宗教は、誤れる宗教と断定すべき」ではないのだろうか。
(なお、大石寺の大御本尊については後世に作られた贋作と、多くの専門家が看做している。) 創価学会の教義は上記のように支離滅裂であるにもかかわらず、自分たちだけが正しい宗教で、他の宗教
はすべて間違いであると主張し、信者に対しては、創価を少しでも疑えば地獄に堕ちると教え込んでいる。
そのため、学会員は神社や寺院のお守り等には科学的な根拠がないとして否定する一方で、創価学会の工業的
に量産された本尊には、あらゆる願いを叶える人知を超えた超自然的な力があると信じている。
その他にも、「創価学会のための使ったお金は全部もどってくる」「財務をすると何倍にもなって返ってくる」
と座談会などで刷り込んでおり、特に生まれながらの創価信者(学会では「福子」という)は、何かよいことが
あれば信心の功徳、悪いことがあれば信心が足りないせいと考えるように、子供のころから洗脳されている。
創価学会は、創価以外の宗教を罵倒するのがあたり前だと考え、幹部の指示に盲従する人間を量産しており、
創価学会員のほとんどは、「信教の自由」を基本的人権として尊重しようとする姿勢を微塵も持っていない。
これが学会員が、学会から都合のいいように利用され、搾取されながらも、創価学会をまったく疑わずに、
人権侵害そのものとも言える強引な勧誘を行い、組織的な嫌がらせ等の問題を惹き起してきた背景である。
また、学会員の中には、他の会員より多くの折伏やF取りを達成すると、より多くの福運(現世利益)が得ら
れると信じている者もいる。その心理は、ノルマを超過達成すると、その分所得が増える営業マンの心理に近い。
特にしつこい勧誘や投票依頼をする学会員には、このタイプが多い(この手合いを「学会屋」という)。 学会員には「創価学会は唯一の正しい宗教であり、その信者である自分は、学会員ではない一般人より高みにある」
という、根拠のない優越感を持った者が多い。この思い込みが彼らを自信過剰にし、時に傲慢な態度をとらせる。
それが、一番はっきりと表れるのは、彼らの強引な布教活動、すなわち折伏の時である。
例えば、学会員は折伏の際、他の宗教を否定する理由として、「科学的根拠がない」とよく口にする。
確かに、神や仏といった超自然的存在を科学的に証明した例はないし、信仰による現世利益にも科学的根拠など
ないだろう(もしあるとしてもプラシーボ効果くらいか)。だが、この点は創価学会についても、まったく同じである。
「日蓮は末法の本仏である」、「池田大作は日蓮の生まれ変わり」、「創価のカラーコピー本尊に題目を唱えると
願いがかなう」、「財務をすると何倍にもなって返ってくる」といった、彼らの主張にはまったく科学的根拠などない。
しかも、学会員のほとんど全員が、この明白なダブルスタンダードについて、完全に無自覚である。
外部からみれば、このような臆面のないダブルスタンダードは、学会員が洗脳されている証拠以外の何物でもない。
さらに学会員は、矛盾を指摘されたり、創価学会の反社会性を批判されりすると、「自分たちが正しい仏法を広め
ようとしているので、三障四魔が起こった。このような法難を受けることこそ、学会の正しさの証明だ」と考える。
このような無反省で、独善的な態度を押し通そうとするから嫌われるのであるが、彼らは意に介さない。
洗脳され切った学会員は、他人の迷惑を顧みず、折伏や投票依頼を行おうとするが、創価学会の支離滅裂ぶりを
知っていれば、彼らの根拠のない自信に気おされて、屈する事はないはずである。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています