奈良交通 【24 | 奈良学園】 [無断転載禁止]©2ch.net
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商店街を駅から神殿に向かうに連れて、お土産を買う子供たちが多くなってきた。
だんだんとイベント(お祭り)のような雰囲気がでてきた。
よく目につくのが「カレーファイブ」というキャラクター。
天理教が現在最も力を入れている物販の一つのようだ。
宗教団体の物販がカレー?という疑問点はさておき、見るからに甘そう。
(今回は試食せず)
http://tenrikyosyakaigakulabo.com/wp-content/uploads/2014/08/DSC03222.jpg やっと神殿に到着。すでに汗だく。イベント中とは思えないほど人が少ない。
写真には写ってはいないが、中学生のボランティア達
(少年ひのきしん隊:天理教版ボーイスカウト)がタダで冷たいお茶をサービスして
くれる。熱中症が
叫ばれている以前からこのサービスがあるのは天理教のホスピタリティ精神である。
http://tenrikyosyakaigakulabo.com/wp-content/uploads/2014/08/DSC03223.jpg 子供はイベント会場にいるため、神殿付近に子供は少ない。
大人だけで子供のイベントに参加するのは気がひけるが、
天理教本部のスタッフに聞くと神殿から一番近くは
「アタックワールド」という会場があるから行ってみてはと説明を受けて向かう。
http://tenrikyosyakaigakulabo.com/wp-content/uploads/2014/08/DSC03224.jpg 神宮イオン線(橿原神宮前駅〜イオンモール橿原系統)の運行について―平成30年4月8日(日)のみ―
http://www.narakotsu.co.jp/news/news_0848.html >>865
ティッカーには「天理都祁線・洞川線・下市天川線の運行についてお知らせがあります。」
https://navi.narakotsu.co.jp/
とあるにもかかわらず、下市天川線に関する情報が無い件はともかく、
view-source:http://www.narakotsu.co.jp/news02.php
「東大寺大仏殿・国立博物館」と「東大寺大仏殿・春日大社前」の停留所が、昔「大仏前」だったんだよな? 今年も終わります。悲しいけど晴れやかな年越し。
前にアップした記事が一ヶ月前。
まことに申し訳ない。
師走だから世間と同様に私も人並みに忙しい。
忙しいと言っても大したほどではない。
仕事柄、年度末の方が忙しい。 私が先週、先々週と忙しかったのは冠婚葬祭が突然2件入ったからである。
冠婚葬祭といっても葬なんだけど。
一つは私の組織の元トップが鬼籍に入られた。
昨春、社長を退任されたので隠居されたのかと思っていたが
会長職についておられたようだ。知らなかった。
会長すみません。 会社では、年明けに社葬を行うということになった。
元々は5日に仕事初めであったのだが、急遽5日は休みになり
6日からの開始となる。
私の同僚などは「こんな年末に亡くなられて大変だよ」と言っていたが
私はこれも会長の愛情であると思う。
もし仕事納め前であれば、会長の葬儀によって年末の業務能力は低下するであろうし
(仕事納めが伸びたかもしれない)
もう少し遅ければ年度末の決算業務に支障をきたしたであろう。
ちょうど年末年始という社会的休戦状態に突入したときに亡くなられた。
これ以上のタイミングであったと思う。おかげで仕事始めが延長された。 こんなことを言っては天理教の方に罵声を浴びせられそうだが、
「出直し」のタイミングというのはかなり人間的事情が優先されるのではないかと思う。
これを「たいしょくてんのみこと」やシンクロニシティと言って概念化してしまうと
「その人」性を埋没してしまうのでこの場合私はしない。
天理教の方に私が懐疑的になる点も同様である。まぁこれは後々。 今回の会長の逝去だけでなく、これまで私が経験した中で
惜しまれる方というのは亡くなるタイミングが非常によい。
もちろん、亡くなってよいことはない。
しかし事後的に「亡くなるのはあの時しかなかった」という時に亡くなられる。
このタイミングの良さは、故人のタイミングではなく
故人を取り巻く人にとってタイミングがよいのである。
そういった意味では故人から周囲への最後の感謝なのだと思う。
死ぬ瞬間まで周りに感謝していく人ほど周りに迷惑をかけずに亡くなっていくのだと思う。 よく「葬儀の参列者の数は、その故人を慕っていた人の数」というような
言説が聞かれることが多い。
しかしこれは本質的ではない。
故人が慕われていたかというのは、故人の思い出がいつまでも忘却されないことだろう。
反対に「嫌な人間」も忘れられない可能性は高い。
しかしそういった方は葬儀の参列者は多くてもタイミングは悪い。
最後まで「嫌な人間」としての腐臭をまき散らして亡くなられる。
もちろん故人への思いはいつまでも「嫌な物」として記憶される。 私もかつて嫌々参列した葬儀くらいはある。嫌々ではなくても業務命令や
役職などで社会的参列なんて嫌ほどある。
そんな葬儀は悲しくも何とも思わない。
酒を呑み交わしたことも、嫌味を言い合ったこともない、知り合いでもないんだから。
そして例外なく、慕われ惜しまれつつ亡くなる方というのは周囲に感謝できる方である。
亡くなった会長も同様である。そして私の祖父も。
最期まで、その感謝する気持ちを閻魔様や親神様が叡智界で受け取ったのと思う。 このタイミングの良さは、故人から私たちへの最期のプレゼントなのだろうと思う。
また神様から故人へのプレゼントであってほしいとも思う。
私のMourning workは長い年月を必要とするようだ。
また惜しい人を亡くしてしまった。 天理教はネット工作のお告げでも出してんのか?
いつまでバス板みたいなところで続けるつもりなんだ… 「集会」の原則は満場一致って・・・?
先週届いた天理時報の一面は「集会」について。
この集会であるが、私は初耳である。
天理時報のトップ一面を飾るくらいだから、
天理教人にとっては周知された会合なのだろう。
それは、会の主旨が天理時報に明確に書いていない点からも窺える。
天理教人にとっては「知ってて当然」のことであるが、
天理教人以外には理解しようと努めても分からない。
「集会ってなんのための会合なんだろう?なんでこんなに直線的なネーミングなんだ?」
という疑問を抱えたまま記事を読むが分からない。
70周年目を記念しているのだから天理教の運営に関して重要な役割を担っていることは
間違いないようだ。
私のように天理教のことをよく知らない人も天理時報を読んでいるのに説明してほしい。 この記事に関して、私は脳裏に2つのことを想起した。
1つ目はこの「集会」の持つ機能である。
全国から任命された天理教人が天理教の何かを決定しているのだろうが、
それはどの水準で機能しているのかという問いである。
前回俎上に挙げた「かなめ会」について、「かなめ会」で議論されたことであっても
教区や支部では議論ないという話を聞いた。
事情教会の整理というとても重要案件であってもである。
極端なことを言えば「集会」で話し合われていることはすでに上層において
「決定済み事項」なのかもしれない。
記事の中の「教庁側と集会員の談じ合い」という文言からは、
集会は表統領の管轄の諮問機関であるのだろうから、
教義哲学ではなく組織機能に関わることを談じ合っているなのだろう。
そもそも「かなめ会」でも事情教会の整理という件は議論されたは聞いていない。
表統領からの報告と私は聞いている。
だとしたら、天理教の組織機能を本当に議論されている場は、
非常に限られた人間であるということだろう。
それは真柱であろうか、表統領だろうか。
民主主義の体面をとっているが、実体はどうなのだろうか。
それよりも、まずは疑ってかかるという私の悪い癖だろうか。 2つ目は1つ目と大きく関わるのだが、天理教人の「談じ合い」という方法論である。
天理教人は談じ合いが好きである。
談じ合いは会議とほぼ同義であるが、異なるのはその意思決定プロセスに関して
「満場一致じゃなきゃいけないよね」という空気が漂うことである。
それは「みんなで決めたから、みんなで頑張らないといけないよね」
という民主主義的な感じのことである。
そして個人的経験として私は天理教人の談じ合いに関してトラウマがある。
昔、定期的に天理教人の会議に出席を求められたことがある。
私は実務的な専門家アドバイザーとして参加した。
そこでは夕方から始まり、時には日付が変わるまで会議をした。
様々な議題が議論された。
しかし結論はすでに決まっていることが多いか、
議長の意向のまま議決になることが多かった。
時には激しく議論が対決されることがあったが、そういう時に限って議長の
「神様はこう言っているのだ」という恣意的な教義の引用が披露され、
我々は口を奪われて、その引用のまま一気に議決される。
もちろん議長が信仰的に一番エライ人である。
そういうことが繰り返される中で私は「こんな会議、意味ないじゃん」と倦怠し
会議には参加しなくなった。
その時はまだ私も若かったな・・・。 私が一番嫌悪するのは、民主主義でも独裁でもなく、
民主主義の名を利用した独裁である。そう北朝鮮みたいな。
そういった意味でも「集会」において多数の参加者から満場一致という決定を得る
プロセスが非常に気になるのである。
これは天理教だから気になるのではなく、
もし多数の参加者を満場一致で議決にできるのであれば是非その方法論を教えてほしい。
数年前に企業ではコーチングという言葉がもてはやされた。
コーチングとは企業で人間をコーチ(育てる)するということである。
そのコーチングの成果は主に「会議の方法」に民主主義が導入されたことが
大きいと聞いた。
つまりコーチングが導入される前は会社の意思決定は「エライ人」によって
行なわれてきた。
しかしコーチングの導入によって、会議の議決は無記名発言や無記名投票、
ステイクホルダーの除去が当然となり、
その結果「若い人がやりがいと責任を持つようになった」と聞いたことがある。
会議の場において上司や自分を評価する者がいれば、
円滑や自由な発言はできないのは誰もが経験したことであろう。 それを「最近の若者は主体性がない・・・」と括ってしまっているようでは
外部企業評価は「成長の見込みがない」となるだろう。
閑話休題。信仰的上位にいる人(エライ人)が、
満場一致と言っていることを私は信じることができない。
それは信仰的下位の人間が言うことに信頼性がある。
震災の原因論に関して天理教では「高山の傲慢」(上にいる人間の傲慢)という
言い方が一部の偉い天理教人から聞こえた。
しかしその言葉が天理教の高山からしか聞こえて来ないのと同じ理路である。
もちろん天理教は政治ではないのだから、独裁であっても構わない。
独裁という強いリーダーシップの政治手法が国家を支えていることは
世界を見れば一目瞭然である。
どうしても独裁=悪いというイメージがあるが、
それだけでは民主主義が良いという説明にはならない。
民主主義にも欠点は多くある。
ということで、天理教の談じ合いに関して私は非常に懐疑的な見方をしている。 集会に関しては公式HPにも70周年の記事があり、
集会の説明もあったのでだいたいどんな会なのか想像できるんじゃないかと思います。
http://www.tenrikyo.or.jp/jpn/?p=4072 ここにも書いてありましたが、
「集会はあくまでも談じ合いの理を生かす会合で、
国々所々の教会の代表意見を持ち寄って、
それから教会の行動を協議することが集会の意味である」
とあるように“談じ合い”が大切なことだと天理教ではよく言われています。
意思決定において談じ合いというのは効率も悪く、
なかなか決まらないこともあると思います。その点、議論して意見が
出尽くしたところで多数決で決める方が効率もよく民主的でいいと思います。 しかし多数決では「6:4」の割合になった場合、4割の人が反対しているわけで、
いくら民主的に決まったとはいえ全体の半分近くが納得いかないことになります。
私自身は談じ合いというのは、何かことをするにあたって心を一つにする過程であり、
なぜ賛成なのか反対なのか、どうしてそう考えるのか、
どうしてこれではいけないのかなど、
よく話し合って皆の心を一つにそろえることが大事だと思っています。
結論も出ず、お互いに理解もできず、
上記の多数決のように半分近くに意見も割れている状態などは、
まだ談じ合いが進んでいるとは思えません。
心を合わせ一致団結してできる状態になっていないのに多数決で押し切って
無理に進めては、いい結果は出ないと思います。
私自身は談じ合って結論も出ず、皆の心が一つになって、
ことにあたれないと判断したら、「継続審議」か若しくは「旬が来ていない」と
判断してやめると思います。“談じ合い”とは天理教用語というよりは、
人が生きていく上で必要なことなのではないかと思います。 ありがとうございます。
公式HPを見ました。集会は教庁の定例会議とどう違うのでしょうか。
やはり機能が理解できません。
想像できるでしょ?と言われるのであれば、
形骸化した出来レースと自己満足しか想像できません。
私は会議に絶対的上司がいれば、反対意見を持っていても言えません。
守るべきものがある方ならそうせざるを得ないでしょう。 分かりやすく説明していだき感謝します。
理念としては大変分かりやすいのですが、
「心を一つに合わせる」という意味の行動的解釈を説明していただけると
よりクリアになると思われます。
話し合いで結論が出ないから多数決となるのは功利主義の手順としては
当然ではないでしょうか。
多数決を行なうということは、
少数派は切り捨てられるというのを同意書名したことになります。
それを「心を一つに」や「旬がきていない」と輪郭をぼやけさせて
上から目線で判断をすることこそ、強者の思うままに議決をコントロールする
傲慢ではないでしょうか。
「心が一つになった」「旬が来た」と強者が判断することに信頼性は保証されません。
私はそのような恩着せがましい言葉に、まさしく民主主義を冒涜され疲労したのです。 いつもご丁寧な返信をありがとうございます。
数日前からちょっと調べたいことがあって「天理教集会史 第二巻」を読んでおりました。
そこに集会の歴史や名称が変わってまた戻ったことについても書いてありました。
二代真柱のお言葉には「集会は談じ合いの理を生かす会合で、
その主な内容は本部の運営に衆知を集めること」とあります。
教庁の定例会議がどのようなものかは知りませんが、
集会のメンバーは全国各地の教区から推薦された47人の集会員で構成され、
そこに表統領をはじめ本部の先生方もいて話を進めている会のようですね。
この本を読むと全国の集会員から、かなりつっこんだ質問もあり、
それに関する部署長も呼ばれ回答したりすることもたくさんあるようです。
ある若い教庁勤務者に聞いた話ですが、
表統領もかなり緊張して発言もかなり慎重だと聞きました。
全国の分教会長や教区長をされている方もいるわけで、過去の代表質問、
懇談事項を見ると教庁予算について、本部の運営、布教についてなど
様々なことを話し合ってきたようです。
集会員から本部役員に厳しい質問も来るようです。 私自身は「会議」と名のつくものは苦手で、
できれば出たくないものだと思っております。
話す内容によっては急ぎのことや白黒つけなければならないこともあると思いますが、
時間的リミットまでは談じ合うようにします。
「談じ合う」というのは私の中では心を一つにしていく過程のことで、
罵り合うことでも批判することでもなく「本質を皆で究めていく」ことじゃないかと
考えています。
クリティカルな視線も大事ですし、人の意見をよく聞くことも大事だと思っています。
自分の考えと違う人にはなぜそう考えるのか、
どんな事情があるのかなど詳しく聞くべきだと思っています。
外交でもそうですが、仲よく円満にというより、最初から合意などはなく、
話し合って妥協点を探っていくこともあると思います。
ただ、その妥協点を探るにしてもお互いが納得できるように「談じ合う」ことが
大切な気がします。そして「談じ合える雰囲気」を作ることも大事だと思っています。
権力のある者が一方的に流れを作り、
勝手に「心が一つになった」「旬が来た」というのは私の中では論外です。
形骸化した会議体はなくすべきで、名前は「会議」でも絶対的な強者が司会で、
意見を言っても仕方がないものなら「報告会」と名前を変えるべきです。
(字数制限いっぱい?) 現状分析はできないと思います。
その一端を申しますと、集会員は教区の代表という立場であっても、
教区管内の教会が自主的に選出するのではなく、
教区長の推薦によって立派な神殿のある分教会長が決まるのです。
集会員を推薦する教区長は、
本部の表統領が真柱の認証を得て決めることになっています。
ということは、選挙によって決定されるシステムは一切ないので、
集会員が上に都合の悪い発言をしたり批判したりすれば、二度と推薦されなくなり、
上に都合の良い集会員だけが残って、
突っ込んだ議論はせずに満場一致で決まるというわけです。
法律で運営されるのが民主主義ですが。教団の場合、民主的に選出された集会員が、
原典を基準として議論すれば間違いはないはずです。とりあえず以上です。 全国に、賢い共産党議員もいるのに、佐々木君は
8期もやってる割には視点のずれたこと言う輩やの。 >>895
なにかばらされると都合が悪いの?天理教信者さん。 >>898
安心しろ、俺もいる。
「東本大教会」の法被着て天理市内循環のバスに乗ってる男がいたらそれは俺だw 4月から柳生スクール水越神社線が午後の片道のみになってるけど、朝はどうしてるの?
奈良交通じゃないスクールバスがあるの? (みちのものがたり)
日本最長路線バスの道 奈良県〜和歌山県 神経すり減らし山中167キロ
2018年4月7日03時30分
奈良交通の運転手、吉川晶弘さん(57)がゆっくりアクセルを踏み込む。
午前9時15分、始発の大和八木停留所(奈良)を、日本一の長距離路線バスが出発した。
*
このバス目当ての乗客はすぐわかります。出発の前から何枚も写真を撮っていますから。
でも、全区間を通しで乗る人はめったにいません。
https://www.asahi.com/articles/DA3S13437575.html >>902
片道はバスで、片道は親がクルマで送迎。北海道などで良くある。でもその場合は片道定期を売るけど奈良交通はどうしてるの? >>903
天理教はお賽銭箱が大量に置いてあるらしいね(笑) なんで長谷寺駅から長谷寺まで徒歩15分が440円するんだよwww
桜井〜長谷寺か、長谷寺の拝観料混みならわからんでもないが。
しかもバスが25分てあんな短距離てなぜ?渋滞してるから? とりあえずそれは桜井浄水場経由らしいが、なんであんなに大回りなんだ?
走行距離だけなら値段は妥当だろうけど…裏側に車窓がよいところでもあるから? >>906
分教会でも三箱あるねw
奈良交通の運賃箱も「賽銭箱」に名称変えたらいいのにww >>911
奈良交通から天理交通を分社化して、天理教に出資してもらって、賽銭箱を置けば良い。 流石金にがめつい天理教
集金協会の異名は伊達ではない
最近不景気でみんな脱会しまくってるけどな >>912
制服も「天理交通」と書いてある黒ハッピにするのか?w
で、車内広告スペースは天理教系列の企業(めいらく)や学校の広告(天大・天理看護学校・修徳学園)や真柱の顔写真で埋め尽くすようにして >>914
車内清掃、車体洗車、バス停周辺の清掃は、ひのきしんで。 奈良交通の不採算路線はお供えとひのきしんで運営されてます 代走で 中間解放だと退勤から出勤まで 8時間あいてなくてもよいって 考えられない
睡眠時間は短いから 眠くなるはず!
眠い眠い! >>904
長距離一般路線バス、トップ3は? どれも「乗り応え」抜群! 知られざるロングランバスも 2/10(土)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180210-00010003-norimono-bus_all&p=1
第2位 酪農地帯と海沿いを走る北海道内最長路線
運行距離第2位は、北海道東部の中核都市である釧路市と、オホーツク海沿いの羅臼町を結ぶ、阿寒バス(釧路市)の「釧路羅臼線」です。
全長約166km、停留所数101、所要時間3時間40分から3時間50分で、道内の路線バスとしては最長距離を走ります。
<中略>
第3位 車窓に日本海と廃線跡を望む鉄道代替路線
運行距離第3位は、2位と同じく北海道内の路線。日本海沿いの留萌市と豊富(とよとみ)町を結ぶ沿岸バス(羽幌町)の「豊富留萌線」です。
全長164.5km、停留所数169、所要時間4時間6分で、1系統の停留所数では「八木新宮線」を抜き日本一です。
<後略>
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180210-00010003-norimono-bus_all&p=2
「八木新宮線」をしのぐ運行距離のバスが北海道に?
<前略>
沿岸バスでは、旭川市と留萌市を結ぶ「快速留萌旭川線」のうち1往復を、留萌市と幌延町を結ぶ「快速幌延留萌線」として同一車両で直通運転しています。
留萌十字街バス停を境に別系統となりますが、これらを合計した運行距離は、なんと約217kmにもおよび、日本最長の一般路線バスと見なすこともできます。
<中略>
宗谷バス(稚内市)の「天北宗谷岬線」も該当します。
こちらの場合、許認可上の運行系統は5系統からなり、時刻表上でも鬼志別ターミナル(猿払村)または浜頓別ターミナル(浜頓別町)で分割されていますが、
一部の便で稚内〜音威子府間を同一車両で運行していることから、実際の運行距離は奈良交通「八木新宮線」を上回る約171kmとなります。
<後略>
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180210-00010003-norimono-bus_all&p=3 >>923
名前欄:サンライズ旭川・釧路号
メール欄:代走で 中間解放 睡魔呼ぶ
これで。 >>926
次スレは建ったので重複しないようお願いします 祝園の連節バス見てきたけど、列車並みの存在感だな
行先表示もフルカラー表示対応で街中で見るとすごいインパクト >>438
平群コミュバスはかんぽの宿大和平群乗り入れ中止で路線バスのみ発着に >>460
立った(ちんぽが)・皮(剥けてないけど) >>928
あの車体の色は、奈良交通バスの走る風景じゃない。
特急バスや広域通院ラインもおなじ。 >>931
それよりも、停留所掲示の時刻表に「小銭の必要な方は両替器をご利用ください。(千円札まで)」とある。
これは、500円札や100円札や500円記念貨幣なら出来るのか?
https://navi.narakotsu.co.jp/pdf/gene2/00167_020_001.ps.pdf <葛城営業所管内>
○十津川線・広域通院ライン線(五條バスセンター〜十津川温泉)、八木新宮線(大和八木駅〜新宮駅)は雨量規制のため、生子〜天辻間を運休しております。
○五條城戸線(五條バスセンター〜城戸〜西吉野温泉)は、雨量規制のため、生子〜西吉野温泉間運休しております。
○洞川線(大淀バスセンター〜洞川温泉)は、雨量規制のため、天川川合〜洞川温泉間運休しております。
○大台ヶ原線(大和上市駅〜大台ヶ原)は、雨量規制のため、全区間運休しております。
○南部地域連携コミュニティバス[R169ゆうゆうバス](下桑原〜大和上市駅〜福神駅)は、雨量規制のため、わさび谷〜西河間運休しております。
○洞川線(大淀バスセンター〜洞川温泉)、下市天川線(下市口駅〜中庵住)は、一部区間で災害による迂回のため、乳屋辻・惣坂口・惣坂・大杉にはとまりません。
<榛原営業所管内>
○天理都祁線(針インター〜[旧道経由]〜天理駅)は、一部区間で災害による迂回のため、下滝本にはとまりません。
○八木新宮線・十津川線・広域通院ライン線は、平成23年紀伊半島大水害の影響により、当面の間、高滝口には停まりせん。
http://www.narakotsu.co.jp/news02.php ミ・ナーラのシャトルバスって奈交が運行してたのか、無料なのをいいことに買物しない人の帰宅の足に
使われたりするよ。それでも在りし日の富雄のユニード・ダイエーバスは太っ腹だったと思う。 >>941
金払ってるのは商業施設だからな。
そこにワシの勤務先も出来たが、皆車か新大宮から歩いてきてる。 かつて以下の駅から花博直通バスが出ていた
奈良駅・近鉄奈良駅・学園前駅(奈良交通)
上市駅・橿原神宮前駅・八木駅(奈良交通)
五條バスセンター・近鉄御所駅・近鉄高田駅(奈良交通)
天理駅(奈良交通) >>941
よーかどー時代の送迎バスもマラ交通担当でポイントカード類提示が必要だった >>945 車両はまだ見てない。新大宮北口の時刻表11〜19時の間は20〜30分間隔で運行と
書いてあるだけで、肝心の時刻が書かれてなくて何分待たされるかわからないから嫌で結局歩いて行ったw
>>947 毎日では無かったと思うが、土曜日も運行していたのが良かった。学校終わった後に買物ついでに遊びに行けたから。
奈良ファのはカード掲示必要になったけれど、現在在住している所への路線は平日週一度のみ。
仕事しているので全く使えません・・・。 >>637
奈良交通バス運転手 運賃着服で懲戒解職
3月2日(金) 18時46分
奈良交通は、路線バスの運賃を着服した男性運転手を懲戒解職処分にしたと発表しました。
きのう付けで懲戒解職処分を受けたのは、奈良交通の50代の男性運転手です。
奈良交通によりますと、この運転手は2月22日、天理駅のバスおりばで乗客2人分の運賃740円を手で受け取り着服していたといいます。サービスセンターに匿名で指摘があり不正が発覚しました。
奈良交通が調べたところ、この運転手は同じ手口で昨年7月ごろから50回以上にわたって、あわせて4万1640円を着服していました。
運転手は着服したお金でコーヒーやパンを買っていたといい、全額返済したということです。奈良交通は「社員教育の徹底を図り再発防止に取り組む」とコメントしています。
http://www.naratv.co.jp/news/20180302/20180302-06.html >>950
弁済したんだから許してやれよ。
解雇したら運転者足りひんやろ レス数が950を超えています。1000を超えると書き込みができなくなります。