【寸劇その20】山桜

「親分、すっかり桜も終わり新緑の青葉の季節になってまいりましたのでござんす」
「若葉越しのお日様が目にしみるなあ。
ところでおめえ、山桜が人様の容貌を例えた隠語だって知ってるか?」
「いえ、存じませんのでござんす

山桜なんて、聞いただけでもなんだか艶っぽい言葉でござんすねえ 親分がお好きな例のお女郎の関係の芸名だとか?」
「ちげえよ。ばか野郎
美しいの反対だ。
出っ歯の隠語なんだよ。」
「え!?
なんで山桜が出っ歯なんすか?」

「だいたい山桜ってやつはな、ソメイヨシノのような植木屋が掛け合わせて作りだした園芸品種よりも原始的な在来種なのさ。
山桜は、花が咲く前に葉が出てしまって見た目も地味なのさ。
つまり、花(鼻)より葉(歯)が先に出るなり山桜なんて具合いに昔の人は例えたのさ」
「へぇ〜。なあるほど
上手く例えたものでござんすねえ。また、それをご存じの親分の博識にめえりやしたのでござんす。」

「こういう細けえ表現はな、お勤めの中でも見落としちゃあいけねえ大切なものだけど、いちいち巻き物なんかに書ききれねえ。
だから、口で子分どもに伝えていくというものがたくさんあって、それぞれ口伝となるのさ」
「へえ〜
そう言やあ、例の親分の消えた家頁にも『大葉の口伝』が書えてありやしたが、網の掲示場の住人どもが、そんなのあり得ねえとか何とか騒いでおりやした」
「そのことよ。
その話は、次回寸劇サードシーズンでのお楽しみさ。
まあ、俺様もこうしていつまでお前達と寸劇で与太話ができるか分からねえ。
伝える元気がある間が花だ。

いいか野郎ども、師匠がいつまでも達者で居てくれるなんてのは幻想だ。聞けるうちに昔の話は聞いておくものだよ。
俺様が墓石の下に行ったらもう何も教えてやれねえのさ
知識は何の邪魔にもなりやしねえから今勉強しておくのだよ」