第10部★名門 『竹内流』 と捏造『竹内流備中伝』
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【 ご注意ください 】
日本柔術の源流 『 竹内流 』 は日本の岡山県・建部町にのみに存在する竹内家の流儀です。
竹内久盛を流祖(開祖・元祖)とする師範は『 竹内流 』 宗家・竹内藤一郎、相伝家・竹内藤十郎の2名のみです。
たとえホームページや免状、巻物、目録などに竹内久盛の名があったとしても
日本柔術の源流『 竹内流 』とは一切、関係ありません。
倉敷市帯高(日新館)、京都(釈迦谷)、東京都内、神奈川県内、兵庫県内、
カナダとカナダUBC大学、アメリカ、ハワイ、イギリス、エクアドルなどにも
日本柔術の源流 『 竹内流 』 の支部道場などはありません。 開放的だといいつつ、古流の掟を持ち出したりスタンスがぶれぶれですね
古流に興味があり、古流の掟を厳格に守ろうとする人以外は排除されているようですが
参加資格をもう少し明確に示してほしいものです >それにしても古流武術を学ぼうとする人が、自分の権利を主張するとかスゴい時代だな(笑)。
>学ぶ立場の人間が偉そうな事言えば、教えて貰えないだけだ。
>職場や学校では無いのだから。
>学ぶ方も古流武術のしきたりを理解して入門するのだし。
>日本の伝統芸能の様な世界に、欧米の考え方を持ち込んで来ては危険ではないかい?
古流武術を学ぶ人間は権利を主張できないのですね?
こちらの方が驚きです
古流武術のしきたりを理解して入門といいますが、どこでどうやって予習するのでしょう?
伝統芸能の様な世界と表現されましたが、竹内流はアスリートではないのですね? >>541
>気軽に古流に触れてみたい、興味があるけど重いのはちょっと・・・
>という人はこのスレにふさわしくないわけですね
このスレ云々というよりは古流の一般論として掟や権威や慣習が現代武道よりは厳しいという話であって
流派によっていろんな考えがあるし、同じ流派でも当然師範によって温度差もあるだろうに。
>開放的だといいつつ、古流の掟を持ち出したりスタンスがぶれぶれですね
いきなり入門誓紙に血判を押させるような流派は一般的ではないと思うぞ。
始めは開放的で表形くらいなら誰にでも教えるのが一般的なやり方だと思う。
ある程度、もしくは指導者レベルになると、血判や神文などの誓紙で正式な入門になり
厳格な掟を守らなければならないやり方をするのが一般的な古流の形式だと思う。
もちろん流派によって色んなやり方があるから一概に言えないが、初めは開かれていて
段階が上がるにつれ、いわゆる秘伝口伝の段階まで行くと古流の厳格な掟が出てくるから
>開放的だといいつつ、古流の掟を持ち出したりスタンスがぶれぶれですね
初心の段階は開放的、但し正式な入門と見なされてないから奥の部分は習えない
裏形や奥伝を習える段階になると古流の厳格な掟を守らなければならない。
全然スタンスがブレブレではないぞ?
まさか入門から秘伝極意を習えるのは自由だとかいう考えじゃないだろうな(笑) こんな竹内流備中伝だろ?
聴風館は本当に人を育てられたのか?
日新館の現館長に直門と言える門人がいるのか? >>543
>古流武術を学ぶ人間は権利を主張できないのですね?
>こちらの方が驚きです
権利って、いきなり秘伝極意を習う権利はないし、いきなり指導者になれる権利もないし、
勝手にその流派を名乗って道場開く権利もないし、勝手に流派の技を改変する権利もない。
ましてや分流が勝手に竹内流の神伝を捏造したり、竹内流の神髄を創作する権利もない。
>古流武術のしきたりを理解して入門といいますが、どこでどうやって予習するのでしょう?
>伝統芸能の様な世界と表現されましたが、竹内流はアスリートではないのですね?
既に書いたが入門の段階でしきたりがどうのとは厳しく言われんよ。
このスレで叩かれてるのは竹内流の伝承という免許レベルの段階の掟の話だから。
それを初心者の話とすり替えるようなやり方で反論した気になってるのはお粗末だぞ。 館長好みの盆栽みたいな弟子を育てた聴風館
オヤジの真似して失敗したのが日新館
刀剣類を買って見返りに相伝家を隠れ蓑とした竹内流のエセモノ竹内流備中伝
恥ずかしいばかりの宗家エロい今枝新流杖術
女子にしか教えません?
もう最低だろう 館長好みの盆栽みたいな弟子を育てた聴風館
オヤジの真似して失敗したのが日新館
刀剣類を買って見返りに相伝家を隠れ蓑とした竹内流のエセモノ竹内流備中伝
恥ずかしいばかりの宗家エロい今枝新流杖術
女子にしか教えません?
もう最低だろう 古流武術のしきたりを予習するにはどうすればいいのでしょうか?
普通の日本人に聞いてもご存知の方はいませんよね
剣道や柔道をやっている方から習えばいいのですか また竹内流はアスリートでないのか?という質問も意図的なのかスルーしておられます
古流武術というのは技術より伝統や格式、権威や慣習を重要視して
体育的な分野には重きを置いていないのでしょうか
技術的に素晴らしいものがあるからこそ習いたいと思う人がいても不思議ではありません
しかしここで意見を見ていると、伝統や歴史こそ重要で、現在のアスリートとしての性能は
無視されているように思えます
古流武術では技術的、身体能力的な分野は軽視されるものなのでしょうか >>549
>古流武術のしきたりを予習するにはどうすればいいのでしょうか?
>>544>>546に書いたが入門の段階でしきたりがどうのとは厳しく言われんよ。
流派によってしきたりなんて違うんだから、その流派の初心者へのしきたりは入門して教わるもんだろ。
このスレで叩かれてるのは竹内流の伝承という免許レベルの段階の掟の話だから。 >>550
>また竹内流はアスリートでないのか?という質問も意図的なのかスルーしておられます
備中伝の創作と捏造を意図的なのかずっとスルーしてるよね?で、アスリートがなんだって(笑)
そもそも竹内流はアスリートってどこから持ってきたの?宗家や相伝家が公式に竹内流はアスリートって言ってるの?
古流武術がアスリートという意味がわからない。 アスリートってスポーツ選手という意味らしいけど
竹内流はスポーツ選手
ごめん、本当に意味が分からない 体重差を覆す技術を身に着けたい、相手を制圧する技術を身に着けたい
そういった希望を持って竹内流に興味を持っても、正式に習うには
日本のごく限られた地域へ赴かないと不可能です
そのうえ入門できたとしても古流のしきたりに従うという条件があります
技術や体育的な部分にだけ興味があるという人は、入門せず表の部分だけで十分という事でしょうか 竹内流は武術ではないのでしょうか?
これは大変失礼いたしました
伝統芸能と表現するのが正しいのでしょうか >体重差を覆す技術を身に着けたい、相手を制圧する技術を身に着けたい
> そういった希望を持って竹内流に興味を持っても、正式に習うには
>日本のごく限られた地域へ赴かないと不可能です
竹内流宗家・相伝家は岡山の、失礼ながら山奥に道場を構えてるから宗家や相伝家に習うのは難しい。
でも竹内流から派生した流派が全国にあるから竹内流から派生した流派を習いに行けばいいのだが、
備中伝は改変だけでなく現代人の創作と捏造にまみれて宗家や相伝家から竹内流を名乗るなと言われてるから
備中伝だけはお勧めしないな。備中伝も先代が宗家に習ったことを習ったまま伝えてればよかったのに非常に残念だよ。
>そのうえ入門できたとしても古流のしきたりに従うという条件があります
>技術や体育的な部分にだけ興味があるという人は、入門せず表の部分だけで十分という事でしょうか
一般的には古流にはしきたりがあって当然だし、備中伝だって代稽古以上は血判誓紙だから
備中伝が古流の掟に厳しくないという事ではないぞ。稽古で命落としても自己責任という項目だってある。 古流のしきたりは入門してから習う
そう言われましたが、しきたりを理解していない人が大半ではないでしょうか
理解していないしきたりを根拠に、不特定多数に呼びかける形で訴えられても
何がどう悪いのか伝わりにくくないですか?
創作やねつ造にしても自分が宗家なら問題ないような表現もありました
どちらも良くないように感じるのですが、古流武術界ならではの条件があるのでしょうか >>555
>竹内流は武術ではないのでしょうか?
>これは大変失礼いたしました
>伝統芸能と表現するのが正しいのでしょうか
竹内流は伝統武術
備中伝は先代の昭和編纂流派から平成創作流派もしくは平成捏造流派になってしまった。
先々代までは訛伝でも竹内流系の流派として価値があったのに非常に残念。 @技術的にねじ曲がった部分
A伝承をねつ造した部分
B人格的、行いが正しくない部分
Cしきたりや慣習の視点から禁忌とされる部分
これらが一つ一つ丁寧に説明されていれば分かりやすいのですが、すべてが混ざっていて
そのうえ罵倒する言葉も盛り込まれています
知らない人に問題を伝えるのではなく、上記4点を理由に罵倒することが目的のように見えます >古流のしきたりは入門してから習う
>そう言われましたが、しきたりを理解していない人が大半ではないでしょうか
>理解していないしきたりを根拠に、不特定多数に呼びかける形で訴えられても
>何がどう悪いのか伝わりにくくないですか?
だから目録や免許を印可される時に血判を押してさらに厳格な掟を守る事になる。
道場の内々の掟だから一般の人にはわからないだろうから宗家が公式声明を出す事態になった。
『 竹内流 』 宗家・竹内藤一郎、相伝家・竹内藤十郎による公式声明文抄
竹内流は天文元年(1532)、美作国一之瀬城の城主竹内中務大輔久盛が創始し、
二代目常陸介久勝、三代目久吉と親・子・孫三代にわたって大成された捕手・柔術です。
戦国時代に生まれ江戸時代を通じて練成された形は貴重な武術であると同時に、
竹内家(藤一郎 家・藤十郎家)だけがその流儀と血脈を継承している文化財です。
門弟は掟によって「他人に師を名乗ること」が厳禁されています。
( 出典:平成28年9月18日「第40回岡山県古武道祭」岡山県武道舘/ 配布冊子・6頁上段より抜粋)
>創作やねつ造にしても自分が宗家なら問題ないような表現もありました
>どちらも良くないように感じるのですが、古流武術界ならではの条件があるのでしょうか
竹内流の小具足は親子孫三代で完成してるんだよ。一子相伝の責任で技を工夫するのと
第三者が竹内流の名で技を創作するのは完全に捏造という単純な話。 古流のしきたりでも感じたのですが、すでに知っているだろう、当然だろうという前提で
書き込みがなされます
青葉の口伝にしても祭りの掛け声のように同じ内容が繰り返されるので
なんだか悪いんだろうなあとしか伝わりません
疑問に思うことを聞いてもそんなことも知らんのかとばかりにせめ立てられます
普通とは違う、歴史に重みがある、大変重要なものである
それは分かるのですが、それだけに近寄りがたく身近な問題とは感じられません >>560
>そのうえ罵倒する言葉も盛り込まれています
>555名無しさん@一本勝ち2017/12/17(日) 09:14:29.93ID:ARuMKPOU0
>竹内流は武術ではないのでしょうか?
>これは大変失礼いたしました
>伝統芸能と表現するのが正しいのでしょうか
これは宗家への罵倒じゃないのか?
失礼しましたと一文入れとけば罵倒にならないとでも?
宗家は継承断絶なんていう罵倒もあったな。
宗家への罵倒は良くて備中伝への罵倒は指摘するダブルスタンダード。 最終的によくわからない問題だけど、古流のしきたりを理解している人たちが何かしている
自分には理解できないし問題意識も持てそうもないから、理解している人に任せればいい
自分がいる世界とは関係のない話だ、と感じさせられました
最終的に竹内流は竹内家が岡山で継承すればそれでいい、ご心配なく!
という趣旨の書き込みもあったと記憶しています
文化遺産のように守られていく存在
そういう理解でよろしいですか? >>563
伝統芸能の様な〜という表現があったので使わせていただきました
どのような意味で罵倒になるのでしょうか >>535
>日本の伝統芸能の様な世界に、欧米の考え方を持ち込んで来ては危険ではないかい?
こう表現されていたので伝統芸能と書きましたが間違っていましたか? 横から失礼しますが。
竹内流修行の適合者はどんどんニッチな方向に行っていますが、よろしいのですか? >>562
>青葉の口伝にしても祭りの掛け声のように同じ内容が繰り返されるので
わかりにくかった?では内容を変えてもっと噛み砕いて説明しよう。
備中伝に代々【青葉の口伝】なるものが備中伝の祖の菊池から伝わってるなら価値はある。
しかしながら元門人が創作の過程の一部始終を目撃しそれを暴露してしまった。
代々伝わる伝書ではなく、第十八代が近年古書店で購入した伝書に書いてあった文言
【青葉 口伝】の文字から想像力を膨らませて、宗家に伝わる流祖神話の愛宕神は現実的には存在しないから、
実際は人間の山伏が流祖に教えたに違いないという神を否定した現代人の合理的な発想がスタート。
人間の山伏には刀は折れないからと、山のその辺に生えている木の枝を小太刀に見立てて小具足をならったから
木の枝には青葉が付いている。伝書の【青葉 口伝】とは流祖が青葉の付いた木の枝で習った意味なんだと解釈した。
ここまでは現実的な一考察として面白いとは思うが、あろうことか流祖の時代から伝わってるかのような【神伝】という言葉を付けて
【資格者には神伝・青葉の口伝を授与】なんてHPで堂々と宣伝し出した。備中伝の流祖が菊池で、菊池が人間の山伏から 木の枝で習った
という話なら問題はない。流祖を久盛としている備中伝は、宗家や相伝家のご先祖様が青葉の付いた木の枝で習ったなんて話を
備中伝が独自の流祖祭でお面かぶって寸劇まで始めた。自分のご先祖様をそのように創作物に使われるだけでなく
これが竹内流の神伝だ神髄だと外国人の弟子を通して世界中に広められたらそりゃ怒りますわ。
完全に一線を越えている。 本音のところを言うと、日本に住んでいたとしても
現代社会の感覚で生きていたら竹内流は習えそうにないと感じました
趣味や体を鍛える目的で習うには障害が多すぎるとも
真剣に修行なさっている方には失礼な考えかもしれませんが >>566
それって天心流スレのコピペだよ
822名無しさん@一本勝ち2017/12/16(土) 21:36:50.38ID:/16vdMeD0
ノーサンキューでいいんだよ。
だって現代人が考えた武術は古流では無いのだから。
好きな様にやればいい。
ただ、権威や慣習に抵抗を感じるなら古流は学べない。
古流では無い連中が自由にやるのは問題ない。
だから、古流を騙らずに現代武道として自由にやれよ。
日本の歴史的文化を大事に思える人でないと、古流は学べない。
そして、技術も継承していないだろうに。
あんな見せかけのチャンバラごっこをもし昔の武士がしていたら、生き残れない。
823名無しさん@一本勝ち2017/12/16(土) 21:44:04.16ID:/16vdMeD0
なんか古流武術を学ぼうとする人が、自分の権利を主張するとかスゴい時代だな(笑)。
オレは入門した初日に「これから学ぶ事は、現代的では無いから。全てに於いて。」と師範に言われたし。
825名無しさん@一本勝ち2017/12/16(土) 21:48:37.94ID:/16vdMeD0
学ぶ立場の人間が偉そうな事言えば、教えて貰えないだけだ。
職場や学校では無いのだから。
学ぶ方も古流武術のしきたりを理解して入門するのだし。
日本の伝統芸能の様な世界に、欧米の考え方を持ち込んで来ては危険ではないかい? >>568
その説明がかみ砕かれているのであれば理解不能と判断します
文字を書き連ねるのと、重要項目に焦点を当てて説明するのは別です
文章を読んで問題点がはっきりしませんでした 誰も竹内流を習う資格の話なんかしてないんだがな。
分流を名乗っていた備中伝がオリジナルの創作を竹内流の神髄だ
オリジナルの考察を竹内流の神伝だと発表し出した事に対して
『 竹内流 』 宗家・竹内藤一郎、相伝家・竹内藤十郎による公式声明文抄
竹内流は天文元年(1532)、美作国一之瀬城の城主竹内中務大輔久盛が創始し、
二代目常陸介久勝、三代目久吉と親・子・孫三代にわたって大成された捕手・柔術です。
戦国時代に生まれ江戸時代を通じて練成された形は貴重な武術であると同時に、
竹内家(藤一郎 家・藤十郎家)だけがその流儀と血脈を継承している文化財です。
門弟は掟によって「他人に師を名乗ること」が厳禁されています。
( 出典:平成28年9月18日「第40回岡山県古武道祭」岡山県武道舘/ 配布冊子・6頁上段より抜粋)
というあくまでも竹内流の師範を名乗れない掟について宗家が公式声明を出す事態になったという話。
入門初心者が掟で何か迫害を受けたという話では決してないので話をすり替えないようにお願いします。 >>570
竹内流や四半棒などの言葉も入っているし、ご自身の言葉で書かれたものではないのですか? 天心流スレで同じことを聞いて、返ってきた言葉を少し変えてこのスレで返して上げただけだよ(笑)
このスレだけでなく天心流でも君の理論はフルボッコにされてたから安心しなよ。 第三者が君の理論を一般的だと理解してくれるか試してみたけど残念だったね。 >>574
なぜ喧嘩腰なのかは理解できませんが、古流のしきたりや慣習に抵抗を感じる人間は
ノーサンキューということですね
私自身も感じていたのですが、現代社会と古流武術界の感覚のギャップは埋められそうにないですね >>575
竹内流独自の意見ではなく天心流という流儀の方が信用できるという意味でしょうか? 竹内流だけの話ではないという事は理解してもらえたかな? >>577
天心流も備中伝と同じような事をして叩かれているからレスを書いてる人は同じ問題意識を持っているという話 そして古流の掟や因習は竹内流だけの話ではないということ。 私の理論、としては古流のしきたりに触れる機会が現代日本において少なく
そのしきたりを根拠に話題を展開されても問題点を把握しづらいというものです
しきたりは入門してからでないと教えて貰えないとありましたし事前に知ることはできないのでしょう
権威や慣習に抵抗のある人間は学べないともありました
その言葉を前提に考えると、趣味や健康のために竹内流、もしくは古流武術を学ぶのは
現実的ではないと思いました
また、古流のしきたりを前提とした竹内流の問題も理解しづらく感じました 私は自分で考え自分の言葉で質問しているのですが、他の流儀や古流武術界の常識
しかもほかの人の言葉をそのまま引用することで説明したことになるのでしょうか >>581の意見も天心流のスレとやらで質問されるのでしょうか?
あまり良い感想は抱きません 天心流のスレで文章を書き換えて投稿していたのですね
この行為は卑怯に見えますが、竹内流では常識なのでしょうか
呆れました
他人と他人が争うように仕向けておいてそのままですか >>584
名無しでそれを言われても、ID変わればどれが君のレスかわからないから
このスレに粘着するならコテハン名乗ったら?
それか天心流スレに帰れよ。 ID:ARuMKPOU0
>私の理論、としては古流のしきたりに触れる機会が現代日本において少なく
>そのしきたりを根拠に話題を展開されても問題点を把握しづらいというものです
備中伝の創作と捏造を棚に挙げて延々と自説を粘着してるけど
天心流スレで自説を叩かれてもなおこのスレで粘着する。
もう備中伝関係者というのは明らかにバレてるんだから名無しの振りするのやめたら。
備中伝の創作と捏造を棚に挙げて自説をぶちまけたいだけならこのスレに粘着する必要ないよね?
いずれにせよコテハン名乗って備中伝関係者として堂々と論戦すれば? >>586 様、論理的に間違っているようですがいかがでしょうか?
>>いずれにせよコテハン名乗って備中伝関係者として堂々と論戦すれば?
・上記の「備中伝関係者」と書いているところは「備中伝攻撃の関係者」とすべき
ではないでしょうか。 >>581
概ね私もそのように感じますが、
備中伝のこの一件は、しきたり以前に、
宗家相伝家と連携を保ちつつ、流儀を継承していますとしていながら、実際は全く反対でありながら、
月謝も頂いているということ。
人の信頼を傷つけ、経済的にも時間やエネルギーも消耗させたことへの問題であるように感じますが。 さすがに他流のスレで備中伝の振りしてレスするとかないわぁ
竹内流ってこれが普通なんだ またID変えて現れるんだろうが青葉の口伝ですぐ分かる
文章まんまコピーじゃなく細かく改変したり
一部のレスだけ抽出したり考えてやっている
捏造テレビ局みたいなやり口だ 他流派の人の言葉を古流の常識として反論に利用する
他人の言葉を勝手に他流派に向けたかのように偽装する
ID:4+KF8Apr0は本当に竹内流関係者なんだろうか
青葉の口伝のくだりなどおそらく当人と思われるくらい詳細に書いているが
行動があまりにも非常識だ
天心流の言葉の盗用もスレに断りもなく勝手に改変して使っている
未成年の行動だろうか >>576
〉現代社会と古流武術界の感覚のギャップは埋められそうにないですね
その通りです
古流は実戦で必要でした
生活そのものだったわけです
武道に勝敗のルールをつけた現代様式はスポーツになる
ギャップを埋めるなんて
そんな代物では無いですね 館長好みの盆栽みたいな弟子を育てた聴風館
オヤジの真似して失敗したのが日新館
刀剣類を買って見返りに相伝家を隠れ蓑とした竹内流のエセモノ竹内流備中伝
恥ずかしいばかりの今枝新流杖術
女子にしか教えません?
もう古流の端にもならない 館長好みの盆栽みたいな弟子を育てた聴風館
オヤジの真似して失敗したのが日新館
刀剣類を買って見返りに相伝家を隠れ蓑とした竹内流のエセモノ竹内流備中伝
恥ずかしいばかりの今枝新流杖術
女子にしか教えません?
もう古流の端にもならない 古流のしきたりは、入門せずとも概略ならネットで知ることができる。
何故なら、いろんなホームページやブログでそのようなことがすこしずつ明らかにされているから。
ただし、それが全て間違いないものかどうかは、貴君が直に師範と対面しないと覚れないだろう。
一般に古流には口伝というものがあり、文書化を禁じている。
また、動画撮影もさせない流派もある。嘘のホームページも山ほどある。
また、師範によっては、信用できない新参の弟子や外来者には、わざわざ逆向きで教えることもあるという。
英会話を金払って習いに行くのとは違う側面がそこにはある。
そんなに竹内流の本当のしきたりが知りたくば、直に訪ねて行くのが良いですよ。 今どき、掟だ、しきたりだ、口伝だと生まじめにまもり続けているのが良いところでしょう。 貴君らのニッチという形容は、古流に対する賛辞として受け取っておく。
少なくとも私は古流のそういう生まじめな側面が好きだからね。 東京の指導者については、皆さんどういうお考えなんでしょうか。 伝統的、文化的な様式の影響力を持って、生まれた時からの継承の優先順位が有る。
習ったから、印可されたから、皆伝したから継承の記しとされるなどとの一子相伝など聞いた事がない。 備中伝って昔から2ちゃんで技を改変してると叩かれてたけど
改変どころか技の創作や、伝系の捏造までしていたのか。
元門人に暴露されてしまったら流派の信用は失ったも同然。
連盟を除名?されたり大学の部活動が廃止?されたりしても仕方がないな… >>600
〉第三者
この場合は第三者と言える立場が理解出来ない
竹内流でもない、竹内流備中伝でもない人のことなのか
ならば私も第三者だが理解できる事は多々ある このスレの自称第三者様は備中伝の創作と捏造はスルーして
宗家を断絶だなんて宗家の誹謗中傷をするからな(笑)
備中伝の某師範が海外に支部が出来た時に
「ついに宗家を超えてしまった」
なんて発言をしてたという元門人の証言も過去ログに上がっていたが
名門竹内流宗家の悪口を平気で言うのって備中伝くらいだよね。 >>610
第三者は内部事情知らないからHP等の公表情報で判断
創作と捏造を一目でわかるようにしたHPがない限りスルー
宗家の断絶とやらは某池内の話がぱっと見で伝承前に死亡と見える
過去の発言に至っては過去ログまとまっていないから探しようがない
そろそろ備中伝攻撃者としてコテ付けたら? 2ちゃんで元門人が実名出して公開してる情報は完全スルーするのが第三者なんだね(笑)
過去ログまとまってないってどんだけ人任せなんだよ。それで噛みつくのが第三者なんだ(笑)
いい加減に第三者というコテでも名乗ったら? 備中伝の四半棒が公開されている動画
16 ◇たまいちぐさ age 2017/05/02(火) 05:28:02.08 ID:M+l5W03+0
下のリンク先の演武は、開始からいきなり 『 竹内流 』 には無いものをやっています。
↓ ↓ ↓
第18回京都総合武道演武祭 竹内流 聴風館
https://www.youtube.com/watch?v=kf6DOGrones
『 竹内流 』 のブランドを日本の古武道として、また文化として守る意味では、
『 竹内宗家・竹内相伝家 』には存在しない技型を混入したことは、すでに 『 竹内流 』 として
名乗ることに良い意味は全くないとわたしは思っています。
自称『 竹内流備中伝 』日新館(倉敷)が取り入れた技型の数々は、独自に良いものもあるのですから、
流名を変えて広める方がよい関係になると思います。
どうして、 『 竹内流 』 の3文字にこだわり続けるのか...理解できませんね。 172名無しさん@一本勝ち2017/10/22(日) 02:57:03.16ID:V7KywegP0
@竹内流の成り立ちについて
竹内流宗家が公式HPで公開している流祖神話(ttp://www.takenouchiryu.com/jp/History/ )
>山伏の姿で現れた「愛宕神(あたごしん)」により、 小具足組打腰之廻…二十五ヶ条、
>ならびに捕手…五ヶ条を授けられたと云われます。
流祖に技を授けた山伏とは愛宕神の化身であると現在まで伝承し愛宕神を祀っているのが一子相伝の竹内流宗家の流祖神話である。
これに対して【備中伝が近年になって創作した青葉の口伝】の内容は現代人の合理的な発想に基づいているもので
神も天狗もこの世に存在しないからと「人間の山伏が流祖に教えたんやー、人間の山伏に刀は折れんから木の枝で教えたんやー」
という解釈を、【備中伝が近年になって開始した独自の流祖祭】の中で、天狗のお面をかぶって再現するという寸劇を始めだした。
しかもこの勝手な解釈による創作劇をHPで堂々と(ttp://www.choufukan.jp/pages/page.html)
>毎年八月の第一土曜日に催される流祖祭には各地から門人が集まり免状授与と神伝青葉の口伝が資格者に伝授される。
【神伝青葉の口伝】等と宣伝している。愛宕神を否定して山伏は人間だったという内容が【神伝】だなんて完全に矛盾をきたしている。
また捕縄は一対一では教えられないという現代人の発想で、その場にもう一人いたはずだと宗家の流祖神話に出てこない人物を勝手に創作している。
竹内流の分流を名乗りながら、宗家の流祖神話に勝手な解釈を加えるだけでなく愛宕神すら否定しているこの内容を備中伝は外国人の門人を通して
470年の竹内流の伝統行事(ttp://www.choufukan.jp/6-24.html)と誤った竹内流を世界中に発信して、竹内流という日本の伝統武術文化を現在進行形で破壊している。 132名無しさん@一本勝ち2017/10/20(金) 22:22:44.55ID:ppEirvYF0>>133>>135
このインタビュー記事は一般向けに書かれてるものだから備中伝の主張を知るのにわかりやすいだろう。
ttp://www.slownet.ne.jp/sns/area/life/reading/interview/200602011528-3000000
>古武道竹内流第16代師範
備中伝を付けてません。対外的なインタビューでこそ気を付けなければならないのに竹内流第十六代師範を名乗ってます。
>ここで山を観て風の音を聴きながら古武道の修業をしていると、役小角や小野篁、竹内久盛と通じるような気がします。
>ここに立っていると、1300年の悠久のときを深く感じます。
三代目からの分流分派を公言している備中伝に宗家の500年よりも古い1300年っておかしくありませんか?
小野篁→役小角→竹内久盛という系譜を引いて分流分派の備中伝の方が宗家より古いとでもいいたいのだろうか?
備中伝がいじれるのは四代目以降であって宗家の流祖神話を勝手に解釈するだけでなく小野篁、役小角からの1300年の歴史をインタビューで答えている。
対外的なインタビューの内容という事は、マニアックな古武道関係を対象にしたのではなく、一般人に向けた備中伝の公式見解と言えよう。
備中伝独自の流祖祭では最初に裏山にある小さな社を参拝するがここには小野篁が祀られているという。
つまり備中伝の独自の流祖祭とは久盛だけでなく、最初に小野篁を祀らせている本当に独自の手前勝手なものなのである。
ちなみに独自の流祖祭も、神伝の創作も、木の枝の術の体系を竹内流の神髄だと神伝捕手まで加味した目録を発行したりなど
全て先代が亡くなってからやりだした事だから、1300年の伝統なんてないんだよ。 134名無しさん@一本勝ち2017/10/20(金) 22:36:04.96ID:ppEirvYF0
>かつてここは愛宕(おたぎ)郡大宮村大字紫竹大門小字釈迦谷山と言い、この釈迦谷山はまたの名を元愛宕と呼ばれていました。
>というのは、光仁天皇の天応元(781)年に僧慶俊によって昔の葛野郡の清滝、現在の愛宕山頂に移されるまで、
>この山に愛宕神社があったからです。『山城名勝誌』などに書かれています。
ここまでは根拠となっている文献資料名も出しているからいいのだが、ではその後、この地の信仰はどうなったのかが一切無視されている。
愛宕神社が移されて愛宕信仰も移り、この地では妙見信仰が盛んになり現在まで亥の妙見として信仰は続いている。
>その久盛が幼少のころ、「愛宕神」を信仰していて愛宕山まで出かけたと史料にあります。ただ、いまの愛宕山(保津峡の北西)まで、
>小さな子どもの久盛が行ったとはなかなか考えにくい。おそらく、この元愛宕山に来て修行していたのではないか、そう考えられます。
妙見信仰の山に愛宕信仰の久盛が修行に来るとは考えられません。
しかもインタビューでは「おそらく〜そう考えられます」と一考察にとどまっているのに、東京の備中伝のHPでは流祖の説明で歴史的事実のように
>元服前、京都元愛宕山(現、釈迦谷山)に於いて家伝の源氏の剣法を修行
なんて書いている。後付けの考察を既成事実にしていくやり方は一般の人が読んでもおかしいと思うだろう。
結局は伝統ではなく創作による後付けをしていくから過去のインタビュー記事を見ると矛盾が出てきてしまう。
以上はマニアックな古武道の話でも誹謗中傷でもなく、備中伝が一般向けのインタビューに答えた公式見解だから
こういう話をまとめて矛盾点を淡々と指摘していくやり方がいいのだろうな。 綸言汗の如し。
メディアに情報を流す場合のフォローが足りないんじゃない?
修正が効かずに間違いや想像の垂れ流し状態。 >修正が効かずに間違いや想像の垂れ流し状態。
具体的に指摘できないならただのレッテル貼りで終わっちゃうよ?
それこそ第三者には何が間違いや想像かはわからない。
備中伝の対外的なインタビューは致命的だね。あの内容だけでも宗家に非礼だと第三者でも十分にわかるよ。 >>618
宗家があると知らない人にはわからないね 古武道エリートの中で選抜されたメンバーによる高尚な話し合いの場 やはり具体的な指摘ではなくて印象操作しかできないかw
>>619
>宗家があると知らない人にはわからないね
天心流スレでも指摘されていたが一般人や第三者を馬鹿にし過ぎじゃないか?
>>620
>古武道エリートの中で選抜されたメンバーによる高尚な話し合いの場
このインタビュー記事は備中伝が武術界ではない一般人向けに答えてる内容なんだが?
ttp://www.slownet.ne.jp/sns/area/life/reading/interview/200602011528-3000000 >>621
インタビュー記事が間違いという情報はどうやって探すの? 基礎知識のない人は、何が非礼か分からない
一神教の人との会話で、何が非礼か基礎知識無いと分からないよね
それと同じ また他のスレに改変してフルボッコとか言いそう
竹内流の十八番か 変なことばかりしている十八番は「竹内流備中伝」という似非流派の話だよ
ここで竹内流を悪く書いても微動だにしていない本物の竹内流
無駄な抵抗はよせ 竹内流備中伝は団体の総称?
流派名称?
なにかオカシイです
かと言って、竹内流じゃないから発生も曖昧 以前、備中伝にいた者ですけど、中にはまじめな人もいますよ。 >>627
という事は
主導的立場の指導者の全員か
もしくは一部の人がおかしい為に竹内流備中伝全体がおかしいと言われる
まじめに現実を受け入れて対処すべきだと思う 連盟から離脱して、流派間の横のつながりがなくなった。
もはや独善を止める手段は少ない自称の『竹内流』
だからといって、ネットの批判には沈黙のフリをして
ゲリラ部隊が散発的に個人批判の反論しかできないのか? むかしむかし、倉敷あたりにも武道を教える道場がいくつかありました。
竹内流という看板をかかげていても情報が伝わりにくく確かめようもない時代がありました。
このスレでは、そのような大昔の是非を議論しているのではありません。
情報化社会の現代から将来においての古流を守り伝える団体や個人のあるべき姿がどうなのか、竹内流と備中伝について比較検討しているのです。 お疲れさまです。
1つの感想として、私的見解を書かせていただきます。
本物を 「 見たことが無い 」 場合は、偽物を見抜くことが難しいです。
岡山県建部町(垪和)に存在する、特に 『 竹内流 』 宗家の通常稽古を見たことがある人ならば、
『 竹内流備中伝 』の稽古は、正直に申し上げてハリボテです。 つまり世界中の殆どの人にとっては本物と区別がつかないのです だからそれにつけこんで嘘に嘘を重ねる輩がいるし、それを信じてしまう人もいる。 このスレで第三者のような顔をして玉井氏や宗家を批判している奴がいるが、
本当の第三者は天心流スレの反応だろ。
竹内流を抜きにした、何の利害もわだかまりもない天心流スレに、
純粋な理論と主張を引用してみた結果、このスレの自称第三者のレスが見事にフルボッコされたのが現実。
さんざん第三者だの一般人はだのと言ってた主張が、他流の本当の第三者からフルボッコされた事実から目を背けてはならない。
もうこのスレで第三者の代表者みたいな発言はしない方がいいんじゃない?
明らかにバランス感覚の狂った自称の第三者でしかない事が他のスレでも証明されてしまってるんだから。 >>632さまへ
>つまり世界中の殆どの人にとっては本物と区別がつかないのです
その説明は、少々乱暴です。
たとえば、本物を知ろうと追求する人もいます。
眼が肥えている人もいます。
その方々は、気づくほどの大きな歴史に育まれたものを感じるか、感じないかで判断がつくはずでしょう。
ですが、
そうでは無くて、純粋に知らない、わからない、そういう人々を紛らわしい嘘で騙すのは良くないです。 >>634さまへ
>演武では区別出来ませんか?
質問をもうすこし、具体的にできますか?
「 演武 」の何で区別をつけるのか....
上手い、下手? そんなのは意味が無い
技の違い? それも困難でしょう
横文字で書いて、ふさわしい解説になるかどうか疑いながら書きますが、絡まないで頂きたい。
「 クラシック 」 と 「 クラシカル 」 との違い。これは大きな違いです。 竹内流を見たことのあるごく少数しか、批判の内容が理解できないと ビデオの昇段審査を否定しておいて、ネットの動画で宗家の演武見ろとは言わんだろうね
宗家の実際の演武と、備中伝の演武を生で見比べた人しか批判出来ない理屈になる
本物論になるとな
こうやって理論の欠陥を指摘すると逆上するから、迷惑がられるんだろうが治す気ないでしょ 本物の分かる少数(笑)が独自のセンスで批判して、一般的でないと指摘されて暴走したり屁理屈こねたり
感覚のズレを指摘され続けても備中伝備中伝繰り返すからな
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