☆★☆【夢】思春期の何でも語るスレ10【恋】☆★☆
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,,;⊂⊃;,、 。” カッパッパー♪
(,,,・∀・)/》
【(つ #)o 巛 しぬこと以外はかすり傷☆
(( (ノ ヽ)
「まあ東京へ帰るまで待って下さい。東京へ帰るたって、あすの晩の急行だから、もう直じきです。その上で落ちついて僕の考えも申し上げたいと思ってますから」
「それでも好いい」 兄は落ちついて答えた。今までの彼の癇癪かんしゃくを自分の信用で吹き払い得たごとくに。
「ではどうか、そう願います」と云って自分が立ちかけた時、兄は「ああ」と肯うなずいて見せたが、自分が敷居を跨またぐ拍子ひょうしに「おい二郎」とまた呼び戻した。 「詳くわしい事は追って東京で聞くとして、ただ一言ひとことだけ要領を聞いておこうか」
「姉さんについて……」 「無論」
「姉さんの人格について、御疑いになるところはまるでありません」
自分がこう云った時、兄は急に色を変えた。けれども何にも云わなかった。自分はそれぎり席を立ってしまった。 四十四
自分はその時場合によれば、兄から拳骨げんこつを食うか、または後うしろから熱罵を浴あびせかけられる事と予期していた。色を変えた彼を後に見捨てて、自分の席を立ったくらいだから、自分は普通よりよほど彼を見縊みくびっていたに違なかった。その上自分はいざとなれば腕力に訴えてでも嫂あによめを弁護する気概を十分具そなえていた。これは嫂が潔白だからというよりも嫂に新たなる同情が加わったからと云う方が適切かも知れなかった。云い換えると、自分は兄をそれだけ軽蔑けいべつし始めたのである。席を立つ時などは多少彼に対する敵愾心てきがいしんさえ起った。
自分が室へやへ帰って来た時、母はもう浴衣ゆかたを畳んではいなかった。けれども小さい行李こりの始末に余念なく手を動かしていた。それでも心は手許てもとになかったと見えて、自分の足音を聞くや否や、すぐこっちを向いた。 「兄さんは」
「今来るでしょう」
「もう話は済んだの」 「済むの済まないのって、始めからそんな大した話じゃないんです」
自分は母の気を休めるため、わざと蒼蠅うるさそうにこう云った。母はまた行李の中へ、こまごましたものを出したり入れたりし始めた。自分は今度は彼かの女じょに恥じて、けっして傍そばに手伝っている嫂の顔をあえて見なかった。それでも彼女の若くて淋さむしい唇くちびるには冷かな笑の影が、自分の眼を掠かすめるように過ぎた。 「今から荷造りですか。ちっと早過ぎるな」と自分はわざと年を取った母を嘲あざけるごとく注意した。
「だって立つとなれば、なるたけ早く用意しておいた方が都合が好いからね」 「そうですとも」
嫂のこの返事は、自分が何か云おうとする先せんを越して声に応ずる響のごとく出た。 「じゃ縄なわでも絡からげましょう。男の役だから」
自分は兄と反対に車夫や職人のするような荒仕事に妙を得ていた。ことに行李こりを括くくるのは得意であった。自分が縄を十文字に掛け始めると、嫂あによめはすぐ立って兄のいる室へやの方に行った。自分は思わずその後姿を見送った。 「二郎兄さんの機嫌きげんはどうだったい」と母がわざわざ小さな声で自分に聞いた。
「別にこれと云う事もありません。なあに心配なさる事があるもんですか。大丈夫です」と自分はことさらに荒っぽく云って、右足で行李の蓋ふたをぎいぎい締めた。 「実はお前にも話したい事があるんだが。東京へでも帰ったらいずれまたゆっくりね」
「ええゆっくり伺いましょう」 自分はこう無造作むぞうさに答えながら、腹の中では母のいわゆる話なるものの内容を朧気おぼろげながら髣髴ほうふつした。
しばらくすると、兄と嫂が別席から出て来た。自分は平気を粧よそおいながら母と話している間にも、両人の会見とその会見の結果について多少気がかりなところがあった。母は二人の並んで来る様子を見て、やっと安心した風を見せた。自分にもどこかにそんなところがあった。 自分は行李を絡からげる努力で、顔やら背中やらから汗がたくさん出た。腕捲うでまくりをした上、浴衣ゆかたの袖そでで汗を容赦なく拭いた。
「おい暑そうだ。少し扇あおいでやるが好い」 兄はこう云って嫂を顧みた。嫂は静に立って自分を扇いでくれた。
「何よござんす。もう直じきですから」
自分がこう断っているうちに、やがて明日あすの荷造りは出来上った。 帰ってから
一
自分は兄夫婦の仲がどうなる事かと思って和歌山から帰って来た。自分の予想ははたして外はずれなかった。自分は自然の暴風雨あらしに次ついで、兄の頭に一種の旋風が起る徴候を十分認めて彼の前を引き下った。けれどもその徴候は嫂あによめが行って十分か十五分話しているうちに、ほとんど警戒を要しないほど穏かになった。 自分は心のうちでこの変化に驚いた。針鼠はりねずみのように尖とがってるあの兄を、わずかの間に丸め込んだ嫂の手腕にはなおさら敬服した。自分はようやく安心したような顔を、晴々と輝かせた母を見るだけでも満足であった。
兄の機嫌きげんは和歌の浦を立つ時も変らなかった。汽車の内でも同じ事であった。大阪へ来てもなお続いていた。彼は見送りに出た岡田夫婦を捕つらまえて戯談じょうだんさえ云った。 「岡田君お重しげに何か言伝ことづてはないかね」
岡田は要領を得ない顔をして、「お重さんにだけですか」と聞き返していた。 【速報】森友改ざん事件、自民党が罪を認め遺族に1億1000万円払うことで幕引き ネトウヨまた敗北 [143446881]
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/news/1639553176/ ネトウヨ「中国政府の発表なんて信用出来るわけがない」
厚労省「基幹統計改ざんした」
国交省「GDPも改ざんした」
財務省「公文書も300箇所以上改ざんしたわ」
元首相「118回ウソつきまくった」 国交省・統計データ二重計上問題 実行部隊の「局長」は全員出世した!
2012.12 安倍政権発足
2013.4 二重計上スタート
↓
2020.9 安倍政権終了
2021.3 二重計上終了 「そうさ君の仇敵きゅうてきのお重にさ」
兄がこう答えた時、岡田はやっと気のついたという風に笑い出した。同じ意味で謎なぞの解けたお兼かねさんも笑い出した。母の予言通り見送りに来ていた佐野も、ようやく笑う機会が来たように、憚はばかりなく口を開いて周囲の人を驚かした。 自分はその時まで嫂あによめにどうして兄の機嫌きげんを直したかを聞いて見なかった。その後もついぞ聞く機会をもたなかった。けれどもこういう霊妙な手腕をもっている彼女であればこそ、あの兄に対して始終しじゅうああ高たかを括くくっていられるのだと思った。そうしてその手腕を彼女はわざと出したり引込ましたりする、単に時と場合ばかりでなく、全く己れの気まま次第で出したり引込ましたりするのではあるまいかと疑ぐった。
汽車は例のごとく込み合っていた。自分達は仕切りの付いている寝台しんだいをやっとの思いで四つ買った。四つで一室になっているので都合は大変好かった。兄と自分は体力の優秀な男子と云う訳で、婦人方がた二人に、下のベッドを当あてがって、上へ寝た。自分の下には嫂が横になっていた。自分は暗い中を走る汽車の響のうちに自分の下にいる嫂をどうしても忘れる事ができなかった。彼女の事を考えると愉快であった。同時に不愉快であった。何だか柔かい青大将あおだいしょうに身体からだを絡からまれるような心持もした。 兄は谷一つ隔てて向うに寝ていた。これは身体が寝ているよりも本当に精神が寝ているように思われた。そうしてその寝ている精神を、ぐにゃぐにゃした例の青大将が筋違すじかいに頭から足の先まで巻き詰めているごとく感じた。自分の想像にはその青大将が時々熱くなったり冷たくなったりした。それからその巻きようが緩ゆるくなったり、緊きつくなったりした。兄の顔色は青大将の熱度の変ずるたびに、それからその絡みつく強さの変ずるたびに、変った。
自分は自分の寝台ねだいの上で、半なかばは想像のごとく半は夢のごとくにこの青大将と嫂とを連想してやまなかった。自分はこの詩に似たような眠ねむりが、駅夫の呼ぶ名古屋名古屋と云う声で、急に破られたのを今でも記憶している。その時汽車の音がはたりと留とまると同時に、さあという雨の音が聞こえた。自分は靴足袋くつたびの裏に湿気しめりけを感じて起き上ると、足の方に当る窓が塵除ちりよけの紗しゃで張ってあった。自分はいそいで窓を閉たて換えた。ほかの人のはどうかと思って、聞いて見たが、答がなかった。ただ嫂だけが雨が降り込むようだというので、やむをえず上から飛び下りてまた窓を閉て換えてやった。 自分は半なかば風に吹き寄せられた厚い窓掛の、じとじとに湿しめったのを片方へがらりと引いた。途端とたんに母の寝返りを打つ音が聞こえた。
「二郎、ここはどこだい」 「名古屋です」
自分は吹き込む紗しゃの窓を通して、ほとんど人影の射さない停車場ステーションの光景を、雨のうちに眺めた。名古屋名古屋と呼ぶ声がまだ遠くの方で聞こえた。それからこつりこつりという足音がたった一人で活きて来るように響いた。 「二郎ついでに妾わたしの足の方も締しめておくれな」
「御母さんの所も硝子ガラスが閉たっていないんですか。先刻さっき呼んだらよく寝ていらっしゃるようでしたから……」 自分は嫂あによめの方を片づけて、すぐ母の方に行った。厚い窓掛を片寄せて、手探てさぐりに探って見ると、案外にも立派に硝子戸ガラスどが締しまっていた。
「御母さんこっちは雨なんか這入はいりゃしませんよ。大丈夫です、この通りだから」 自分はこう云いながら、母の足の方に当る硝子を、とんとんと手で叩たたいて見せた。
「おや雨は這入らないのかい」
「這入るものですか」 母は微笑した。
「いつ頃ごろから雨が降り出したか御母さんはちっとも知らなかったよ」 母はさも愛想あいそらしくまた弁疏いいわけらしく口を利きいて、「二郎、御苦労だったね、早く御休み。もうよっぽど遅いんだろう」と云った。
時計は十二時過であった。自分はまたそっと上の寝台に登った。車室は元の通り静かになった。嫂は母が口を利き出してから、何も云わなくなった。母は自分が自分の寝台に上のぼってから、また何も云わなくなった。ただ兄だけは始めからしまいまで一言ひとことも物を云わなかった。彼は聖者しょうじゃのごとくただすやすやと眠っていた。この眠方ねむりかたが自分には今でも不審の一つになっている。 彼は自分で時々公言するごとく多少の神経衰弱に陥っていた。そうして時々じじ不眠のために苦しめられた。また正直にそれを家族の誰彼に訴えた。けれども眠くて困ると云った事はいまだかつてなかった。
富士が見え出して雨上りの雲が列車に逆さからって飛ぶ景色を、みんなが起きて珍らしそうに眺める時すら、彼は前後に関係なく心持よさそうに寝ていた。 食堂が開あいて乗客の多数が朝飯あさめしを済ました後のち、自分は母を連れて昨夜以来の空腹を充みたすべく細い廊下を伝わって後部の方へ行った。その時母は嫂に向って、「もう好い加減に一郎を起して、いっしょにあっちへ御出おいで。妾達わたしたちは向むこうへ行って待っているから」と云った。嫂はいつもの通り淋さむしい笑い方をして、「ええ直じき御後おあとから参ります」と答えた。
自分達は室内の掃除に取りかかろうとする給仕ボイを後あとにして食堂へ這入はいった。食堂はまだだいぶ込んでいた。出たり這入ったりするものが絶えず狭い通り路をざわつかせた。自分が母に紅茶と果物を勧めている時分に、兄と嫂の姿がようやく入口に現れた。不幸にして彼らの席は自分達の傍そばに見出せるほど、食卓は空すいていなかった。彼らは入口の所に差し向いで座を占めた。そうして普通の夫婦のように笑いながら話したり、窓の外を眺めたりした。自分を相手に茶を啜すすっていた母は、時々その様子を満足らしく見た。
自分達はかくして東京へ帰ったのである。 【毎日新聞世論調査】政党支持率、自民党27%(-5)、日本維新の会22%(+6)、立憲民主党11%(-1) [マスク着用のお願い★]
https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1639818383/ 三
繰返していうが、我々はこうして東京へ帰ったのである。
東京の宅は平生の通り別にこれと云って変った様子もなかった。お貞さださんは襷たすきを掛けて別条なく働いていた。彼女が手拭てぬぐいを被かぶって洗濯をしている後姿を見て、一段落置いた昔のお貞さんを思いだしたのは、帰って二日目の朝であった。 芳江よしえというのは兄夫婦の間にできた一人っ子であった。留守るすのうちはお重しげが引受けて万事世話をしていた。芳江は元来母や嫂あによめに馴なついていたが、いざとなると、お重だけでも不自由を感じないほど世話の焼けない子であった。自分はそれを嫂の気性きしょうを受けて生れたためか、そうでなければお重の愛嬌あいきょうのあるためだと解釈していた。
「お重お前のようなものがよくあの芳江を預かる事ができるね。さすがにやっぱり女だなあ」と父が云ったら、お重は膨ふくれた顔をして、「御父さんもずいぶんな方かたね」と母にわざわざ訴えに来た話を、汽車の中で聞いた。 自分は帰ってから一両日して、彼女に、「お重お前を御父さんがやっぱり女だなとおっしゃったって怒ってるそうだね」と聞いた。彼女は「怒ったわ」と答えたなり、父の書斎の花瓶はないけの水を易かえながら、乾いた布巾ふきんで水を切っていた。
「まだ怒ってるのかい」 「まだってもう忘れちまったわ。――綺麗きれいねこの花は何というんでしょう」
「お重しかし、女だなあというのは、そりゃ賞ほめた言葉だよ。女らしい親切な子だというんだ。怒る奴やつがあるもんか」 「どうでもよくってよ」
お重は帯で隠した尻の辺あたりを左右に振って、両手で花瓶を持ちながら父の居間の方へ行った。それが自分にはあたかも彼女が尻で怒いかりを見せているようでおかしかった。
芳江は我々が帰るや否や、すぐお重の手から母と嫂に引渡された。二人は彼女を奪い合うように抱いたり下おろしたりした。自分の平生から不思議に思っていたのは、この外見上冷静な嫂に、頑是がんぜない芳江がよくあれほどに馴つきえたものだという眼前の事実であった。この眸ひとみの黒い髪のたくさんある、そうして母の血を受けて人並よりも蒼白あおじろい頬をした少女は、馴れやすからざる彼女の母の後あとを、奇蹟きせきのごとく追って歩いた。それを嫂は日本一の誇として、宅中うちじゅうの誰彼に見せびらかした。ことに己おのれの夫に対しては見せびらかすという意味を通り越して、むしろ残酷な敵打かたきうちをする風にも取れた。兄は思索に遠ざかる事のできない読書家として、たいていは書斎裡しょさいりの人であったので、いくら腹のうちでこの少女を鍾愛しょうあいしても、鍾愛の報酬たる親しみの程度ははなはだ稀薄きはくなものであった。感情的な兄がそれを物足らず思うのも無理はなかった。食卓の上などでそれが色に出る時さえ兄の性質としてはたまにはあった。そうなるとほかのものよりお重が承知しなかった。 「芳江さんは御母さん子ね。なぜ御父さんの側そばに行かないの」などと故意わざとらしく聞いた。
「だって……」と芳江は云った。 「だってどうしたの」とお重がまた聞いた。
「だって怖こわいから」と芳江はわざと小さな声で答えた。それがお重にはなおさら忌々いまいましく聞こえるのであった。 「なに? 怖いって? 誰が怖いの?」
こんな問答がよく繰り返えされて、時には五分も十分も続いた。嫂あによめはこう云う場合に、けっして眉目びもくを動さなかった。いつでも蒼あおい頬に微笑を見せながらどこまでも尋常な応対をした。しまいには父や母が双方を宥なだめるために、兄から果物を貰わしたり、菓子を受け取らしたりさせて、「さあそれで好い。御父さんから旨うまいものをちょうだいして」とやっと御茶を濁す事もあった。お重はそれでも腹が癒いえなそうに膨ふくれた頬をみんなに見せた。兄は黙って独ひとり書斎へ退しりぞくのが常であった。 四
父はその年始めて誰かから朝貌あさがおを作る事を教わって、しきりに変った花や葉を愛玩あいがんしていた。変ったと云っても普通のものがただ縮れて見立みだてがなくなるだけだから、宅中うちじゅうでそれを顧みるものは一人もなかった。ただ父の熱心と彼の早起と、いくつも並んでいる鉢はちと、綺麗きれいな砂と、それから最後に、厭いやに拗すねた花の様さまや葉の形に感心するだけに過ぎなかった。
父はそれらを縁側えんがわへ並べて誰を捉つらまえても説明を怠おこたらなかった。 「なるほど面白いですなあ」と正直な兄までさも感心したらしく御世辞おせじを余儀なくされていた。
父は常に我々とはかけ隔へだたった奥の二間ふたまを専領せんりょうしていた。簀垂すだれのかかったその縁側に、朝貌はいつでも並べられた。したがって我々は「おい一郎」とか「おいお重」とか云って、わざわざそこへ呼び出されたものであった。自分は兄よりも遥はるかに父の気に入るような賛辞を呈して引き退さがった。そうして父の聞えない所で、「どうもあんな朝貌を賞ほめなけりゃならないなんて、実際恐れ入るね。親父おやじの酔興にも困っちまう」などと悪口を云った。 いったい父は講釈好こうしゃくずきの説明好であった。その上時間に暇があるから、誰でも構わず、号鈴ベルを鳴らして呼寄せてはいろいろな話をした。お重などは呼ばれるたびに、「兄さん今日は御願だから代りに行ってちょうだい」と云う事がよくあった。そのお重に父はまた解り悪にくい事を話すのが大好だった。
自分達が大阪から帰ったとき朝貌あさがおはまだ咲いていた。しかし父の興味はもう朝貌を離れていた。 「どうしました。例の変り種は」と自分が聞いて見ると、父は苦笑いをして「実は朝貌もあまり思わしくないから、来年からはもう止やめだ」と答えた。自分はおおかた父の誇りとして我々に見せた妙な花や葉が、おそらくその道の人から鑑定すると、成っていなかったんだろうと判断して、茶の間で大きな声を立てて笑った。すると例のお重とお貞さんが父を弁護した。
「そうじゃ無いのよ。あんまり手数てすうがかかるんで、御父さんも根気が尽きちまったのよ。それでも御父さんだからあれだけにできたんですって、皆みんな賞ほめていらしったわ」 母と嫂あによめは自分の顔を見て、さも自分の無識を嘲あざけるように笑い出した。すると傍そばにいた小さな芳江までが嫂と同じように意味のある笑い方をした。
こんな瑣事さじで日を暮しているうちに兄と嫂の間柄は自然自分達の胸を離れるようになった。自分はかねて約束した通り、兄の前へ出て嫂の事を説明する必要がなくなったような気がした。母が東京へ帰ってからゆっくり話そうと云ったむずかしそうな事件も母の口から容易に出ようとも思えなかった。最後にあれほど嫂について智識を得たがっていた兄が、だんだん冷静に傾いて来た。その代り父母や自分に対しても前ほどは口を利きかなくなった。暑い時でもたいていは書斎へ引籠ひきこもって何か熱心にやっていた。自分は時々嫂に向って、「兄さんは勉強ですか」と聞いた。嫂は「ええおおかた来学年の講義でも作ってるんでしょう」と答えた。自分はなるほどと思って、その忙しさが永く続くため、彼の心を全然そっちの方へ転換させる事ができはしまいかと念じた。嫂は平生の通り淋さびしい秋草のようにそこらを動いていた。そうして時々片靨かたえくぼを見せて笑った。 五
そのうち夏もしだいに過ぎた。宵々よいよいに見る星の光が夜ごとに深くなって来た。梧桐あおぎりの葉の朝夕風に揺ぐのが、肌に応こたえるように眼をひやひやと揺振ゆすぶった。自分は秋に入ると生れ変ったように愉快な気分を時々感じ得た。自分より詩的な兄はかつて透すき通る秋の空を眺めてああ生き甲斐がいのある天だと云って嬉うれしそうに真蒼まっさおな頭の上を眺めた事があった。
「兄さんいよいよ生き甲斐のある時候が来ましたね」と自分は兄の書斎のヴェランダに立って彼を顧みた。彼はそこにある籐椅子といすの上に寝ていた。 「まだ本当の秋の気分にゃなれない。もう少し経たたなくっちゃ駄目だね」と答えて彼は膝ひざの上に伏せた厚い書物を取り上げた。時は食事前の夕方であった。自分はそれなり書斎を出て下へ行こうとした。すると兄が急に自分を呼び止めた。
「芳江は下にいるかい」 「いるでしょう。先刻さっき裏庭で見たようでした」
自分は北の方の窓を開けて下を覗のぞいて見た。下には特に彼女のために植木屋が拵こしらえたブランコがあった。しかし先刻いた芳江の姿は見えなかった。「おやどこへか行ったかな」と自分が独言ひとりごとを云ってると、彼女の鋭い笑い声が風呂場の中で聞えた。 「ああ湯に這入はいっています」
「直なおといっしょかい。御母さんとかい」 芳江の笑い声の間にはたしかに、女として深さのあり過ぎる嫂あによめの声が聞えた。
「姉さんです」と自分は答えた。 「だいぶ機嫌きげんが好さそうじゃないか」
自分は思わずこう云った兄の顔を見た。彼は手に持っていた大きな書物で頭まで隠していたからこの言葉を発した時の表情は少しも見る事ができなかった。けれども、彼の意味はその調子で自分によく呑のみ込めた。自分は少し逡巡しゅんじゅんした後あとで、「兄さんは子供をあやす事を知らないから」と云った。兄の顔はそれでも書物の後うしろに隠れていた。それを急に取るや否や彼は「おれの綾成あやす事のできないのは子供ばかりじゃないよ」と云った。自分は黙って彼の顔を打ち守った。 「おれは自分の子供を綾成す事ができないばかりじゃない。自分の父や母でさえ綾成す技巧を持っていない。それどころか肝心かんじんのわが妻さいさえどうしたら綾成せるかいまだに分別がつかないんだ。この年になるまで学問をした御蔭おかげで、そんな技巧は覚える余暇ひまがなかった。二郎、ある技巧は、人生を幸福にするために、どうしても必要と見えるね」
「でも立派な講義さえできりゃ、それですべてを償つぐなって余あまりあるから好いでさあ」 自分はこう云って、様子次第、退却しようとした。ところが兄は中止する気色けしきを見せなかった。
「おれは講義を作るためばかりに生れた人間じゃない。しかし講義を作ったり書物を読んだりする必要があるために肝心かんじんの人間らしい心持を人間らしく満足させる事ができなくなってしまったのだ。でなければ先方さきで満足させてくれる事ができなくなったのだ」 自分は兄の言葉の裏に、彼の周囲を呪のろうように苦々にがにがしいある物を発見した。自分は何とか答えなければならなかった。しかし何と答えて好いか見当けんとうがつかなかった。ただ問題が例の嫂事件を再発さいほつさせては大変だと考えた。それで卑怯ひきょうのようではあるが、問答がそこへ流れ入る事を故意に防いだ。
「兄さんが考え過ぎるから、自分でそう思うんですよ。それよりかこの好天気を利用して、今度の日曜ぐらいに、どこかへ遠足でもしようじゃありませんか」
兄はかすかに「うん」と云って慵ものうげに承諾の意を示した。 六
兄の顔には孤独の淋さみしみが広い額を伝わって瘠こけた頬に漲みなぎっていた。
「二郎おれは昔から自然が好きだが、つまり人間と合わないので、やむをえず自然の方に心を移す訳になるんだろうかな」 自分は兄が気の毒になった。「そんな事はないでしょう」と一口に打ち消して見た。けれどもそれで兄の満足を買う訳には行かなかった。自分はすかさずまたこう云った。
「やっぱり家うちの血統にそう云う傾きがあるんですよ。御父さんは無論、僕でも兄さんの知っていらっしゃる通りですし、それにね、あのお重がまた不思議と、花や木が好きで、今じゃ山水画などを見ると感に堪たえたような顔をして時々眺めている事がありますよ」 自分はなるべく兄を慰めようとして、いろいろな話をしていた。そこへお貞さんが下から夕食の報知しらせに来た。自分は彼女に、「お貞さんは近頃嬉うれしいと見えて妙ににこにこしていますね」と云った。自分が大阪から帰るや否や、お貞さんは暑い下女室げじょべやの隅すみに引込んで容易に顔を出さなかった。それが大阪から出したみんなの合併がっぺい絵葉書えはがきの中うちへ、自分がお貞さん宛あてに「おめでとう」と書いた五字から起ったのだと知れて家内中大笑いをした。そのためか一つ家にいながらお貞さんは変に自分を回避した。したがって顔を合わせると自分はことさらに何か云いたくなった。
「お貞さん何が嬉うれしいんですか」と自分は面白半分追窮するように聞いた。お貞さんは手を突いたなり耳まで赤くなった。兄は籐椅子といすの上からお貞さんを見て、「お貞さん、結婚の話で顔を赤くするうちが女の花だよ。行って見るとね、結婚は顔を赤くするほど嬉しいものでもなければ、恥ずかしいものでもないよ。それどころか、結婚をして一人の人間が二人になると、一人でいた時よりも人間の品格が堕落する場合が多い。恐ろしい目に会う事さえある。まあ用心が肝心かんじんだ」と云った。 お貞さんには兄の意味が全く通じなかったらしい。何と答えて好いか解らないので、むしろ途方とほうに暮れた顔をしながら涙を眼にいっぱい溜ためていた。兄はそれを見て、「お貞さん余計な事を話して御気の毒だったね。今のは冗談だよ。二郎のような向う見ずに云って聞かせる事を、ついお貞さん見たいな優やさしい娘さんに云っちまったんだ。全くの間違だ。勘弁かんべんしてくれたまえ。今夜は御馳走ごちそうがあるかね。二郎それじゃ御膳ごぜんを食べに行こう」と云った。
お貞さんは兄が籐椅子から立ち上るのを見るや否や、すぐ腰を立てて一足先へ階子段はしごだんをとんとんと下りて行った。自分は兄と肩を比ならべて室へやを出にかかった。その時兄は自分を顧みて「二郎、この間の問題もそれぎりになっていたね。つい書物や講義の事が忙いそがしいものだから、聞こう聞こうと思いながら、ついそのままにしておいてすまない。そのうちゆっくり聴きくつもりだから、どうか話してくれ」と云った。自分は「この間の問題とは何ですか」と空惚そらとぼけたかった。けれどもそんな勇気はこの際出る余裕がなかったから、まず体裁の好い挨拶あいさつだけをしておいた。 「こう時間が経たつと、何だか気の抜けた麦酒ビール見たようで、僕には話し悪にくくなってしまいましたよ。しかしせっかくのお約束だから聴きくとおっしゃればやらん事もありませんがね。しかし兄さんのいわゆる生き甲斐がいのある秋にもなったものだから、そんなつまらない事より、まず第一に遠足でもしようじゃありませんか」
「うん遠足も好かろうが……」
二人はこんな話を交換しながら、食卓の据すえてある下の室へやに入った。そうしてそこに芳江を傍そばに引きつけている嫂あによめを見出した。 七
食卓の上で父と母は偶然またお貞さんの結婚問題を話頭に上のぼせた。母は兼かねて白縮緬しろちりめんを織屋から買っておいたから、それを紋付もんつきに染めようと思っているなどと云った。お貞さんはその時みんなの後うしろに坐すわって給仕をしていたが、急に黒塗の盆をおはちの上へ置いたなり席を立ってしまった。
自分は彼女の後姿うしろすがたを見て笑い出した。兄は反対に苦にがい顔をした。 「二郎お前がむやみに調戯からかうからいけない。ああ云う乙女おぼこにはもう少しデリカシーの籠こもった言葉を使ってやらなくっては」
「二郎はまるで堂摺連どうするれんと同じ事だ」と父が笑うようなまた窘たしなめるような句調で云った。母だけは一人不思議な顔をしていた。 「なに二郎がね。お貞さんの顔さえ見ればおめでとうだの嬉しい事がありそうだのって、いろいろの事を云うから、向うでも恥かしがるんです。今も二階で顔を赤くさせたばかりのところだもんだから、すぐ逃げ出したんです。お貞さんは生れつきからして直なおとはまるで違ってるんだから、こっちでもそのつもりで注意して取り扱ってやらないといけません……」
兄の説明を聞いた母は始めてなるほどと云ったように苦笑した。もう食事を済ましていた嫂は、わざと自分の顔を見て変な眼遣めづかいをした。それが自分には一種の相図のごとく見えた。自分は父から評された通りだいぶ堂摺連の傾きを持っていたが、この時は父や母に憚はばかって、嫂の相図を返す気は毫ごうも起らなかった。 嫂は無言のまますっと立った、室へやの出口でちょっと振り返って芳江を手招きした。芳江もすぐ立った。
「おや今日はお菓子を頂かないで行くの」とお重が聞いた。芳江はそこに立ったまま、どうしたものだろうかと思案する様子に見えた。嫂は「おや芳江さん来ないの」とさもおとなしやかに云って廊下の外へ出た。今まで躊躇ちゅうちょしていた芳江は、嫂の姿が見えなくなるや否や急に意を決したもののごとく、ばたばたとその後あとを追駈おいかけた。 お重は彼女の後姿うしろすがたをさも忌々いまいましそうに見送った。父と母は厳格な顔をして己おのれの皿の中を見つめていた。お重は兄を筋違すじかいに見た。けれども兄は遠くの方をぼんやり眺めていた。もっとも彼の眉根まゆねには薄く八の字が描かれていた。
「兄さん、そのプッジングを妾あたしにちょうだい。ね、好いでしょう」とお重が兄に云った。兄は無言のまま皿をお重の方に押おしやった。お重も無言のままそれを匙スプーンで突つっついたが、自分から見ると、食べたくない物を業腹ごうはらで食べているとしか思われなかった。 兄が席を立って書斎に入いったのはそれからしてしばらく後のちの事であった。自分は耳を峙そばだてて彼の上靴スリッパが静しずかに階段を上のぼって行く音を聞いた。やがて上の方で書斎の戸ドアがどたんと閉まる声がして、後は静になった。
東京へ帰ってから自分はこんな光景をしばしば目撃した。父もそこには気がついているらしかった。けれども一番心配そうなのは母であった。彼女は嫂あによめの態度を見破って、かつ容赦の色を見せないお重を、一日も早く片づけて若い女同士の葛藤かっとうを避けたい気色けしきを色にも顔にも挙動にも現した。次にはなるべく早く嫁を持たして、兄夫婦の間から自分という厄介やっかいものを抜き去りたかった。けれども複雑な世の中は、そう母の思うように旨うまく回転してくれなかった。自分は相変らず、のらくらしていた。お重はますます嫂を敵かたきのように振舞った。不思議に彼女は芳江を愛した。けれどもそれは嫂のいない留守に限られていた。芳江も嫂のいない時ばかりお重に縋すがりついた。兄の額には学者らしい皺しわがだんだん深く刻きざまれて来た。彼はますます書物と思索の中に沈んで行った。 八
こんな訳で、母の一番軽く見ていたお貞さんの結婚が最初にきまったのは、彼女の思わくとはまるで反対であった。けれども早晩いつか片づけなければならないお貞さんの運命に一段落をつけるのも、やはり父や母の義務なんだから、彼らは岡田の好意を喜びこそすれ、けっしてそれを悪く思うはずはなかった。彼女の結婚が家中うちじゅうの問題になったのもつまりはそのためであった。お重はこの問題についてよくお貞さんを捕つらまえて離さなかった。お貞さんはまたお重には赤い顔も見せずに、いろいろの相談をしたり己おのれの将来をも語り合ったらしい。
ある日自分が外から帰って来て、風呂から上ったところへ、お重が、「兄さん佐野さんていったいどんな人なの」と例の前後を顧慮しない調子で聞いた。これは自分が大阪から帰ってから、もう二度目もしくは三度目の質問であった。 こいつらデタラメ
【統計改ざん】統計書き換え問題 二重計上による差額「月当たり1.2兆円(年間約15兆円)」
山際大臣「非常に軽微なもの」
https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1640007808/ 「何だそんな藪やぶから棒に。御前はいったい軽卒でいけないよ」
怒りやすいお重は黙って自分の顔を見ていた。自分は胡坐あぐらをかきながら、三沢へやる端書はがきを書いていた
が、この様子を見て、ちょっと筆を留めた。 「お重また怒ったな。――佐野さんはね、この間云った通り金縁眼鏡きんぶちめがねをかけたお凸額でこさんだよ。それで好いじゃないか。何遍聞いたって同おんなじ事だ」
「お凸額でこや眼鏡は写真で充分だわ。何も兄さんから聞かないだって妾あたし知っててよ。眼があるじゃありませんか」 彼女はまだ打ち解けそうな口の利きき方をしなかった。自分は静かに端書はがきと筆を机の上へ置いた。
「全体何を聞こうと云うのだい」 「全体あなたは何を研究していらしったんです。佐野さんについて」
お重という女は議論でもやり出すとまるで自分を同輩のように見る、癖くせだか、親しみだか、猛烈な気性きしょうだか、稚気ちきだかがあった。 「佐野さんについてって……」と自分は聞いた。
「佐野さんの人ひととなりについてです」 自分は固もとよりお重を馬鹿にしていたが、こういう真面目まじめな質問になると、腹の中でどっしりした何物も貯えていなかった。自分はすまして巻煙草まきたばこを吹かし出した。お重は口惜くやしそうな顔をした。
「だって余あんまりじゃありませんか、お貞さんがあんなに心配しているのに」 「だって岡田がたしかだって保証するんだから、好いじゃないか」
「兄さんは岡田さんをどのくらい信用していらっしゃるんです。岡田さんはたかが将棋の駒じゃありませんか」 「顔は将棋の駒だって何だって……」
「顔じゃありません。心が浮いてるんです」 自分は面倒と癇癪かんしゃくでお重を相手にするのが厭いやになった。
「お重御前そんなにお貞さんの事を心配するより、自分が早く嫁にでも行く工夫をした方がよっぽど利口だよ。お父さんやお母さんは、お前が片づいてくれる方をお貞さんの結婚よりどのくらい助かると思っているか解りゃしない。お貞さんの事なんかどうでもいいから、早く自分の身体からだの落ちつくようにして、少し親孝行でも心がけるが好い」 お重ははたして泣き出した。自分はお重と喧嘩けんかをするたびに向うが泣いてくれないと手応てごたえがないようで、何だか物足らなかった。自分は平気で莨たばこを吹かした。
「じゃ兄さんも早くお嫁を貰もらって独立したら好いでしょう。その方が妾が結婚するよりいくら親孝行になるか知れやしない。厭に嫂ねえさんの肩ばかり持って……」 「お前は嫂さんに抵抗し過ぎるよ」
「当前あたりまえですわ。大兄おおにいさんの妹ですもの」 日韓のGDP逆転、もはや驚きも歓喜もなし
https://news.yahoo.co.jp/articles/dd0bb2d7abf55225133589b767e0ed0ca5f55b87
「日韓GDP逆転? ああ、そういう報道がまたありましたね…」
2021年12月21日に会った韓国の大企業幹部は、全く関心がなかった
かつての「大ニュース」は、もう目新しさもない 元フォーミュラワン(F1、F1世界選手権)ドライバーのジャン・アレジ(Jean Alesi)氏が、
義理の兄弟の事務所の窓を爆竹で吹き飛ばしたとして、
警察に逮捕されていたことが21日、分かった。
本人は「悪い冗談」のつもりだったと話しているが、2023年に裁判が開かれるという。
https://news.yahoo.co.jp/articles/5d791cc51f5cb78bbacc051ad71ec5d538307fb1 九
自分は三沢へ端書はがきを書いた後あとで、風呂から出立でたての頬に髪剃かみそりをあてようと思っていた。お重を相手にぐずぐずいうのが面倒になったのを好い幸いに、「お重気の毒だが風呂場から熱い湯をうがい茶碗にいっぱい持って来てくれないか」と頼んだ。お重は嗽茶碗うがいぢゃわんどころの騒ぎではないらしかった。それよりまだ十倍も厳粛な人生問題を考えているもののごとく澄まして膨ふくれていた。自分はお重に構わず、手を鳴らして下女から必要な湯を貰った。それから机の上へ旅行用の鏡を立てて、象牙ぞうげの柄えのついた髪剃かみそりを並べて、熱湯で濡ぬらした頬をわざと滑稽こっけいに膨ふくらませた。
自分が物新しそうにシェーヴィング・ブラッシを振り廻して、石鹸シャボンの泡で顔中を真白にしていると、先刻さっきから傍そばに坐ってこの様子を見ていたお重は、ワッと云う悲劇的な声をふり上げて泣き出した。自分はお重の性質として、早晩ここに来るだろうと思って、暗あんにこの悲鳴を予期していたのである。そこでますます頬ほっぺたに空気をいっぱい入れて、白い石鹸をすうすうと髪剃の刃で心持よさそうに落し始めた。お重はそれを見て業腹ごうはらだか何だかますます騒々しい声を立てた。しまいに「兄さん」と鋭どく自分を呼んだ。自分はお重を馬鹿にしていたには違ないが、この鋭い声には少し驚かされた。 「何だ」
「何だって、そんなに人を馬鹿にするんです。これでも私はあなたの妹です。嫂ねえさんはいくらあなたが贔屓ひいきにしたって、もともと他人じゃありませんか」 自分は髪剃を下へ置いて、石鹸だらけの頬をお重の方に向けた。
「お重お前は逆のぼせているよ。お前がおれの妹で、嫂さんが他家よそから嫁に来た女だぐらいは、お前に教わらないでも知ってるさ」 「だから私に早く嫁に行けなんて余計な事を云わないで、あなたこそ早くあなたの好きな嫂さんみたような方かたをお貰もらいなすったら好いじゃありませんか」
自分は平手ひらてでお重の頭を一つ張りつけてやりたかった。けれども家中騒ぎ廻られるのが怖こわいんで、容易に手は出せなかった。 「じゃお前も早く兄さんみたような学者を探さがして嫁に行ったら好かろう」
お重はこの言葉を聞くや否や、急に掴つかみかかりかねまじき凄すさまじい勢いを示した。そうして涙の途切とぎれ目途切れ目に、彼女の結婚がお貞さんより後おくれたので、それでこんなに愚弄ぐろうされるのだと言明した末、自分を兄妹に同情のない野蛮人だと評した。自分も固もとより彼女の相手になり得るほどの悪口家わるくちやであった。けれども最後にとうとう根気負こんきまけがして黙ってしまった。それでも彼女は自分の傍そばを去らなかった。そうして事実は無論の事、事実が生んだ飛んでもない想像まで縦横に喋舌しゃべり廻してやまなかった。その中うちで彼女の最も得意とする主題は、何でもかでも自分と嫂あによめとを結びつけて当て擦こするという悪い意地であった。自分はそれが何より厭いやであった。自分はその時心の中うちで、どんなお多福でも構わないから、お重より早く結婚して、この夫婦関係がどうだの、男女なんにょの愛がどうだのと囀さえずる女を、たった一人後あとに取り残してやりたい気がした。それからその方がまた実際母の心配する通り、兄夫婦にも都合が好かろうと真面目まじめに考えても見た。
自分は今でも雨に叩たたかれたようなお重の仏頂面ぶっちょうづらを覚えている。お重はまた石鹸を溶いた金盥かなだらいの中に顔を突込んだとしか思われない自分の異いな顔を、どうしても忘れ得ないそうである。 十
お重は明らかに嫂あによめを嫌っていた。これは学究的に孤独な兄に同情が強いためと誰にも肯うなずかれた。
「御母さんでもいなくなったらどうなさるでしょう。本当に御気の毒ね」 すべてを隠す事を知らない彼女はかつて自分にこう云った。これは固もとより頬ほっぺたを真白にして自分が彼女と喧嘩けんかをしない遠い前の事であった。自分はその時彼女を相手にしなかった。ただ「兄さん見たいに訳の解った人が、家庭間の関係で、御前などに心配して貰う必要が出て来るものか、黙って見ていらっしゃい。御父さんも御母さんもついていらっしゃるんだから」と訓戒でも与えるように云って聞かせた。
自分はその時分からお重と嫂とは火と水のような個性の差異から、とうてい円熟に同棲どうせいする事は困難だろうとすでに観察していた。 「御母さんお重も早く片づけてしまわないといけませんね」と自分は母に忠告がましい差出口を利きいた事さえあった。その折母はなぜとも何とも聞き返さなかったが、さも自分の意味を呑み込んだらしい眼つきをして、「お前が云ってくれないでも、御父さんだって妾わたしだって心配し抜いているところだよ。お重ばかりじゃないやね。御前のお嫁だって、蔭じゃどのくらいみんなに手数てかずをかけて探して貰ってるか分りゃしない。けれどもこればかりは縁だからね……」と云って自分の顔をしけじけと見た。自分は母の意味も何も解らずに、ただ「はあ」と子供らしく引き下がった。
お重は何でも直じきむきになる代りに裏表のない正直な美質を持っていたので、母よりはむしろ父に愛されていた。兄には無論可愛がられていた。お貞さんの結婚談が出た時にも「まずお重から片づけるのが順だろう」と云うのが父の意見であった。兄も多少はそれに同意であった。けれどもせっかく名ざしで申し込まれたお貞さんのために、沢山たんとない機会を逃すのはつまり両損になるという母の意見が実際上にもっともなので、理に明るい兄はすぐ折れてしまった。兄の見地けんちに多少譲歩している父も無事に納得した。 けれども黙っていたお重には、それがはなはだしい不愉快を与えたらしかった。しかし彼女が今度の結婚問題について万事快くお貞さんの相談に乗るのを見ても、彼女が機先を制せられたお貞さんに悪感情を抱いていないのはたしかな事実であった。
彼女はただ嫂の傍そばにいるのが厭いやらしく見えた。いくら父母のいる家であっても、いくら思い通りの子供らしさを精一杯に振り舞わす事ができても、この冷かな嫂からふんという顔つきで眺められるのが何より辛つらかったらしい。 レス数が950を超えています。1000を超えると書き込みができなくなります。