一般に「ラオ先生」はこうだという話し方をするのはその人物と与えてくれた知識に対して尊敬する意味合いが含まれていることも多いと思います。
ですが今後面倒なことを避けるためには、ブログなどで発信するのも気をつけたいですし、特に教えたり有料鑑定を行う人がプロフィールに書くのは気をつけなくてはなりません。
インドで多くの占星術家がいる中でラオ先生が優れているのは際立っていますが、自分たちだけが本物だみたいな言い方は受け入れられない部分があります。
パランパラを受け継いでいるのは、B.V.ラーマンとBVBだけだという主張もよくわからない所があります。
体系的な知識を有していることか、先祖から知識を受け継いでいることか、実践的で当たる知識のことか、この3つ同時を持っている占星術家は確認できませんが、個別の要素なら持っている占星術家は多くいるように思えます。
調べたら家系的なものは含まれず師から弟子へと古くから受け継がれた実践的な教えのようです。
いろいろ本多さんが挙げておられるような著書などの本を読むと、技術的な疑問もいろいろ生じてきます。
もっとも混乱している分野はダシャーの計算法も分かりやすく書かれていないジャイミニ占星術です。
著者によってばらばらの事を主張することになってしまった根本の原因は、古典に有名人などの具体的な鑑定例が一つも載っていないからです。
そこから逆に考えれば聖賢は不親切だったのではなく、人それぞれの感性や技量が入り込む余地のあるいろんな解釈や実践の道を示してくれたのかも知れません。
それが真実だとすると、占星術は科学だという主張は弱くなり、答えはこれだと主張し他を攻撃する態度は独善的になります。
実占的にははずす危険も大きくなりますが、占星術は芸術であるという立場があってもいいかもしれません。
サンジャイ・ラスさんなんかは特にそうした雰囲気があります。
科学なら5室凶星芸術なら吉星で、理系と文系タイプの占星術家と区別をして目指すべき方向性にすることもできます。
科学性を強調した立場でBVBは、情報の怪しい有名人を排除した正確なデータだけを元にし情報を共有し集団でリサーチをかけるスタイルを取っています。
BVBに属しない人が全く同じスタイルを取ることが正しいのか、時間的能力的に無理が生じないのかという疑問は生じます。