母への恨みは深い。就職までの期間は言葉による精神的DVの毎日。俺を罵る絶叫が響かない日はなかった。
就職したら母から数千万の借金を背負わされ、10年余でなんとか完済してようやく結婚できたと思ったら嫁いびり。

お前ら母の味って覚えてるか? 俺には一切ない。まともな料理を食べさせてもらった覚えがない。
唯一覚えているのは素麺。素麺を茹でてくれたのいいが素麺つゆは面倒だからと作ってもらえなかった。市販のつゆが
存在しない頃の話だよ。素麺だけでは食べられないと訴えたら、母はどんぶりに鰹節をぶち込んで醤油をドバドバ
注ぎ、材料は間違ってないからこれで食えと強制された。こんなの料理か? これが母の味か?
でも俺の住んでた家ではこれが当たり前だった。あの頃のことを家庭という言葉では呼びたくない。

母にはあっさり死んでほしくない。俺が味わった苦痛と同等の苦痛を同等の年月味わってもらい、この世の
地獄を見てから本当の地獄へ行ってもらいたい。