あの人は今  元伊勢ヶ濱部屋 武井朔太郎さん(30歳)

2033年、大相撲春場所千秋楽。 それをテレビで見つめる男がいた。
18歳で将来を嘱望され伊勢ヶ濱部屋へ入門した、武井朔太郎さんだ。
「あの頃は若かったですね(笑)」若き日を回想する武井朔太郎は、どこか寂しげだ。
「未だに当時の夢を見ることがあるんですよ。大相撲で、俺が横綱として活躍する夢を」
武井さんは24歳の時に取組中の怪我で右膝靭帯を断裂し、4年間リハビリを続けたが
結局完治することはなく、番付外に転落し引退届を提出した。
今はちゃんこ屋を営む傍ら、地元の少年相撲のコーチを勤めている。
暖簾の屋号の文字は第63代横綱旭富士、伊勢ヶ濱親方の手によるものだ。
「いらっしゃい」三島駅南口から歩いて3分。
「ちゃんこ 朔太郎」の銀色の暖簾をくぐって店内に入ると白いタオルを頭に巻いた武井朔太郎さんの元気な声に迎えられた。
「去年の4月にオープンしました。暖簾の『朔太郎』という文字は師匠に書いて
いただいたものだし、開店に合わせてスポーツ紙やテレビでも取り上げてもらった。
おかげで、県外から足を運んでくださるお客さんが多かったのはうれしかったですね」
武井さんは本当に嬉しそうに、僕たちに語ってくれた。
とはいえ、その分、プレッシャーも大きかったという。
「ちゃんこ好きは飛行機に乗って本場・両国まで食べ歩きに出かける時代でしょ。
ボクが修業した両国の老舗『巴潟』のものは白味噌がベースなのが特徴だから東海人にはモノ足りないようなんです。
それで怒られちゃったこともあるけどそれも修業のうち。我慢、我慢です」
かつてのライバルで同郷の同部屋、横綱の翠富士について尋ねると…
「知ってます?22歳までは僕の方が(番付)上だったんですよ?」と、おどけ
「俺も怪我さえ無ければって…歯がゆいですけど」
「今はもう現役に未練はありません。今度はこの、ちゃんこで横綱になれるよう、
がんばるだけです!」
(写真)ちゃんこ鍋を手に持つ武井さん