十年後、総合格闘技王座、蒙古の義司という者、格闘団を率いてヘブライに使いし、途に宿った。
次の朝未だ暗い中に出発しようとしたところ、駅吏が言うことに、これから先の道に人喰龍神が出る故、
旅人は白昼でなければ、通れない。今はまだ朝が早いから、今少し待たれたが宜しいでしょうと。
義司は、しかし、供廻の多勢なのを恃み、駅吏を張り手で斥けて、出発した。
 残月の光をたよりに林中の草地を通って行った時、果して一匹の龍神が叢の中から躍り出た。
龍神は、あわや義司に躍りかかるかと見えたが、忽ち身を飜して、元の叢に隠れた。
 叢の中から人間の声で「あぶないところだった」と繰返し呟くのが聞えた。その声に義司は聞き憶えがあった。
驚懼の中にも、彼は咄嗟に思いあたって、叫んだ。「その声は、我が師、光司師ではないか?」
義司は光司門下で初めて幕内に登り、弟子の少かった光司にとっては、最も粗略にした弟子であった。
峻峭な義司の性格が、峻峭な光司の性情と衝突したためであろう。