輪島大士5 [無断転載禁止]©2ch.net
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
>>476
輪湖の人間関係に似ているのは、ラグビーの松尾雄治さんと平尾誠二さん。
輪島さんと平尾さんの共通項は、1月生まれで、10月にがんで逝去したこと…。 このスレ消えそうなのでageとく
九電記念体育館、最後の優勝者が輪島 >>521
あの場所の千代の富士戦大好き
何回見ても飽きない この九州場所、中入りで輪島特集があるかと思ったが無かった 千代の富士ファンの俺の目で見てる分には
対戦した横綱の中では輪島が一番の難敵だった 小兵系や怪力系には絶対的な強さを誇ったからね
隆の里にも一度しか負けなかった >>525
死んだ人に「どう思っているのだろう」と問いかけているアホ >>521
千秋楽結びの北の湖対若乃花は北の湖の必死さが伝わってくる一番。
手は付かないが、いつになく立ち合いで腰を下ろしている。 輪島の引き際は良かった
優勝→10勝5敗→初日勝って二日目に琴風に負けて引退 輪島と増位山は同じ場所中の引退だったな
その前の場所には貴ノ花が、更にその前の場所には三重ノ海が引退していて一気に時代が動いた
何やら今回の状況に似るものが 輪島の強みは
黄金の左だとか、いやむしろ右手の押っつけが強かったからだとかいうけど
左下手から相手を引きずりまわすような投げを打った時の
土俵に根を張ったような足腰の強さが一番だと思う >>537
増位山との引きずり投げ合戦は見ごたえがあった
白熱し過ぎて二人ともバターになったこともあったな 輪島と北の湖と言う大横綱同志の熱戦を子供時代に見れた私は幸せでした! あの左下手投げで北の湖も地を這わせてたのが最高でした。二人とも亡くなられて残念です。最近はきせの里も引退したので、輪島の頃が一番相撲が輝いてました 長い相撲になった時の輪島のしんどそうな表情が何とも言えず好き 辞める前の場所の取組みをユーチューブで見たが、琴風戦の負けで調子を崩した感じがするね。 堀ちえみさんのニュースで連想したのは、親友だった満さんの死因となった病。 そのうち横綱は学生出身だらけになってしまう
そう思ってた時期が私にもありました 新曲「泣き虫/ほんの小さな過去だから」2018年1月17日発売
輪島と同い年なのに増位山さんすごすぎるw 学生横綱はプロ入りしないのが多い、輪島以降は増えてるが、輪島以前が一人しかいない >>551
吉井山か
あれはしょっぱい相撲取りだったな 吉井山朋一郎(本名吉井朋一郎)1924年‐没年不詳
紅陵大学(現拓殖大)では1947年の石川国体や全国学生相撲選手権で優勝し
1948年5月幕下14枚目付出で初土俵、戦後初の大卒力士になった
学生横綱に名前が見当たらない
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%A6%E7%94%9F%E6%A8%AA%E7%B6%B1 >>553
これよくわからんよな
戦後のゴタゴタで何らかの手違いが起こったか? 野球は高校時代で辞めたんじゃないか?
「高校卒業後はアメリカかカナダに留学して将来はIT企業に就職したい」と言っていたが…
去年の親父さんの葬式に出ていたが、今何をしているかは情報がない 50近くで子供ができて、可愛かったんだろうな
娘は本名の博から博美、息子は四股名の大士から大地
二人とも長身でスタイルがいい 関取の息子でプロ野球一軍は巨人山口と原田治明ぐらいしか思い浮かばない プロ野球の息子で、関取は隆乃若ぐらいしか思い浮かばない 昭和53年初場所10日目 輪島−豊山
輪島の中途半端な突きを掻い潜った豊山が深々と両差しに成功。
輪島が右上手に手をかけた瞬間にぐいと吊り上げる。
輪島は足をばたつかせてこらえようとしたが、豊山は二度目の吊りで東土俵へ追い込む。
輪島は完全に体から力を抜けてしまい、豊山の右掬い投げに為すすべなく倒され、初黒星。 昭和55年夏場所6日目、
黒瀬川に右差し手を返され、それだけで何もできずに西土俵を割った輪島にガッカリだった。 昭和55年春場所初日の富士櫻戦のバッタリにもガッカリだった。 >>565 それ、春場所やろ。夏場所6日目は、巨砲に投げられたんや。
それより、田中秀男さん合掌
思い出の相撲は、
●昭和55年夏2日目
輪島が右ノド輪で突き起こすと、黒姫山も右から張って対抗。輪島なおも突いて出ると、
黒姫山は自分から大きく下がって距離を取ったような感じで、まともに引く。
輪島は付いていけず、黒姫山の脚元、股の下に崩れ落ちた。
●昭和54年春10日目
黒姫山は立ち合い右に変化し、輪島の左腕を引っ張るように叩く。
ここまで全勝の輪島もあえなく四つん這い、僅か0.5秒の決着。 昭和55年初場所2日目の豊山戦、
右四つがっぷりの引きつけ合いになるも、大腸炎を患っていて力が入らず、
吊り気味の寄りに土俵を割った輪島に、こちらも意気消沈したよ。(輪島は翌日から休場) みんなも↓↓のキチガイに気を付けて
1日中宇部死ねを繰り返し書き込む負け犬自演バカ、モンゴルのゲイに犯された「松木豚」の履歴書
本名、李進一(通名、松木進一)
出身地、北朝鮮、日本では川崎の部落地区のボットン便所のある長屋
現在45歳無職
住所、相模原の精神病院の隔離病棟
収入源、ナマポ
特技、ラーメン二郎で食い逃げ 、他人の書き込みの使い回し、川崎市中を真夜中に奇声を上げ泣き叫びながら走り回り逮捕
精神病院に現在措置入院中(夜も徹夜で自演するのは薬が強烈な為)
顔、なすびにそっくり
髪型、鳥越俊太郎風の白髪頭
病名、精神分裂病、双極性人格障害、梅毒(顔と脳まで崩壊してる為まともな文章が書けない)
性格、思考能力が欠如しているため、全員をキセアンチだと思いこむ、
白鵬を筆頭にモンゴル人叩きもしくは、気に喰わない住人を、
自分に一番当てはまる言葉を使い叩く事しか出来ない。
要するに廃人 対豊山11−8、対北瀬海7−3 にはモヤモヤしたわ。 昭和50年秋巡業→九州場所→昭和51年初場所と
金城戦で初顔から3番続けて右下手投げ・掬い投げでやられたの輪島に萎えた >>541
日本人同士の最後の対立時代ではないか?
その後、千代の富士独走時代、曙貴時代、朝青龍、白鵬独走時代…
当分、日本人同士の対立時代は起きないような気がする >>577
そもそも日本出身横綱が複数存在しないと出来ないけど、日本出身横綱そのものが稀勢の里まで長く絶え、次はいつ生まれるか分からない状況だからね。
最後に日本出身横綱が複数存在したのは若貴兄弟。
日本出身横綱同士が本割りで最後に対決したのはいつだろう >>579
平成3年名古屋場所の北勝海−旭富士
片方が横綱昇進前でも良いなら4年初場所の旭富士−若花田が最後 >>584
1981年初場所での輪島の八百長を云々してるが、1980年九州場所の勘違いではないのか やっぱり貴乃花の父親だよな
どんどん似てきてる
組織にしがみつかないところも >>584
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784331522264
ソースは『真・輪島伝』という書籍。実質的な著者である中島五月さん(最初の妻)
の回顧録形式。みどころは、不祥事が社会に広まった85年における、
事態収拾にあたろうとした二子山親方(初代若乃花)と五月さんとの激しいやりとり。 元奥さんの輪島評は高鉄山の輪島評に近い
高鉄山の話では輪島は14回しか優勝していないのが不思議な位
相撲は強かったが私生活はデタラメな男だったそうだ 若いころから天才と呼ばれてたのに40過ぎてからくだらない番組でバカにされることを選んだのは凄いと思う >>596
とんねるずには感謝していると言っている
https://www.j-cast.com/2018/10/09340681.html?p=all
輪島さんによると、この番組がきっかけとなり、テレビ出演などの仕事が増え、不安だった収入面も安定していったという。
「俺ね、タカちゃんとノリちゃんにはすごく感謝してるの。あの二人のおかげで今の俺があるんだから。
感謝しきれないくらい感謝してるのよ。この気持ちを忘れたら人生おしまい」 輪島さんと、ラグビーの平尾誠二さんは、10月に亡くなった、スポーツ界の天才の双璧。
平尾さんの命日の10月20日(2016年没)は、ラグビーワールドカップ準々決勝で
日本が南アフリカと対戦する日。 YouTubeで昭和56年初場所の思い出の土俵を懐かしく見てたが
輪島も北の湖も貴ノ花も千代の富士も隆の里ももういないんだな 若乃花2は既に廃人同様だろうけど、三重ノ海はまだ元気なのだろうか。 相撲センスは抜群だったらしいよ
北の富士優勝10回輪島14回だけど実力は圧倒的に輪島で何でこんなに似たような優勝回数なのかわからんということだったらしい 北の湖の話だと本当は「黄金の右」なんだそうだ
右からのおっつけが凄くて体が浮いてしまうので
左の下手投げを喰らってしまうとか >>563法政で4年の秋だけシーズン本塁打記録作ってオリックス指名されたという感じで
それまでは2割4分ぐらい 普通、男の子は黒いランドセル、青いリュックサックをさげて育つ
だから力士も青や黒を好む人が多いが、輪島は白、緑、金色を好んだ
回しの色は最初は緑、後に金色
そして、輪島の愛車は最初は白のリンカーン・コンチネンタル
後に白のベンツだった 今の力士の廻しはカラフルになっているが、輪島の時代以前は紺色や紫色が主体だった
これを変えたのが輪島の金色と高見山のオレンジ色、赤色だった ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています