時は西南戦争の世。明治11(1878)年、警視総監をも巻き込んだ執念の調停の末に、東京会所へ帰参した改正高砂組。
5月場所、17Ocm79kgの牛若・響矢宗五郎は幕内最下位格に附け出され、優勝相当成績を収めた。

時は平成、19Ocm18Okgの朝弁慶大吉は幕下上位5枚目にて、爽勝を重ねている。
かつて、改正組が本拠地をおいた所縁の名古屋で、部屋待望の新関取誕生か。そう、歴史は続いてゆく――