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 表現者同士の対話は、広がりを見せた。「余白」へのこだわりについて盛り上がり、「つくりたいもの」と「キャッチーなもの」の間にあるジレンマについてうなずき合った。

 羽生「スケートがあるから自分があるんじゃなくて、羽生結弦っていう人生があって、そのうえにスケートが乗っかってる、という気がします」

 「スケーター羽生結弦」と「人間羽生結弦」。糸井さんに導かれるように、思いを言葉に変えた2時間弱だった。

 対談後の2人は「楽しかった」と声をそろえた。

 羽生「重里さんじゃなきゃ喋れないことが喋れたし、楽しかったですね。ずっと、なんか、カフェでコーヒーを飲みながら喋っているような空気感でお話しさせていただけたし、何より同じ表現者として、考えていることだったりとか、あとは何を伝えたいかとか、改めて自分のことを掘り下げて考えていけたので。とても学びのある時間だったと思います」

 糸井「素直に、おもしろかったです。考えの深い人だとは思っていましたけど、やっぱり掘ってみると奥のほうからどんどん言葉や思考が出てくる感じで。そういった日々の蓄積の部分が一個の結晶になって、あの素晴らしい演技になっていたんだなって感じました。お話しして、改めて過去の演技を見返したくなりました。アイスショーも是非、観客席で見てみたいです。これまでたくさんの人と話してきましたが、ちょっと衝撃でした。おもしろかったです」

 今年2月。糸井さんは羽生さん初の単独ツアー公演「Yuzuru Hanyu ICE STORY 2nd “RE_PRAY” TOUR」の千秋楽の客席にいた。ゲームの世界観をモチーフに、命の大切さや人生における選択肢を表現した「祈り」のストーリーを見届けた。興奮にいざなわれ「言葉にまとめるのが難しい」とうなりながら、「ほぼ日刊イトイ新聞」に感想を断片的にまとめ上げた。糸井さんならではの表現でつづられた、そのうちの一文。

 「『なんでもない少年』だったことを羽生結弦は憶えている。その『なんでもない少年』が、あの『とんでもない時間』を生み出せる理由は、人びとの期待を燃料にして爆発させてきたからだ。人の期待とは強力な燃料でもあり危険物でもある。こころからの礼を尽くして取り扱わねばならない」