須磨学園は西脇、報徳二強に割り込んできた強豪校だが、西池、樋上という高校時代のトップがパフォーマンスを発揮できなかった
やはり、故障、怪我との付き合い方が難しいのだろう

須磨=タイム番長 の公式が使われがちだがその後を見ていくと、堀尾以降の活躍が目立ってくる
(出口、堀尾、西川、岩見、井上、目片)
法政の層が厚くなれば、怪我を無理せず競技をしてもらえる
ポスト石田・鶴川後は須磨からのエースも頼む