五輪が2種目化したときのベルクイーゼルもK=90.5mだったからな。
ただ前回のコルティナがそれまでの70m台の台に比べてK=90mと大きくなりすぎたので
2年後のザコパネ世界選手権から70mクラスの台を使った種目を増やして複合はそっちでって事になったのだろう
この前後、70年のVMまでは公式とskisprungschanzenでK点の数字が食い違っててインスブルックも公式ではK=81mとされている。
グルノーブルからLH台のサイズがK=110mクラスだがこれも公式はK=90mになってるな。
で、明確に公式と実態のK点の値が統一されたのが72年の札幌からと思われる。