眼鏡の男はしばらく何かを考え込んでいるようだったが、ふいにその顔をあげると、
「あんたはおれたちが毎日の生活のなかでパラレル・ワールドなどを実感したことは一度もない、そういう。
だからパラレル・ワールドなんて理論のうえでのことだけで、実際にはそんなものはどこにもありえない、とそう断言している。
だが、実際にはパラレル・ワールドというものが、まったく異なる世界が無数に存在しているという、
そうしたものだと頭から決め込んでしまうのは偏見なんじゃないか。
__考えてみろよ。量子力学の世界では、実験と、それを観測する人間とが不可分に結びついてしまっている。素粒子を観測するという行為そのものが、
素粒子のふるまいに影響をおよぼしてしまうんだ。おなじことがおれたちの毎日の生活にもいえるんじゃないだろうか?
椅子にすわるなり、立ちあがるなり、どんなことでもいい。おれたちがなにか行為を選択したとき、
それはかならず量子レベルで、周囲に影響をおよぼさずにはいられない。あんたもそのことに異論はないはずだ。
それが量子力学の教えるとこなんだからな__そして、おれたち一人ひとりが何かを選択すれば、
それはそのまま量子的な選択になり、またさらに何かを選択すれば、それもまた量子的な選択になってしまう。
そんなふうにして世界は無数に分裂していく、そうは考えられないか? それがすなわちパラレル・ワールドなんだとは__
(省略)さっき時間のことを本棚に並んでいる本のようなものだと言ったのは、そういうことなのさ。
パラレル・ワールドも、時間も、すでにすべてそこに存在しているんだ。
おれたちは無限に選択をかさね、じつはその多様な時間のなか、多様なパラレル・ワールドを横切りつづけている。(省略)
おれがタイム・マシンという言葉を使ったのは不用意にすぎたかもしれない。
だが、もしこれが無数にあるパラレル・ワールドのそのひとつの世界を覗いているのだとしたら、あんたもそれを納得するんじゃないのか__
時間という側面にかぎって考えれば、これはタイム・トラベルのように感じられるかもしれない。
しかしパラレル・ワールドという観点を取りいれれば、これはたんにおれたちの世界からはるか遠くに位置している平行世界を覗いているだけのことになる。(省略)
おれたちは絶えずパラレル・ワールドのなかを旅しているんだ。(省略)おれたちはその意味では、永遠の旅をつづけている(タイム)トラベラーなのさ。
そうなんだ。その意味では、このジローという少年とおなじことなのさ__」

(同295Pより)

「そして、そのときイルカがわたしたちに教えてくれた世界は、量子力学でいうパラレル・ワールドにそっくりなものだった。
わたしたち時間≠ノ鈍感な人間にはこの世界がどういうものであるか、それが分かっていない、イルカはそう嘆いたらしいわ。
イルカは想像力言語を使って、時間≠フなかを__ということは視点を変えれば、パラレル・ワールドの様々な可能性のなかを、ということにもなるんだけど__
泳いでるというのよ。イルカはいつもこの世界のパラレル・ワールドを自分の意思で横切っている。だから自分はあんなに敏捷に泳げるんだ。
イルカはそんなふうにいったというのよ」

(同327-328Pより)

イルカがいつもどんな世界に身を置いているのか、いまはそのことがはっきりと分かった。
時間と空間のマトリックス__それが無限の奥行きを持って、次郎のまえに開けようとしているのである。
その時間と空間のマトリックスのなかに、ありとあらゆる因果でつむがれた、とてつもなく広大なパラレル・ワールドが開示されようとしている


【檮コツについて】
ジローが戦った四神の窮奇、渾沌、饕餮らに続く四番目の神≠ノして究極の神≠ニされる存在。
また檮コツはあらゆる人間と人類の運命を司る神にして人類の運命そのもの、人間であって神≠ナもあると言及されている。
作品終盤で主人公のジローともう一人の主人公である緒方次郎は檮コツとなった。

ジローと緒方次郎の運命は時間と空間そのものであり、檮コツである二人は人間でもある。即ち檮コツ=人類の運命⊇自らの運命=全ての時空となる。
よって二人は無≠サのものといっていい時空間でありながら時間と空間以外の次元である究極の次元を除く下位の時空間そのものとする。
ただしジローと緒方次郎の二人の檮コツが同時に存在するのでこれを二分し、
檮コツ個人の大きさは(十次多元×374億6174万9744+四次多元×187億3087万4872)×二連次とする。