志垣太郎がベルサイユのばらでオスカル役で、たまたま同時期に大阪で丁稚主人公のドラマの収録してたけど、東京に行く暇が無くて収録現場の誰も来ない廊下の隅の方で1人だけ声録りしたらしい。
だから声を録ろうと思えばアフレコスタジオでは無くても、人がいない場所ならどこでも可能なんだよね。
西川のりおは81年10月〜83年3月頃は売れっ子で東京にも行ってたわけで、大阪で収録しなくても東京でも良かったんだよな。
となると、やはりスケジュールの問題か中山千夏が西川のりおを相当嫌ってたのか。