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あしたへアタック!11スレ目

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0001名無しか・・・何もかも皆懐かしい
垢版 |
2020/11/13(金) 14:35:21.10ID:ysP5ZWpl
あしたへアタック!10スレ目 (前スレ、2017/10/14〜)
https://mao.5ch.net/test/read.cgi/ranime/1507908885/

放映期間:1977/04/04〜1977/09/05    全23話    放送時間:月曜日19:00-19:30

原案:神保史郎    監督:黒川文男    シリーズ構成:岡部英二
キャラクターデザイン:福田皖/奥山玲子    作画監督:福田皖/百瀬義行/北島信幸
音楽:越部信義     録音監督:藤野貞義    美術監督:大山哲史/山本二三
演出:早川啓二/楠葉宏三 仕上・検査:浜口恭子 アシスタントディレクター:腰繁男/小園井常久

製作:本橋浩一    企画:佐藤昭司/別所孝治    プロデューサー:松土隆二
制作:日本アニメーション/フジテレビ 作画・背景・仕上:潤成実業 撮影:トランスアーツ

聖美々:小山まみ 一条明日香:吉田理保子 杉原ゆかり:小宮和枝 西すみえ:横沢啓子
関谷君子:松金よね子 太田トミ子:青木和代 原大介:井上真樹夫 嵐三吉:たてかべ和也
ナレーター:富山敬 白木ルミ:信沢三恵子 伏島一郎:神谷明 聖加代:麻生美代子
聖露樹:黒須薫 教頭:宮内幸平 花房みつる:麻上洋子 羽鳥京子:弥永和子

オープニングテーマ「あしたへアタック」 エンディングテーマ「バレーボールが好き」
作詞:神保史郎 作曲・編曲:越部信義 歌:堀江美都子
挿入歌「美しい今日」「会うのは明日」
作詞:山川啓介 作曲・編曲:越部信義 歌:堀江美都子、ウィルビーズ(美しい今日)
0150名無しか・・・何もかも皆懐かしい
垢版 |
2020/11/26(木) 17:16:48.07ID:???
若松 ゆきこ

1年前に練習中に亡くなったバレー部員である。
亡くなった直接の原因は明らかにされていないが、
練習中にバレーボールが胸に当たって倒れた様子が
回想シーンで流れており、急性心肺停止(心不全)の想像がつく。
この心肺停止が運動の厳しさ(しごき)から来るものなのか、
もともとの体質によるものなのかが気になるところだが、
同様の練習を聖達他の部員も受けてたとすると本人の体質
の可能性も考えられる。

不幸だったのは当時、コーチ(大人)が不在だったため
適切な練習量の管理が取れず応急処置に遅れた可能性も
あるということだ。もしそうなら、この点は学校も管理者としての
責任を問われかねず、校長が何らかの処分を受けた可能性がありそうだ。
そう考えると校長がまったく作品に登場しない不自然さの説明にもなる。

あと気になったのは若松の学年だ。最初は聖と同期かと思っていたが、
ナレーションが「下級生の一人」と強調しており、
聖より1年下の可能性もある。序盤で新入生が入りバレー部は
1年と3年の構成になったが、なぜか2年生が一人もいない。
もし若松が1年前に1年生なら、同級生達(2年生)は翌年にバレー部に
入ることは嫌がるだろう。つまり若松が亡くなった当時は新入1年生の4月で
先輩(3年生)から厳しい練習を受けてたと仮定すると事件の真相の説明が
しやすい。聖と同期の2年生なら少なくとも1年以上練習してきたはず
であり、体調面や個人的特性もつかめてるだろう。しかし新1年生の4月なら
話は別だ。まったく個人的特性も分からない。それに花房のセリフから
中学時代に相当活躍していたことが推測され、1年生ながらレギュラー
の期待をかけられ、入部早々きつい練習にのぞんだのかもしれない。
0151名無しか・・・何もかも皆懐かしい
垢版 |
2020/11/26(木) 17:19:45.84ID:???
実は中学の時点ですでに体に負荷が溜まっていて、高校に入ってすぐに
体が悲鳴をあげてしまったと。花房との約束(将来を共に活躍)が限界まで
無理をさせたかもしれない。そして聖と杉原が若松の1年上なら、先輩という
ことになり、花房からしごきの件で責められた時、口が重くなるのも分かる。
それに1年生の入部近くの時期(4月頃)なら、個人的付き合いすらほとんど
無いから尚更だろう。

ところで「若松ゆきこ」という名前、下の漢字は不明だが、「逝き子」の
イメージがぬぐい切れない。逝ってしまった子供だ。偶然かもしれないが、
岡田有〇子 清水由〇子 三宅〇子、と若くして亡くなった女性芸能人の
印象が強い。

若松はバレーの道半ばで倒れてしまったが、聖は毎月お墓参りをかかさず
しており、若松の分までバレーに頑張りたいとお祈りしていた。
それが故人への供養でもあると捉えており、前向きで素晴らしい心構えである。
この純粋な思いが通じたのか、橘高校バレー部に奇跡が起こり始める。
先ず、藤沢のバレー名門校にいた一条が橘高校に転校してくる。
その後、元全日本の原が橘高校に赴任してくる。
そして原は若松の眠っているお寺に下宿することとなった。
まるで若松に導かれたようにすら思える。
1年生達はバレー未経験だったが、素直で素質に優れた3人が集まった。
他の1年生達は幽霊騒ぎで怖がって逃げてしまったが、
この3人も逸材として呼び寄せられたのだろう。
0152名無しか・・・何もかも皆懐かしい
垢版 |
2020/11/26(木) 17:20:29.11ID:???
背番号6が空いてる件も詳細がないが、若松だった可能性を想起させてしまう。
他の部員はみんな退部してしまったが、若松は退部届を出していないからだ。
レギュラー入りするほどの実力なら6を取っても不思議ではない。
まあ勝手な想像だが仮に若松が1年、聖・杉原が2年とした場合
当時の背番号は3年生が1・2・3、聖が4、杉原が5、若松が6とかありうる。
「エースをねらえ」ではないが、普通に1年生が上級生を差し置いて
レギュラーになったらプレッシャーはいろいろきついだろう。

若松は気の優しい大人しめの子で地道につらい練習をするが、
悩みやストレスを内側に溜めるタイプだったのかもしれない。
環境が変わったことによる過大なストレスは心臓にも影響を与える。
ストレスによるショック死というのも可能性はゼロではない。
中学時代は花房がお姉さん的役割で若松の内面をカバーしてたのかもしれない。
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