ドテラマン
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>>706
いや別人だと思う
俺もそこまで健忘症じゃないと思う >>707
勘違いすまそ
と、言うことはこっちが痴呆……(´・ω・`)
いいえ、デジャブです(`・ω・´) どうでもいいけど、カエルになった話のとき
はじめはまりこちゃんが朝着替えるとこ目の前で見てたんだろうか? >>713
もーちょっと早く言ってくれれば、楽天オークションに出品してたんだが… ニュースのナレーターが7割が風邪と言ってたと言うことは…
インチ鬼大王は残り3割のうちの1人と言うことかw 妻ミサオが帰れなかったのは、インチ鬼大王、あんたのせいか!
と妻に怒られてる大王であった… メインスポンサーだったとされる玩具メーカーが聞いたことがない会社だったからずっと調べてるのにまるで情報が出てこない
まんだらけが敵のソフビらしき人形の写真を乗せているだけでメインアイテムだったであろうオニ蔵チューナーの写真さえ出てこない…
てか発情鬼ってマジであんなの出たの? サンクテールだっけ?
ガチャガチャ用の玩具メーカーだったみたいな話をどこかで聞いた気がしたが
幾らバブル前夜とは言え、弱小玩具メーカーがゴールデン枠でスポンサーって凄いよな 中野まんだらけに行ったらサンクテール製のウッセ鬼と弱鬼が2500円位で売ってたけどやっぱりオニ蔵は無かった
当事いくらくらいだったんだろう >>704
タツノコはほとんど原版フィルムが使い物にならない状態
だから放送用のプリントからデジタル化するのがやっと
だしね。
あとせっかくHD化しても現在の放送基準に修正を加えている
から過去の作品も残念状態 >>721
その使い物にならない原盤って今はどうなってんだろう。
特にサイコーユ鬼の回とか…
ファンとしては、それでも保存し続けて欲しいね。
いつか技術が発達すれば、きちんと修復出来るかも知れないし 最近DVD出たんだな
あとはキャッ党忍伝てやんでえのDVD出てくれ 冷静に考えたらアナログ終了でおに蔵のおもちゃはもう使えないんだよな
もっともブツの写真すら見たこと無いけど >>728
その後のジリオンまでは優秀なスタッフが揃っていたが(スタッフはドテラマンからスライドだったけど)シュラト以降は抜けてしまったよなタツノコ >>729
シュラトの惨状見ると納得。あれでタツノコのイメージ最悪になった。 >>730
その後のてやんでえも(主に作画)最悪だったのか
ブレードは作画が最悪だったけどストーリーは評価高いよ見たことないけど
これらもタツノコの最悪なイメージが拭えなかったのかな
スレチで申し訳ない >>731
ブレードは好きだったよ。ただ、作画がひどいのは相変わらずだけど。
シュラトほどは崩壊してなかったと思うが。 >>732
タツノコはシュラトでイメージが最悪になって起死回生にてやんでえブレードを作るも一度ついたイメージを払拭できず今日に至ると…
現在放送中のプリティーリズムも作画が韓●だから酷いもんな
モブが影なんて初めて見たわ
ドテラマンは幼稚園の時に見たきりだけど製作環境に恵まれていたんだな >>600
亀ですまんが
シュラト以降のタツノコのデスクは植田もとき氏だったのかな
それ以降は研究所のスタッフも作品に関わっていたのかな
スレチですまない
ドテラマンは幼稚園の頃に見ていたからあまり記憶にないんだけど20話で打ちきりとか今思うと短っと思ったたよ 石川光久は制作の人、植田もときは営業の人。
制作デスク(制作担当)は制作がやっているけど、プロデューサーはタツノコの場合、
営業の人と制作の人が居る。
ジリオンでIGが独立した頃、制作の人も随分抜けちゃったし、シュラトやてやんでぇは
基本は外注丸投げの作品だから、制作サイドのタツノコのプロデューサーは居ない
研究所もジリオンの後浜崎博嗣とか優秀な人が抜けちゃったし、89〜90年頃は
シュラトやてやんでぇにも部分的には参加していたけど、メインはみなしごハッチ
の方だったり、IGの映画やビデオ作品の作画に随分入っていたね >>735
タツノコ主導だったのはドテラマンとジリオンが最後だったんだね研究所や制作スタッフが随分抜けて80年代末期以降は更に大変になったみたいだね
平成版のみなしごハッチなんか、エンディングテロップのスタッフが段々減っていったな。
特殊効果が途中で消えたり、制作進行が3人交代くらいだったり(通常は4〜5人)
最後は進行の表記が無くなり、制作担当のみの表記になったり‥
勿論、タイトルに載らないから、スタッフが居ないとは限らないし、名前が出ないだけで
誰か担当者は居た可能性はあるけど、何か当時のハッチのスタッフ編成に違和感を感じたな。
あの頃がタツノコが一番苦しい時期だったんじゃないかな? >>737
当時、テレ東以外で放送されたタツノコアニメはハッチが最後だったしね
(テレ東以外のタツノコアニメは実質リメイクヤッターマンまで途絶えることに)
シュラトの作画崩壊も(外注丸投げとはいえ)起こるべくして起こったのか…
ハッチはどうだったんかな
>>738
ハッチも後半は酷い絵があったな。
放送開始が3ヶ月延びたはずなのに、中盤以降はアニメ誌の放送予定データでも
スタッフの未定が続出していたし、当時は珍しい韓国人の作画監督の回もあったし
シュラト、てやんでぇは基本外注だったけど、シュラトのラスト3話と
てやんでぇの1話と6話はタツノコ社内班だった。
おまけにマイナー映画の“キムの十字架”や終盤にはロビンフッドも始まったし
当時はバブルというのもあったけど、地味にタツノコも仕事が多かった時期なんだよな。
プリンプリン関連で石川ひとみのインタビューを読んだ時、ハッチの後半で
絵が間に合わず、絵が無いアフレコがあったという事も話していた。
みなしごハッチも放送当初は派手に番宣流していたし、ビックタイトルだけに
日テレサイドもそれなりに期待されていたんじゃないかな?
それが、視聴率も段々落ちていったし、玩具の方も大きな成果は無かったみたいだし
タツノコがその後20年近く低迷した原因にハッチの存在もあるかもしれないね。 ドテラマンの2年前の作品がスターザンS、サザンクロス、映画マクロス
ドテラマンの2年後の作品が平成版みなしごハッチにシュラト
こう書くとタツノコ過渡期に作られた作品なんだなと感じる ドテラマンは良く覚えていないがお婆さんがドテラピンクのコスチュームを着るお話があったような
てやんでぇってドテラマンに似たノリなのかな
見たことないんでわからんが
タツノコは90年代以降リメイク連発だからドテラマンの時期は確かに過渡期だよな
正確には80年代末期のハッチあたりからだけど
ドテラマン、ジリオン、シュラト、てやんでぇ…この時期新作で一つくらいあたりが出ていたらなあ 最初のリメイクは87年のグズラだね。
これは、当時のコンテから作画だけ新たにし直して、音声も当時の素材をそのまま再利用した
再放送に近い新作だった。
おそらく、ドテラマンの裁判の影響もあって、新作の企画が通らなかったんだろうね。
(87〜88年ごろは)
ジリオンだってキャラとストーリーはオリジナルでも、タツノコでは珍しい
(ジリオン銃の)玩具タイアップ作品だったし
グズラの後半年間のブランクを経てシュラトとハッチだもんな。
シュラトもずっと読売広告社と組んでいたタツノコでは初となる、創通エージェンシーと
組んだ作品だし、ハッチはタツノコにとってはガッチャマン、ボカンシリーズに並ぶ
看板作品なだけに、リメイクには慎重だったと思う。
タツノコの最初の過渡期は、第一次世代が抜けて、吉田竜夫も亡くなった77〜79年頃
二度目の過渡期が、経営難やドテラマンの裁判などの影響もあって、
残っていたスタッフが大量離脱し、オリジナルや漫画原作から、リメイク路線へシフトした
87〜89年頃だろうね。
その後も変化はしていってるけど、大きな過渡期みたいな時期は、身売りまで無いな ドテラマンジリオンシュラトはタツノコ過渡期の作品なせいか埋もれてしまったのは残念だ
句読点を使ってくれ('A`)
ドテラマン、ジリオン、シュラト >>745
すまん、すまん
前にも書いたけどドテラマンと次のジリオンで古き良きタツノコは終わったのかな
ハッチとシュラト以降、以前で分断されたようなもんだ
それでもシュラトやてやんでぇなんかはタツノコ的な新作だと思うし
ハッチ、テッカマンブレードなんかもスタッフはかなり入れ替わっているとは言え
積極的に往年の脚本、演出、作画を起用したりして、タツノコらしさは出しているよね。
ブレード以降は過渡期とか無くなり、徐々にタツノコらしさが消えていっているね。
純度100%に近い最後のタツノコ作品がドテラマンという事かな‥ >>747
ジリオンから社外発注が増えたんだね
ところでドテラマンは作画って安定していたのかな
シュラト以降のタツノコはスタッフが抜けたせいか作画が不安定になったし 作画は安定してたな。
ジリオンは基本はドテラマンのスタッフがスライドだけど、ジリオンの時点で
フリーになったり、独立したりした人が増えていった。
シュラトはハッチの頃になると、ローテーションすら不安定な感じだったからな
ドテラマンはタツノコ内部にスタッフが沢山居て、そのスタッフ達でドテラマンだけを
作っていたからな。
そういう意味で密度は高いだろうね。 >>749
それでもジリオンまでは作画が安定していたんだよね
ローテーションが不安定だと作画が不安定になるのかな
スケジュールが安定しているからこそ、ローテーションがしっかりしている訳だろうからな。
しっかりしたローテーションを組めない作品ってやっぱり作品に影響するだろう。
タツノコの場合、ジリオンまでは石川さんが実質的な制作デスクだったことも大きいだろうね。 ドテラマンに限らず、意外と作品ファンって放送後に生まれた人が多いよな
俺は本放送時には既に小学生だったけど、ドテラマンを知ったのは、
平成初頭のテレ東での再放送だったし‥ インチ鬼大王の45歳のイメージも変わったよな。
昭和61年当時の45歳って昭和16年生まれ。
今の45歳は昭和41〜2年生まれ
昭和61年当時45歳の著名人
岩下志麻、宮崎駿、りんたろう、徳光和夫、仲本工事、橋爪功、白石冬美
現在45歳の著名人
松本明子、冨永みーな、鈴木保奈美、彦麿呂、東山紀之、本村健太郎、国生さゆり
何となく昔の45歳の方が更けていたよな
おに蔵のチューナについて検索しても何一つ情報が出てこない…
高いってよく聞くけど定価幾らだったのこれ? サンクテールとアキレスシューズ
通販の二光の三社で火曜日19時の日テレ枠出来たんだから凄いよな >>760
検索してネットに全てあると思うな。文献調査が基本。 でも、ドテラマンにそういう資料はほとんど無いよな
あるのはコミックボックスの裁判特集くらいだし タイム旅行鬼の話で、原始人やら牛若丸がスズーキとか鈴木なんて
叫んでたのに、ドテラマンは正体に気付かなかったのか… CSのよゐこの番組で、リサイクルショップで有野が
ドテラマンのDVDボックス買ってたけど、「おもんなかったわ〜」って言ってたな。
娘はドテラマンにハマったらしいけどw 遅ればせながらDVD買ったけど、これであとノンテロップOP付いてればなあ
ブックレットの鬼の紹介に使われてるのがOPのノンテロップ素材と思しいだけに残念 打ち切り回避して春〜夏頃まで延長してもずっとドテラのままだったんだろうか プロ野球シーズンの日テレはナイターでろくに放送されなかったろうな。 >>766
ボカンシリーズと違って、ドテラマンのギャグは好みがハッキリ別れるからな
タツノコ作品の中では珍しく、マニアや大人よりも子供受けしてた気がする ドテラマンの頭の上に冷蔵庫を落とすも、ハイパードテラの力のおかげで、冷蔵庫を全力パンチでドカーンと。 インチ鬼大王の奥さんが韓国系って本編でも言ってたっけ??
韓国系にする意味あったん??
実家が日本国内だったら連絡とれるはずだが、韓国は海外でなかなか連絡とれないから、とかか?
今なら、強引な韓国ステマと叩かれそうなネタだなww 懐かしい。小学生の時、生まれて初めてハマったアニメだ。
友達の家にドテラマンカレンダーがあって、欲しくてたまらんかったな〜。
家族が裏の野球中継にチャンネル変えた時は泣いて抗議した。
dvd出てたのかー。買おうかな…。
一歳の子供がもう少し大きくなったら一緒に見るかな。 当時すごくだっさいと思ってたけど今見てもやっぱりダサかった オークションに出品された事でようやくおに蔵のラジオチューナーを拝めたけど聞いたことも無い玩具メーカーの割に造形いいな
CM動画、観たかった… 黒子のバスケ脅迫事件の犯人の逮捕時の笑顔と逮捕後の言い訳を聞いてると
コイツはリアルインチ鬼大王なのかなと思えて来た。
犯罪者の中の一定数は『目立ちたい』『有名になりたい』『自分の行動で
社会全体を振り回したい』なんてのが昔からあるんだろうな。
元々、インチ鬼大王は『非凡』に憧れていたって設定を子供に分かりやすくと
有名に変えたらしいが、結構この設定がぴったりハマったな。
ドテラマンのリメイクは難しいだろうが、インチ鬼大王タイプの悪役は
今出したら面白い作品が作れるかもな サンクテールってどんな会社だったんだろう。
今は無いみたいだし 以前、鈴木繁か鈴木茂かで議論になった事があるけど、
サイコーユ鬼も正確にはサイコウユ鬼なんだな。 当時、カセットの音楽集が結構出てたよな。
3本ほど持ってるけど、名曲揃いだ。
でも、あれだけイメージソング作ったのに、サイコウユ鬼の歌は結局商品化されなかったのが悔やまれるね。 水谷優子の声がもっと高く出た頃に、ユ鬼の歌を歌って欲しかったなぁ。 サイコーユ鬼がアップルでラクシュで相羽ミユキな訳か。 踏んで!叩いて!蹴飛ばして〜 いつも一緒のムニュムニュ〜♪
みたいなCMやってたような気がする このスレ↓の>>1の自己満足オナニーのためのくだらねー発想で生まれた産廃同然のこの糞スレを成仏させる意味でも、
もはやことりdisスレと化したこの糞スレをコピペ、AA、スクリプト等、手段は選ばなくていいので
>>1001まで徹底的にage埋めて落としちゃってください!お願いします!
http://itest.2ch.net...elive/1441347854/ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています