>>135
 三井と三菱が、それぞれ「これ、ウチだけのはずだ!」と思いながら、ウォルト・ディズニー・プロダクションにコンタクトをして、
「ディズニーランドを日本に作らせてください!」と言い出しました。

 しかし、両者とも門前払いにあいます。
 もう一発で「ダメ!」と言われます。

 なんでかっていうと、1961年ですね、「日本人は信用するな!」というウォルト・ディズニー大激怒事件というのが起こっているからです。

 原因は、この “1961年” で分かった人もいるかと思うんですけども、当時、関西の奈良に “奈良ドリームランド” というのがあったんですね。

(奈良ト?リームラント?)  http://livedoor.blogimg.jp/okada_toshio/imgs/f/7/f7619c9a.png

 で、これがもうメチャクチャ “ディズニーランド” のパクリなんですよ(笑)。
 ものすごくソックリに作っちゃったんですね。

 たとえば今はもう本当に廃墟なんですけども、廃墟になってもまだソックリなんですよ。

(廃墟) http://livedoor.blogimg.jp/okada_toshio/imgs/6/d/6d61f1eb.png

 奥にお城が見えて、真ん中にメインストリートがあって、というですね。
 本当に本国のディズニーランドにソックリに作ってるんですけども。

 1950年代の後半です。

 カリフォルニアのディズニーランド自体の開園が1956年だから、開園して2,3年後ぐらいに
松尾國三(まつおくにぞう)さんという元歌舞伎役者の実業家がアメリカのアナハイムにあるディズニーランドに行って、
ウォルト・ディズニーに直接 面会しています。

 それで、その時に交渉したんですね。
 「日本に作らせてください!」と。

 その当時、アメリカは敗戦国・日本のことを信用していなかったので、
「いや、そんなこと言っても、お前の国じゃ無理だよ」って言うんです。

 でも松尾さんは諦めなかった。
 それで、とにかくウォルト・ディズニーは「じゃあ、その時が来たら必ず力になるよ」と約束してしまったと。

 ウォルト・ディズニーは いい人だから、口では言うんですよ。
 で、あとでお兄ちゃんのロイが来て、「弟は あんな事を言ってましたが・・・」って言うんですけどね(笑)。
 ところが、そこら辺が日本人の松尾さんには通用しなかった。